1話
一人の怪物が生まれる。
その名はAria Anima(17歳)。これは本名ではない。
彼女はワシントンDCで生まれた。金髪、碧眼、雪のような白い肌の美しい娘だ。
同郷であるマーティン・ギブソンに憧れて音楽を好み、アルファベットより先に歌を覚えた。幼少期から超美少女でコンテストの常連で、彼女の将来は明るかった。Zの日が来るまでは。
ワシントンはニューヨーク、ロスと同じくらいゾンビの被害が多く壊滅状態に。四歳で彼女の未来が曇った。メンフィスに移住して、家族でカントリーのバンドを組んでボーカルをやっていた。指が伸びてからはピアノも。ネット、テレビ、ラジオ、出版、そういったメディアが衰退しなければ、彼女が十三歳の時に北米はアリアを知っただろう。メンフィス時代はその辺のジジイや学生が趣味でやってる身内にしか配らない新聞で芸能記事の隅っこに名前が載る程度だったし、当時はまだ本名で活動していた。
十三歳でサンフランシスコの芸能スカウトの目に留まり、サンフランシスコでロック、パンク、ポップにも触れる。しかし売り上げは伸びなかった。音楽ではオールマイティなのに、美貌のせいで「この素材を潰す戦犯にはなりたくない」とあっちこっちをたらい回し。未完成なポテンシャルを期待されるが故にどこにも安住できず、サンフランシスコのレーベルを彷徨い続ける。鬱屈した生活の現在地は、ここだ。
「白皙優位~。劣等遺伝子のみんな! みんなは結婚費用なんか必要ないっていうか、葬式もなくムエンボトケでしょう? みんなの劣等遺伝子を残されるとダーウィンが泣くから、貯金はわたしにちょうだい! お~いし~ぃ! ハーゲン! ダッツ!」
「ハーゲン! ダッツ!」
“ネオ・ナチュラル”と呼ばれるほど過激な極右と外見至上主義による劣等遺伝子の淘汰を歌った差別アイドルだったのだ。
「ア、ア、アリアぁ~。握手してぇ」
「お前がわたしに出来ることが握手? 調子に乗るな」
「アリア! 俺は応援する! ファンレターを山ほど書くよ!」
「マネージャー、事務所引っ越し手続き頼む」
「アリアリアリアリアァ~! 僕たちが君に出来ることって何かな?」
「自殺して人類の進化に貢献すること。優しく言えば帰宅」
「アリア~。一生応援し続ける! 決意のためにスキンヘッドにしたぜ! 白皙優位!」
「都合よく言い訳すんなハゲ」
「アリアに会うために久々に外出しました!」
「ナショナルジオグラフィックの記者は来てる? 陸に上がって巨大化した突然変異の巨大ヤドカリなんて福音派のボケが知ったらいろいよ進化論が無双状態に入るわ」
「アリア! 二十四時間三六五日、応援するよ」
「コンビニ程度の頑張りあざぁ~す。安っぽい人間だな。コンドームは売ってる? お前は使ったことねーだろうけど」
「アリア。僕もファンになっちゃった」
「へぇ、コオロギのファンなんて初めて。コオロギって音楽聴くんだ。人間界は危険だ。草むらに帰れ」
「ア、あ、亜、アリアたぁ~ん! 雑誌に載ってたアリアたんの特集読んでアリアたん行きつけのレストランでご飯食べたよぉ~」
「お前と同じクソを出すくらいなら吐く」
「アリアと一緒にいたいなぁ!」
「死ね。わたしが七十年以内に死んだら同じ墓に入ってやる。無理だろうね! わたしはお前らがわたしを忘れた頃、イケメン歌手と援助交際して腹上死して、死ごと隠蔽されてポート・エグゼビアの港に投棄されて海の藻屑になるはずだから」
今の北米大陸で美人の代名詞と言えばシアトルのベラトリクス・サンダーランド(29歳)だが、アリアは素質では負けていない。
もしアリアがこれほど激しく現実と薄汚い野望に晒されなければ、天真爛漫な少女としての美しさから花開いた大人の魅力でベラトリクス・サンダーランドを蹴り飛ばせただろう。多少の困難は連戦連勝常勝無敗で一切の曇りがないベラトリクスにはない陰りというエッセンスをくれたはずだった。しかしアリアの味わった地獄はとてもじゃないが困難なんて言葉で片づけられるものではなかった。
「……。もぉう、やめたい……」
