3話
「お母さん! サウザン・ノブナガかっこいいね!」
「そうだね。でもお母さんはサウザン・ケンシンが一番かっこいいと思うよ」
日本には五人の伝説的サムライがいる。ノブナガ、ヒデヨシ、イエヤス、シンゲン、ケンシンだ。役者にとってこの五人を演じることは大きな誉れである。この五人を称える作品は山程あれど、日本の子供たちはまずサムライ戦隊でこの五人に触れる。毎年テーマを変え、リニューアルするサムライ戦隊が登場する老舗シリーズであり、そのためこの五人は日本の子供にとって、ある時期はブッダより尊敬される存在だ。ミセスも家族でサムライ戦隊を観てミツキにオモチャを買ってあげていた。
エイジが入院してから長い時間が過ぎた。エイジは前作『ローマグラップルサムライ戦隊』の最終回と新作『南十字軍サウザンサムライ戦隊』の第一話を観ることは出来なかった。
「鳴かねぇホトトギスから天に輝く聖十字のもとに逝け!」
「泣かないで! 涙、足りてるぅ~? 塩を送ってソルトチャージでハピネース!」
慣例としてサムライ戦隊ではノブナガがリーダーであり、ケンシンは紅一点となることが多い。過密スケジュールと過酷な撮影により、抜擢された若手俳優たちは撮影が終わって帰宅すると玄関で気絶したのか眠ったのかわからない状態になるという。
今年の『南十字軍サウザンサムライ戦隊』はエイジ、ミツキと一緒に全話見届けたかった。
お気楽な癒しの女性戦士、サウザン・ケンシンを演じるヒサミ・カノーは売れないガッカリアイドル時代からミセスがボディガードを務め、サウザン・ケンシン役が決まった後はカタナ捌きの指導をしていたこともあった。まだトム・クルーズみたいにビルからビルにジャンプするには修行が足りないが、ヒサミは随分と立派になった。自信に満ちたいい顔だ。ヒデオから教わった技術がヒサミに継承されたことは喜ばしい。
「じゃあお母さんは仕事に行ってくるね。おばあちゃんを困らせたらダメだよ」
こんなにキッチリスーツの着こなしにこだわるのは葬儀屋と用心棒ぐらいだ。エイジの母セイコにミツキを預け、ミセスは怪しげなリムジンに案内された。エイジの負傷とヒデオの失踪だからだいぶ時間が経った。セイコも現役インチキ霊感商法占術師なので生活費には余裕があるものの、稼ぎ頭二人が計算出来ないことはミツキの将来に不安を残す。しかし今回は珍しく、ブランク数年のミセスにオファーだ。
リムジンで迎えに来た男たちはミセス以上にスーツをキッチリ着こなし、手が真っ新だった。つまり刀を振り回す必要も持ったこともない、生まれながらのエリートでホワイトカラーなのだ。
ミセスは玄関から見える富士山に一礼してから車に乗った。
「自己紹介は必要ない。私はエドと名乗っておく。もちろん本名ではない。君をスゴウデの用心棒と見込んで頼みがある。そうだな、ロールスロイスが故障した、という話を?」
「いえ、聞いたことがないし縁もありません」
「ロールスロイスは故障しない。何故なら故障するとロールスロイス社の人間は修理せず新品と取り換えてロールスロイスは故障しなかった、と口裏を合わせさせるからだ。同じような話だ。我ら太平党も似たようなものだ。太平党のメンバーは悪事をしない。ただ向こうに応じる気がないなら口裏を合わせるのは無理だ。口は封じるしかない」
エドが一枚の写真をミセスに渡した。おお、この写真はあの暗黒賭博施設を経営するキントキ・ウジではないか!?
