1話
なんてことのない夜だった。
月は真ん丸、虫たちのオーケストラ……。トムとジェリーでさえこの静寂を破ることは出来ないだろう。
ミランダはベラトリクスとシスター・グレイシャをオレンジの家に招き、初めてのお泊り女子会をしていた。お酒を飲めるのはベラトリクスだけだが、ミランダはドクのワイフでバーテンであるミスズちゃんの見様見真似でカクテルを作ってやった。もちろん上手くいかない。しかし「上手くいかない」ことでさえ面白くなるのは友達同士で時間を過ごしている実感を湧かせる。
まだ『レイダース 失われたアーク』を観たことがない人間はこの北米大陸ではシスター・グレイシャが最後の一人だ。ミランダは彼女にガビガビになったビデオテープとホコリを被ったデッキで『レイダース 失われたアーク』を観せてやり、これでなんとか全国民が『レイダース 失われたアーク』を観るというノルマが達成された。ベラトリクスもホロ酔い、誰から眠りにつくかのデスマッチの相を見せるお泊り会。なんて平和なんだ!
CRAAAASH!!!
オレンジの町のノーマン家の庭に、突如トムとジェリー越えの騒音が鳴り響く。チャールズが父ロバートから遺品のインパラを受け継ぐまで乗り回していたヴィンテージのヴェスパにピカピカのシルバーの車が突っ込み、炎の轍を作っていたのだ。車のボンネットは痛々しく損傷し、ケーキの下に敷いたアルミホイルみたいになってしまった。意識の高いインスタグラマーならあのボンネットでもレフ版代わりに使ってケーキを美しく写真に残せるだろうが、今にここにいるミランダ、ベラトリクス、シスター・グレイシャはインスタグラムはやっていない。ドライバーは衝撃でフロントガラスを突き破り、ヴェスパに激突して失神していた。
「あのドライバー、運が良ければまだ生きてるわ。偶然にもナースもいるし」
「運が良ければ? 冗談はよしてベラトリクス。兄さんのヴェスパをぶっ壊したんだから、今死ねた方が幸運だったわ」
運転中にゾンビ化し、交通事故を起こしたのかもしれない。ミランダは懐中電灯と拳銃を持ってチャールズに殺される予定のドライバーのもとへ向かい、まだ幼さの残る顔を照らした。
「誰かに似てる。……この顔はお母さん? それともわたし?」
EP13 The Scavengers -Birthday is the future-
「うぅ……ヒドい夢を見たわ、お母さぁん」
「そう。今、タオルを替えてあげるわ」
「お母さんの手だぁ。でも最低よ。何か轢いてしまったかもしれないし、未来がオジャンになるかも」
「ゾンビなら轢いても誰も咎めないわ。安心して」
「お母さん……。今何時? ここはどこ? 頭が痛むわ」
「地球よ。よく来たわね。今はZ13年の」
「Z13年ですって!?」
ドライバーはベッドからはね起き、頭に巻かれた包帯とそれに滲む血を掌に塗りたくりながら目を白黒させて周囲を見渡す。この部屋にはドライバーとミランダしかいない。
ベラトリクスの応急処置で、奇跡的に頭をちょっとケガしただけとわかったドライバーをノーマン家のベッドで看病してやったのだ。ミランダが開発した新種のカクテルによってオールラウンダー系イベントサークルの新歓コンパに招かれて先輩の魔の手に落ちた大学一年生の女子みたいになってしまったベラトリクスは仕事をした後倒れるように眠ってしまった。今のベラトリクスの看病に必要なのはベラトリクスだ。彼女も無事だといいが。シスター・グレイシャは夜更かしが苦手だ。もう眠っている。
「どうしたの?」
「!」
ランプに照らされたミランダを見たドライバーは顎が外れそうな程に口を開き、手を当てて視線を逸らす。
「なんていうかその、君が若い! 肌ツヤもいいし……」
ミランダの方もしっかりとドライバーの顔を見る。栗色の髪にブルーの瞳、体は小さく、幼さがある。あの交通事故でほぼ無傷だったのだから、鋼鉄の豊胸手術でもしてるのかと疑ったがそんなものが入っていないのもわかるくらい、V8インターセプターがプリントされたTシャツは平坦だった。自分や母と似た系統の小柄な容姿だ。だがそれ以上の何かを感じる。ミランダはこの少女に、クララに向ける感情に近いものを感じた。
「ミランダよ。ミランダ・レイチェル・ノーマン」
「わたしはマーリィ……。マーリィ・マクフライ」
「OK、マーリィ・マクフライ。保険には入ってる? ゾンビは轢いていないけど、あなたは兄さんのヴェスパをオシャカにしちゃったわ。兄さんにブッ殺されるのと裁判、どっちか選んで。お酒でも飲んでたの? それともいいお天気だからヴェスパでも壊そうと? 弁護士なら知り合いに一人いるわ。彼は地獄行きだけどね。神は優秀な人材を求めているから天国には呼ばれない」
