3話
アイシャ・セントーン(22)をどう思う?
「ノーコメント」(23歳 男性)
「ちょっと急いでるんで」(21歳 女性)
「ああ、アイシャは最高さ。こんな田舎町にはもったいないね。ブロードウェイでも通用するよ」(26歳 男性)
「恐ろしい女ギツネだ」(31歳 男性)
「コーラルフォレストの歴史を映画にするなら、助演女優賞にはアイシャを推薦するわ。来年、コダックシアターにしか売ってないボールペンをお土産にもらうの」(60歳 女性)
「スゴい女性。ベラトリクス・サンダーランドにも負けていないはず」(19歳 女性)
「是非、故郷に連れて帰りたいタイプの女性だよ」(27歳 男性)
「ジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レト、ホアキン・フェニックス、そしてアイシャ・セントーンね」(17歳 女性)
「HAHAHA! 少々手ごわい様だね。君の手には余るかな? まさに悪女ってカンジだ。賢すぎることは悪でもあるからね! 君に彼女をやっつけられるとは思えないよ。私なら余裕ですがね。つまり、彼女は君以上、私未満というコトさ」(27歳 男性)
〇
コーラルフォレストにはいろんな人間がやってくる。だがこの日本人、トウ・トヨタは、天国にバカンスをしに来たんじゃないし、多くの旅行者と違ってコーラルフォレストから“帰る”ことが出来るだろう。
トウは首から提げたポラロイドカメラを構え、窓の向こうで何かを読んでいるアイシャの写真を撮ろうとするが、出っ歯とヒゲにひっかかってしまった。
「イェーラッシェー!」
「!」
「どぉーも! 今日はルクスが魚を釣ってくる予定なの! 腕を振るわくっちゃね! 本場のスシ・バーのシャウトってこんな感じ? イェーラッシェー!?」
こいつがアイシャ・セントーン。食えねーヤツというのは本当のようだ。
「計画書は読んでくれたかね? セントーンサン」
「もちろん」
「お分かりだね? 我々が再開発を手掛ければコーラルフォレストの魅力は十倍、観光客は百倍、雇用は千倍、そして君の老後の蓄えは一万倍だ」
「あの計画書、あなたが?」
「ああそうだ。私は経済学と経営学の博士号を持っているからね」
「OK、トウさん。あなたはボストン・レッドソックスのファンかしら?」
「いや、わたしはセイブ・ライオンズファンだが?」
「そのチームもチームカラーは赤なの? あなたの計画書、直すべき部分を赤でチェックしたらボストン・レッドソックスのユニフォームみたいになったわ」
「くっ……。だが意図せんとすることはわかるだろうセントーンサン。何も私はコーラルフォレストに第二のナカトミ・ビルを作ろうとしてるんじゃない。わかるかね? わからないかな? 田舎者の野蛮人にワビサビ・インポータントの概念は」
「ええ、わからないわ。そんなワビサビなんてわからないものを押し出しても観光客は来ないわ。そんな人の再開発計画なんてNOよ。コーラルフォレストは“天国”! 有料老人ホームも射撃場もボウリング場もいらないわ。カリフォルニア州では歩道でのボウリングは違法らしいけど、ここではアリよ。でも退屈な計画書はNO。コーラルフォレストにあればいいものは、美味しい空気と美味しい食事、きれいな風景にいい人たち。でも一番美味いのは女! 以上。でもルクスは今、デートをしているの。何でも釣れて飽きないルクスの場所でね。もうしばらくあなたの相手をしてあげる」
トウは今、北米大陸を再興させようとしている組織の一員だ。日本の大学を卒業した秀才で、数千ページの計画書を作成し、コーラルフォレストの村長であるモーガン・リベットに送り付けた。ナメ腐っていたのである。所詮、モーガンも、その跡継ぎとされる長男のハーキュリーズも海で魚を相手に知恵比べをするのが限界の無学な漁師だろう、と。その読みは外れていない。だがモーガンにはカードがあった。それがアイシャ・セントーン。
「……どんな場所にも暴力の歴史はある。君たちの先祖はインディアンをブッ殺してこの大陸を手に入れただろう? 我々の先祖のサムライもモンゴル人と戦った。守るも攻めるも暴力の歴史がある。だがコーラルフォレストでそんなことは起こさんよ。しかし私はカラテのブラックベルトだ。そのウデマエは二十七段に達する」
