4話
エドウィン・ヘンダーソン(35歳)。白人。髪の色は黒、目の色は茶。身長は一七七センチメートルで、体重は七十キログラム。シアトルの出身で、高校卒業後は家電量販店で働いていた。ゾンビ現象後も変わらず同じ店に勤める。出世はしなかったが勤務態度は良好。結婚はしていない。職場ではあまり喋らない男だったし、誰からも興味を持たれない男だったので、彼の趣味や家の場所、家族構成等は職場の誰も知らない。これが、ベラトリクス・サンダーランドとシスター・グレイシャに捕まり、警察に引き渡された怪人“キュンストレーキ”のプロフィールだ。“人体模型”殺人の重要参考人、パンティー泥棒とチカンの容疑者として警察が彼の家を調べたが、家の中の鉢植えのサボテンが枯れていたこと以外特におかしなものはなかった。だがそれが逆におかしかった! ただの家電量販店員に、あんな風に人を解剖出来る技術がある訳がないし、エドウィンがベラトリクスに語ったベラトリクスとの思い出は、この殺風景な経歴と家とは結び付かない。もちろん、ベラトリクスとシスターが言っていた「覚えられなくなる」「見えなくなる」という不思議な現象にも……。
「よぉうベラトリクス」
「テオ」
テオはベラトリクスの幼馴染で、シアトルの警官だ。警察という存在はゾンビ現象で一度なくなり、テオの世代はゾンビ現象後に警官になったが、シアトルやサンフランシスコのようなゾンビ現象以前のまま町の機能を保っている大都市は、警官や医者など町に必要な人材は町が育てる。そのためテオは正規の警察学校にも通っておらず、シアトルで警官志望の若者を募集していた旧世代の警官が鍛えた警官のコスプレイヤー、警官ごっことも言える。だがテオは“正しい行い”と信じていた。
「災難だったな。シスター・グレイシャも」
「ええ。何かわかった?」
テオはエドウィン・ヘンダーソンについてわかったことを全てベラトリクスに話してやった。正規の警官ではないから、こういう情報の横流しだって出来てしまう。ゾンビ時代の警官は、法や規則はそこそこに守り、己の中にある“正しい行い”へのこだわりで職務を全うする。
「お前たちがキュンストレーキと呼んでいたのは、この男で間違いないな?」
テオが逮捕された直後に警察署で撮ったエドウィン、そしてエドウィンの家からかっぱらったエドウィンの写真をベラトリクスに見せた。間違いない。自分がカワイイ・カブキ・キッサで撃った相手はこのエドウィン・ヘンダーソンだ。もう忘れはしない。魔法が解けたように、エドウィン・ヘンダーソンの情報はベラトリクスの脳に留まる。
「お前のファンだったみたいだな。お前の写真が飾ってあったし、お前がDJコニーのラジオに電話出演した時のテープが何本もダビングしてあった」
「そう」
「知らない顔か?」
「見たこともないわ」
「妄想癖のある熱狂的で危険なファン……なのか? 普通過ぎるんだ。エドウィン・ヘンダーソンは何も怪しくない。調べるに値しないとも言えるほどに普通すぎる。だが、やはりこの事件は何かがおかしい。人間を人体模型にして殺す、こんな事件が起きていたのに、俺も、誰も気に留めなかった。警察の記録にない訳じゃあないんだ。通報の記録だってあるのに誰も気に留めなかった。何かがおかしい」
「それを調べるのがアンタの仕事でしょ?」
「そうだな」
テオはため息をついた。
「アンタだけじゃないわ。みんながおかしいと思ってる。誰もあの人体模型の事件を気にしてない。わたしやアンタだけじゃない。アンタは来なかったけど、この間の同窓会でも誰も気にしてなかったわ。ダグラス、カーラ、モニカ、カーメル、ミシェル。誰もシアトルで起きていることを気にしていない」
「懐かしいなぁ。カーラ、モニカ、カーメル、ミシェル。……ダグラス? ダグラスって誰だ?」
「ダグラスよ? 昨日、同窓会に来てた……。ダグラス? あの……」
ダグラスと名乗った男は昨日、同窓会に来ていた。ミシェルやカーラとバカみたいにビールを飲んでいたし、誰もダグラスの存在を疑っていなかったからベラトリクスも疑わなかった。だが、昨日いたダグラスのことを思い出そうとすると、思い出そうとした分だけ記憶が消える。何かがダサかったんだっけ? 誰かがいたことは間違いないが、教室に置いてあった人体模型のようにその顔は思い出せない。
〇
At that time(その頃……) @シアトルのどこか
「エドウィン・ヘンダーソンが捕まった」
「……」
昼間なのに蛍光灯を点けなきゃいけないほど日当たりの悪いこの部屋に、二人の人物がいる。一人はダグラスだ。ベラトリクスも来た同窓会に出席していた、日焼けした肌、オールバックの黒髪、ダサいアゴヒゲのダグラス・ダックワース(29歳)だ。だが、ダグラスが話しかけている相手は……誰だ?
