3話
「おーいチャールズ」
「どうしたスティーブ。車の下にベーブ・ルースのプレミアステッカーでも貼ってあるのか?」
「車の修理をしていたらジャッキがぶっ壊れて車の下から出られねぇんだ」
「しょうがねぇな。一瞬だけだぞ。よいしょっと!」
「おお出られた。相変わらずスゴイパワーだな、チャールズ!」
「へっ、ここの鍛え方が違うんだ」
チャールズは上腕二頭筋の力こぶを叩いてスティーブに見せつけてやった。
「おはようチャールズ」
「ようクリス」
「やぁチャールズ!」
「おう。メガネ変えたか? 似合ってるぞブルース」
「チャールズー! スプリット・フィンガー・ファストボールの投げ方教えてよー。ロジャー・クレメンスみたいなさー」
「お前はボールの前に算数のテストの点数を落とすのを止めなミック。そしたら教えてやる」
チャールズがナタリアと結婚し、VOWの一員となって約二年。彼はもう町の人気者だった。
チャールズは体が大きくパワーがあり、優れた運動神経の持ち主だ。加えて輝かしいまでのゾンビ殺しのキャリアを持ち、ゾンビの恐怖を一度知ったVOWにとって理想的な用心棒だった。付き合いもいいし、クマや野盗、ゾンビを警戒する多くの町民が釣りやハンティングのお供に彼を連れて行った。
平和ボケのディズニーランド、VOW。そこのミニーマウスにも、姫にも、偶像にも等しいナタリアを射止めたこの旅人を、最初は誰もがじっとりした目で見た。平和ボケの町だが、この町で争いが起きなかったのはナタリアが“絶対不可侵”だったからだ。みんなナタリアが大好きだが、特別な誰かになろうとしてはいけない。VOWの男たちはみんなナタリアに恋をしたが、奪い合わずに譲り合った。これこそがVOWの博愛スピリットだ。そしてナタリアを射止めたのはVOWの町民ではないチャールズだった。
なんか違くねぇ?
みんなこう思った。ナタリアが孤独や寂しさを覚えていたのは自分たちが身を引いたからであって、それはみんながナタリアを想った結果! そんなことも知らねぇ旅人が、昨日フラっとやってきたような旅人が、自分たちが作ってしまったナタリアの中の孤独や寂しさといった“隙”を突き、彼女をかっさらっていった。愛した結果、愛する人は旅人に持ってかれた。
なんか違くねぇ!?
……結果的に言うとVOWの男たちも、そしてナタリアも違ってなかった。少なくともVOWにチャールズ以上(ルックス、性格、運動神経、経験値、ジョークのセンス)の男はいなかった。
臆病な生き方でナタリアに隙を作ったのは男たちの失策。そんな男たちと一線を画すチャールズにナタリアが惹かれたのも必然。大人の女性になってもまだ恋を知らなかったナタリアは、チャールズと出会ってかつての彼女がそうであったように、町を明るくする本来の姿に戻った。
チャールズは、重たい小麦粉の袋を軽々と持ち上げてVOWを歩く。
「ようピーター。小麦粉を買わないか?」
「アンタほど背が伸びるってんならな、チャールズ」
「ああ、この小麦粉でパンを焼いて食えば、明日にはお前はジャックと豆の木だぜ」
「ヒエー、アンタにゃ敵わないぜチャールズ……」
ピーターがケツのポケットから財布を抜くので、チャールズも袋を舗装されていない地面に置く。
「Quack quack」
そんなチャールズの視界の端に一羽のアヒルが現れた。
「Quack!」
そしてなぜだ!? クチバシでチャールズのくるぶしを敵意を込めてつっついた!
