5話
ベラトリクス・サンダーランドは使用済みのマスクとゴーグルと手袋をゴミ箱に叩きつけ、手術室の外のソファに座って舌打ちをした。
「やりやがったわあの小僧ども。ゾンビを作りやがった」
“ステイツ・ジャック”のゾンビ殺しが気に食わないのはベラトリクスも同じこと。アイドル系ゾンビ殺しというジャンルを打ち立てたのは自分! 他は全て亜流にして外道! それどころか“ステイツ・ジャック”はゾンビ殺しですらない。ゾンビ殺し系アイドルはゾンビ殺しではなくアイドルだ。少なくともベラトリクスはインチキでゾンビを増やしたりはしない。殺すゾンビも自分で捕まえる完全な自営業だ。
「これはあのアイドル共を攻撃する理由になったにゃ。あいつらはゾンビを製造するために殺人を行っている可能性があるにゃ」
「中東戦争と同じよ。証拠は後で見つかればいいわ。見つからなくてもいいけど。あいつらに死んで欲しいと思ってる人間は多いから」
ベラトリクス・サンダーランドって無能じゃね? ベラトリクス・サンダーランドって必要なくない? そんなことないぞ。彼女はドクと同じく、無免許ではあるがスゴウデのナースであり、特にゾンビの検死においてはこの世で右に出るものはいない。彼女の検死により、このゾンビたちに生前、ゾンビ化するようなケガ(噛み傷、ひっかき傷)がなかったことや、死んだ時やゾンビ化してからある期間、ロープのようなもので縛られた痕跡があることがわかった。これは東洋医学や怪しい漢方を得意とするドクにはできない芸当だ。これにより、今回検死したゾンビたちは、一定期間“保存”された後に解き離れたものであると判明した。
「じゃあその辺を調べておいてにゃベラトリクス」
「何?」
「“ステイツ・ジャック”にどんな後ろ盾がついたか、最近どんな奴と手を組んだか、何を宣伝するために“ステイツ・ジャック”が動いているか。雑誌でも読めば簡単にわかるにゃ」
「なんでわたしが調べるのよ」
「ボクは“ステイツ・ジャック”は雑誌でも見たくないんだにゃ。それに一番ムカついてるのはベラトリクスじゃない? ゾンビを製造できるぐらい大きな組織が、自分たちの看板にと雇ったのは“ステイツ・ジャック”。北米大陸で最高のタレントはもうベラトリクス・サンダーランドじゃなくて“ステイツ・ジャック”だとそう思われてんだにゃぁ」
〇
200X BLESS OF SOPHIA
「ようロイド。どうした兄弟? 浮かねぇ顔して」
「フィル。昨日、ゴミパンダ・レコードで新しいCDを買ったんだ」
「へぇそう。それがクソだったのか?」
「逆だよフィル……。最高傑作だったんだ。惑星の! もうこの先、これ以上の曲が出ないと思うと、ため息が止まらないよ……。僕はまだ十七歳なのに、この先、音楽でこれ以上感動することがないなんて」
「イッヒッヒ。去年も同じようなことを言ってたな」
「そうかい?」
この平和な田舎町で、フィル・サリバンとロイド・ロールスロイスは生まれ育った。同い年の二人は兄弟同然だった。二人は毎日一緒に学校に通った。
ロイド・ロールスロイスは町一番のイケメンで、小さな時から勉強が出来た。周りはロイドを褒めたたえ、将来は弁護士になるように勧めた。ロイドも悪い気はしなかった。周囲の言う通り、自分は頭が良いのだろう。だがこんな大学もない田舎町で一番頭が良くても、広い世界に出れば高が知れている。どうせ弁護士を目指すなら大陸最高だ。そのためには努力が要る。ロイドは努力を惜しまなかった。もうロイドに勉強を教えられる人間はBOSにはいなかった。勉強をすればするほど、自分が大陸最高の弁護士に近づくのがわかる。彼は努力する時間を犠牲などとは思わなかった。全米弁論大会にも出場したし、ニューヨークの名門大学への入学が決まった。