「こいつに腹を切らせろ。腹を切った時点でこいつの悪事を咎めることは出来ず、我ら太平党は潔白のままだ」
「この人は何をやったのですか? わたしの仕事は殺すことではなく守ることです」
「ならばこいつから国と家族を守れ。こいつがやっていることは……。君には難しいだろうが日本に戦争を呼ぶ。法定刑が死刑しかないからスガモプリズンにも入れられん。この犯罪を日本でやったヤツはまだいない。日本でこの犯罪をやったヤツはいないし太平党に犯罪者はいない。おわかりかね? シンプルだが、この法律を電子レンジで作れるポップコーンほど偉大な発明と並べたい。やったヤツは死刑。故に未だに犯されたことのない罪。この男がトゥインキーかクアドルプルバイパスバーガーの中毒ならそんなものを食ってるってだけで健康も精神もスピリチュアルなカウンセリングや治療や休養が必要なほど破壊されていることがわかるから減刑だろうが、日本にトゥインキーはない。いや、減刑も関係のない話だ。逮捕、裁判の前に腹を切らせろ。それならこいつは許される。君やヒデオ程に優れた人物がアルミとプラスチックの扉で出入りするのにこの男の自宅はマホガニーの扉だけで三〇〇万ドルもする。クソが」
「党のお仕事は党でやったらいかがです?」
「それは政治の仕事ではないし無理だ。このクソッタレ野郎には忍者がついてる。政治家は忍者に勝てん」
「忍者か……」
ミセスは目を瞑った。今までに何度か忍者と戦ったことがあるが、サムライをルーツに持つミセスやヒデオとは違った価値観を持つ人種だ。誇り高い戦士もいれば、どれだけ手が汚れようと構わないゲス野郎もいる。そういう難しい相手が忍者だ。
「ああ、忍者、そして日本最高の用心棒だ。君の義理の父親は、昔君の夫が泳いでいたタマキ……失礼、弱みを握られて加担している。忍者とヒデオ、両方始末出来るのは君だけだ」
「先生を始末なんて出来ません」
「不可という意味か? 拒否か?」
「どちらも」
「だが君以外に出来るのかね? そして私以外に出来るかな? 目を覚ましたエイジの過去からヤクザの痕跡を消し、忍者の因縁も切る。このくらいなら太平党でも出来る。君には太平党のお墨がつくぞ。もちろん報酬は弾む。太平党から与えられるクリーンな金だ」
「……。エドさん」
「どうした? 引き受けてくれるかね?」
「北米大陸はいいところですか?」
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「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
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「もう一度か。もうカードカウンティングはするなよミランダ」
「ミセスがするかもしれないわ。ミセスはカードを一垓枚まで覚えられるもの。これが出来るのはミセスの他にはチャック・ノリスだけ」
「さすがだな。垓の次は何だ?」
「ミセスに聞いて。二回も覚えたことがあるみたいだから」
「ちなみにこの世にチャックは二人しかいない。ノーマンとノリスだ。共通しているのは二人とも最強ってことだ」
この兄弟はタフだ。無限までは数えられないが、垓まで数えられるミセスでも大量のゾンビには手こずり、ヨムを北米に流そうとしている犯罪者を討つには大いに頼りになるのだ。
かつてミセスは大切な人たちを巻き込むまいと一人で悩みすぎ、家族に悲しい運命を背負わせた。この北米大陸では二の轍は踏まない。チャールズ、ミランダ、ドクは子供じゃないし弱者じゃない。頼っていいし巻きこんでいいのだ。コミックヒーローには自惚れと挫折が必要だがミセスの人生においてこの二つはもう経験したことだ。
国の中枢である太平党の幹部にエドみたいな回し者がいたように日本は既に北米大陸某国の傀儡。しかし悪い関係じゃないしこの兄妹のことは好きだ。
『とても危ないミッションになる』
