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California Zombie Killers  作者: 三篠森・N
EP8 ゴー! タイガー・マザー!
33/86

3話

 往々にして、港町には多くのモノが流れつく。頭にストローが刺さったウミガメや、ハングル語のペットボトル、放射能の影響を受けて巨大化したフナムシなんかがコンクリートにぶつかることもあれば、元スゴウデスパイの料理人や新政府発足の際に闇の人斬りを担ったサムライ、新大陸を夢見て樽に潜って密航した少女……。港町はこういったものに事欠かない。


你好(ニーハオ)


 入れ墨だらけの男たちがタバコを吸う部屋。そこにフルフェイスのガスマスクで顔を隠し、高級ブランドの白いダブルのスーツを着た男がやってきた。入れ墨たちが敬礼し、ドヴォルザークの『新世界』のレコードに針を落とす。ボスが来た時はこの曲を流す決まりなのだ。

 このガスマスク男、ロー・フォン(33歳)も港町に流れ着いた男だった。この男は死体同然となって港のロープにしがみついていた。だがローはゴミのように網で掬い上げられたり、ボランティアの子供たちに藻をとってもらったりはしなかった。その強大なカリスマと説得力を以て中国人たちをまとめ上げ、チャイニーズ・マフィアのシンジケートを築いた。今では勇敢なジェダイの戦士やローハンの騎士だろうと、ロー・フォンの名前を聞けば尻尾を巻いて逃げ出すだろう。この名前は知らない方が幸せなのだ。なので読者の皆さまも、この男の名前を覚えてはいけない。もし、あなたが街中で気軽にロー・フォンという単語を出せば、あなたは明日には穴だらけで水底に沈む野菜、蓮根のようになっているだろう。


「随分豪華なお召し物ですねェ女王様! おイタが過ぎたぜ日本人。このロー・フォンの縄張りで何をしようってんだ? なんだっていい」


 そしてこの椅子に縛り付けられている素っ裸の女性の捕虜は……? このポニーテールには見覚えがある……?


「そう、なんだってダメなんだよ! なんだってダメ! ロー・フォンの縄張りではロー・フォンに飼われること以外何をしてもダメ!」


 癇癪を起し、捕虜の腹を蹴り上げる! 内臓を痛めたのか、捕虜が血を吐いて胸元を汚した。


「黙ってないでなんとか言いな! このポート・エグゼビアに最近日本人増えてて困るよ! デカい船用意して何をする? 宇宙戦艦にするか?」


 必殺のジョークで手下たちがゲラゲラと笑うと、ローは両手を開いてその心地よい歓声に浸る。


「最強の日本人、聞いたことがある。ヤバい女のサムライだってな。でもこうやって!」


 もう一発蹴り! 椅子の接合が剥がれかけるほどの威力だ。


「刀奪っちまえば、今からお前をブッ殺すのなんか、小籠包の皮を破るのより簡単(カアンタン)~。こういうコトワザがある。“羽根をもがれた鳳凰なら殴れる”。こうやってェ!」


 ローのパンチが捕虜の奥歯を歯茎から離れ離れにする。


「頭潰せばもう仕舞い。お前が死ねば日本人大人しくなるよ」


「親分」


「何?」


「言いにくいんですが」


「何!?」


「こいつ、刀は持ってませんでした」


「何だって!?」


「親分が言ったんですよ、見ない顔の日本人捕まえて来いって」


「じゃあこいつ、最強の日本人じゃない?」


「……どぉすかねぇ。かもしれないっすよ」


「……マァどっちでもいい。こいつが見ない顔の日本人なこと変わりないよ。そろそろレコードが終わる」


 ローが銃で捕虜の頬をつつく。さっきパンチで歯をへし折った方の頬だ。


「バイバイ」


 パァン。顔を撃ち抜かれたカタナカ・ヤアコ(享年39歳)が眠りにつくように頭を背もたれの向こう側に預ける。彼女は、このポート・エグゼビアから発つ船で日本に帰る予定だったが、『新世界』と共に命が終わった。


「コイツを連れてきたのは誰だ? チャウか?」


「チャウです」


「チャウ!」


 ローがチャウと呼ばれた手下にビンタを食らわせる。窓がビリビリと震えるような音量を立てて張られたチャウの頬が真っ赤に腫れあがる! だが、ローはチャウをグーで殴らなかった。グーで殴るとチャウは歯が折れるなどのケガをしてしまうが、ビンタではそういうことはない。そういう観点からも、ローがチャウにビンタをしたことについては何も問題はなかった!


