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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP14 屍滅の刃
59/86

1話

 Beep……


「みなさま、今日もヤマトヒコウキ6便、サンフランシスコ行をご利用くださいましてありがとうございます。この便の機長はショウユ・オトウフ、本日皆様のお世話をいたしますキャビンアテンダントは、カモメ・ハギツキ、それにヤツハ・オタベです。シートベルトを腰の低い位置でしっかりとお締めください。刀は必ず、ソードホルダーに収納し、フライト中は決して抜刀しないでください。まもなく出発いたします」


 彼女の誇りは義理の父から授かったジャパニーズサムライソード、銘は“ミドリ”。彼女はしっかりとソードホルダーにミドリを収め、フライトに備えてシートベルトを締めて夢心地になった。


 Beep……


「ヘェ、毎度コンナシミッタレタ場所ニヨクキナスッテェ。ミナサンヒマダネェ。デモアタシァ落語ヲ聴クバカガ大好キデスヨォ。毎度バカバカシイオ話ヲ一ツ。我々ノ方デヨク……」


 日本のお笑いはシットダウンでもやることが出来る。身振り手振りを交えたオーバーリアクションのスタンダップもシットコムもいいが、彼女は座布団一枚とセンスだけで何十分も面白い話をする落語家という仕事を尊敬し、憧れていた。今でも彼女はいくらでも正座出来る。お喋りは苦手だ。


 Beep……


「おぅたむずの! ワールドAwesome浜・行楽! 今日もこのビーチに素敵なお客さんが来てくれましたよぉ!」


 落語の次は世界のリゾートビーチだ。彼女は海に面していない山岳地帯ギフ・プリフェクチャーの出身だったので、昔は下ネタ番長だったけど妻子持ちになって丸くなった五十絡みのご機嫌なコメディアンが若い女の子とダジャレたっぷりに美しいビーチを紹介する番組で、想像を膨らませてどこへでも行った気分になった。週末のささやかな楽しみだ。


 Beep……


「おっす。調子はどうだ? 最近疲れているように見えるが? 休暇ならいつでも申請してくれ。面倒かけてスマネェな、バカ息子が」


 彼女の義理の父は彼女の上司でもあった。良心的な値段と健全な人間関係で警護を請け負うクリーンなヨージンボー稼業だ。上司であるヒデオという男は、彼女が十四歳の時にその才能を見抜き、ビジネスメールやカタナ捌きを教え込んだ。


 Beep……


「おはよう、ミチルちゃん。僕は仕事に行ってくるよ。朝食のヒヤヤッコは冷蔵庫の中にあるよ。ミツキのこと、考えておいてくれないかな? 僕も少し頭を冷やすよ。僕と、君と、ミツキの間には少し距離と時間が必要かもね。僕はヨーロッパへ、君は行きたがっていた北米に少しの間旅行しよう。父さんと母さんがミツキの面倒を見てくれる。少し頭を冷やして三人で向き合ってみようよ」

 彼女は母国で結婚していた。上司の息子エイジは若い頃はチャランポラン息子で大学に八年も通ったある意味勤勉な男で、カタナはからっきしでもコミュニケーション能力はバツグン、落研のエースで話が好きだった。若い頃のツテを活かし、フリーの編集者をやっていた。上司の勧めで交際を始め、二人はピッタリ噛み合った。人一倍話す男と人一倍喋らない女。夫はイケメンだった。彼と彼女の息子ミツキも幼いながらその面影を継いでいる。

 彼女は結婚していた。だから彼女は今、こう呼ばれるのだ。ミセス、と。






EP14  Dead giveaway. Whatever






 Beep!


「!」


 Z10年のサンフランシスコと東京の時差は約十七時間。今のミセスは東京ではなくパシフィック・タイム・ゾーンに体内時計を合わせ、電池と歯車のシンプルな目覚まし時計で目を覚ます。体内時計を東京に合わせていても時計なしじゃ東京でも寝坊しちゃってたんだけどね!


