表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP12 スマイルズ・アンド・ティアーズ
52/86

2話

 ホテルに着いたミランダはハンガーに激ダサパーカーをかけ、自分の青ッ白い腕を眺めた。こんがり焼け、健康的に筋肉のついたアイシャのものとは全然違う。チャールズもだ。ガタイではハークに負けていないが、やはり肌が白い。どうやらこのコーラルフォレストは肌を出していても危なくない、マジでゾンビがいない天国のようだ。


「でもあの兄弟とアイシャはバカね。まるでジャパンのラブコメコミックを読んでいるようだわ。モノローグばっかりで、実は全然言葉を交わしてないから。特にあのハーク」


「ふぅん? そう見えるのか? まだミランダはオ子チャマだな」


「そう?」


「なんつーかな。同じ兄貴って立場だからか、どうしても肩を持っちまうがハークの野郎の気持ちもわからなくもねぇ。そして俺は男だからルクスの気持ちもわかる。ジャパニーズ・タテマエ&ホンネを?」


「いいえ、知らないわ」


「例えば、俺は夜が明けたらたっぷり金を持って町へ出る。朝っぱらから酒を飲んで、疲れて眠っちまうまで遊び尽くす。なんでかわかるか?」


「さぁね」


「本気でドクが俺たちにルクス探しをさせてると思ってたのか? それはタテマエだ。ドクのホンネは、天国とまで呼ばれる場所で遊んで息抜きして来いって意味さ。ドクが珍品や逸品を売ろうとするはずないだろう? ヤツは独り占めが好きなのさ。だからミランダもそうしろ。遊び尽くして気分を変えろ。兄妹だからってずっと一緒にいることねぇよ。お互いガキじゃあねぇし」


「……」


「まぁ、好きにやりなぁ」


 チャールズは枕の下に拳銃を隠してイビキを立て始めた。ミランダはシャワーを浴びに行ったが、シャワーの水流はヒナ鳥が巣立つドキュメンタリー映像を見て涙を流すワイプの人情派タレントの涙ぐらい弱かった。窓を開けると、イビサ島でブイブイ言わせたDJが宿主という民宿のある方向から、波の音にスクラッチ音が混ざっていた。ランタンに明かりを灯し、アイシャからもらった地図を見る。レストランやショップの情報が細かく書き込まれていて、朝になったらどこへ行こうかとミランダの想像力をつっついた。

 ミランダが気が付くと、チャールズはもういなかったし、ランタンの明りは消えていた。どうやら予定を考えるのが楽しすぎて机に突っ伏したまま眠ってしまったらしい。朝の日差しがチリチリと頬を焼く。別に肌や体が弱い訳じゃあないが、直射日光は避けなきゃいけない気がする。

 朝食……。

 朝食すらも楽しみだ。ここでレトルトカレーなんかを食べて食事の機会を一回使ってしまうのはもったいない。激ダサパーカーを着込み、ジャパニーズサムライソードアンブレラをエレガントに日傘にしてアイシャのカフェのベルを鳴らした。


「おはよぉう! カッコイイ傘ね! 日本産? アチョーの人がいる国ね!?」


「おはようアイシャ。可哀想なミランダに何か食べ物を恵んで。初めての観光地で何を食べて、どうやって遊んだらいいかわからないの。朝食が済んだらルクスを貸して」


「ルクス?」


「彼はなんでも出来るもの。まるでジャパンの国民的キャラクターのワーキャットロボットみたい。ルクスなんて名前もさえてピカピカ」


「確かに、ルクスならこの町での遊び方はバッチリね! 朝食の間にルクスにプランを立ててもらうわ!」


「……」


 明るいアイシャにジメジメした視線やちょっとばかりの悪意を送るが、キラキラの太陽には何も届かない。アイシャはダイナミックな動きで繊細に魚を捌き、あっという間に新鮮なツナサンドと目玉焼き、コーヒーを淹れてくれた。ツナがこんなに美味しいものだったとは……。加工された缶詰でしかツナを食べたことがないミランダは無言で貪ることしか出来なかった。彼女にとっては想定内であるそのリアクションにアイシャはニッコリ微笑む。彼女はミランダが今までの人生の大半を過ごしてきたような都市、廃墟、沼地、荒野、森林では吸えないような空気を一人で醸し出す。


