3話
「この距離なら外すはずもないわ。今度は頭をブチ抜いてあげる。それともその石頭は弾も弾けるかしら?」
誰もがハシャぐお祭り会場。銀玉鉄砲を振り回す人物の存在は珍しくない。射的コーナーからオモチャの銃を拝借した悪ガキだっているだろう。だがミランダが今、ストロー屋の店長……ロイド・ロールスロイスのド頭に突きつけているのはモノホンの銃、弾もサンフランシスコで買ったマジモンでコルクじゃない。粗悪品だが、この距離ならゾンビはもちろん、ロイドを殺すために必要な数字は全て超えている鉛の弾だ。
「今までに稼いだ金の全てを一ドル札に変えて頭を覆えるなら余裕なんですがね」
「試す?」
「まさか。冗談じゃない」
ロイドは椅子から立ち上がり、スッとネクタイを締め直した。
「君にまた会えるなら、聞きたいことが一つあった。……フィルは君に話しかけてくれたかい?」
「……フィル?」
「フィル・サリバンのことさ。君が殺……いや、言わないでおこう。お互い憎しみに飲まれるだけだ。だがあの死んだフィル・サリバンのことだ」
「フィルは死んだのよ」
「ああ死んだ。だが、彼は死者と話す力があった。少なくとも生前はね。そんな彼は君に何か……。言葉をかけてくれたかい? あの後」
「何故わたしに訊くの?」
「……。君にも話しかけなかったのなら、そうなんだろう。フィルは僕にも話しかけてくれない。そう簡単に死者の口が開いた! とはいかないか」
望む答えが得られなかったのか、ロイドはロイドらしくないシナシナした動きで椅子に座る。
「悪いね、お嬢さん! 僕を殺さないでくれ。僕はまだ死にたくない!」
「なんて都合がいいの。反吐が出るわ」
「このまま死んだんじゃフィルに会す顔がないんでね」
だがこのロイド・ロールスロイスの命乞いは……“重み”を感じる。絶対に死にたくないという強い意思を。誰もが楽しんでいるお祭り会場で人を撃ち殺すこと? 過激なことにあまり耐性がない義姉や姪に人殺しを見せること? そんなことよりも、ロイド・ロールスロイスの死にたくない一心の命乞いがミランダを一瞬躊躇わせた。
「あなたは……フィルには会えないわ。だって弁護士は全員、地獄行きだもの!」
BLAM!
「……」
ミランダの銃の側面に何かが激突。発砲をまたもや一瞬遅らせ、ロイドが間一髪で、もう少し命乞いをするチャンスを得た。
「ブルズアイ! さぁその銃を景品にくれよ」
チャールズだ! お祭り屋台の射撃コーナーから、コルク銃でミランダを狙撃! コルク銃を屋台に戻し、チャールズが大股で歩いてやってくる。
「兄さん」
「ウソツキは、ドロボウの始まり。そっちの“ミスター・ライト”には見覚えがあるな。ちょっと待ってくれ。えぇと、そうだ。俺のブッ殺すリストにそいつの顔があった」
「彼の名前はロイド・ロールスロイスよ。わたしはちゃんと覚えたわ。だって墓標に名前を刻まなきゃいけないもの」
「お前とこいつの間に何があったかは訊かねぇよ。だが俺にはこいつを殺す理由があるし、お前にもあった。今、この場で殺す程ではねぇが」
ロイドが再び両手を挙げ、武器のない掌をチャールズにも見せると、チャールズも腰の本物の銃をちらつかせる。
「君たちの武器が筋肉と火薬なら、僕の武器は頭脳、人脈、そして“聖剣”だ。知ってるだろう? ミランダ。フィル・サリバンの“エクスカリバー1000”だ」
「おぉ~っとさっそく意味がわかんねぇぞ。死にてぇのかマヌケ。わかるように話せ」
この命乞い、ヴィクター・ヴァレンタインならもう殺しているだろうな、なんて考えながらミランダは銃を下げた。
「呼び捨てじゃなくて“ミランダさん”よ」
「君は知っていたか? 僕とフィル・サリバンは、十年以上前にニューヨークに行った。そのニューヨークの大学跡地で、フィルが一冊の本を拾った。“キング・オブ・カリフォルニア ~スペイン王の隠し財産~”だ。フィルは金属探知機“エクスカリバー1000”を使い、スペイン王の隠し財産を探していた。だが彼は志半ばに……」
「何がしたいの?」
「今は命乞いだ」
ミランダは息を細く長く吸って気持ちを落ち着けた。口を開けばフィル、フィルと……。こいつが一体フィルの何を……。全て? フィル・サリバンという人間を一番知っていたのは、このロイド・ロールスロイスだったのでは? フィル・サリバンを語る資格を最も持つのはこのロイド・ロールスロイスでは?