「……」
そんなアヒルを、チャールズはゾッとするほど恐ろしく冷たい目で見下ろした。なんか手持無沙汰だしこいつ殺そうかな。
「……」
「すまねぇチャールズ! ウチのアヒルだ。小屋に戻れヘイデンクリステンセン! ……チャールズ?」
「いや、なんでもない。じゃ、また小麦粉買ってくれよな。ケーキを焼くなら呼んでくれよ。俺なら百歳のジイサンのキャンドルだって一息に消せるぜ」
「ヒエー、アンタにゃ敵わないぜチャールズ」
チャールズの中に出現した今の感情は何だったのか? それは殺しへの飢えである。十年間、ゾンビを殺し、その刺激に浸っていた彼は殺しの味を覚えていた。自分が他の存在にピリオドを打つという大きな出来事も、繰り返せば大きな出来事ではない当たり前になる。このU.S.Zではそんな刺激に飢えることは珍しいことではない。まして相手はゾンビの群れだ。だが今のチャールズはアヒルでいいくらい飢えていた。
そろそろドクが声かけてくれねぇかな。そんなことを考えながら、チャールズはまた小麦粉の袋を担いで、メインストリートに消えていった。罪なきアヒルまで殺そうとしているほどフヌケている現状で、ドクに愛想をつかされているとも知らず。
「……ホント、アンタにゃ敵わないぜチャールズ」
「ようピーター」
「アンドリュー。最近見なかったな? どこに行ってた?」
「ちょいとな。……敵わねぇな。だが、チャールズに敵わねぇ、それがなんだってんだ?」
「確かにそうだな」
「何もナタリアだけが女じゃねぇし幸せじゃねぇ」
「お前らしくもないな。どうしたアンドリュー。お前はナタリアしか見えてなかったろ?」
「ナタリアなんかもうどうでもよくなっちまったんだ。お前、“オラクル”って知ってっか?」
「“オラクル”?」
「もうスゲぇんだよ。全知全能の預言者がなんでも教えてくれる。司祭のロイド・ロールスロイスさんなんか金持ちになる方法を教えてもらってロレックスにロールスロイス!」
「どうしたアンドリュー。お前はそいつらから小麦粉じゃなくてヤクでも買ったか?」
「詳しく教えてやるよ」
CZK3 9-3-A
「ザック! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当かいテリー! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティだ!」
“ステイツ・ジャック”も大好き! クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 9-3-B
「それで親父がこう言った。“だってそいつ、パイナップルを頭に乗せてると思ったから”ってな」
「ウソみたい。それでどうなったの?」
「結局、ブルーのボタンを三回押して帰ったよ。そうだな。あん時ぁ……あいつがいたな。友達の」
潮風にあたりながらフィルがイッヒッヒと笑った。しかしミランダの亜麻色の髪が揺れることはない。フィルのすぐ隣にいるからだ。波はフィルの足跡だけをさらって消していく。
「お、何か反応があるぞ。頑張れ“エクスカリバー1000”」
これは……。今度こそミランダが幸せになってしまうというのだろうか!? フィルは荒野のオッサンやヴィクター・ヴァレンタインのように、ミランダ好みのシブく悲しみを帯びたオッサンじゃない。
①ミランダと年齢が近く
②まだロマンを追いかけていて
③シニカルじゃない弾むようなジョークを言う。
④『ブレードランナー』も好きみたいだし、音楽の好みもバッチリだ。
四つ!? 二つで十分ですよ! 二つで十分ですよ! わかってくださいよ! 男女が恋に落ちるには、このうち二つもあれば十分だ。さらにフィルは神に等しい全知全能の能力を持ちながらも“エクスカリバー1000”を使うように、その力をむやみに使うことを良しとせず、人として生きようとしている。だがこれはあまり重要ではない。
何故ダメなんだろう? 何故ここまでわかっていながら、フィルに全てを預けようと思えないのだろう。甘いようで辛く、辛いようで甘い。そんなのはカレーライスだけで十分だ。