一方のフィル・サリバン。彼は生まれた時から平凡で、虫歯の多い子だった。古いプレイヤーでシャカシャカと音楽を聴くことを好み、町で唯一、それもあったことが奇跡のような映画館に入り浸った。ボーバクとした時間の中で目標もなく過ごしていたが、そんな自分の生き方を悪いとは思っていなかったし、映画館やゴミパンダ・レコードでアルバイトをして遊ぶだけの金を自分で稼いでいたから、誰もフィルを責めなかったし、BOSで一生を終えるには十分だった。ゴミパンダ・レコードでの接客中、不穏なほどカッチリとしたスーツを着たよそ者の謎の暗号を聞いて全知全能に目覚めたが、BOSで生きるには不要な能力だった。
「そういえばフィル。全知全能の能力ってまだ消えてないのかい?」
「どうにも困ったもんで、マジだぜこの能力」
「急にチェスが強くなるんだもんな。困ったものだよ」
「イッヒッヒ」
フィルには人生の目標がなかったが、なかったが故にロイドをリスペクトした。兄弟同然のロイドに嫉妬も同情もせず、一人の人間として接した。ロイドにはそれがわかっていた。道を歩いていると飛んでくる「いよぉっ、未来の弁護士!」といった言葉の、どれが冷やかしでどれが本心かぐらいまだ子供だったロイドでもわかる。だがフィルは何も言わなかったのだ。何も。それが何を意味しているか、この時のロイドはまだ知らなかった。
「おお、来たかロイド、フィル」
「おはようございますマンチーニ校長先生」
「ロイド、フィル。いい知らせと悪い知らせがある」
「悪い知らせとは?」
「この国は死んだ」
「……どういうことです?」
「ゾンビが……。信じられんが、死者が蘇り、人間を襲っているという情報が入ってきた。ロサンゼルスは……。君たち、ロスに知り合いは?」
フィルは顎に手を当てた。
「SFファンクラブのザ・ヨーダがいるはずだ。まだ会ったことはねぇから本当にロスにいるかは知らねぇけど」
「ロスは諦めろ。いい知らせもある」
マンチーニ先生はため息をついて慎重に言葉を選んだ。
「ニューヨークが終わったという情報はまだだロイド。大学は無事かもしれん」
「……フィル、車を出してくれ。ニューヨークに行くぞ! 僕の、僕の未来が!」
流石に笑っていられない。フィルはポケットからシケモクを抜いて咥えたが、すぐにマンチーニ先生に没収されてしまった。
「ロイド……」
「フィル! 君に何が見えていようが関係ない! 僕は自分の目で確かめる!」
「構いませんねマンチーニ先生? ロイドはBOS始まって以来の逸材。そんなロイドを……まさか捨て石にしようってんじゃないだろうな?」
フィルはマンチーニ先生の胸ぐらを掴んで机に押し倒し、顔を一インチまで近づける。二人の性が違うならば確実にセクハラだ。
「マンチーニ先生……アンタ確か、ニューヨークに娘がいたな? 名前はそう、ヘザー。そうか、ヘザー……。ヘザーはクイーンズに住んでる。最近同棲する彼氏が出来たようだ。イタリア系のな。知ってたか? 同棲してる彼氏の存在も知らねぇんじゃ、ヘザーが無事かも知らねぇよな……。そこに偶然、ニューヨークに用のある教え子が二人か。なんてグッドタイミングだ」
「やめるんだフィル。僕は自分のためにニューヨークに行くんだ。フィル。君だけが頼りだ」
「……お前の気が済むってんならよ。だがマンチーニ先生。アンタの車を借りるぜ。親父のボロ車じゃニューヨークまでもたねぇ」
あの日、フィル・サリバンとロイド・ロールスロイスは、マンチーニ先生の車でニューヨークに旅立った。フィルが作った『ゴキゲンロック』のNo.1をかけながら……。ロイドの勉強のお供のために編集された『ゴキゲンロック』は、道中では却ってロイドを不安にさせた。『ゴキゲンロック』を聴くと嫌でも勉強の日々を思い出す。ニューヨークがやられていれば、あれは全て無駄になるのだろうか? 国が本当に死んだのならば、法律の勉強は全て無駄に? BOSが今後、ずっと無事だとしても、弁護士を目指して生きてきたロイドは弁護士以外の目標を何一つ持たない。不屈の男、ロイド・ロールスロイスは、産声以降初めて泣いた。
「ロイド。先に言っておく。ニューヨークは死んだ」
「それでも僕はこの目で見るまで諦めない」