「しかも僕は拠点だったブレスオブソフィアを焼かれ、“オラクル”もほぼ全壊だ。でもほぼ、なんだ。全部じゃない。今の“オラクル”は、フィルの遺志を継ぎ、スペイン王の隠し財産を探す少数精鋭の集団になっている。最早教団ではなくサークルだ。足りない人間もいる。ゾンビに強い人間が欲しい。しかもこの隠し財産探しに理解のある、ね」
「……スペイン王の隠し財産で神様に賄賂を贈り、天国へのパスポートをねだるなんて本気なの?」
「それは少し違いますね。賄賂を受け取るような神がいるならそこは地獄さ。“ロイド・ロールスロイス”以前の古いタイプの弁護士が行くようなね。話を戻そう。僕は君たちに親友と職業を奪われたが、恨んではいない。財宝なんかいらないさ。このままじゃフィルに会わす顔がない。あの世というものが存在し、そこからフィルが僕を見ているのなら、僕はフィルに誇れる人間になりたい。君に撃ち抜かれた胸の穴からはすっかり悪意がこぼれ落ちたよ。今は、人の善意に悪意で付け込むのではなく、自分の善意で人の善意を呼ぼうと思っている程だ。そして、善人に思われるためにはまずウソをついてはならない。一つ、掴んだ情報では、例のお宝はアステカが関係している。死者の財宝だ」
実際、この命乞いは効いていた!
ミランダはあの日、ブレスオブソフィアでフィル・サリバンとロイド・ロールスロイスを撃った。そのうち、フィル・サリバンだけが死に、ロイド・ロールスロイスは生き延びた。フィルは自分が死ぬことや、自分が死んだ後にミランダがロイドを撃つことすら知っていた。ミランダによる“ロイド殺害”が失敗することも……。ロイドを道連れに自分も死ぬのだったら、フィルはこんなセリフを言っただろう。
「ミランダ! 気をつけろよ。ロイドは胸に本を挟んでる。適当に撃っただけじゃ死なねぇぞ。確実に殺るなら至近距離で頭をブチ抜け。イッヒッヒ」
だがフィルはそうしなかった。フィルの望みは、自分は死んでロイドを生かすことだったのか? その愛と憎しみによって複雑に交差する銃弾はフィルが仕組んだことだったのか? あのブレスオブソフィアで、フィルだけ殺してロイドは生かす。そんな冷静な判断はミランダに出来なかっただろう。だがロイドは生きている。フィルに生かされたとしか言えない形で。
「お祭りが終わるまでの間だけ話を聞いてあげるわ。でも、ウソツキは!」
「ドロボウの始まり!」
ミランダにはロイドの命乞いを無視することが出来なかった。それに、もしミランダが天国に行けて、ロイドの言っていることが本当ならば、ここでフィルの親友ロイドを殺すとフィルに会わす顔がない。
CZK3 11-3-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 11-3-B
ここで殺すしかない。シスター・グレイシャの中の殺意の螺旋は、“キュンストレーキ殺害”という軸に収束し、回転が安定する。自分の頭に顎を乗せているキュンストレーキ。その顔はやはり覚えることができない。まるでテニスラケットでトンボを捕まえようとするように、キュンの情報は自分の記憶をすり抜ける。だが、ガラスに映って見えている今は可視えている。視線を切らさなければ、この人物がキュンであるという確信は持ったままでいられる。だから自分が殺るしかない。カワイイ・カブキ・キッサの店員や客にも、もちろんベラトリクスにも、そしてスカベンジャーズのメンバーやミランダ、自分に人殺しのやり方を教えたウォールドロワーのポリス・ジョンソンにも頼れない。自分にしか出来ない。
真正面のガラスに映ったキュンは何もしない。シスター・グレイシャは視線を切らさず、手探りで鞄に手を突っ込んだ。自分が殺人の現行犯で逮捕されるのは仕方ない。鞄の中からナイフを出してキュンの喉、目、額など急所を攻撃し、始末する。これがシスター・グレイシャの中の軸だ。
「?」
しかし、突っ込んだ手は何かやわらかいものの感触に阻まれ、鞄の中のナイフを探ることができない。軸が揺らぎ始める。それを認めたキュンストレーキは、手助けするようにシスター・グレイシャの手に自分の手を沿わせ、鞄に右手を入れる。そして左手で日記帳にヘタクソな字で書いた。
『お前のパンティーだ』
そして右手でシスター・グレイシャの手に鞄の中の何かを握らせた。確かになんかちょっと……下着っぽい肌触りだ。シスター・グレイシャは……おっとこれはセクハラになる。簡単に言えばまだ人に下着を見せる段階まで進めていないので質素で安くてガードが硬いものだ。だが自分が今握らされているこれは本当に自分の下着か?
「……」
しかし、キュンストレーキはシスター・グレイシャに確かめさせることも許さない。腕力の差で完全に鞄に突っ込んだ腕は固定され、キュンを視界に入れたまま握っている何かを視界に入れることが出来ない。キュンからは視線を逸らしてはいけない。だが自分が握らされているものが本当に自分の下着なら……。あまりの嫌悪感に鳥肌が立つ。あまりにも気色が悪い。だからこそ、こんなことが平気で出来て、なおかつ可能にする奇妙なナニカを持つキュンはやはりここで殺さねばならない。
「あなたは……何がしたいの……何者なのよ……何故わたしたちに付きまとうの?」
キュンストレーキは懐から一枚の写真を取り出し、カワイイ・カブキ・キッサのガラスに映して見せた。ベラトリクス・サンダーランドの写真だ。賢くて、美しくて、自分を妹のように可愛がってくれて、自分も姉のように慕っているベラトリクス・サンダーランドだ。その美しさは、キュンが再び写真を懐にしまってもカワイイ・カブキ・キッサのガラスに姿が残るくらいだ。……ありえるか? そんなことがこの物理の世界で?
