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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP8 ゴー! タイガー・マザー!
34/86

4話

 スズシロは震えていた。真っ暗で狭いトランク、それにもトラウマはちょっとある。昔ピアノを習っていた頃、失敗が続くと母ユキコはスズシロを狭いガレージに閉じ込めた。だが怖かったのは狭さでも暗さでもなく、教育熱心さが焦げ付いた母だった。その母が……。


「おいババア面貸せ」


「なんだいアンタ!? ギャングかい!?」


「これから死ぬお前には関係ねぇ。黙って面貸しな。さもねぇとこのメガネお嬢ちゃんのスシを食う羽目になるぜ」


「止しなシスター! 抵抗するんじゃないよ。わかった。アタシがついていけばいいんだね……」


 ママはいったいどこへ行くの? ママは……。

 スズシロはあんな母親にはなりたくなかった。イケメン金持ちと結婚して、子供はナニーに預けてパリ、ロンドン、ローマをハシゴするゴールドディガー。それがスズシロの人生設計だ。そのハシゴに、ママも連れて行っていいと思ってはいたけれど。

 往々にして、港町には多くのモノが流れつく。頭にストローが刺さったウミガメや、ハングル語のペットボトル、放射能の影響を受けて巨大化したフナムシなんかがコンクリートにぶつかることもあれば、元スゴウデスパイの料理人や新政府発足の際に闇の人斬りを担ったサムライ、新大陸を夢見て樽に潜って密航した少女……。港町はこういったものに事欠かない。


你好(ニーハオ)


 入れ墨だらけの男たちがタバコを吸う部屋。そこに、フルフェイスのガスマスクで顔を隠し、高級ブランドの白いダブルのスーツを着た男がやってきた。入れ墨たちが敬礼し、ドヴォルザークの『新世界』のレコードに針を落とす。ボスが来た時はこの曲を流す決まりなのだ。


「随分と上玉仕入れてきたねェ」


 恐るべきチャイニーズ・マフィアの親分ロー・フォンは、椅子に縛り付けられたシスター・グレイシャの頬を掴み、血色の良さを手で伺う。


「ヴァージンならどこかの変態ロリコンクズ野郎に売っCHINA(チャイナ)。そうじゃないならこのローがもらうよ。こっちのババアはいらないよ。話聞いたら終わり」


「クズめ」


「ロー・フォンに挑発効かないよぉ~。時間稼ぎは出来ないよ。お前が一人じゃないことぐらいわかるよ、このババアァアアアー!!! ババアって意味が分かるかァ!? どっちにしろてめぇにはそんなに人生が残ってねぇって意味だよ! どっちにしろお前にあげる時間はレコードが終わるまで。ロー・フォン少し忙しいよ」


「……」


 このままじゃ……。多分自分は助からない。スズシロは……きっと大丈夫だろう。すぐにノーマン兄妹とミセスが船から戻ってくる。ドクもそろそろポート・エグゼビアに着くだろう。ケビンはもっと安全だ。だがシスター・グレイシャは……。


「取引だ。アタシらが何をするつもりか話す」


「お前に何の得が?」


「時間稼ぎさ」


「このクソババアー!」


 ローの鉄拳がユキコの頬を打ち抜いた! 痛い。殴られるってこんなに痛かったのか。ユキコはグーで子供たちを殴ったことはなかったが、ビンタは何度もやってきた。だが重要なのは痛さじゃない。それが来るという恐怖、それをやりに来る人間がいるという恐怖だ。だから自分が頑張らなきゃいけない。子供たちとシスター・グレイシャを守るには、自分がギリギリまで粘って……。……ギリギリ? ギリギリの限界まで? ユキコは不敵に笑った。


「タフなババアだね。祖国のオフクロ思い出す……」


 子供たちもシスター・グレイシャも命を懸けて守ると決めた以上、自分が諦めるような段階はまだユキコにとってのギリギリじゃない。ユキコのギリギリを、ユキコが宣言することはない。それは死ぬということだ。


「アンタ、何が知りたいんだい? アタシらのことじゃないのかい?」


「何だろうねェ。質問するのはコッチです! てめぇじゃありません!」


「なんでも答えてやるよ。時間が稼げる」


「こぉのババアァァアア!!」


 この壮絶なリンチを読者にお伝えする言葉を持つ人間がいるだろうか? そんなことが出来るのは、真の暴力の恐怖をまだ知らない子供か、善悪のタガが外れた危険人物のみである。今、起きていることをお伝えするのが使命ではあるが、筆舌に尽くしがたい場合もある。


「ハァ……」


「マイク・タイソンがパンチ一発撃つのに約〇.一秒! 十分あるなら六〇〇〇発耐えればアタシの勝ちだね」


 顔の原型がわからなくなる程殴られ、体中にアザを作り、吐血で口を真っ赤にしてもまだユキコは吼える!