「危ないミッション? ミセスがいて?」
『わたしが冷静さを失うかも。それ以外はオールグリーン』
時計の針をキリキリと戻すのでは時間がかかりすぎるから、一気にカレンダーを十年以上前の日本に合わせよう。東京っていうのは簡単だが、太平党のエドとミセスがやってきた場所はキントキ・ウジのカジノだ。東京の地下には多くの空洞がある。大戦時に空襲を受けたため防空壕があったり地下鉄があったりして、その地下の大空洞に天井から地下深くのマイナスの方向に建てられた逆さの五重塔が暗黒カジノだ。
「さぁさ張った張った! ノサカ・ザ・ファイアーvsコリーダ・オオシマのスーパーファイトだ!」
「イカサマじゃねぇか指詰めやがれクソディーラー!」
「ブッコオソザー! 殿中にござる!」
「おいオッサン、今ディーラーの下着盗撮したろ? 事務所で話がある」
「もしもし? 私だ。テンシチャン製薬とヒジリ製菓の株を売り払え。何故かって? 今、目の前で社長が賭場に金を使い込んだからさ」
マイナス一階にはリング、スロットマシン、バニーガールのハナフダ、一ターンの持ち時間たった三秒のファスト・ショーギと言ったすぐに興奮を刺激し賭けられるアトラクション、デリバリービールや歌姫のステージがある。
「愧死愧死愧死愧死愧死愧死! 復讐復讐復讐!」
歌姫のシャウトが薄汚いマネーと賭博のカオスで牛同然になったシリアル・ギャンブラーに鞭を入れる。みんなミセス以上にいいスーツ……エドの着ていた服みたいな高級スーツでいいカメラを首から提げているのに、ここにいる人間はみんな狂っている。ミセスは吐き気がしそうだった。用心棒を雇う人間ってのは、ヒサミのように用心棒を雇って守る名誉と雇える金を持ったちゃんとした人間だったのだ。むしろここにいるようなクズ人間から客を守るのが仕事だ。ミセスはクズのジャンルを歩く地図を持たない。
しかしヒデオは地図の向こう側に行ってしまった。地図の向こう側でその地図を守っているのだ。ルークの父親はダース・ベイダーだったがルークはずっと父は死んだと思ってた。ミセスの人生には十四歳の時からずっと先生としてヒデオがいて、今は家族なのに。ベイダーが父親だったことが発覚する以上に、ずっと一緒だったヒデオがダークサイドに落ちてここにいることは大きな問題なのだ。
ここにいるバニーガール、ビール売り、歌姫は末端だ。幹部はもっと深い階にいるのだろう。
雑魚セキュリティたちは、首からカメラを提げていないミセスを勝手に関係者と勘違いして下の階に案内した。
真っ暗な階段を下るとそのフロアに明りはなかった。それが逆にミセスの警戒心に引っかかった!
ズバン! ズバン! ズバン!
突如眩いスポットライトと紙吹雪が炸裂し、ミセスは目を細めた。
「我が名はアヅキ・コウガ! 月夜に踊るシノビの刃!」
「オイラの名前はハマ・ハジメ! ディストピアに咲く一輪の花のように、今、舞い散る!」
「我ら! 二.五次元イケメン忍者歌劇団! “シノビライブ”!」
「夢幻の如く見参!」
スポットライトをシルバーの紙吹雪にくぐらせて、ブロンドと赤髪のウィッグにカラコンの忍者がエントリーした。肝心な時にはすぐに脱いで姿をくらますことが出来るよう、あえてゴージャスで目立つ格好で名乗る手法は、近年若い忍者の間で流行っているシノビイング・スタイルだ。
アヅキにハマ……。どちらも忍者の世界のみならず用心棒の世界にまで名が轟き、知名度が高すぎて忍者稼業に悪影響まで及ぼす程の忍者の名門だ。濃い化粧を落とせばまだミセスより少し年下の若者だろう。
だがミセスは確信する! アヅキとハマ、名門忍者が二人もいるということは、ここはやはり怪しいのだ!
「悪いことは言わない。君たちにはまだ未来がある」
抜刀! フスマに映るシルエット! 魔の都の地下にぶら下がる暗黒の五重塔は、まだマイナス二階だ! ミセスという名のブルース・リーの『死亡遊戯』はまだ始まったばかりだ。