「あいつはダメだと俺は思ってたよォ。あいつはベラトリクスと何の接点もない。その点、俺は違うだろォ? この間は一緒に酒を飲んだし、俺は幼馴染だからまだ幼い頃のベラトリクスを知ってるよォ。ベラトリクスが十五歳の頃にウッカリ見せちまったパンチラのことも覚えてるし、家に干されてたパンティーやブラのことも覚えてる。一緒に流星群や移民の船、満月の夜にかかる虹を見た。その記憶は真実だ」
「……」
「そう考えるとよォ。アンタって一体何なんだ?」
ダグラスが冷笑を浮かべる。
「アンタはベラトリクスに何が出来た? 何を知ってる? アンタとベラトリクスを繋ぐものは、ベラトリクスが“殺人事件の犯人”につけた“キュンストレーキ”というあだ名だけじゃないか。俺は確かにアンタをすげぇと少し思ってたよォ。だがアンタはベラトリクスにとって何者でもない。でも俺は幼馴染さァ」
「……」
ダグラス・ダックワースのことをベラトリクスやテオが思い出せないのも仕方ない。このダグラス・ダックワースは、ベラトリクスの幼馴染でもなんでもなかった。ベラトリクスと同い年で、確かに彼もずっとシアトルに住んでいた。まだ有名になる前のベラトリクスのパンチラや干してある下着を偶然シアトルで見たことはあるかもしれない。
「おいダグラス! 隣のハイスクールにベラトリクスっていう美人がいるんだってよ! いっちょパンツでも拝みに行きますかねぇ!」
みたいなバカ話をしたこともあったかもしれないが、ダグラスがベラトリクスに固執するようになったのは彼女がゾンビ殺しとして有名になってからだった。地元シアトルから全米2位のゾンビ殺しが出るという光が生まれれば闇も生まれる。シアトルの応援はベラトリクスを有名人にしたが、彼女に対して何の得もない応援もある。地元が同じだってだけで勝手に知り合いぶったり、なんかの恋のようなチャンスがあると思い込んだり、ベラトリクスの人生に参加した気になる、有名人にとってのリスクだ。このダグラス・ダックワース、そして捕まったエドウィン・ヘンダーソンはそういうリスキーなファンで、ベラトリクスの非公認ファンクラブの一員だった。北米大陸各地の町を代表するゾンビキラー。それぞれの町にはファンはいるだろう。あのリカルド・マクファーレンにだって、公認・非公認のファンクラブはあるだろうし、バラチ兄弟はファンである元SASの男性からのアイディアを採用していた。
しかし、シアトルの彼らは、ベラトリクスへの思い出や感情を話しているうちに、全員のベラトリクスに関する記憶が並列に繋がってしまったのだ。何しろ、ダグラス・ダックワースは、自分をベラトリクスの幼馴染だと思い込んで同窓会に潜入するほどだ。
「アンタが偉そうにするのはおかしいよォ」
「……」
「アンタに出来ることはなんだって俺にだって出来るしね?」
「……」
そしてダグラスに今、ナメられているこの人物……。この人物について、ダグラスが知っていることは、この人物が人間を解剖して人体模型を作り“キュンストレーキ”と名付けられたこと、そしてダグラス・ダックワースやエドウィン・ヘンダーソンが参加していたファンクラブの創設者だということぐらいだ。そのため、このファンクラブの創設者と狂気の殺人者は同一人物であり、この人物こそ“キュンストレーキ”なのだ。
「……」
