2話
「よぉ、久しぶりだなベラトリクス。そうだよ忘れちまったのかよ! 幼馴染のダグラスだよぉ~。俺はお前の顔はよく見るが、お前は俺の顔を忘れっちまっても無理はねぇかぁ」
アゴヒゲを伸ばして日焼けした男、ダグラスが大きなアクションで両手を広げ、ベラトリクスの肩をバンバン叩いた。化粧が落ちる程の強さだ。
「アンタが本当にダグラスなら、きっとダグラスはヒゲがない方がいい男だったのね。アンタのヒゲはダサいもの」
「あざ~す」
ベラトリクスはシアトルの同級生の集まりに出席していた。普段、ベラトリクスはこういったものには参加せず、“孤高”と“孤独”を履き違えたまま過ごしていた。幼い頃から彼女は個性の点において、ルックス、頭脳、運動神経に優れていて多くの少年たちの気を引いたが、ベラトリクスは応えなかった。自分についてこられるのは自分だけだったのだ。少なくともシアトルにおいては。
そんな見下しきった態度で生きてきたにもかかわらず、ハブられず、今でもこういう集まりに誰かが呼んでくれるし、ゾンビ殺しとしてのベラトリクスを強く後押しする“地元”シアトル。ベラトリクスがシアトルを顧みるようになったのは、ゾンビ殺しとして頭角を現し、ミッキー・ローリネイティス、リカルド・マクファーレン、バラチ兄弟なんかとシノギを削るようになってからだった。シアトルの応援がなければこいつらとは戦えないし、シアトルがなければコイツらとここまで戦えなかった。ロスでもニューヨークでもサンフランシスコでもダメだ。シアトルじゃなきゃダメだった。ベラトリクスはそう、顧みている。
だが日和っていいのか? トガったベラトリクス・サンダーランドだからこそ、シアトルは応援してくれたのでは? ならトガったままでいなければ。シアトルが見たいベラトリクス・サンダーランドを見せたいという地元への思いが、彼女の地元への歪な愛情だ。
だからシアトルであんなことをした謎の殺人鬼……“キュンストレーキ”は許せない。シアトル警察も手を尽くすだろう。キュンに賞金がかけられていれば賞金稼ぎのガンマンたちもシアトルに来るかもしれない。
「ダグラス、アンタ、最近シアトルで何が起きてるかわかる?」
「シアトルでか? 特に何もだな」
期待してはいなかったと言えばウソになる。誰か一人でも、キュンの手がかりを掴んでいればよかったのだが……。
「あぁらベラトリクス!?」
「カーラ?」
「覚えていてくれたのね! みんなを覚えてる?」
「簡単よ。アンタはモニカね? そっちはカーメル。ミシェル? アンタは昔、骨折してチアリーダーをやめて少しスタイルが変わってしまった」
「あの頃からアナタには何も敵わないわね、ベラトリクス」
だがここにおいてもベラトリクスの頭脳は明晰だ! 十年近く会っていないクラスメートの名前と顔を簡単に思い出せる。チャールズにこんなことが出来るだろうか? だからこそベラトリクスはなりふり構わない!