「うぃ」


 アイシャの直射日光に焼かれるミランダの耳にベルの鳴る音が聞こえてきた。


「おはよう、ルクス」


「おうアイシャ。あのイビサ野郎……。夜中までハシャギやがって。アイシャ。今度あのイビサ野郎に二十三時以降はレコード回すなって言っておけ。あいつ何かおかしな草を吸ってるだろ」


「ルクス、今日は工房の仕事はナシよ。ミランダとデートをしてきて」


「ああ? ああ。案内な。いいぞ。何がしたい? メシか? アクティビティか?」


 ミランダは地図に赤ペン二重丸をつけた場所をルクスに見せる。


「ここ、アイシャのグルメマークがものすごくたくさんついてるけど、何があるの?」


「アドロック湾か。あそこはスゲェぞ。満喫するには荷物がデカくなるな。アイシャ、車使うぞ。お前も来るか?」


 アイシャは首を横に振った。全てオミトオシなのか? そしてルクスにもコーヒーを淹れる。ルクスはアイシャを見もしなければ感謝の言葉を言いもしない。


「わたしには来客予定があるの。それにダイエットをしなきゃいけないから」


「じゃあちょっくら用意してくるわ」


 小文字のrみたいに曲がった猫背でルクスは工房のカギを開けた。ミランダがしばらくツナサンドの余韻に浸っていると、真っ赤なボックスを提げたルクスがジトっとした目をアイシャに向けた。それだけでルクスの意図が通じたのか、アイシャが車のキーを投げた。


「昼飯はいらねぇから」


「行ってらっしゃい。ルクス、ミランダ」


 店を出たミランダとルクス、この天国コーラルフォレストに似合わない青白いモヤシの陰キャラ二人は、お天道様の下にいることを厭うようにワゴン車に乗った。十五分ほど海岸を走る。レンタルサイクルや馬で道を走っている人もいるし、沖まで途切れないサーファーたちが海の広さを可視化させてくれる。


「うぃ。アドロック湾のルクスのベストプレイスだ。ここに来たことは人に言うなよ。ここは俺の場所だ。アイシャが言わなきゃ誰もここへは連れてこねぇ」


 アドロック湾のルクスの場所は高低差が激しく、粗末なお手製の桟橋、草木の茂る崖、堤防などが密集している。どこに拠点があるかもわからないベースボールチームのキャップを被ったルクスはワゴン車の後部座席から釣り竿を二本引っ張り出した。そのキャップも斜めに被ったり前後を逆にしたりつばを折ったりするようなワンパクはしない。キャップ本来のポテンシャルであるダサさだ。


「ここは何が釣れるの?」


「それがコーラルフォレストのヤベェところでな。何でも釣れるんだ。デコがドナルド・トランプみてぇになったトロピカルなヤツから、サーモンまで釣れる。コーラルフォレストは生態系がイカれてるんだ。俺は行ったことがねぇが、ニューヨークってのはこうなんだろ? 人種のサラダボウル」


「いいえ、それは間違いよ。ニューヨークにいる人種は一つだけ。“Z”のつく人たち。以上」


「あーやだやだ。Zのつくヤツらには参っちまうぜ。だがこのぶっ壊れたコーラルフォレストの生態系を見るとあながち遠いもんでもねぇのかもしれねぇな」


「どういうこと?」


「ここに住んでるのは魚のゴーストなんじゃねぇか? ってことさ。世界中で死んだ魚の魂が、一度はこのコーラルフォレストにやってくる。だから何でも釣れるんじゃねぇかってこと。そういう意味じゃやっぱここは天国さ」


