1話
「ウッ……」
「ちょっと? どうしたのアーノルド」
「アマンダ……。なんでもない。擦りむいたんだ」
「そう……」
「そんな訳あるかい!? このユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビでケガをしたんだぜ!? 俺ぁもうお終いだ。アマンダ……。君の美しいブロンドでやったことを……。いや、言わないでおこう。殺ってくれ」
「ウ、ウソよねアーノルド!?」
「殺ってくれ!」
「ううう、ゴメンナサイアーノルド……」
ジャキッ、パァン!
「ぐっ……待て……誰が今すぐって言った? 俺がまだ着てるのがわかるだろう!?」
「何!? ここまで来てまだヤりたりないの!?」
「見ればわかるだろう……。まだ防弾チョッキを着てるだろうが……」
「ゴメンナサイアーノルド」
「よし、脱いだぞ。さぁ、一思いに殺ってくれ」
ジャキッ、パァン!
「だぁあああ! 何故足を撃った……。足じゃ死ねないぞ……。クソォ! 痛ぇ!」
「だ、だって足なら防弾チョッキを着てないと思ったから……。脱ぎ忘れてたら困るでしょ?」
「ああ、君みたいな美女の前なら誰だって言われなくても全裸になるさ! でも足じゃすぐ死ねないんだよ!」
「じゃあどこを撃てばいいのよ!?」
「なんで君がキレてるんだい?」
「毎晩八時から『スーパーナチュラル』のビデオを観ることにしているの。急いで帰らなきゃ」
「今日は休め。君は今から恋人を殺すんだぞ」
「いい案を思いついたわ!」
「なんだいアマンダ? 足を撃たれても即死はしないが、そろそろ危なくなってきたぞ」
「わたしはアーノルドを殺したくない。じゃあゾンビになるまで待てばいいんだわ! ゾンビを殺すのは罪悪感が薄いもの!」
「だが悪いニュースもあるぞアマンダ。俺がゾンビになったら君は多分死ぬ」
「ナンデ?」
「君がバカだからだ。ゾンビになった俺と生きてる俺、この区別がつくとは思えない。キスなら生きてるうちにして欲しかったが、もう無理なようだ」
「嫌よアーノルド! またわたしのブロンドでジャパニーズ・ヘンタイ・プ……」
「決めたよアマンダ」
「どうしたのアーノルド?」
「君とは別れる」
アーノルド・クリード(享年23歳)。ゾンビに噛まれた後、自力で舌を噛み切って死んだ北米大陸ナンバーワンの肝っ玉野郎にして恋人想いの男。
「さぁ、深呼吸をして」
ベラトリクス・サンダーランドが妖艶に微笑み、シスター・グレイシャの手を握る。
「ゆっくりと挿して、こっちの棒を握って動かして、踏み込むの」
シアトルの全てがベラトリクス・サンダーランドの駐車場だ。フォードの屋根はない方がいい。まだハリウッドにエージェントがいれば、『スターウォーズ』の最新作制作の権利よりも欲しがるほどの美人が映えるからだ。それは真冬のシアトルでも変わらない。いや、『スターウォーズ』はもうそんなに欲しがらないか? 『スターウォーズ』サーガは数億ドルかけて作った葬式を葬式と予告せず、やってきた数億人にその場で葬式を見せつけて強制的に葬式に参加させ、参列者たちの数が多いから良い葬式だったと嘯いた。
「運転をする時の注意点はたくさんあるけど、一番気をつけなきゃいけないのはバンパーよ。バンパーはへこませるものだし汚れるもの。そう割り切ってゾンビは轢きなさい。フォーダイトを?」
「いいえ、知らないわベラトリクス」
「自動車を塗る時にはみ出した塗料が幾重にも重なって出来たメノウのような人工鉱石よ。自分の車だけでフォーダイトを幾つでも作れるようになりなさい。あと、これで」
ベラトリクスはダッシュボードから拳銃を取り出した。ベラトリクスは決して拳銃が使えないわけではない。ゾンビ殺しで拳銃を使ってもあまり目立てないからゾンビ殺しでは使わないだけで、この大陸には、銃を使わなきゃいけないようなゾンビ以上にヤベー奴らがいくらでもいる。
ジャキッ、パァン!