シアトルであんなことが起きた。何故誰も気にしてない? そして何故……顔を思い出せない? ベラトリクスはあの時、キュンストレーキの顔を確かに見た。それは間違いない。
「ダグラス、カーラ、モニカ、カーメル、ミシェル。アンタたち、最近見ない顔っていない?」
「しいて言うならお前さベラトリクス。それから、お前が最近連れてるメガネの子ぐらいさ」
同級生たちはビールのジョッキを叩き合わせてバカみたいに笑った。
〇
While ago(少し前)……
「気分は大丈夫? シスター」
「ええ、大丈夫よベラトリクス」
「重畳。じゃあこれを持っていきなさい」
キュンストレーキの襲撃から一夜明け、シスター・グレイシャはだいぶ持ち直していた。シアトルにはちゃんと警察がいるし、健全だ。キュンストレーキが異常なのはわかったが、自分がヘロヘロになってベラトリクスに心配をさせる程ではない。
「三〇〇ドル?」
「今日はこれで一日遊びまわりなさい。三〇〇ドル使い切るまで帰ってきちゃダメ」
「ありがとう」
「わたしもクラスメートと遊びに行くから」
シスター・グレイシャはベラトリクスからもらった三〇〇ドルを空っぽの財布にしまい、その財布をさらに肩掛け鞄に詰めた。鞄には日記帳や文房具、使い捨てカメラ、いざという時のナイフなんかも入れる。シスター・グレイシャはウォールドロワーという文明の存在すら疑わしいレベルのド田舎町で育ったため、お化粧や街での遊び方に疎い。素材はいいのだが……。サンフランシスコのミセスやドクも、シスター・グレイシャぐらいの年齢の女の子に遊び方を教えるのには向いていなかった。だが今はベラトリクスといういい姉貴分がいる。ようやく“女の子になった”シスター・グレイシャは、ベラトリクスのおさがりの自転車に乗ってシアトルを駆ける。
「……」
そして自転車を路駐してチェーンキーを回し、ド派手な看板の店に入った。
「カワイイ・カブキ・キッサにようこそ! メニューをどうぞ」
「……」
日本人がシアトルに出店したこの幼稚な店は、日本でもそのまま意味が伝わるという。特にウラ・タピオカミルクティーはパンチが効いている。ここのウラ・タピオカミルクティーはサイコロ状で、歯ごたえが強い。原材料は聞かない方がいいけれどウラ・タピオカミルクティーの原材料がまだ生きていた頃は海で墨を吐いていた。ベラトリクスはクソダサと言ってこの店に興味を持たなかったが、まだ幼いシスター・グレイシャには魅力的に映ったのだ。
「この……ジャパンラテ……」
「サイズはいかがなさいます!?」
「えっと……L」
「サイズはゼンザ、シンウチ、コクホーになっております!」
「あぁ……やっぱり普通のカフェラテにします」
「カフェラテの方も、サイズはゼンザ、シンウチ、コクホーになっております!」
「あの、どれもゼンザ、シンウチ、コクホーなんですか?」
「全部です!」
「一番大きいのはどれですか?」
「コクホーです!」
「じゃあ、アイスコーヒーのコクホー」
飲み切れるかも不安な量のコクホー級アイスコーヒーをトレイに乗せ、シスター・グレイシャはカワイイ・カブキ・キッサのカウンター席に座った。窓からは路駐した自転車がよく見える。そして日記帳を開いた。彼女の日記帳はA4サイズで文字を大きく書けるため、読み返す時はメガネがなくても大丈夫だ。そして一気にこんなに飲んで大丈夫かな? という量のコーヒーをガブっと飲む。大丈夫だ。今日は三〇〇ドルも持っている。エコノミックアニマルがシスター・グレイシャに差し出したコーヒーは実際粗悪品だが、その苦味と酸味は奇妙に「美味い」と彼女に錯覚を与えた。
窓の向こうに警官がやってきた。そして路駐した自転車を観察しているようだ。シスター・グレイシャは日記帳の白紙のページにこう書いた。
「わたしの自転車です。問題があれば移動させます」
窓ガラスをノックして警官を呼び、このページを見せると、向こう側で警官がとてもいい笑顔でサムズアップしてくれた。
ウォールドロワーも大切な故郷だが、こんな町で生まれ育ったら自分はどうなっていたんだろう?
白紙のページには、警官に見せる文字を少し書いただけ。この余白に落書きでもしようかな。そしてシスター・グレイシャは気が付いた。自分はキュンストレーキの顔を見た。服装も、髪型も、肌の色も。自分がキュンの似顔絵を描けばいいのでは?
「?」
適当な余白を鉛筆で穿つ。だが線が描けない。
「……?」
キュンの顔が……思い出せない? 思い出せないのは顔だけか? 髪、服、肌。思い出せる部分だけでもいいから思い出そうとしているのに、砂を握ったまま水に手を突っ込んだ拳がどんどん小さくなるように、どんどん記憶の中からキュンが消える。
キュンストレーキと自分たちが呼んでいる人物は、確かに昨日、セーフコ・フィールドにいた。そのはずなのに……。
シスター・グレイシャはコーヒーを少し口に含んだ。子供の頃に修道院でこっそり飲んだような甘い味だ。……甘い味? 砂糖は入れた覚えがない。
何か奇妙だ。
左手でカップを置き、鉛筆で穿ったままの余白を見つめると、次のページが透けて見えた。何も書いた覚えはないのに!