「ロイド・ロールスロイスの手は借りないわ」
「ロイドを知ってるのね」
「……!」
マーリィは眉間に皺を寄せてまた視線を逸らす。また何かミスってしまったようだ。
「その……。ミランダ。とても言いにくいこと、そして不躾なお願いだわ。まず、わたしの持ち物にオルゴールはなかった?」
「オルゴール?」
「『Happy Birthday to You』の手動オルゴールよ。それは母さんにもらったとても大切なものなの。そして五十セント玉をいくつか。ドクに電話を掛けないと」
「死にたいの? マヌケ。オルゴールはともかく金の話なら別よ」
「ドクを、ドクター・イマガワかルクス・リベットに電話をさせてくれるなら五十セントはいらないわ」
「ドクとルクスを?」
「ええ、わたしはドクから勉強を習っていたの。彼はとてもクレバーでクールでジェントルマンよ。それにルクス・リベットは天才だわ」
ドクの顔は広い。サンフランシスコのインテリであるドクは、多くの子供たちに勉強を教えているという。シスター・グレイシャも、教師の道を志していた頃はドクのもとで勉強していた。いくらドクとミランダが仲良しだとしても、サンフランシスコを離れないドクとあちこちを旅するミランダがお互いの交友関係の全てを把握することは出来ない。こういうちょっとラリった子はサンフランシスコにはたくさんいるんだろう。ミランダにとってもこういうおかしな人間は珍しくない。縁もゆかりもない上に兄のヴェスパをブッ壊したのに看病してやろうという気持ちにさせるくらいの変人は、まだ全米のあちこちにいるのだろう。
「ならシスター・グレイシャがあなたのことを知ってるかも」
「ちょっとタンマ……。ハードだわ。ミランダ。Z13年のあなたはとてもハードね。ここにシスター・グレイシャもいるの? そう、シスター・グレイシャとは違うクラスだったの」
「硬さは今は関係ない。わかった。じゃあ今からドクに電話をかけるわ。あなたのことを知ってるといいけど」
マズイ……。マーリィの冷や汗が包帯の血を溶かしていく。
ミランダ・レイチェル・ノーマンの若い頃は少し厄介だ。
体にはまだ痛む箇所があるが、動くことは出来る。マーリィはブランケットを丸めた。
「落ち着いて……。Take it easyよマーリィ。ミランダ。もしかしたらあなたは、これから“ピープル・ガス”という悪人に出会うかもしれない。でも負けないで。立ち向かって。あなたには心強い仲間がいる。それじゃあ、ゴメン、ミランダ!」
丸めたブランケットをミランダにぶん投げ、顔にかぶせて視界を奪う。そしてジャンパーで縛って日本で太陽の恵みを呼ぶ神秘のグッズ、ジャパニーズ・テルテルボーズみたいにしてマーリィは階段を駆け下り、シスター・グレイシャがスヤスヤ眠っているリビングにやってくる。ここには何があるかもマーリィは知っている。
「イエス!」
罰金ボトルだ。汚い言葉を使った時に罰金を投入するボトルには、カリフォルニアのハイティーンの女子全員に公衆電話からスケベ・コールが出来るほどのお金が溜まっている。マーリィはそれをかっぱらい、ボンネットがグニャグニャになった車に乗り込んでキーを回す。エンジンはかかった! 急いでオルゴールを探すが、どうやら車内にはないようだ。
「マザーファッカ!」
毛布を振り払ったミランダが銃を持ってノーマンハウスから出てくるが、射程距離、タイミング、ミランダのコンディション全てがバッチリなのに撃つ気になれない。運転席からマーリィが顔を出した。
「ミランダァー! 本当にごめんなさい! お金は必ず返すわ。わたしに会いたかったら、オルゴールを持って“パワースポット”に来て!」
炎ではなくタイヤの轍を残してマーリィの車は遠ざかっていく。追うべきか? あの罰金ボトルのお金でマイケル・マッキントッシュの新作『アラスカで四十八時間耐久キャンプファイアー』のビデオが買えたかもしれない。
「Shit! なんなのよあの子。クララがあんな子に育ったら兄さんとナタリアを引っ叩いてやるわ」
CZK4 13-1-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったわ!」