ライブが終わった後、アリアは楽屋で顔を覆って落ち込んでいた。大人たちの醜い興味を引くことにはもうウンザリなんだ。
「死にたい。そうだ、死のう」
「アリア。今が頑張り時」
このパーソンの名はフォン・ヒドゥン。少し前に看板アイドルの“ステイツ・ジャック”ごと新興宗教に殺害された名プロデューサー、J・J・フォックスに師事したこともある性別非公開の人物で、たらい回しにされたアリアの今の事務所の社長だ。
「そんなのウソよ」
「今なのよ! ハッキリ言って、“ナチュラル”路線は汚点よ」
「あああああ!!」
「でも汚点が必要なのよアリア! こんなヤツ誰も応援しない、そんなキャラでも応援されるルックスと歌唱力があなたにはある。そんなあなたの人気に火が付き、“ナチュラル”路線が必要なくなった時。どうなると思う?」
「知らない!」
「汚点の“ナチュラル”時代から応援してるオールドファンが通ぶるのよ。アリアの汚いところ、アリアの恥ずかしいところを知ってるって。そしてきれいなアリアの新規ファンとピリつく。オールドファンvs新規ファン! 勝手に競って加速するアリアへの熱! それに下積み時代の汚点だと理解されれば新規ファンにも“ナチュラル”は許されるし、努力の礎は評価される。今はそれでいい。アタシはJ・J・フォックスにはなれなかった。でもあなたを“ステイツ・ジャック”以上に必ず育て上げる」
これなら極貧でもメンフィスのレストランでカントリーを歌ってる方がずぅぅぅッと楽しかったなぁ。
もう湿気たのだ。アリア・アニマという極大の爆弾、才能は、大人たちが用意した粗悪品の導火線のせいで不発に終わる。
そう思われた!!!
EP15 The Scavengers -The Undertaker: Revolution–
@カリフォルニア州 クレストゲートパーク DJコニーのスタジオ
「ランキングに変動がねぇなぁ」
丸グラサンバンダナのインチキ男、DJコニーはホワイトボードに『今週のゾンビ殺し』のメンバーを書き込んでいた。今週のメンツはこうだ。
1位 (→) Mickey |Laurinaitis(フロリダ州 タラハシー)
2位 (→) Bellatrix Sunderland(ワシントン州 シアトル)
3位 (→) Ricardo MacFarlane(コロラド州 リオ・グランデ川)
4位 (↑) CAPTAIN CALIFORNIA(カリフォルニア州 ウィンターパーク)
5位 (→) Miranda Rachel Norman(カリフォルニア州 オレンジ)
「つまんねェ……。つまり、こうだろ!?」
2位 スカベンジャーズ
「こうじゃねぇか。あの猫又野郎」
猫又野郎とは、日本語訛りの英語を話す日本人に対する非常に過激な表現であり、ラジオの電波に乗れば一発で放送事故扱いされる。しかしあの猫又野郎のドクター・イマガワとDJコニーの不仲はイングランドとアルゼンチン、エルフとドワーフ、オーランド・ブルームとジャスティン・ビーバーの比にならない。ドクはDJコニーのことを「クソッタレのラジオDJ」「不必要にゾンビ殺しを煽る危険人物」「聖域を作って神を気取るバカ」と評し、実際にそういった内容のハガキをDJコニーに送っている。そしてDJコニー側も、自分が結成したスカベンジャーズをドクに乗っ取られたことに少なからず腹を立てていた。何が一番腹立たしいって、ゾンビ殺しを正統化することを嫌うドクによるスカベンジャーズの運用が適切で、スターとしての扱いが上手く行っていることだ。悪態たれつつもドクのゾンビ殺しへ理解は正しいのだ。最大の理解者になってくれるはずなのになってくれなかった。だからあいつは猫又野郎なのだ。真心こめて立てたWikipediaの記事を見当違いの編集合戦で上書きされまくった気分だ。
タイムテーブルでは、今はアリア・アニマの『白皙優位』。もうしばらくこいつをヘビーローテーションしている。
「ん? こいつぁ」
防音のミキサールームにぷぅーんと甘いにおいが漂ってきた。これは、永久に腐ることのないケミカルなおやつ、トゥインキーのグッドなスメルだ。そしてこのトゥインキーを独占する男こそ!