『ベラトリクスはわたしが嫌い。わたしもベラトリクスが嫌い』
『ベラトリクスに殺される。その前に殺す』
『誰もわたしを覚えていない』
書いた覚えのない文字! このページより先は白紙のはずだ! なのに何故こんなバカげたことが書いてある? 何も書いていないページを探して必死に日記帳をめくった。
じゅごろ……。
「……?」
じゅごろ、ごごごごご……。
「!」
不意に耳に飛び込んできた奇妙な音に顔を跳ね上げると、すぐに頭頂部が何かに当たった。上を向けない。代わりに前方の窓ガラスに映った自分を見ると、冷や汗と混乱でグチャグチャになった自分の顔のすぐ上に、彼女の頭頂部に顎を乗せてウラ・タピオカミルクティーをすすり、シスターのカップにどんどん角砂糖を入れる無表情の人物の顔があった。
「一体……なんなの……?」
今、シスター・グレイシャの目と耳と脳を借り、彼女の真後ろに立っているこの人物の姿を説明する技術を持たない! だがそこに何かは“いる”。ベラトリクスやシスター・グレイシャ、そしてこれを読んでいる多くの賢い皆様が、便宜上“キュンストレーキ”と呼んでいる人物、それは間違いない。だが、シスター・グレイシャには、ガラスに映っている人物の特徴を挙げることが出来ない。目と耳、触覚ではキュンを確かに捉えているのに、脳がその存在を拒否する! シスターは心底恐怖し、半ばパニックだが、そこにある“嫌悪感の塊”の存在を無理矢理、“キュンストレーキ”という人間の姿として認識せざるを得ないのだ。シスター・グレイシャが無能なのではない。若い女性の客の真後ろに立ち、その女性の頭に顎を乗せる。こんなイカれきった変態がいるのにカワイイ・カブキ・キッサの客や店員も誰も気付かない!
「お前はウソツキよ。お前はただのウソツキ。お前は適当に書いただけ。ベラトリクスは有名人だから名前を使われただけ。お前はウソツキよ」
シスター・グレイシャがなんとか言葉を絞り出すと、それを聞いたキュンはシスター・グレイシャのカップに角砂糖をボチャボチャと入れ、日記帳にこう書いた。
『みんながわたしを無視する』
『グレイシャ・ゴールドグレイプはただのウソツキ』
CZK3 11-2-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 11-2-B
「ウッヒッヒッヒ! ヒャホー! まずはお前の財布を奪う!」
「ヤメロー! ヤメテクレー!」
「アーハッハッハ! 次にお前の上着を奪う!」
「ヤメロー! ヤメテクレー!」
「ケーケッケッケ! 次にお前のズボンを奪う!」
「ヤメロー! ヤメテクレー!」
「カッカッカッカ! 次にお前の持ってるクスリを奪う!」
「ヤメロー! ヤメテクレー!」
「てめぇみたいな××××はこの町にはいらねェんだよォー!」
今日は年に一度のお祭り。青年ローゼンバーグはパートナーと共にお祭りにやってきていた。射的でゲットした野球帽を「お揃いだね」と言って被ったり、ぬいぐるみのクマちゃんを抱っこしたり……。そんな幸せそうなローゼンバーグをよく思わない人物がいた。チンピラのゴメスである。ゴメスとその仲間たちはローゼンバーグたちを尾行し、彼らがお祭り会場から出た途端に後ろから殴りつけてカツアゲしたのだ!
「やめてくれー! 彼は喘息なんだ! クスリがないと発作の時に!」
「おぉーう手間が省けるぜ。このカマ野郎は自分から川に飛び込んだ。そういうことになるな!」
ゴメスは喘息のクスリを極寒の橋から川に投げ捨てた。そしてローゼンバーグのパートナー……イアンまでも川に投げ込んでしまった!
「ハーハッハッハッハ!」
ボシャボシャン?