アマンダ・クルーズ(享年18歳 ゾンビ年齢0歳)。ベラトリクスに即死させてもらえた幸運で珍しいゾンビだった。
「後部座席にいらないゴミがいないか確認してからね。別の車に乗りましょう」
シスター・グレイシャへの運転レッスンはシンプルだ。野球選手がダイヤモンドを一周するように、シアトルを一周する。だがこのレッスンでは急ぐことはない。ベラトリクスがベタ惚れしていたシアトル・マリナーズのイチローは、その凄まじい速度を活かしてオールスターでもランニングホームランを放ったが、今回のシスター・グレイシャのシアトル一周は特大ホームランを放ったようにゆっくりと回ればいい。何故ならシアトルでは誰もベラトリクスの進路を妨げないしアウトにしようとしない。
「停めなさいシスター」
シスター・グレイシャがセーフコ・フィールドのすぐそばに車を停めるのと同時にベラトリクスはサングラスを投げ、拳銃を持って車を降りた。車が止まったことで緊張が解れたシスター・グレイシャも異変に気付き、ナイフを抜く。
「何よこれ」
そこには、丸裸にひん剥かれた一組の男女……。内臓が剥き出しになっているのに飛び出さない程度に加減されて体を刻まれ直立不動、顔には幾つもの傷が刻まれ、強制的に表情を無に変えられている。これではまるで、かつてナースの見習いだったベラトリクスが毎日見ていたような……。
「人体模型……?」
EP11 The Scavengers -KUNSTLIJK THE STALKER-
ベラトリクス・サンダーランドは故郷に帰れなくなったシスター・グレイシャをシアトルに連れ帰り、だいぶ年下の妹のように可愛がっていた。その頃、リカルド・マクファーレンはリオ・グランデをいつものように赤く染め上げ、キャプテン・カリフォルニアはウィンターパークで再び町長に選ばれた。ドクター・イマガワとミセスは自家発電で何とかスーパーファミコンを動かすことに成功し、いつ電気が切れるかわからない極限のハラハラプレイを楽しんでいた。
そんなスカベンジャーズのバケーションにあの二人は?
「フンフンフフーン」
チャールズが湯煙に包まれゴキゲンに鼻歌を歌う。肩までゆっくりと湯に浸かり、日頃の疲れを癒すのだ。
「すごいわ兄さん。そのサイコーな歌? みたいななんかを是非セオドア・ルーズベルト大統領にも聴かせてあげて! 今の軍人がそんなダサい歌を歌ってるって知ったらセオドア・ルーズベルトも腰とタマを抜かすわ!」
「バカ言うなミランダ。何があってもセオドア・ルーズベルト大統領、いやテディが腰を抜かすもんか。それにこれは国歌だぞ」
「いつから?」
「昨日だ」
ナタリアが優しく笑った。
チャールズ! ミランダ! ナタリア! クララ! たった四人にまで減ったノーマン一家は、この休暇を利用し、夢の温泉旅行に来ていたのだ! クララもお風呂に入れるようになったし、チャールズとナタリアも少し成長したこのリトル・モンスターとお出かけすることを望んでいた。
男湯にはチャールズだけ、女湯にはミランダ、ナタリア、クララしかいない。その気になれば、その辺にはシャベルが転がっているのでセルフサービスハンドメイドホットスパーすら実現する。どちらの湯にもシカなど害獣を寄せ付けないため、バンブーの筒で作られた水を溜め込んでから鳴らす威嚇トラップ、ジャパニーズ・ディア・キャンセラーがついているので安心だ。こんな素敵な場所がまだUSZに……? 多くのお客が押し寄せてしまうため、詳細は述べることが出来ない。そして性的になってしまうため女湯の詳細も伏せるが、ミランダもナタリアも、そしていつかはクララもだが、彼女たち三人はパメラ・アンダーソンのようなバイオ技術とサイエンスの結晶のような美人ではなく、自然に作られ美しく育ったオーガニック美女である。
「さぁみぃ……。気をつけろよミランダ、ナタリア。外は寒いから、風呂から出たらすぐに服を着ろよ。“湯冷めゴースト”が来るぞ」
膝下までお湯に浸からせたまま立ち上がったチャールズは、転がっていたシャベルを握って少し素振りした。
「“湯冷めゴースト”?」
「冬になると現れるタチの悪いゴーストよ。お風呂から上がった後、すぐに服を着ない子を風邪にするの」
「まぁっ!」
「ナタリアも気をつけてね」
あまりの寒さと“湯冷めゴースト”の冷たい手でボールが縮みあがりそうだが、チャールズはタフに笑った。
「お前ももう少し浸かってろミランダ。ランタンの明りは消しておけ」
「……そうね」
ミランダは息を白く濁らせながら、露天風呂のすぐそばに置いていたランタンの火を消した。辺りは星の明りすらない真っ暗闇だ。
「Boot to Asses!」
この出歯亀野郎! デクスター・フェルプス(享年29歳 ゾンビ年齢3歳)の頬をスコップで寸分違わずジャストビンタ! 脳がグニャグニャになり、首が折れたデクスターが倒れこむ。チャールズが指笛を吹いた。
「この時期のチャールズ・ディーン・ノーマンを食ってみようっていう骨のあるゾンビはいねぇかぁ!?」
その指笛に引き寄せられたダリウス・シザーリオ(享年42歳 ゾンビ年齢8歳)の首をシャベルで刎ね、チャールズは周囲がまだ見えた頃の最後の記憶を手繰る。まだ自分を殺せる位置にゾンビは来ていないはずだ。そして、岩の位置はここ!