「コォオニィー!」
永世ゾンビ殺しの称号を持ち、唯一DJコニーと直接コンタクトを取れるゾンビ殺し、ミッキー・ローリネイティスなのだ。今日もDJコニーのガーデンをブーツで踏み荒らし、スタジオの扉を斧で破壊して、乱入してきた。
「このアリア・アニマってガキを連れて来い。いや、このガキだけじゃ足りねぇ」
「OK、OK、ミッキー。あんたにゃ敵わねぇぜ。んあぁ、ああ、あんたの言う通りだ。さすがだぜミッキー。そいつぁスゲェ。で、何の用だミッキー?」
「ミッキー・ローリネイティスの名を『今週のゾンビ殺し』のランキングから消す」
「バカ言うな。いくらベーブ・ルース本人が後輩に背番号3をつけろ、って言ったってみんな恐縮してつけたがらない」
「俺は1位に残る。だが俺だけの1位じゃなくなる」
「OK、人類補完計画については俺もまだよく知らねぇんだ。あんたは残るけど消える? 意味がわからねぇ。オレンジジュースはいかが? 完全オーガニックで人工甘味料はゼロ。すぐに腐るが美味いぜ」
「つまり、こうだ」
ミッキーは上腕二頭筋と腕毛でホワイトボードの文字を消し、マジックペンが潰れるような筆圧でこう書いた。
1位 The Undertaker
2位 Scavengers
「もうあのサイコ・ビッチやサイコ・パトリオットの名前も流す必要はない。俺のチームの名前がジ・アンダーテイカーだ。さぁ、メンバーを集めるぞ。まずは俺と並ぶフロントマンにこのガキ。アリア・アニマが必要だ」
「フゥム? 面白そうだなミッキー。詳しく聞かせてくれよ」
CZK4 15-1-A
「おいアリアァ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当にミッキー! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK4 15-1-A
ポケー…………。
「……」
マーリィ・マクフライ(約17歳)。未来の母であるミランダと一緒にサンタアナ川で魚釣りをしていたけど何も考えてない。何か考えていたらこの顔は出来ない。何も考えていないバカ面だ。TシャツのV8インターセプターも泣いてるぞ。未来の娘じゃなくてもこの顔は不安になる。マジックペンでヒゲを書いたりケンシロウみたいな眉毛にしたって気付かなさそうなくらいの放心だ。宿敵ピープル・ガスの死とタイムマシンの故障が彼女のスケジュールを全て空白にした。
「川魚はきちんと火を通さないと寄生虫がメチャクチャ危険よ。マーリィ? マーリィ!」
「はへ。ごめんミランダ。今本当に何も考えてなかった」
「でしょうね。ブッシュ大統領みたいだったわ」
「何を考えていたかは一時間前のわたしに訊いて」
「ブッシュ大統領も同じことを言ってたわ。何か質問をするたびにラムズフェルドかチェイニーに訊いてみる、しか言わないもの」
でも赤ん坊みたいに何も考えずにポケーとしていられるのはミランダがお母さんだからか。二人の故郷、オレンジの風が同じ方向から吹いてミランダのくせ毛とマーリィのボブカットを通り抜け、違う方向に通り抜けていく。故郷の風は産湯のような安心感だ。その時、マーリィの釣り竿がグギィとしなる。何のアタリもなくミランダも放心ゲームになりそうだった今日の釣りで初めての反応だ。
「ん? 何かかかったのかな」
「この大きさは伝説のナマズかもしれないわね」
「伝説のナマズ?」
「とにかくデカいの。わたしも昔挑んだことがあった。わたしが小さい時にシャーリーっていう友達がいたんだけど、彼女はニンジン以外食べようとしなかった。だから伝説のナマズを釣り上げて、彼女に食べさせてあげようってやっきになったの」
「それでどうなったの?」
「シャーリーは死んだ」
「お気の毒に」
「ハッキリ言って伝説のナマズをわたしとあなたの力で釣り上げることは出来ないわ。マーリィが引きつけた後、射程距離に入ったらわたしが撃って殺す。その後にジェイクとベンジーとイヴァンカを呼んできて一緒に陸に揚げてもらう」
SPLASH……SPLASH!