「なるほどね」


「特にルクスの場所は何でも釣れるぞ。どうする? スポーツフィッシングにするか? それとも味で決めるか? 俺としちゃ新作のルアーを試せるからなんでもいいが」


「スポーツフィッシングにしようかしら。どんなマズい魚でもアイシャなら美味しくできそうだもの」


「……そうだな」


 ルクスは器用に指を動かし、「ここはツバで濡らさねぇと糸が切れる」とか言いながら絡まっているのか結んでいるのかわからないような方法でルアーを繋いだ。そして桟橋にパラソルを立て、竿を振るう。


「ルクス。面倒くさいことが嫌いな性格だけど、面倒ごとに顔を突っ込みたくなるの」


「なんだ? アイシャのことか?」


「そうよ」


「フン、そう来ると思ったぜ。ああ、そうさ! 俺はアイシャが好きだ。一緒に店をやれて本当に嬉しいよ」


「アイシャはそれを知ってるの?」


「だろうな。ああ見えて彼女は実にクレバーだ。ミランダにもわかるだろう?」


「悔しいけどね。じゃあなんでアイシャに冷たくするの?」


「俺とアイシャが多分、両想いだからだ」


「なら話は早いじゃない」


「これだからオ子チャマはよぉ~。アイシャは町の人気者。みんなアイシャが好きさ。ハークの野郎もな。だからこそ、こんな俺じゃダメなんだ。この町の男を見たか? 俺以外は全員サーファーか漁師かコックだぞ。どんな魚でもいるコーラルフォレストにおいて俺みたいなパワフルのカケラもないモヤシ野郎は異端だ。俺の長所は手先の器用さだけ。女の子がやるようなアクセサリー作りやガキのオモチャ作りしか出来ねぇ男だ。それでなんとかアイシャの気を少し引いたが……。まぁここまでだろうな。今の俺じゃアイシャに釣り合わねぇ。アイシャが俺をなんと呼ぶかを? “あの子”だぞ」


「ウッソみたい。まるでバーニー・サンダース上院議員の牛歩戦術(フィリバスター)よ。ルクス、あそこにバンブーが生えてるのが見える?」


「ああ」


「あのバンブーが伸びて先っぽがジャパンに着く頃には、あなたはアイシャとハネムーンに行けるかもね? ジャパンまで伸びたバンブーの上を歩いてジャパンまで本場のスシを食べに。その頃にはきっとあなたもアイシャもヨボヨボになってるだろうから、途中で枝を切ってそのご自慢の器用な手先で杖にしてあげて。じゃないと歩けないでしょう? アイシャもその頃には骨粗鬆症の治療薬を飲んだり弁護士に遺言書の書き方を教わってるだろうから、ライバルもみんな死んで少なくなってるし、あなたがアイシャを独り占めすることにも抵抗はないかもね? ジャパンに行けば結婚する前からカンパク宣言のあなたも様になるわ」


「と、まぁこうなっちまうのさ。ハークの野郎と同じことを言ってるぜ」




CZK4 12-2-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK4 12-2-B




「よう。お前がハークか?」


 Hercules(ハーキュリーズ) Rivet(リベット)(24歳)。今日は漁の予定がない。陸でしっかりビールを飲んで遊ぶ日だ。仲間たちを引き連れてパブでビリヤードやダーツをしたり、ひたすらフリースローをしたりするのだ。


「おやおや“お客さん”! いかにも俺がハークだ」


「チャールズだ。ノーマン」


 旅のタフガイと地元のタフガイが握手を交わす。ギチチとバネが軋むような音を立て、両者の腕に血管が浮かび上がる。


「“お客さん”の前で醜態晒しちゃいけないぜハーク。例えば弟を罵倒するようなな」


「ルクスを知ってんのか?」


「この町に来てから三番目に出会った人間だ。サイモン、アイシャ、ルクス」


「弟を罵倒する醜態? いつもしてるからわからないな」


「あんまりよくないぜ。俺には妹しかいねぇからな。妹は気ィ遣うぜ。汚い言葉を使っちゃいけません! とか。弟との付き合い方はよくわからないが」


「男兄弟がいないのか? そりゃわからないさ」


「かもな。だがアンタがアイシャを好きだってことは一発でわかったぜ」


 チャールズはバシッと決めてやったつもりだが、ハークもハークの取り巻きたちもリアクションはない。口笛を吹いたりもしない。ツラにピーチティーをかけられたカエルの方がもっと驚くだろう。