「ありがたいと思えよババア。マイク・タイソンより強いロー・フォンに六〇〇〇発も殴られて生きてるならマイク・タイソンよりもラッキーだぜ。でももうその手に乗らないよ。チャウ、あとは任せた。そっちの上玉はしばらく放っておけ。目の前で人が殺されるトラウマ負ったら回収回収」


 ローがガスマスクのレンズについた血をチャウの袖で拭うと、不愉快な赤い染みが線を引く。


「ロー……」


「何?」


「ローか。覚えたよ、その名前」


「覚えたところでもうこの世じゃ意味ないよ。閻魔大王に言いな。あのガスマスクの男の名前はローですぅって!」


「ああ、ブッダに教えてやるよ。アタシよりだいぶ前にこっちに来たローを知ってるってね」


残念(ザンネェン)。ブッダならしばらくマカオでバクチ打って暮らすって言ってたよ。バイバイ」




 〇




 At that time(その頃……)


「ウッ、ハァッハァッ」


 ポート・エグゼビアの高い高い街路樹。その街路樹によじ登り、片手でしがみついているこの男、フェイ・ハンは、もう片手に双眼鏡を持って息を荒げていた。


「イヘェ」


 ポート・エグゼビアの五階建てマンションの最上階に住むダイナマイトバティなロレインのバスルームはこの街路樹の上からは直線上。距離は遠いが、双眼鏡など距離を補う手段があればバッチリ見えた。


「グォ?」


 あまりにも夢中になっていたフェイがこれ以上楽しむには二本じゃ手が足りなかった。そして、街路樹の上で取れるバランスも……。彼は真っ逆さまにアスファルトに叩きつけられ、あちらこちらに擦り傷を作る。


「蛮……ッ」


 今日はここまでだ。気持ちが冷めてしまった。フェイは覗きを切り上げ、どうやら骨折した様子の左腕を庇いながら“職場(アジト)”に戻る。


「そうしてイギリス女にこう言ってやったよ。“座りな。ムスコが立って待ってる”って!」


 ボスはまた同じジョークを言っている。新入りが来るたびにあれだ。それでもボスだけは一人でガスマスクが曇るほど笑う。流行らねぇんだよクソッ。クソクソクソ……。

 ……。


「ん? どうした、戻ってたのかフェイ。また覗きか? お前は嫌いだけどその根性は嫌いじゃないよ。フェイ? フェイ! アイヤアアアア!?」




CZK3 8-4-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK3 8-4-B




「……話は分かった」


 船でのゾンビ殺しが終わった後、港に戻ったノーマン兄妹、ミセス、ケビンが、ユキコとシスター・グレイシャがいないことに気付くのにはそう時間がかからなかった。不幸中の幸いは、一部始終を聞いていたであろうスズシロがトランクにいたこと……。ミランダの気まぐれなイタズラが少なくとも、一人の少女を救うことに成功した。


「ミランダ。ケビンとスズシロを頼む。俺とミセスでユキコとシスター・グレイシャを連れ戻す。ミセス。乗ってくれ」


 今日のミセスはちと熱い。らしくなく目をぎらつかせ、チャールズのインパラの助手席に座る。二人の怒りを代弁するかのようにインパラが唸り、ローのアジトがあるチャイニーズタウンへと向かう。


「で、ケビン、スージー」


 インパラが角を曲がったタイミングでミランダもハーレーに跨り、腰に拳銃をさしてエンジンをふかす。


「ヘルメットが欲しいのはどっち? 一つしかないけど。ヘルメットがいらない方には、サイドカーに積んであるこの銃とゾンビに使える日用品をあげるわ。……二人ともどっちもいらないの? じゃあわたし一人で行くわ。あなたたちのお母さんを助けてあげる。わたしのお母さんより先にね」


 スズシロが舌打ちし、ミランダから乱暴にヘルメットを奪い取ってサイドカーに座って腕組みをした。


「お兄ちゃんの骨なしチキン。『スターウォーズ エピソード8 最後のジェダイ』! ケイ・イガワ! 才能も自殺する勇気もないカート・コバーン」


「スージー、カートを? いえ、やっぱり言わなくていいわ」


「なんで?」


「もしあなたがカート・コバーンをジャスティン・ビーバーより下だと思ってるフシが少しでもあったらぶっ飛ばしてるもの。これでも感謝してるのよ、あなたが乗ってくれて。あなたの小さいお尻ならもう少しサイドカーに武器を積めるわ」




 〇




「……ハァハァ、ウッ」


 ユキコとシスター・グレイシャの部屋に見張りはいない。いや、正確には一秒先の未来まではいないというのが正しいだろう。

 ディック・チャウ(享年23歳)。あまりお利口とは言えない彼は、涙の代わりに左目から大量の血を流し、冷たい床に倒れてこと切れた。シスター・グレイシャはチャウの眼球の奥の脳に至るまで突き刺した右手人差し指を引き抜き、ブラブラと垂れている左腕に沿える。