水を弾く音がサンタアナ川を遡上する。でもそれは水中からの音ではなかった。大げさで不規則。泳ぐことに適していない生物が溺れることに抗いながら前進している様子をミランダに容易に想像させる。要するに下流からバシャバシャ飛沫を飛ばしながら何者かが水面を泳いでいるのだ。
「このイディオットが……」
でもマーリィはバカなのでそれが何を意味するか分からない。ミランダが舌打ちして銃を手に取った。
「ミランダ! 伝説のナマズはまだ見えないよ?」
「本当に愚かね。どっかのバカが泳いでるのよ」
ゾンビは泳ぐことが出来ない。水の音から発信者をイメージする。関節の可動域、体躯、複数の水泳の技術を知る知識量。魚より不適。牛より小柄。犬より器用。川を遡ってくるのは人間だ。
「おいそこのお嬢ちゃん二人!」
「フリーズよ。伝説のナマズの代わりが不審なタコなんて割に合わないわ」
「フリーズしたら溺れてまう。ここはどこだ?」
ボロボロの服を着て日焼けした三十代の男が岸辺に手をかけ、ズボっと水から上がって深呼吸した。見知らぬ男が若い女の子、それも体格の小さいミランダとマーリィに近づくのは危険!
「地球よ。よく来たわね」
「お嬢ちゃん、英語上手いな。ここは北米か?」
「カリフォルニア」
「よっしゃ! 俺は怪しいもんじゃない。ただの亡命者だ。俺はキューバから来たペドロ! その前にメシをくれぇ。最悪ただのライスでもいい。この数日マトモなものを食ってないんだ。スシはカリフォルニアの名物だろう?」
「マーリィ! 今すぐリッグス警部を連れてきて! 何しに来たの? いいお天気だから密入国してカリフォルニアの女の子の魚釣りの邪魔でもしようと?」
「この国へは野球をしに来た。俺の専門は水泳じゃない。野球なんだぜ。マイケル・ジャクソンがまだ黒かった頃から守備の要を担ってきたスゴウデのショートストップなんだぜ!」
〇
@ネバダ州 ラスベガス
「エーラッシェー!」
「いらっしゃいませー」
「ドシタンス?」
「どういたしましたー?」
「マタオシャッセー!」
「またお越しくださいませー」
「ゴツモンオウカイガイサス!」
「お注文お伺いしますー」
「イヨロコンデ!」
「喜んでー」
ラスベガスに最近出来たエコノミック・アニマルのカワイイ・カブキ・キッサ二号店の開店前の朝礼で、やたら日本語の発音がいい男がいた。若く見えても以外に歳は行っているような渋みを声と表情から感じる。もう若者と呼べる歳ではないのだが、その無気力っぷりはまるで日本の大学生のようだ。水のように特徴のない顔立ちで、流暢な日本語で店長の挨拶を復唱する。
「見つけた。忍者だ」
「へぇ?」
開店前のロックのかかった自動ドアを強引に開けたおめでたいマッチョマンは、芝居がかった仕草で発音のいい日本人を指さした。
「お前を俺たちのチーム、ジ・アンダーテイカーのゾンビキリングで一番頼りにするエースキラーにするぜ。悪い話じゃねぇだろう? アヅキ・コウガ」
「……バレちまったらしょうがない」
「実力は申し分なし、それに俺の求める抑圧された人間だ。起爆してやるぜ、コウガ。もう我慢するな。最強という華をお前の墓に添えろ。致死量の退屈と自制で死なせちまった昨日までの自分の墓にな。このトゥインキーを見ろ。こいつはケミカルな防腐剤たっぷりで腐らない。宇宙でも食える。でも人間はそうはいかねぇ。腐る前においしくいただこうぜ」
アヅキ・コウガ! 参戦!





