2話
マメをこぼされると困る連中がいる。
ウジ・キントキ。所謂大物議員だ。地方の土建屋からの叩き上げで、じわりじわりと国会議員まで上り詰めた。悪人と政治家は縦軸と横軸がバッチリ噛み合ってストライクになる。政治の世界では隅っこの注釈に収まる程度の田舎の政治屋だったが、国政に出てからはまるでキャンディストアに入ったガキのように興奮して悪事に手を伸ばして指紋でベタベタにした。金をばらまいて腐敗した政治の象徴みたいな人物になった。例えばどんなかって? 腐敗していて悪人なのに平気な顔で国会議事堂に通うのだ。
「こいつぁヒデオ先生」
多忙を極めるはずの国会議員がたかがヨージンボーの呼び出しに応じる。しかも料亭なんかじゃない。一応公用車の中だが、アポのその日のうちにヒデオに会うなんて。息子の負傷から一晩経ったヒデオは平静を保つのが精いっぱいだった。
「ウジ先生。アンタなんか汚い商売を?」
「してますよ。私を何だと? 政治家ですよ」
「俺を手掛かりにアンタの悪い仕事を暴き立て、アンタを失脚させると同時に俺の顧客をみんな失墜させようとしてる野郎がいる。俺の仕事と誇りが汚された」
「いいでしょう。あなたにはお見せします」
リムジンのガラスにスモークがかかり、内外から外が見えなくなった。どうやら坂道と急カーブを繰り返しているようだが……。
「ここぁまさか……。カジノか!?」
カジノ! 日本では許されていないエンターテインメント! セクシーなバニーガールがディーラーのハナフダやジャンパーの米国人、ビールの樽を背負った女性、ステージではナイスな声でエンカを歌う女性もいる。嬌声と薄汚い野望の渦巻くカジノは興奮のるつぼだ。外の空気も明りも届かないカジノ内は時間や文化の遠近感を狂わせる。スロットマシンに引き摺り込まれたのは黄金色の日本円ではなく、黒い紙幣がチップに換えられている。この場でしか使えない限定的な架空の金だ!
「バカな……」
「バカラならあっちに」
「ブッダ! 完全に違法じゃあねぇか! 闇カジノの関係者を護衛しちまった!」
「だぁいじょうぶ。ブッダもしばらくマカオでバクチ打って暮らすって言ってました。考えてみてくださいよヒデオ先生。私が悪人で、あなたが天下一のボディガードなら答えは一つだ。私の専属ボディガードになりましょう。こんなコトワザがある。勝てば官軍負ければ賊軍。私が国政でも外交でも勝ち続ければ官軍だからカジノは違法じゃない。いいね?」
「こんなコトワザもあるぞ。羽根をもがれた鳳凰なら殴れる。金を剥がしてサツに突き出してやる。お前が官軍かどうかじゃない。金の問題でもない。プライドなんだ」
「そういいなすんな。これは違うジャンルのヨコヅナ同士の競演なんです。シド・ヴィシャス&ジョン・レノン、モハメド・アリ&アントニオ猪木、政治&金。サツに突き出す? やってごらんなさい。あなたはどうやって身の潔白を証明する? ここの金……ウチダテ・ヨムの肖像の金、ヨム札を警察に? 詳細を伝えるためによく見せつけてやりましょう。警察はこう言いますよ。私も持ってるんで結構です、って」
ウジはアイドルのコンサートみたいにヨム札をぶん投げてひらひらと吹雪にした。
「手遅れだったなクソ議員。どこやらのゴロツキがかぎつけた」
「そのゴロツキがもし、私の手先であなたを手中に収めるために情報を流したとしたら? 黙ってついてくればあなたの働きが口止め料になるとしたら?」
おお救いはないのか! 最も多くの人が神に祈るのは教会でも寺院でもなくカジノだ。ヒデオも神に祈りたい気分だった。
「エイジをやったのがてめぇらじゃなければプライドぐらい捨ててやったさ」
「このままじゃかぎつけた息子さんだけじゃなく死ぬ人数が増えますね。エイジ、セイコ、ミチル、ミツキ。増えるのはここまでだ。エイジとミチルが死ねばもう誰も生まれない」
「……。手を出さないと誓え。破ったら日本最強の用心棒の俺がてめぇを殺害す。お望み通り用心棒をやってやる。それでゴロツキを黙らせてエイジの仕事にも影響を出さないと誓えるか?」
「誓いましょう」
〇
エイジの病室でミセスは誰にも見られず、ポツポツと話していた。
「こんなのないよ、エイジくん」
ミセスとエイジには意見の対立があった。それは息子のミツキをハラキリ教室に通わせるかどうかだ。
かつて、サムライたちはミスを犯したり「悪」と断ぜられた時、腹を切って最大の詫びとした。軽い場合は指を切断することでも許されるが、腹を切った者を咎めることは誰にも出来ない。
時代錯誤だと風化しつつある風習だが、最大のワビサビ、そして最大級の礼儀としてハラキリ、という名前の芸道が存在している。茶道や華道、書道、マナー、スピーチ、そして日本語を世界で最も習得困難な言語とさせる最大の理由、敬語の習得を旨とするのが現代のハラキリである。全ての日本人が最終的にハラキリを習得する。