「ベラトリクス!?」
「伏せなさいシスター」
BLAM!
窓を挟んで向こう側にいた本物のベラトリクス・サンダーランドが放った一発の銃弾が、幼稚と一笑に付されたテーマパークカフェのウィンドウを貫き、可愛い妹分、シスター・グレイシャの嫌悪感と羞恥心を激しく踏みにじった怪人キュンストレーキを直撃、仰向けにブッ倒す! ゾンビのドス黒いようなものではなく、真っ赤な鮮血が散る。ようやくこの異常事態に気付いたのか、カワイイ・カブキ・キッサの人間たちもテーブルの下に体を隠したり、悲鳴を上げたりする。
「ベラトリクス!」
「シスター・グレイシャ! 怖かったわねェ。もう大丈夫よ」
「ええ、大丈夫! キュンは捕まえた!」
銃弾を食らったキュンは激しくのけ反り、衝撃で鞄から何枚もパンティーが飛び出したが、シスター・グレイシャはキュンが触れていた右手を放さなかった! 掴んでいる間はキュンも見えている!
「即死させることには失敗させちゃったわね。流石にここでトドメは刺せないわ」
シアトルの寒い空気を引き連れながら、最高に冷徹な雪の女王ベラトリクス・サンダーランドがついに! カワイイ・カブキ・キッサに入店! サインをもらってレジの横に飾らなきゃ!
「店員! 救急車を呼びなさい」
「ヒエー、ハイ」
「客の中に医者はいる? いないならわたしが」
「ヒエー、ハイ」
キュンストレーキは腕に銃創を負った。ベラトリクスは即死を狙っていたが、さすがに彼女の腕では難しかったようだ。チャールズなら楽勝だっただろうが、ここから先がチャールズにも出来ないことだ。ナースでもあるベラトリクスはここからキュンへの応急処置が出来る。店の清潔なタオルを集め、圧迫止血を開始した。簡単な話だ。即死したら聖職者であるシスター・グレイシャの仕事になり、生きているうちはナースのベラトリクスの仕事。そんなぐらいだ。
「このバケモノ。アンタには死んでもらいたいけどそうもいかないのよね」
「フン、好きにしろ」
「アンタ……喋れたの? でも関係ないわ。相手が英語を話せようとゴミはゴミだしクズはクズ、そしてカスはカスで、バケモノはバケモノよ」
「関係ない、か。関係ない! 英語など関係ない。ベラトリクス、俺とお前はいろんなものを見てきたよなぁあ? 流星群や移民の船、満月の夜にかかる虹……。だがそんな思い出は全て消える。お前の記憶からなくなってしまったように、俺が忘れてしまえば全て消える。たった二つの永遠なものが何かわかるか? ベラトリクス。それは何もない暗黒だよ? お前の中にも、誰の中にもある心の闇だ。埋まらない、心の、穴だ」
「なんかグダグダとキモカッコイイこと言ってるけど止血されながらだものね。わたしがその気になればお前は死ぬ。シスター・グレイシャや殺した人間たちへの詫びもないこのゴミクズの命なんて今はわたし次第よ。それにアンタみたいなキモいヤツとそんなステキ風景を見た覚えもないわ。わたしと、将来わたしの伝記映画でわたしを演じる女優を間違ってるんじゃない?」
「人間の心は、光さえも捻じ曲げて真実を歪めてしまう。人間の心には闇が満たされている。闇で光を歪めないと真実に耐えられない……。見たくないものは見ないし忘れたいものは忘れてしまう。闇ともう一つ、永遠なものは、愛だ。お前がこの小娘にするように、この小娘がお前にするように……。シアトルがお前にするように……」
「ハァ?」
「闇は拒めないし否めない。だが愛は真実だ」
「ハイハイ、カッコイイカッコイイ。よかったわねェ」
赤いランプを回し、救急車と警察がやってきた。
「少なくとも、お前の中の“闇”は俺を“無視”した」
「まぁ、これもストレッチャー乗せられながらだものね。キまらないわァ」
キュンストレーキというバケモノをしっかりと“シアトル”に渡したベラトリクス・サンダーランドは、手に着いたキュンの血で汚れないように不器用に豊満なバストにシスター・グレイシャを埋め、ヨシヨシしてあげた。キュンに見せつけてやるように。
「怖かったわねェ」
「キモかったわ」
「あの変態クズ野郎はキチンと裁判にかけて裁く。それが光も闇もない、人間の正しい行いよ。何をジロジロ見てるのよ!? 変態共! 早く婦警を寄越しなさい!」