「昔の夢でも見てたかにゃ?」


『ドクが起きてたのに寝ていてすみせん』


 ミセスはお喋りが苦手だった。エイジは勝手に喋っていたし、無口なパートナーを相手にベラベラ喋ることを苦にしなかった。息子のミツキは普通で、ミセスも流石にミツキ相手に恥ずかしがることはなかった。でも喋りに慣れていないのでミセスはミツキにとって無口な母だった。北米大陸に来てもそれは変わらない。

 今の上司であるドクは自分よりもだいぶ若いが、ヒデオとは違ったタイプのいい上司だ。携帯用ホワイトボードに拙い英語、時折日本語で現在の上司であるドク、ドクのワイフのミスズちゃんとコミュニケーションをとる。


「タイムカードを?」


『タイムカードが導入されたのですか?』


「してない。だから遅刻も寝坊もないんだにゃあ。テキトーな時間に寝て起きて、そんな医者の不養生をやってるボクよりもミセスは決まった時間に寝て起きてるだけ健全にゃ。ボクは徹夜でハナフダにゃ」


 馬の嘶きのようなエンジン音がノーレン・カーテンを揺らした。そして小柄な手がヒラリとめくる。


「ピアノ売って頂戴~。もっともぉーっとタケモット。ピアノ売って頂戴~。みんなまぁるくタケモトピアノ~」


 ミセスには懐かしいメロディを口ずさみながらミランダの登場だ。彼女の後からノーレンをくぐってきたチャールズがアンダースローでドクにタバコのパッケージを投げてやる。ドクの好きな銘柄だが、サンフランシスコではあまり扱っていないので旅で見つけるたびにチャールズが買ってドクにプレゼントするのだ。


「ミランダのその歌は何?」


「昔、母さんに教わったの。母さんが昔ジャパンに行った時、キョートっていうトラディショナルな町に行った。旅のガイドを地元のタクシードライバーに頼んだんだけど、その人が、この歌はジャパンの母親がみんな子供に教える歌、って言ってたんだって。そのタクシードライバーは、旅人にもこの歌を教えてあげていて、いつかその旅人の子供が故郷でこの歌を口ずさんでジャパンに思いを馳せる姿を想像するのが楽しみなんだって。だからわたしも教わったの。みんなまぁるくタケモトピアノ~」


「ロクでもにゃいタクシードライバーだけどそのギャグセンスは嫌いじゃないにゃ」


 カウンターに座ったチャールズがキープのボトルを指さすと、ドクのワイフのミスズちゃんはチャールズの気持ちをバーテンのカンで読み取ってその酒を使ったタイムリーなカクテルのためにシェイカーを回す。ミランダにはコーラ。こっちを回すとドクの自慢のコレクションがビチョビチョになってしまう。


「旅の報告を?」


「OK、チャールズ。何かあったかにゃ?」


「キッサキタウンって町に行ったんだ。いかにもインテリが作った町だったよ」


「へぇ、そう。土産は?」


「こいつだ」


 チャールズがズタ袋からドサッと山盛りの札束をカウンターにぶちまけた。これがドルだったら……。もうクリスマスプレゼントはいらないぞ。


「随分と稼いだにゃ。これは、どこの?」


 ドクが目を回しながら両手で札束を抱きしめた。チャールズとミランダに仕事は回しているが、大体いつもドクの赤字だ。まさかこんな日が来るなんて!