「はぁ~ん? 今、水の音が二つ? クスリにしちゃでけぇ音だったな」
バシャアァン! ゴメスが橋から川を覗き込むと、寒さと溺れ、喘息でヘトヘトのイアンの襟を掴み、強引に岸まで引き上げた一人のタフガイがいた。
「なんだァあいつは」
冬の川に飛び込んで震えるタフガイはイアンにクスリを吸わせ、血走った眼を橋の上のゴメスに向けた。そして、特定の指を立てる攻撃的サインを見せつける。多くの読者を持つ『CZK』では、非常にモラルに問題があるこのタフガイ……チャールズ・ディーン・ノーマンのこの行為が真似されるのを防ぐために詳細を述べることが出来ない。
「ねぇ知ってた?」
「ッ?」
チャールズの特定の指が向かっているゴメスの背後から女の声がした。やられる。背後を取られたし、声に滲む、基礎的な殺気が自分たちと違う……。やられる! ならやってやる! ゴメスたちは自分なりに改良した警棒やナイフといった武器を抜きながら、後ろにいる女に備えて振り返った。
「ゲイをいじめる人ってスーパーゲイなんだって」
「ワッザ?」
だが、いたのは身長五フィート程度のチビ女だった。
「おいチビじゃねーか! 膝つかねぇと顔が見えねぇぞチビガキが! ロリコンでも守備範囲外だぞこらぁ!」
チビの女性……ミランダ・レイチェル・ノーマンは腕と得物、ジャパニーズサムライソードアンブレラを真っすぐに伸ばし、ゴメスの子分Aの鼻先に突きつけた。
「この傘のリーチもわかる? モノシリ博士。保険証は持った?」
「あぁん?」
「だって、これから病院に行くんでしょ?」
「ドチビが……」
SMASH! ここからはいつも通りだ。ゴメスの子分のA~Cがぶん殴られ、逃げだした。
「すまねぇすまねぇ。もうやらねぇ! 許してくれぇ! それにあのカマ野郎は自分から飛び込んだんだ! 俺がやったんじゃねぇ!」
何発かサムライソードアンブレラを食らったゴメスもナイフを冷えた地面に置き、手を合わせて許しを請う。ミランダは哀れなゴメスを一瞥し、岸辺の兄に焚き火用のライターを投げた。
「ってことよ。兄さん」
しかし、後ろでは、ミランダが油断していると勘違いしたゴメスがナイフを拾い、その背中に狙いを定めていた!
「ああ、それから」
ミランダが振り向きもせずにスナップを利かせてジャパニーズサムライソードアンブレラでクルっと大きな円を描く。するとジャパニーズサムライソードアンブレラのストラップがゴメスのナイフをかすめ取り、川のどこかに飛ばしてしまった。
「ウソツキは、ドロボウの始まり」
フルスイングがゴメスの鼻骨をへし折った。
「おいミランダダダダダダ」
「どうしたの兄さん? 寒いでしょ?」
「今のは決まってたぞ」
「ええ。クララが最初に覚えるわたしの姿が今のだったらよかったのに」
チャールズはもう大丈夫だろう。せっかくの家族旅行とお祭りを台無しにするチンピラをやっつけたミランダは、ナタリアとクララのいるお祭り会場に戻った。
「ミランダ。大丈夫?」
「全然大丈夫よ。それ、どうしたの? ナタリア」
「ええ、今買ったの」
ナタリアは一本のデコられたストローをミランダに見せてやった。
「これでこのお祭り会場のどの飲み物も美味しく飲めるのよ。素敵なストローだもの。売ってるお兄さんの口が上手くて嫌んなっちゃうわ。思わず買っちゃったもの!」
「そうね。本当にいいストロー。いくら?」
「一セントよ」
「いいわね。わたしも買うわ」
「案内してあげる」
「大丈夫よ。一人で行ける。ナタリア、あっちのゲートからそろそろ兄さんが帰ってくるわ。兄さんは川に飛び込んだばっかりで、今凍えているの。何か温かいものをあげて」
ナタリアにはわかっていた。チャールズとミランダ、この兄妹は、たまに自分をバカ扱いする。だが最善ではないが、それは兄妹が自分やクララを思ってのこと……。ナタリア自身も、そういう何かコワイ世界には自分もクララも足を踏み入れたくないと思っていたので、こういう時はバカのふりでごまかすしかないのだ。バカのふりでどうにかできるうちは。
ナタリアが離れていくのを感じたミランダは、お祭りの人をかき分けながらどんどん進み、一つの屋台の前で腰の拳銃を抜いて店主のドタマに突きつけた。
「これはこれは。まさかあんな藁でこんな大物が釣れるとは。会えて嬉しいよ、ミランダ・レイチェル・ノーマン」
「ええ、わたしも会えて嬉しいわ。だって二回もあなたを殺せるんだもの。ロイド・ロールスロイス!」