「本当に!? マーリィ! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラよ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないわ! もちろん人工甘味料はゼロ! 0カロリーで体にもいいわ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 現在・過去・未来のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK4 13-1-B
いつストップしてしまうかもわからない瀕死のガルウィングでサンフランシスコに到着したマーリィは、赤い壁とジャパニーズ・ランタンが印象的な日本人街にやってきた。マーリィの記憶にあるものよりもずっと新しいが、アヤしいバーのドアを開ける。
「いらっしゃーい」
マーリィの喉元に鈍い光を放つ刃物が突きつけられた。視線を刃の上に走らせると、間違いない。サムライソードを握っているのはミセスだ。
「ミランダから電話があったにゃ」
「なら話は早いわドク。ミランダはなんて?」
「罰金ボトルに三〇〇ドル入れるくらいの罵詈雑言にゃ。マザーファッカーとか」
「マザーファッカー? ハードね。いいギャグ。ドク。あなたには全部話すわ」
「どうした? ミランダの言葉を引用するなら死にたいのかマヌケ、だにゃ。ミセス」
ミセスはジャパンにいた頃からヤクザを相手にしてきた用心棒。悪人と善人を見極める目と判断基準を持っているが、ミセスの目にマーリィは悪人に見えなかった。しかし善人でもない。まだどちらにもなれていない少女だ。
「わたしの乗ってきた車はタイムマシンよ。わたしは二十年後の未来、Z33年から来たミランダの娘よ」
「Z33年までに『ホットショット』と『メジャーリーグ』は4まで公開されたのかにゃ? “チャーリー・シーン”のキめすぎでバグってるにゃ」
「わたしがここに来た時、チャールズのヴェスパをブッ壊してしまったわ。チャールズは十六歳の時、『ローマの休日』ごっこで“小枝ちゃん”を後ろに乗せてあなたに見せびらかしに来た」
「……」
「ミセス? あなたの息子の名前はミツキよね? カタナ捌きを教えたのは義理の父のヒデオ。夫の名はエイジ」
「……。全部過去の話にゃ。あんなバットモービルより目立つ車で探偵ごっこを? ワトソン君やロビンもいるのかにゃ?」
「じゃあ未来のネタバレを少しするわ。その代わり、力を貸して。ドク」
マーリィはフロシキに包んだ機械の塊をテーブルの上に置いた。何種類ものケーブルや導線、半導体やパーツで組み立てられ、素人のドクにはこれがなんのためのステキガジェットかわからない。だが未知を好むドクは生唾をゴクリと飲んで身を乗り出し、自分の息でステキガジェットが錆び付かないように気を配る。
「これは……。手作業で作られている。こんなことが出来るのは世界に一人しかいない!」
「そう。これはルクス・リベットが作った時空転移装置よ。そして、この装置の動力源は超電磁。磁場の強い場所や超常現象の発生する場所……つまりパワースポットに一定期間滞在したゾンビは体質が変化する。その変化したゾンビ……ストレンジ・ゾンビを使ってタイムリープが出来るわ。ご存知よね? ドク。Z13年っていうと、あなたが“歴代大統領の皮をなめして作った聖書”と“アステカのコイン”を探し、パワースポットについて考えていた頃だわ」
「ねぇう! ネタバレは禁物!」
ネタバレは禁物。つまりマーリィの口から未来のネタバレが出てしまうとドクは判断した。確かに最近、ドクはパワースポットとゾンビの関係についての書籍を読み漁り、自分の考えをナショナルジオグラフィックかネイチャーかムーかマイケル・マッキントッシュに寄稿しようと思っていた。
「そしてドク、この時空転移装置の設計図を書いたのはあなたよ」
「みゃー! 騙されてやるにゃ! で!? ボクに何をしてほしい? 簡単なことにゃ。ガセだったらミセスがお前でスシを握る。ただミセスは料理が下手だから言葉を選べ。面白いネタだったら乗ってやる」
「時空転移装置が壊れてしまったの。これでは未来に帰れない。直すためには、ストレンジ・ゾンビを動力に換える“レールガンの設計図”が必要よ。そしてそのレールガンの設計図をピープル・ガスという悪人も探しているの。ピープル・ガスがレールガンの設計図を手に入れたら世界は滅んでしまうわ。だから、タイムマシンを修理した後、ピープル・ガスには絶対に見つからないように隠す。つまり、設計図は未来に持っていくわ。そのためには時空転移装置を動かすストレンジ・ゾンビも必要」
「ピープル・ガス? 何者にゃ?」
「恐ろしいヤツよ。ハードだわ」