「アチョー!」
このバカ丸出しの小娘は、トウも、トウの前任さえもやっつけてコーラルフォレストの再開発を拒み続けている。計画書のダメ出しは的確だ。大学どころかゾンビ現象で義務教育すら怪しい田舎の小娘とは思えない知識量、読解力、イチャモン! トウたちは、無知な田舎者は読むことすら出来ないけれど文量にビビって言うことを聞くだろうとハッタリで大量の文書を送り付けたが、コーラルフォレストにはアイシャ・セントーンがいた。
謎をドレスや宝石のように身に纏うミステリアスな女性のことはまだ多くを語るべきではないかもしれない。
いったいどんな魔法使いが魔法をかけて彼女をインテリシンデレラにしたのか? それは真夜中まではお預けだ。そしてコーラルフォレストはド田舎なのでみんな日が沈んだ後にテレビ裁判の再放送を観たらベッドでブランケットにくるまるし、マトモな観光客ならコーラルフォレストは楽しすぎて遊び疲れて真夜中までなんてとても起きていられない。起きているのはイビサのDJ野郎と、神経質すぎてイビサのDJ野郎のせいで眠れないルクスぐらいだ。
「さぁ? どうします? あなたもスシを?」
「……」
トウのボスならアイシャを負かすことは出来るかもしれない。だがボスにその気はない。そんなにコーラルフォレストを重要視していないのだろう。しかしトウやトウの前任者たちは、ド田舎にいる謎の女性をやっつけることにこだわった。最初は、田舎モンの小娘に追い返された前任者が無能だと……。アイシャ・セントーンを知ると、こいつをやっつけてコーラルフォレスト再開発の手柄でボスに見直してもらおうと……。そしていつしか術中にハマり、トウもアイシャに向けて数千ページの計画書を送り文通するようになっていたのだ。
「セントーンサン」
「なぁに?」
「ワサビはあるかね?」
CZK4 12-3-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK4 12-3-B
アイシャ・セントーンをどう思う?
コーラルフォレストの村長で伝説的船乗りのモーガン・リベットの長男、“鮫”のハーキュリーズ(ハーク)・リベットはこう語る。インタビュアーは“狼”のチャールズ(チャック)だ。
「ちょうど俺らくらいの年代までだな。アイシャの母親を知ってるのは。彼女は美しい女性だった。だが貧しくてね。彼女の仕事は……。コーラルフォレストの名産を? メシ、海、アクティビティ、そして女だ。アイシャの母親もコーラルフォレストの名産品だったよ。アイシャの母親にはみんなお世話になったと聞く。だからアイシャの父親が誰かはアイシャの母親も知らないんだろう。でもアイシャの賢さは常軌を逸していたし、アイシャの賢さはアイシャの母親の想像もつかないものだった。だからアイシャの才能を潰しちゃならねぇと、アイシャの母親はもっと“稼いだ”。そしてアイシャにいい教育をと、コーラルフォレストを出た。それでもってあのゾンビ現象さ」
「クソッ、またZの野郎か」
「アイシャと母親はZの後にすぐコーラルフォレストに戻ってきた。暗くなっちまった母親を励まそうとアイシャはどんどんお調子者になった。あの頃のアイシャに偽りはあったかもしれねぇ。だがもう十年もああやってりゃ、あれがアイシャの本性だってわかる。アイシャは優しくて、賢くて明るい女性だ。みんな彼女に恋をした。だが……恐ろしいんだよ。どいつもこいつも断言できねぇんだ。俺はアイシャの父親じゃないぞ! 俺とアイシャは兄弟じゃねぇぞ! って。みんなアイシャを認めてる。だが距離をとってる。そしてアイシャを傷つけないように何も言わねぇ。……旅人に話すことじゃねぇな。それに友人にも。だがチャック、お前は大丈夫だ。お前はアイシャの兄弟じゃねぇだろう」
チャールズのタバコがミリッと音を立てて灰になった。コーラルフォレストにはアイシャの異母兄弟がいる可能性が高いだって? 恋愛にそんなこと関係ねぇよとは言えない。チャールズとミランダだって異母兄弟だ。二人は一緒に過ごした時間が長いからそんなことはあまり考えないし、チャールズはミランダのことを魅力のある女性だと思っているが恋愛対象としてはゼロだ。だって兄妹だから。