FLASH!
金属製のスコップで思いっきり岩をぶん殴り、火花を散らす。一瞬だが周囲が見える!
「主人公に必要なのは強さでも悲しい過去でもない。トラブルメイキング力だ」
アラン・オーデン(享年39歳 ゾンビ年齢2歳)、ヘイデン・マティス(享年60歳 ゾンビ年齢9歳)、ダリオ・ロ・マジンギ(享年18歳 ゾンビ年齢11歳)を一気にスコップで串刺し!
チャールズはまた最後の記憶を探り、岩を殴る。
FLASH!
「最後に殺したのはイタリア野郎だったようだな。女ばかり狙うなよ!? イタリアの女の乳首はみんなマカロニみたいだし男はスパゲッティほどしかないがこの国は違うんだ!」
グレッグ・クック(享年27歳 ゾンビ年齢3歳)の頭髪をわし掴み、樹木に叩きつけてトマト料理のようにしてやった!
「サイテーね。クララが覚えたらどうするのかしら」
「ホントよ。クララが最初に言う言葉がママ、でもパパ、でもなくてAwesome! だったらどうしましょう」
「もしミランダ、だったらクララに自転車を買ってあげるわ」
さらにチャールズの指笛がもう一度。
ギル・ハイランド(享年30歳 ゾンビ年齢1歳)はクソギタリスト! 今じゃギターの弦に負けて指が飛ぶ。マハーシャラ・リギアー(享年27歳 ゾンビ年齢2歳)はクソヨガ荒行者! この体験を話せたら本当に神秘の人になれたのに!
だが実はこいつらは結構いい線まで行っていた。暗くて何も見えないチャールズにもう少しと迫っていたのだ。だがチャールズが気付かないはずがない。ギルとマハーシャラの接近を察知したチャールズは引きつけて引きつけて、とっておきの技を使った。
「Suck it!」
パァン! チャールズのとっておき、即ち“大声”を食らったゾンビたちの鼓膜が破裂し、脳ミソがグワングワンに揺れて死亡する!
「ヘッ」
しばらく“湯冷めゴースト”に耐えたチャールズは、何故か都合よく建てられていたセオドア・ルーズベルトの銅像をシャベルでぶっ叩いた。けたたましい音を立てる銅像! ゾンビたちがおびき寄せられ、チャールズは銅像を挟んだ向かい側にポジションをとる。
「Idiot」
そしてマヌケなゾンビたちは、あのチャールズさえ凍えさせる冷たい冷気に晒された銅像に噛みつき、唇と舌が凍って張り付く。
「ありがとよテディ」
ハハッ、激しく生意気じゃよボーイ。
「おい、明りをつけてくれミランダ」
「あら、早かったわね」
ミランダが手探りで明りをつけると、仕切りを挟んでこっち側、男湯側に赤黒いゾンビ製の雪が積もっていた。
「トドメはあいつに任せるさ」
「あいつ?」
ランタンの明りで照らされたホットスパー。そこに転がっていたバケツをチャールズは発見した。チャールズのような大きな男でも、スッポリ被れば『パシフィックリム』のチェルノアルファごっこが出来るほどだ。そのバケツに約三十リットルのお湯を汲み、チャールズは再びテディの元に戻った。そこにはまだ、テディに噛みついたまま唇と舌が凍ったゾンビたちが蠢いていた。
「“湯冷めゴースト”だ」
SPLAT!