六日後。二人が見たものは、屍と化したニューヨーク、壁の焼け焦げた大学だった。慣れない拳銃を持って大学の中を探索した二人は、大学の中が空っぽなことに気付いた。火事場泥棒が大学の叡智と歴史と財産を奪っていったのだ。図書館には焚火の跡があった。本を燃やして籠城した人間がいたようだ。
「畜生、畜生……」
ロイドは、死体から弁護士バッチをむしり取り、スクラップにするほど強く握りしめた後、床に叩きつけた。ロイドがバッチをむしった死体は、鞄とスーツのポケットのありったけの金と食料を詰め込んでいた。血の滲んだ……。この死体のポケットにいくつも入っていた財布にはそれぞれ違う名前のIDカードが入っていた。
「ロイド……。おいロイド。こんなところに、誰も盗まなかった本があらぁ! “キング・オブ・カリフォルニア”。カリフォルニアに、スペイン王の隠し財産があるってよ」
「フィル。何故、地獄があるか知ってるかい? 何故悪魔がいるかを?」
「さぁな」
「弁護士を送らなきゃいけないからだ。弁護士は全員、天国には行けないから……」
「……ロイド?」
「人を救おう、フィル。僕は頭で。君は全知全能で」
ロイド・ロールスロイスは不屈の男。
また六日かけてBOSに戻ったロイドは、全知全能の力を持つ親友フィル・サリバンと共に人を救う道を考えた。法律と正義だけが人間を救うのではない。例えば、宗教。
ロイド・ロールスロイスは不屈の男。
資料の少ないBOSで必死に宗教について勉強した。今度はフィルも他人事ではない。ロイドと同じくらい身を削らなければならない。改めてフィルは、ロイドの勤勉さを知ることになった。
ロイド・ロールスロイスは不屈の男。
まずはキリスト教福音派が絶大な勢力を誇るBOSを“オラクル”で染め上げ、町の外に家族や友人がいる町民たちの心を救った。もちろん対価は受け取る。初めは野菜、次に肉、次に金……。“オラクル”は、少なくともBOSを救えた。こんな小さな田舎町だが、ここが救えたのならもう少し大きな町も救える。BOSの農作物を手土産に、ロイドとフィルはどんどん宗教組織“オラクル”を大きくしていった。面白いように信者が増えていく。弁護士としての楽しみを知ることはなかったが、それでも宗教は面白かった。
当然の対価として受け取った豪華な食事、いい服、いい車、いい時計。それらはロイドに必要なものだった。この宗教は人を救えるとハッタリを利かすために……。
だが、大きな壁が立ち塞がった。弁護士だ。とある町に進出した際、新興宗教“オラクル”をよく思わない老弁護士、旧時代に司法試験をパスした本物の弁護士に討論でコテンパンにされたのだ。だがコテンパンにされたのは討論だけだった。
「君たちがもし、君たちと同等の待遇で私を弁護士として迎えるというのなら、考えるがね」
老弁護士はロイドの財力に尻尾を振ったのだ。
ロイド・ロールスロイスは不屈の男。ロイド・ロールスロイスは不屈の男……。
「ロイド」
「いいでしょう。あなたを“オラクル”の顧問弁護士にしよう。いくら欲しいのです?」
「ロイド! 退くぞ。こいつは救えなかった。こいつをやっつけられるほど、討論の勉強をしよう。お前なら出来る」
「そうかもな。だが君なら今出来る」
「……ロイド?」
「それに彼は救えたじゃないか。彼にとっては金が救いだった」
「ロイド」
「金が……。彼を救ったじゃないか……。法のないこの国で、弁護士として当然の対価を受け取ることなく、僕たちに立ち向かった彼に、僕たちが当然の対価を与えることで彼は救われる」
ロイド・ロールスロイスは不屈の男……。
ロイド・ロールスロイスは力に溺れた。自分が敵わなかった相手を金で倒し、金で倒された老弁護士と、金で倒した自分の力を知った。果たしてこれは悪だろうか? 欲望に負けることは悪か? わからない。欲望と希望、そこに何の違いがあるだろうか? だがなんて楽なんだ……。
「フィル、君にはこれからもどんどん働いてもらうぞ」