「ルクスのヤツはそれを知ってるのか? そんなことを言ってるのはお前くらいの世代までなんだろ?」
「ルクスは知ってる。だが、親父はルクスとアイシャの仲を認めてるから、多分、親父はやってねぇんだろうな」
「クソッタレだぜ畜生」
〇
At that time(その頃……)
「お前の兄貴はどうだい? ミランダ」
「どうって?」
「仲良くやれてんのか?」
「まぁね。いろんなことを教わったわ。銃や武器の扱い、ゾンビの知識、『ウォーターワールド』はクソ映画ってこととか」
早々に釣りに飽きてしまったルクスはパラソルの下でツタンカーメンのお面いじりを再開させていた。ハークやチャールズには出来ないような精密さでツタンカーメンの改造を続ける。
「ただ単に先に生まれて同じ家に住んでるってだけじゃねぇみてぇだな。お前とチャールズの関係は、俺とハークのものよりも濃い」
「あなたとハークの方が血の繋がりは濃いわ。わたしと兄さんはお母さんが違うもの」
「そうなのか?」
「そうよ。で、わたしたちはZの時にはぐれたお母さんを探して旅をしているの。それで兄さんと旅をしながらいろいろ教わったって訳。廃墟のダンジョン探険もしたし、チャイニーズ・マフィアとトラブったこともあるわ」
「すげぇなチャールズは。お前のお母さん……」
「アビゲイル」
「アビゲイルとチャールズは血の繋がりがねぇんだろ? いや、今のことは忘れてくれ。謝るよ」
「そうね。わたしの兄さんは北米大陸一よ。そしてハッキリ言ってわたしはあなたのお兄さん、ハークが嫌い。あ、ルクス! 何かかかったみたい」
「おぅ、踏ん張れ。いいことを教えてやるよミランダ。今、お前が踏ん張ってるそのボロい桟橋。それはハークがガキの頃に作ったもんだ。ヘタクソだろう? ハークの野郎はもう、随分と長いことここに来てねぇみてぇだがな。今のヤツはあそこの船にしか乗らねぇよ」
ルクスはミランダの手に細い指を沿わせ、港にあるボートを顎でしゃくった。
「アイシャは連れてくるのに? それともアイシャはあっちの船に乗ったかもね?」
「フッ、これだからオ子チャマはよぉ。だがおいおいおい、なんだこのヒキ? マジで何が釣れるんだ? 無理して引くなミランダ。敵を疲れさせろ。勝負はそこからだ」
KABOOM!
港に泊めてあった船が突如大爆発を起こす。ミランダとルクスも爆風に飲まれてスッ転んでしまった。
「イテッ!」
ルクスは咄嗟にミランダを庇って覆い被さり、飛んできた破片から彼女を守った。兄の作った桟橋で観光客の女の子に床ドン! なんたるラブコメチックなシチュエーションであろうか!
「なんてこったミランダ! いい知らせと悪い知らせがある」
「悪い知らせから聞くわ」
「ハークの船が木っ端微塵に吹き飛んじまった! いい知らせは、今の爆発で獲物が気絶したぞ。釣れたのはシーラカンスだ! こんなの見たことねぇ! なんでこんなもんが釣れた!?」
「ハークの船が木っ端微塵で釣れたのはシーラカンス? どっちもいい知らせじゃない。ちょっと位置を代わってルクス」
ミランダは腰の拳銃を抜き、弾を込めて立ち上がった。素朴な天国コーラルフォレストに似合わない、高級な服を着たエージェントたちが港から高級車で去っていく。
「Bastard! ルクス! ハークのいそうな場所はどこ!?」
「今日は多分デューイのバーだが、なんでだ?」
「わたしの兄さんも多分そこにいるからよ。お客が来るわルクス。ただし、観光客じゃないZのつくお客がね」
「チッ、Zの野郎か」
「備えはある? もうそこまで来てるけど」
「何も考えてなかった訳じゃあねぇ。俺とアイシャとハークが助かる考えぐらいは……。これを持っていけ」
ルクスがミランダに渡してやったのはツタンカーメンのお面だ。
「対ゾンビ用ツタンカーメンだ。これをアイシャに渡してやってくれ。使い方はアイシャが知ってる」
「いい加減にしてよ。自分で渡しなさい、オ子チャマ」