キュンストレーキは何も言わない。キュンの作ったファンクラブにはどんどん会員が増え、最初こそキュンのことを少し顧みたりしたものの、会員たちは勝手にキュンを見下し、自分の方が優れていると言い出した。
これはキュンの人生で何度となく繰り返されてきたことだった。学校でも職場でも、みんなキュンを軽んじ、路傍の石ころのように無視した。キュンの人生は無視されることが当たり前になり、キュンは自分にも他人にも負担がかからないように自分を“無視させる術”を身に着け、日陰でコッソリ生きるようになった。誰からも無視されるキュンのそんな生き方を誰も褒めはしないし貶しもしない。無視されているから……。
ベラトリクス・サンダーランドの非公認ファンクラブを作ると一瞬だけキュンの存在は認識され、同じような日陰者が集まってきて、この“無視させる術”は伝染した。そしてエドウィン・ヘンダーソンも、ダグラス・ダックワースも、“無視される術”を身に着けると勝手に自分をナメて喧嘩を売って自分の元を離れる……。キュンがその人生で呼び寄せるキュンへの“悪意”→“無視”の法則は、同じくベラトリクス・サンダーランドファンである仲間のエドウィンやダグラスにも適用されたのだったのだ。
「でもベラトリクスは“キュンストレーキ”を探してる。だから今日から俺が“キュンストレーキ”だァ」
BLAM!
CZK3 11-4-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 11-4-B
BLAM!
ロイド・ロールスロイスを二度も殺そうとしたミランダの銃は、ついぞロイドを撃てなかった。代わりに今、ロイドの目的のために放たれた弾丸は、廃墟の大型イチバンマーケットをうろついていたチェイス・バー(享年22歳 ゾンビ年齢7歳)の頭を撃ち抜き、ロイドに貢献した。
「ダンジョン探険と言ったらこれだ」
チャールズの肘打ちがガラスを叩き割り、収納されていた斧をかっぱらう。狭い屋外ではクギバットフルスイングが出来ないため、斧は最適と言える。試し斬りにフェルナンド・エメリッチ(享年18歳 ゾンビ年齢3歳)の頭蓋骨を、タマゴを割るクッキングマスター、ジュリア・チャイルドのようにカチ割った。犯人は現場に戻る。フェルナンドはこのイチバンマーケットで万引きをしたことがあったので、ようやく罰が下ったのだ。何しろ“大陸最高の弁護士”が彼を「殺されるべき」と言ったのだから。
「で、何か反応はあるか? ミスター・ライト」
「ロイドでいいですよ、お兄さん」
つまり、こうだ。ロイドはフィルが遺したスペイン王の隠し財産に関する書籍を読み、その一部がこのカリフォルニア州ビアガイザーにあるのでは? と考えた。だが事態はそう簡単ではない。ビアガイザーに隠し財産があることを知らない人々は、大型イチバンマーケットを建ててしまったのだ。しかもビアガイザーはゾンビ現象で陥落し、スペイン王の隠し財産は大型イチバンマーケットの閉ざされた地下にあって、ゾンビに守られているのだ。多くの人間を捨て駒に出来た“オラクル”全盛期のロイドならまだしも、今の無力なロイドやひとりぼっちのフィル・サリバンでは何も出来ない。
「数が多いな。屋内でチキンブリトーは危険だし」
「そうね。セントラルフィールドブロードウェイの時みたいに一旦外でチキンブリトーを使えばよかったんだわ。しかもお荷物がいるし」