(イェン)かと思った。だがこんな怪しいヒゲのジジイが肖像で、日本の金は黒いのか?」


「円は黒ベースじゃないけど金は金! どこの金かにゃ? 何故チャールズはこの紙幣を円だと?」


「キッサキタウンを仕切ってるのが日本人だったからさ」


 ミセスはチャールズが稼いできた黒い紙幣を拾い、肖像と文字を確かめてからグシャっと握り潰した。ミセスらしくない、感情があらわになった表情だ。


「ミセスは何か知ってる?」


『このお金は使えないです。使っちゃいけない金です』




CZK4 14-1-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK4 14-1-A



 200X 東京(TOKYO)


「僕がネクタイなんて珍しいだろ? 残念なニュースがある。堅ッ苦しい仕事をしないために生きてきたのに、やりやがった、あのクソ親父」


 夫のエイジはフリーの編集者。「フリーの編集者」という仕事の中でやりたくない仕事もやっていたが、編集者の仕事は彼にフィットしていた。稼ぎも悪くない。生活に困ったことはなかったので、子供が出来てからのミセスは庭で刀の素振りや巻き藁相手に居合こそするものの専業主婦だった。


『人気声優生理周期カレンダー』

『天才IT社長の億ションのボイラー室から大量のポルノ女優のミイラ発見』

『賞レースチャンピオン芸人は紫パンティーの熟女がお好き』


 息子のミツキにはまだ読ませられない記事を編集してきたエイジだが、いつかはコミックの編集者になって『キャプテン・アメリカ』みたいな世界的なコミックを生み出すことを目指していた。三流ゴシップやゲスな下ネタ記事は踏み台だ。編集者としての実績がエイジには必要だった。


「ミチルちゃんに訊いておくよ。今は父さんと仕事の話はしてないね?」


 似合わないネクタイのエイジは得意のスマイルを封印してミセスに質問した。結婚してから数年。ヒデオとは家族の話はするが、ヒデオも育児と家事の邪魔をしないために仕事の話は持ちこんでいない。


「落ち着いて聞いてくれミチルちゃん。父さんとヤクザの付き合いを指摘したゴロツキがいる。これが本当なら危険だ。父さんの顧客には大物歌手や文化人がいる。彼らもみんな黒い関係に汚染されてしまうんだ。ミチルちゃんは何も知らないね?」


 ヒデオの用心棒稼業はフリーランス。ミセスが六年ほど一緒に働き、評判は良く仕事はクリーンのはずだった。少なくともミセスはヤクザを守ったりしない。若い女性の歌手やアイドルは、若い女性のミセスに守られることに安心していた。だがミセスと組んで仕事を増やしたヒデオは、頼れる相棒のコトブキタイシャで増えすぎた仕事をカバーすることに苦しんでいた。


「なんていう名前のヤクザ?」


「わからない。でも汚い金を使ってカジノをやってるエコノミックヤクザらしい」


「心当たりがない」


「ならよかった。僕みたいな小物編集者の父親に黒い交際があったからってマスコミが家まで押し掛けることはないだろうけど、ミツキの教育によくない。内緒にしようね」


 その日、エイジは帰ってこなかった。彼は家のベッドのミセスの隣ではなく、病院のベッドで看護師の横に眠っていた。

 こいつがヤクザのやり方だ! まずはヒデオに接触し、既成事実を作ることでヒデオの顧客たちにも黒い交際の疑惑の種を植える。そして口止め料をたかったり、真相を究明しようとしたエイジを襲撃して見せしめにする。


「先生、もう言い逃れは出来ません。ヤクザとは関係が?」


「わからねぇ。どいつがそうだった? 畜生が」


 集中治療室の外でミセスとヒデオは刀を杖代わりにして頭を抱えていた。だがエイジは真相に迫ったのだ。エイジが意識を取り戻せば襲撃者の謎を解明出来るかもしれない。それは襲撃者にとっての脅威だ。エイジに黒い悪人の影が滲む。


「一人、怪しい男がいる」


「誰です?」


「大物議員のウジ・キントキだ。三年前にそいつの講演会で用心棒をやったことがある。だがあいつには賭場の出入りと怪しい金の動きの疑いがあることが最近わかった。この間は秘書が不審死した。お前は関わるな、ミチル。俺がウジに聞いてみる。清算……もちろん暴力じゃねぇ。サツに突き出して清算するしかねぇ」

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