CZK3 11-1-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 11-1-B
「ベラトリクス。知り合い?」
「いえ、知らない顔よ。知らない顔だけどこんな殺され方をされるなんて」
「本当にヒドい」
ナースとシスター、こんな職に就いている二人の美女が言うぐらいなのだから、今、目の前で晒し者になって殺されているこの男女の殺され方がいかに常軌を逸しているかわかるだろう。
「ベラトリクス」
「……」
この死体の写真を撮っても良いのだろうか? この殺しは明らかに異常だ。人間を相手にこんな精密に解剖する技術。医者のなれの果てか? ナースとして、人間を相手にこんな医学の悪用は許せない。ならば素人か? 素人だとするともっとヤバい。こんなことが出来るほどの場数をこなすには何十人殺したかわからない。これを殺ったヤツはヤバすぎる。だからこそ、ベラトリクスは迷う。こんなことが出来るのはどんな人間か? この手口を記録し、相談しなければならない。例えば、サンフランシスコのドクター・イマガワだ。あんなんでも彼はセミプロの医者だ。だからこそ、ベラトリクスは迷う。自分は日和りすぎではないか?
「手厚く葬りましょう。シスター、お祈りを」
「ええ」
カメラをしまい、シスターの方を振り返ったベラトリクスの頬に、何か生温かいが触れる。
「!?」
頬に触れたのは、頬だ! ベラトリクスにもシスターにも気付かれず二人の間に入った謎の人物が、ベラトリクスの顔の動きを予測したのか、自分の顔をその軌道上に押し込んだのだ。
「ッッッッッ!!!!」
「ベラトリクス!」
あまりにも唐突な闇の仕草に反応が遅れたベラトリクスをシスターの声が正気に戻す。
「ッッッお前か……。お前がこんなことを……。よくも、シアトルで……ッ」
「……」
「殺す!」
ベラトリクスの目が充血した瞬間、頬から圧力が消え、ベラトリクスがつんのめる。そして体勢を立て直し、顔を上げると……?
「ベラトリクス?」
向かい合ったベラトリクスとシスター・グレイシャは互いに目を皿にする。そしてベラトリクスの瞳だけがシスターの背中の向こう側にクギヅケになった!
「シスター! 後ろ!」
いつ回り込んだのか、シスターの背後に先ほどの闇の仕草の人物が立っている。光のない全くの無表情、首から上はまるで“人体模型”だ。
「?」
あまりにも異様な無表情に注目してしまったシスターの手に、ノールックで繰り出されたキックが直撃、ナイフが蹴り飛ばされた。それでもまだシスターはこの人物の目を覗き込んでしまう。こいつには何が見えてる?
「シスター!」
ベラトリクスは車に積んであった斧をぶん投げる。このまま当たって殺せてもいいし、シスターが回収してナイフの代わりに使ってくれてもいい。この謎の人物は! ここで殺しておかないといけない。正義感でも生存のためのカンでもない。ただただ湧き上がる嫌悪感だ。
カランカランと斧が地面を転がる。
「?」
「?」
今、この一瞬、何が起きた? 謎の人物の姿はまた見えなくなってしまっている。
「!」
シスター・グレイシャは斧を右手で握り、周囲を警戒しながら持ち上げる。ぅ~?
「!!」
スポーツにおいて致命的である、肩を痛めやすい体質ルーズショルダー。優れた能力を持っていたのに、これのせいで涙をのみ、引退に追い込まれたピッチャーの数は計り知れない。周囲を警戒しながら斧を持ち上げる、という動作でシスター・グレイシャのルーズショルダーが発動! 激痛に歯を食いしばり、まずは深呼吸を行うために息を吸……
「!」
そのシスターの後頭部に手を当て、謎の人物が女の人体模型の下腹部にシスター・グレイシャの頭を叩き込み、倒れこませる。まだ生暖かい血と臓物に溺れ、強引に顔を引っこ抜くが、死んだばかりの生身の人間の内臓に顔を突っ込んだ嫌悪感、そしてメガネが内臓にさらわれた! やる気が一気に消え失せる。メンタル、肩、メガネ。満身創痍だ。
「……」
「……?」
襲撃者は去った……のか?
「……ベラトリクス」
「顔を拭いてシスター」
下腹部にぽっかり穴が開いた女の死体を見て、シスター・グレイシャが吐いてしまった。無理もない。あれに顔を突っ込んだのだ。
「……」
悔しさも怒りも悲しさも恐怖もない。ただただ押し寄せる原始的な嫌悪感にベラトリクスは震えた。