「いいテがある。このミスター・ライトにチキンブリトーを括り付けてケツに火をつけよう。走り回ってくれてゾンビが散るぞ」
ロイドは高笑いしながら胸の前で十字を切った。
「Oh~! もしもスカーレット・ヨハンソンぐらい美人のゾンビに襲われるなら少しは気が晴れますがね!」
「少し黙って」
「おぉっと、ゾンビ殺しのカレン・カーペンターはゴキゲンナナメだ!」
ミランダが愛用の激ダサパーカーのポケットからタバコのパッケージ大の何かを取り出し、レッドカードのようにロイドに叩きつける。
「次に余計なことを言ったら口を縫い合わせた後にこのコメディアン御用達の気絶しない程度のビリビリマシンのスイッチを入れて囮にするわ」
「やだなぁ。僕の腕時計がバグってしまうよ」
ロイドは腕に巻かれたビリビリマシンをさすった。このコメディアン御用達の気絶しない程度のビリビリマシンは、かつてウォールドロワーでゾンビ殺しをした時に有効活用され、大きな成果を上げた。ミランダがビリビリマシンのスイッチを押すタイミングはいつもベストだ。追い詰められてロイドを捨てる時もそのタイミングは最適だろう。もちろん、ロイドが裏切った場合の備えでもある。
「でも大丈夫さ。お嬢さんとお兄さんなら、こんな程度のゾンビをやっつけるのなんて、ザンギエフで立ちスクリューを出すより簡単だろう?」
「お前、スーファミで立ちスクリュー出せるのか?」
「楽勝ですよお兄さん。こんな話がある。ある日、僕とフィルは家のスーファミで『ストリートファイターⅡ』をやっていたんだ。フィルは不器用だけど僕は器用だから、僕の方が強かったよ。だからフィルにこう言ってやったんだ。全知全能を使っていい、全力で僕を倒しに来い、ってね。するとフィルが何をしたと思う? 僕のザンギエフ相手に“待ちガイル”さ! 全知全能を使ってもなお“待ちガイル”が最強だったんだ! するとフィルの親父がやってきてこう言った。その微動だにしないヤツはフィリピン人か? だって頭にパイナップル乗せてると思ったから、って。僕はフィルの親父にコントローラーを渡したよ」
「で、どうなった?」
「親父かい?」
「ザンギエフvs待ちガイルさ」
「親父がヤケクソになって中パンチを三回打った後、フィルの親父はイラだって帰ったよ」
中パンチを三発……。
「兄さん、中パンチって何ボタンだっけ?」
「スーファミのXだ」
「X……」
ミランダはほんの少し目を瞑り、スーファミのコントローラーを記憶の隅から引き摺り出し、その配色を脳内でズームした。Xのボタンはブルーだ。
「何よ。覚えてたんじゃない」
「何がです?」
「ウソツキはドロボウの始まりってことよ」
ロイドはチャールズにもミランダにも向けていない笑顔を作り、本で顔を隠した。
「この辺で一度掘ってみますかね」
「そうか」
ギョロ目のオッサンの看板のステーキ屋の前のタイルにロイドが赤ペンでバツ印を描き、ミランダは背負っていた爆弾F3を設置した。
「間違ってあなたのビリビリマシンのスイッチを押さないといいけど」
物陰に隠れて起爆! この爆音と衝撃でマイルズ・ベルトラン(享年21歳 ゾンビ年齢9歳)、タリン・オーティズ(享年22歳 ゾンビ年齢9歳)がショック死した。
「なんだ? くっせぇ!」
大型イチバンマーケット内部に耐えきれない程の悪臭が満ちた。そして起爆地点に向かうと、タイルの下から液体が噴き出していた。悪臭のもとはこれだ!