「……ッ!」


 そして壁に左肩をバキィッ! スポーツにおいて致命的である、肩が外れやすい体質“ルーズショルダー”。これのせいで引退に追い込まれたピッチャーは数知れない。だがルーズショルダー故に助かる命もあった。例えばシスター・グレイシャだ。拘束から逃れるために一時的に外した肩をボキッとはめ、メガネが割れるほどの激痛に歯を食いしばる。だが泣いてる場合じゃない。『新世界』のレコードを叩き割り、尖った破片を武器として持っていくことにした。


「……ユキコ」


 ユキコの縄も切ったものの、今は動かせる状態じゃない。だが絶対助ける。ユキコにもらったこの命、時間、無駄にはしない。シスター・グレイシャは、サンフランシスコに来るときに封印した恐怖の暗殺者を今一度呼び戻したのだ。




 〇




 At that time(その頃……)


「拝啓、親父。出来の悪い息子チャールズに素晴らしいインパラをくれた偉大なるロバート・ノーマン。ジョンの息子、アビゲイルの夫。いい知らせと悪い知らせがある」


 チャールズは見つけてしまったのだ。ヘッドライトが照らすその先に、身の丈を優に超える巨大な弓を意気揚々と担ぎ、北京ダックをぶら下げて切り分け、はしゃいでいるアジア人のギャングたちを。あの弓を見間違えるはずがない。チャールズはシートベルトをしっかりと締め、アクセルを目一杯踏み込んだ! ギャルルルと凶暴な音を立ててギャングたちに迫るインパラは、彼らに逃げる時間を与えない。気付いた何人かは発砲してきたが、それで止まるチャールズではない。ほとんどのギャングを跳ね飛ばし、インパラは消火栓に激突してやっと止まった!


「いい知らせは、アンタの車のエアバッグは正常に作動した。おかげで息子が助かったぞ。悪い知らせは、インパラはもうダメかもしれない」


「蛮!」


 BLAM! 向かってきたギャングを一人撃つ。


「ロー・フォンのアジトはこの近くにあるのか?」


「ヒョエー! な、ないアル! ないアル!」


「あぁん!? あるのかねぇのかハッキリしやがれ! もういい。急いでるんだ。Suck it!」


 生き残ったギャングを万里の長城まで蹴り飛ばしてやった。


「弓は返してもらうぞ」




 〇




 At that time(その頃……)


「ヘンね。兄さんたちはまだなのかしら?」


 父から兄へと受け継がれた車がひっそりと死にかけていることなど知らず、ミランダとスズシロはチャールズとミセスよりも先にローのアジトについてしまった。チャイニーズ・マフィアのアジトには門番は一人。


「突入してもいいんだけど。遅かれ早かれ兄さんとミセスも来るしね。スージー、大丈夫?」


「大丈夫よ。少し役に立たせて。母さんの役に」


 スズシロはヘルメットで少し乱れた髪を手鏡とくしでとかして整える。少しお化粧をして、上着を脱いで少しセクシーに……。スズシロは銃を使えない。弓も使えない。ジャパニーズサムライソードも、アンブレラも、マスターキーも使えない。だがスズシロにも武器はある。ユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビで、子供をナニーに預けてパリ、ローマ、ロンドンをハシゴするという野望! それを手にするために磨いたオシャレ! “女の子”の見せ方だ。それはミランダにもミセスにもユキコにもシスター・グレイシャにもない武器だ。


「ミランダ、音の少ない武器を頼むわ。エヘ、エヘン」


 スズシロの声帯が緊張で硬くなる。だが母親のことを思い出す。母親はいつも勇気をくれる。震えを抑え、チャイニーズ・マフィアのアジトの門番に谷間を見せつけた。なんのとは言わないが、ミランダにはない武器だ。


「なんだ?」


「エヘ、エヘン。デリバリー・ヘンタイ・キャビア・サービスよ。受け取りのサインをちょうだい」


「デリバリー・ヘンタイ・キャビア・サービス? 頼んでねぇぞ」


「ロー・フォン様宛てよ」


「……しゃぁねぇなあの人は。で? サインは?」


 後ろからミランダが回り込み、ワイヤーで見張りの首を絞めて絞殺した。

 タン・キエン(享年35歳)。見張りのまま三十五歳まで来てしまった彼はこれ以上の出世は見込めなかった。


「やるじゃないスージー」


「昔、ミュージカルも習ってたの」


「ミセスとユキコとシスター・グレイシャも混ぜてランナウェイズごっこをするときにはシェリー・カーリー役は任せるわ。わたしはジョーン・ジェットをやるから」

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