エイジはミツキが小学校に入る前に、チャイルド・ハラキリ・レッスンを受けさせるべきだと言った。幼い頃からハラキリを収めていると名門中学校への進学の道も開かれやすい。ミセスは反対だった。田舎育ちのミセスは、例えばミカン泥棒をしてカミナリ親父に叱られ、その謝罪の中で自然とワビサビを見出し、習ったものではない本物のハラキリを見出すようなハラキリストになるべきだと思っていたのだ。
学のないミセスはヒデオというメンターのおかげで立派になれた。何でもかんでもレッスンに通えばいい訳じゃない。自分で見出すことが大事なのだ。
「あなたがヨーロッパへ、わたしが北米に行くのは何も問題がない。距離をとってでも同じ問題を解決しようと思えるのは、家族だからなのに」
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「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
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ヨム。
日本で違法カジノを経営していた悪徳政治家キントキ・ウジが流通させていた薄汚いマネー。彼のやり口は借金を背負った若い女性を政治家、官僚、学者のもとに送り込んでハニートラップを仕掛けて口止め料をせびり、その口止め料をヨムに換金させる。ヨムを増やす手段はカジノだけで、カジノで円は使えない。
ヨムを一度手にしてしまったが最後、円に戻すにはウジのシンジケートを通すか、ウジの経営するパチルコ店に行くことである。パチルコとは、小豆を賭けてピンボールゲームを行い、得た小豆をオシルコに替えてくれるサービス店である。得た小豆は持ち帰って投資にも使える。小豆は赤いダイヤと呼ばれるのだ。Spill the beans! マメをこぼすな。
ヨムを円に換えてもらうには最低でも一〇〇万円から受付となる。一ヨムは一円と同じ価値で、ウジ・シンジケートからの貸し出し物であるヨムはトイチで利息が付く。そのためヨムは溜めておくと換金するごとに利用者が得をするのだ。だが薄汚いマネーを浄化するためにヨムを長期間所持しようとする者は少ない。いつ暴落するかもわからないマネーだ。そしてウジはそれを元手に違法マクラ営業や違法不動産事業を拡大させていく。
しかしウジのシンジケートは義父ヒデオの切腹の末にミセスの活躍で壊滅し、ウジも腹を切ったはずだ。何故ヨムがこの北米に?
この北米大陸でカジノは違法じゃないし、司法もない。チャールズが金を賭けたことはさほど問題じゃないが、薄汚い血に染まった薄汚いマネー、ヨムが流通していること、チャールズが大量にヨムを所持していることはミセスの刺激的な過去を結石にして疼かせる。
「あんまりクオリティが高くないにゃぁ。印刷の滲みもあるし、ニセ札と呼ぶにも質が低い。ゾンビ現象後に作られたどこかのオリジナル貨幣だろうにゃ」
『キッサキタウンのボスはキントキ・ウジという男?』
ミセスが丁寧にペンをホワイトボードに滑らせた。
「いや、チヨコ・モナカという女だった。ゴージャスだったよ。あんなに貴金属ばかり身に着けていたら冬は寒いし肌が張り付くぜ。町全体がカジノさ。まるで『ドラゴンクエスト』のベルガラックだよ」
「まさかお前がカジノでこんなに大勝ちできるとはにゃ。身を滅ぼすタイプだ」
「幸いなことにミランダにはカードカウンティングが出来る。ブラックジャックで稼いだら潮時さ。もう行かない方がいいだろう。ミランダがブラックリストに載ったはずだ。俺とミランダはもうあそこのカジノには行かない。今回は旅で偶然立ち寄っただけ。以上! もうギャンブルはするなよ、ミランダ」
「いい判断にゃ。それがいい」
ミセスは家族を不幸にした薄汚いマネー、ヨムを握り潰してホワイトボードのインクを消した。そして新たな文字を描く。
『わたしを案内してください』
「興味が?」
『向こうもわたしに興味があるはず』
〇
チヨコ・モナカ(43歳)が仕切るキッサキタウンは寒い町。北部には謎の神殿もある。過疎と寒さに苦しんでいたが、チヨコ率いる日本人がやってきてからはカジノで町は潤った。女の子は冬でもセーラームーンみたいな恰好で出歩いて客を呼ぶ。今はそのセーラームーンたちもカジノで働いている。
往々にして寒い土地はオタクか馬鹿が多いとされているが、キッサキタウンのオタクたちは日本のオタクと違ってまだ現実の恋愛を捨てきれていない。カジノのディーラーや、「借金のカタに働かされているの……わたしを助け出して」と上目遣いのカジノの回し者のセーラームーンにロマンスを弄ばれてヨムを借りてまでギャンブルでイチかバチかに賭けるのだ。そして首が回らなくなるとジャパニーズ・オクトパス・ルームに叩き込まれる。
「上手くいっているようだな、チヨコよ」
「ええ、カウンティングが出来るガキが来たのは想定外でしたけど、概ね高利貸しもギャンブルも好調ですわ」
なんと! チヨコのキモノの中の白い乳房に手を這わせたスケベ男は、あのキントキ・ウジではないか!? ハラキリしたはずなのに何故!?
薄汚いマネーがチケットとなり、北米大陸の国民はウジの暗黒帝国へと変わってどんどん入国させられていくのだろうか!?