「下水じゃねぇか! ビールじゃなくて下水が湧いたぞ!」
「いや、硫黄の鉱脈、温泉かもしれませんよ」
「認めろよ。お前は間違ってた! 俺たちはこの間まで温泉旅行に行ってたんだぞ。これとは全然違う」
「ウッ……。これを見てもそう言えますか? お兄さん」
ロイドは丁寧な刺繍が施された高級なハンカチを咳き込むミランダに渡し、爆心地の近くに転がっていた一枚の硬貨を拾い上げた。
「アステカのコインだ。ビンゴですよ」
「一枚コッキリか? 誰かがウッカリ便所に流して下水の中に沈んでたバッティングセンターのコインじゃねぇのか?」
「僕はここをもう少し調べてもいいと思いますよ。出たんだ! コインが!」
「そうかいそうかい。よかったな。じゃあそのアステカのコインを持ってサンフランシスコに行ってみろよ。ファミレスぐらいならいけるかも……な……」
「いいですねぇ! たまにはファミレスで安ワインと布みたいなプロシュート……。どうしたんですお兄さん? ジョークの歯切れが悪いですよ」
「ミスター・ライト……。いいか、まず黙れ。シャレじゃねぇ。第一に黙れ。そしてゆっくりと振り返り、状況を確認しろ。嫌でも黙ることになるぜ」
チャールズは何度も頷きながらゆっくりと銃を上げ、ロイドの肩よりちょっと上に狙いを定める。その真剣な表情を見てロイドも軽口を叩けなくなった。そしてゆっくりと……後ろにナニがいても刺激しないようにゆっくりと振り返る。
「Uuuuuunnnnggggg……」
ロイドの後ろにいたナニか……即ちフランケンシュタインはまだ、ロイドや兄妹の存在に気付いていない。下水か温泉かわからないが、その悪臭はこのダンジョン探険者たちを一時的に隠してくれた。
「クソッタレ」
チャールズは歯を食いしばり、プランを立てる。フランケンシュタインは少々手ごわい。確実に殺すならミランダのアシストつきで頭部にクギバットフルスイングを当てるか、至近距離からの弾丸で眼球から脳を貫くコースしかない。それでも即死させられる保証はないし、そもそも当てられるかわかんねー……。今、手元にある斧ではリーチも威力も足りない。
ミランダも物陰に隠れたままロイドのハンカチで悪臭に耐え、アイディアを浮かばせる。フランケンシュタインを倒すには、自分のアシストつきでの兄のクギバットフルスイングかフィルの“全知全能”による指示が必要だ。今はどっちもない。この場を離れるには……。ミランダは激ダサパーカーのポケットからビリビリマシンのスイッチを出して、穴が開くほどじぃと見つめる。
「お兄さん」
「ミスター・ライト……」
ロイドはチャールズに向かって気障にコインを弾き、腰に手を当て少しうつむき、そしてタフに微笑んだ。チャールズがこの……クソ、或いは硫黄塗れの古びたコインを全力でキャッチしなければならない、と感じたのは、取りこぼすと金属音でフランケンシュタインが自分たちに気付く、と思ったからだろうか?
「頭脳、人脈、聖剣。後は立ちスクリューと中パンチが僕にはありますよ」
「いいえ、あなたは中パンチを打たないわ」
「ん?」
「中パンチを三発打つ時はヤケクソでしょ? 待ちガイル相手よりは勝ち目があるわ。聞いて。ヤケクソじゃないの。今から、あなたに二つのアイテムを渡すわ。一つ目は“ミッキー&マロリー社のチキンブリトー”よ。これのにおいをかげばゾンビの優先度が変わる。ゾンビは最優先でチキンブリトーを食べるわ。フランケンシュタインも例外じゃない。そしてもう一つ、あなたに渡すアイテムは“銃”よ。……あなたが今、フランケンシュタインに一番近い。フランケンシュタインの目の前でチキンブリトーのパックを開ければ、フランケンシュタインはそれを食べるために確実に頭を下げる。その瞬間を狙って、目から脳に弾が行くように至近距離で撃って。一発で油断しちゃダメよ。“二度撃ち”で確実にトドメを刺すの」
ミランダはチキンブリトーと銃をジャパニーズ・フロシキに包んでチャールズにパスする。チャールズも少し迷ってロイドに……。フロシキをパスした。
「……」
ロイドも覚悟を決める。カーリングのストーンのように慎重に、チキンブリトーのパックを自分とフランケンシュタインの間に滑らせる。そしてそのパックを撃ち抜いた。
「OOOOAAARRGGHH!!」
フランケンシュタインが歓喜の声を上げる。大好物のチキンブリトーだ! このフランケンシュタインの好物ランキング1位はミッキー&マロリー社のチキンブリトーで、2位がヒトゲッティミートソースだったが、1位と2位の間にはかなりの開きがある。ロイド・ロールスロイス味のヒトゲッティミートソースには少しも興味を持たず、足元の大好物にかぶっ……
BLAM!