「そんなの、全員知ってるよなぁ?」


 ハークは得意げに笑ってチャールズの手を放した。


「チャールズとか言ったな。お前、アイシャの良さが?」


「ああわかる。例えば……」


「オッケイ、ならもう言葉はいらねぇ。マスター! シャークのハークから、ウルフのチャックにビールを」


 ガシャンと白波を立て、バカデカい樽のようなジョッキがチャールズに押し付けられた。


「なら、なんでアイシャの前であんなことをしたんだハーク? 理解に苦しむぜ」


「理解に苦しむのはアンタがまだ俺たち兄弟とアイシャのヒストリーを知らないからさ。酒のサカナに聞いてくか?」


「面白れぇ。何があった?」


「チャック、お前は俺がアイシャを好きだと言ったが、それはもう終わった話だ。アイシャを好きだった。過去形だ。俺はアイシャに激しく恋をしていたよ。燃え上がるような恋だ。俺はアイシャの気を引こうとして、体を鍛えて、少しでもいい魚を採って……。アイシャは優しすぎた。俺のこういった、アイシャの気を引くための努力が全くムダでしたって教えてくれなかった。アイシャはルクスみたいなヤツの方が好きだったんだ。弟に負けたことはこの際、何も言わねぇ。どっちがアイシャの気を引く才能に優れていたかは、アイシャが決めることだ。だからこそ……! ルクスに腹が立つんだよ! 誰の目から見ても明らかだろう? ルクスはアイシャが好きだし、アイシャもルクスが好きだ。なのにお互いは何も言わないままなんだぜ? もうガキじゃねぇってのによ。アイシャは何も言わなくていい。リードするのが男の使命だ。それは海でも陸でも同じだろう?」


「おおっと、サメみたいに全身筋肉な男の考えてることがわかりかけてきたぞ」


「だからルクスが作ってるものはくだらねぇんだ! ルクスのヤツは、自分がアイシャにふさわしい男と自信を持って言えるまでああやっていろんなものを作り続けるだろう。アイシャに贈れる最高のものを作れるまで……。そしてこう言うんだ。全部失敗作、世に広めたくない駄作、と。くだらねぇ! ルクスのヤツはアイシャを見くびってやがる! アイシャが……。アイシャが、ルクスの作ったものを失敗作や駄作なんて言うと思うか!? ルクスさえその気になれば、最高のものは……。ルクスに強くなって欲しい。アイシャが愛する男がルクスなら、アイシャの幸せを願う俺は、ルクスが俺なんかに負けるような男で終わってほしくないだけだ。そうじゃないとアイシャを守れねぇし、俺が嫌われるのは別にいい。それによぉ……ルクスのヤツがハッキリしねぇと、諦めきれなくなっちまうだろう……。ルクスのヤツが、家で何を作ってるか知ってるか? アイシャのウェディングドレスだ。アイシャが誰かと結婚する時のためにそんなくだらねぇものを作ってる。アイツはアイシャと両想いでいられる今を、アイシャに好かれて町中の男に嫉妬される今を幸せに想いながら、アイシャには自分以外の誰かと結ばれてほしいと願ってる。弟と愛した女が幸せになるためなら、俺は喜んでヨゴレをやるさ」


「まるでジャパニーズ・クライング・レッド・オーガだな。OK、ハーク。今、お前が飲んでるビールはいくらだ? いくらでもいいが、俺の領収書(タブ)に書いとけ。ハークが飲んだビール、ってな。もっと教えてくれよ。弟がいる、ってことさ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