この時、フィル・サリバンは、ロイド・ロールスロイスが離れていくのを感じた。ロイドは、フィルの力を人のために使うのではなく、“オラクル”を大きくするための正解を知るために使うようになった。加速度的に膨張する“オラクル”。有料老人ホームの設立したり、故郷BOSのような貧しい田舎町の農作物を売り出して過疎の市町村を救った。金で倒した老弁護士から弁護士のイロハを学び、ロイドは『大陸最高の弁護士』を名乗るようになった。
彼は人が悪に落ちる場面を好むようになった。VOWをターゲットにした際には、激しく片想いをしていた女性を旅人に掻っ攫われ、嫉妬と復讐に燃えるアンドリューのような人間を見ると喜んで力を貸した。安く買い叩かれ、2か月かそこらで撮影を終え、酷評されながらも話題性だけである程度の初動で黒字を出すコミック原作の映画を好んだ。人が悪に落ちると、自分だけが悪かったのではないと思える。人間の本質は悪だ。悪を許すことこそ救いだ。
自分の使い方とロイド自身の力の使い方を間違えるようになったロイドから距離を置いたフィルだが、ロイドは止まらなかった。そして今、相手が「参った」というまで食らいつくその不屈っぷりで、ベラトリクス・サンダーランドよりも勢いのある“ステイツ・ジャック”さえも手中に収めた。しかし全知全能の禁断症状に陥ったロイドは、再びフィル・サリバンを求めた。
老弁護士を金で倒した時から、ロイドの辞書に「正義」はなかった。
CZK3 9-5-A
「ザック! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当かいテリー! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティだ!」
“ステイツ・ジャック”も大好き! クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 9-5-B
「ようドク」
「チャールズ。何しに来た?」
VOWの静かな夜の後、チャールズは半ば拉致する形でナタリアとクララを車に押し込み、夜が明けるまでにサンフランシスコに到着していた。連絡もナシにやってきたチャールズに、今しがた“オラクル”のプロダクションゾンビの検死を終えたばかりで新鮮な空気を吸いに外に出ていたドクは冷ややかな視線を食った。
「ちょっとな。殺してぇやつがいる」
「ナタリア。オヒサシブリー。結婚式以来かにゃ? サンフランシスコは初めて? 結構、ますます好きになるにゃ。ミスズちゃーん、ハトバス以上の案内をしてあげるにゃ。ワイフ同士仲良くして。ミセスは地図を持ってこっちに。で、誰を?」
「おいおいおい忘れちまったってのかい? 俺たちが学校で悪巧みをするとき、いつも女子がいないところでやるか、スケボーで口元を隠してやったろ? ミセスはいいけどよ。女子がいなくなるまでちょっと待とうぜ。……。誇りがよ……。これ以上奪われる前にブッ殺しておきてぇヤツがいる」
ナタリアはまだVOWに“オラクル”の魔の手が伸びていることを知らない。ナタリアが知る前に“オラクル”を殺し、必要ならVOWを焼くし、エッフェル塔だって折る。それがチャールズの誇りと責任だ。VOWの男としての。
「本当にボクとミセスだけでいいのかにゃ?」
「あぁん?」
「偶然か、必然か。血は争えないにゃ。ちょうど同じことを言っていたヤツがいたんだにゃ。ブッ殺したい相手がいる、と。ね? ミランダ」
店の扉を開き、目を真っ赤に腫らしたミランダが、同じく目を真っ赤にした兄を見て何かを悟る。
「ミランダだけじゃないにゃ。ベラトリクス」
「誰が北米大陸最高か思い知らせてやるわ。あんなインチキのガキではなく」
ベラトリクスもやってくる。
「リカルド」
「神を偽るテロリスト共は、キリストの血で溺れ死なせてやる!」
リカルドもやってくる。
「キャップ」
「私もそろそろ老人ホームに……。あと二十年もすれば。許せん!」
キャップもやってくる。
「シスター」
「……」
シスターもやってくる。
「Scavengers! ……Assemble」