「入った!」
「ロイド! ビビるな“二度撃ち”だ!」
BLAM!
注文通り、銃弾が眼球、脳髄、後頭部を貫き、フランケンシュタインの全身から力が抜ける。そしてすかさず“ダブルタップ”! 残った力も全て頭の穴から流れ出て、フランケンシュタインは大好物をどちらも食べることが叶わなかった。
「……」
硝煙が吹き出る拳銃をまだロイドは握ったままだ。
「……ロイド」
大丈夫だ……。いつでも殺れる。まだロイドにビリビリマシンはつけたままだし、こっちは二人いる。
「……参ったなぁ。このチキンブリトー、本当によく効きますね。フランケンシュタインを倒したはいいものの、このままだと他のゾンビ、いや、他のフランケンシュタインまでがここに集まってくるということになりますね」
「……。ああ! お宝探しの邪魔になるぜ。ちと足りなかったな。必要な人材がよぉ」
「必要な人材?」
「ああ。でも大丈夫だ。アステカのコインがあれば全員ファミレスでTボーンステーキが食える。もう一度、“スカベンジャーズ”とここに来よう」
Uuuuuuuuunnnnggggg……OOOOAAARRGGHH!!
「そーらおいでなさるぞ。今は無理だ。逃げるぞロイド」
ロイドとチャールズはよーいドンで出口に向かってダッシュする。ミランダもそれに並走し、ロイドの顔を覗き込んだ。
「よく信じたわね、チキンブリトーが本当に効くってことも、銃が撃てるってことも。弾が入ってなかったり、暴発するように細工をしていたらあなたは死んでた」
「君が僕を殺そうとしていたのなら、チャンスは何度でもありましたよ。でもあの場面では、フランケンシュタインを倒すことが最優先でしょう? 君はそんなにおバカじゃない。……フッ」
「何がおかしいの?」
「でも君が僕を殺さないって確信したのは合理的とかそんな理由じゃありませんよ。君も“正しい行い”がしたかった。僕と一緒さ。今の僕やマイティ・ソーやキックアスと同じ理由さ」
ロイドを殺さなくて本当によかった……。
いや、ミランダはロイドを殺したかった。少なくとも、ブレスオブソフィアでは。それはしくじってしまったが、今のロイドがウソをついていないなら……。一度は闇に落ちた人間でも、やり直して自分が信じる“正しい行い”のために生きてもいいんだ……。
ロイド・ロールスロイスは“オラクル”で悪事を尽くしてきた。人を踏みにじり、奪い取り、食らい尽くした。ミランダはどうだ? 彼女も一度は光を捨ててクズの町ウェイワードパインにまで落ちた。ずっと光の中で生きてきた兄が眩しかったし、足掻かなければ闇は底なしに彼女の足を引いたが、足掻くことすら一度はやめた。きっと、ウェイワードパインで出会ったヴィクター・ヴァレンタインもそうだったのだろう。チャールズやナタリア、クララ、スカベンジャーズのメンバーによってウェイワードパインから抜け出しても、罪悪感や後悔はなかなか拭えなかった。だからこそ、今度は自分の意志で悔いのない“正しい行い”がしたい。どのツラを下げて?
覗き込んだ北米大陸きっての“ミスター・ライト”は、充実感に満ちたタフな笑顔だった。
ウィーピピピ!
口笛! 吹かずにはいられない! 地団駄! 踏まずにはいられない!
こんないい面構え、今のミランダにはまだ出来ない! ミランダのツラの皮はこんなに厚くない。
「そうね、ロイド」