「その粗末な棒きれは私の腕時計も探せるかね?」
「……ああ。お前ほど頭が硬けりゃ、頭の方にも反応するぜ」
背後からの声と同時に、フィルの顔から笑顔が消えた。砂浜に深い足跡を残した青スーツに金髪碧眼の男は、ミランダ以外なら誰でも恋に落ちそうな程美しい微笑を浮かべている。
「やっと会えたね、預言者フィル・サリバン」
「とうとう出会っちまったぜ、司祭様。いや、ロイド・ロールスロイス」
「やはり私の力では限界があってね。君の力が必要だよフィル。こんにちは、お嬢さん。私はロイド・ロールスロイス。大陸最高の弁護士だ。以後お見知りおきを」
ライターで火を打ち、フィルはシケモクを吸った。
「こんなヤツと仲良くすることねぇぞミランダ」
フィルの言う通りだ。ミランダはこの男から何か嫌なものを感じる。メリーポピンズ製薬のラボで出会った博士や、ウェイワードパインのクズ共、ポート・エグゼビアのチャイニーズ・マフィア……。どれだけ美しい化けの皮を被っていても、こいつはあれらと同類だ。それが、鈍いながらもミランダのサバイバーのカンだった
「そう! 彼の言う事はいつも正しい。何故なら彼は全知全能の預言者! 彼がそう言うのならば、残念ながら私とお嬢さんは縁がなかったことに……。こんな人間が何人いると思います? こんな風に彼の言うことは何でも聞く人間が。なんとドン。二万人です。全知全能の預言者フィル・サリバン、大陸最高の弁護士にして司祭ロイド・ロールスロイス。この両輪が揃ってこその“オラクル”だ」
“オラクル”……。その単語に覚えがあったミランダは、目を見開いて記憶のページをめくる。“ニュートン逮捕”……。ド頭トチ狂ってる。
「本当にニュートンを逮捕したの?」
「出来る訳ねぇだろ。ニュートンはもう死んでるんだぜ」
「そうよね」
「それっぽいことをロイドに話す。それをロイドがそれっぽく仕上げる。それが“オラクル”の仕事さ。俺は死者とだって話せるからな。医者の次は坊主の仕事。坊主の次は“オラクル”がやってくるって訳だ。死者と話したい人間はゴマンといるからな。ミランダ。シャーリーと話を?」
「……したくはないわ。わたしはもう二十歳よ? 五歳の女の子と話なんてできないわ」
「イッヒッヒ。そうこなくっちゃな。っつう訳だ。帰れロイド。もう“オラクル”は俺ナシで十分稼げる。あくどく稼ぐのはこの際何も言わねぇぜ。だがこれ以上は手を貸せねぇ。お前ほど頭が良ければ、俺のやってたことのコピーなんて簡単だろう?」
ロイドは肩を竦めた。
「……嫌味な人だ。いくら私の頭が良くても全知全能以上の訳がないのに。フィル、君なら全ての国の法律を空で言えるだろう? 私が血の汗を流しても覚えられたのはたった一国分だというのに。悲しいことだ。一つ訊きたいフィル」
「なんだ?」
「何故、今までは私に居留守を使ったり、間一髪で逃げたりしていたのに、急に会ってくれたんだい?」
「たまには友達の顔が見てぇからな。親父がブルーのボタンを三回押して帰るところ、まだ覚えてるだろ? あれはケッサクだったな」
「ハハハ、そう、ブルーのボタンを、三回、こう、押してね!? ケッサクだーって、そうだ」
「あれを忘れちまったんならもう友達じゃねぇよ。おっと小銭だ。でかしたぞ“エクスカリバー1000”。こいつで手打ちにしてくれや、ロイド」
フィルが砂に埋まった古いコインを背中越しのロイドに投げる。見てもいないのにロイドのスーツの胸ポケットにストライクだ。
「……次は私の新しい友達と来るよフィル。あまり私を甘く見るな。そして君自身も、君の力を甘く見てはいけない。おっと、撮影の時間だ。お嬢さん、“ステイツ・ジャック”はお好きかな? サインを貰ってきてあげよう」
「彼らは撃ち殺されるべきよ」
「何故? あんなに素晴らしいのに」
「そんなこともわからないの?」
「これは一本取られたなぁ。よかったなフィル。君は……。死者とも話せるもんな。よかったよかった。本当に……」