「最強の日本人連れて来いって言ったはず!」


「でも親分、刀を持った日本人の女ってだけ言われてもパシフィック・タイム・ゾーンに何人いるかもわかりませんよ? 年齢も名前もわからない、そもそもラジオで一回存在が示唆されただけで実在するかもわからないのに!」


「お利口ォ~。お利口だねェチャウ。でも関係ねぇよボケ! それを調べるのがてめぇの仕事です。刀持ってるかどうかぐらいはブタでも見分けがつく。ホラさっさとこの死体始末始末! ここになんて書いてある? この部屋の入口に“日本人専用死体置き場”って書いてあったか? 書いてないだろ? それはここじゃ日本人の死体は預からねぇからだ!」




CZK3 8-3-A

「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」

「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」

「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」

「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」

 クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中

CZK3 8-3-B




 ユキコが弓を引き、矢を空に向け、放つ。その矢じりに装着された装置が、鋭い音を立ててポート・エグゼビアの港を切り裂く。


「そーらおいでなすった」


 鏑矢の音に引き寄せられ、日本人たちが日本に帰るための船、グローリーマル号から次々とゾンビが引き摺り出された。事前にポート・エグゼビアに入っていたミセスの情報通りだった。もし、ドクがミセスを下調べのために派遣しなければ、銃の扱いが苦手な日本人たちはみんな死んでいただろう。


「よし、やれミランダ」


「OK、兄さん」


 今度はミランダの番だ。ユキコの鏑矢で甲板や窓から現れたゾンビたちにも見えるところにラジコンヘリを飛ばす。もちろん、積み荷はミッキー&マロリー社のチキンブリトーと爆弾F3だ。ミランダが最適と判断した位置でラジコンを爆破すると、その殺人的スメルに狂ってしまったゾンビたちが爆心地に向かい、次々と船から身を投げる。もちろん、ゾンビは泳げない。着水の衝撃で粉々に砕け散る者もいた。


「よし、掃除の時間だ。大事な船だ。穴はあけられねぇから銃は極力使わない。船の中は狭いだろうから、俺のクギバットはフルスイングが出来ない。だからミセスのサムライソードとミランダのサムライソードアンブレラがメインだ。ユキコとシスター・グレイシャはここで、それぞれ弓とボウガンで、船から出てきちまったゾンビを頼む。それからケビン。お前は俺たちと一緒に来てこれだ」


 チャールズが小ぶりの斧をケビンに手渡す。ケビンの“何もしていない手”……。働いて出来た傷やマメも、勉強漬けで出来たタコもないまっさらできれいな手には、その斧は実際の重量以上に重く感じた。


「なんだいこれ?」


「マスターキーだ。だいたいの扉はこれで開く」


 チャールズがケビンに斧を持たせた理由は開錠だけではない。建物でゾンビ殺しをした場合、その建物は焼くのがゾンビ殺しの基本だ。そうでないと狩り残したゾンビがいた場合、同じことが繰り返されるからだ。かつてノーマン兄妹は、旅先で友人になったベックマン・ジュニアのロケット基地さえも泣く泣く火を放った。しかし、今回ばかりはそうはいかない。日本に辿り着くまでどれくらの時間がかかるかわからないが、ゾンビ殺しができる人間が船にユキコとミセスだけでは対処しきれない可能性がある。だがケビンが斧を開錠以上に使いこなせるようになれば、この家路の成功率はグッと上がる。


「アタシにもマスターキーをちょうだい」


「スージー」


「お兄ちゃんだけじゃ不安だもの。それにゾンビ殺しが出来る人間は多い方がいいでしょ?」

「ええ、そうね。でもマスターキーは一本しかないわ。他にもいろいろあるのよ? ゾンビ殺しグッズ」


 ミランダがチャールズの車のトランクを開き、スズシロを手招きした。


「例えばこのパンストは包帯にも使えるし、石を包んでぶん回せば武器にもなるわ。それから最後の手段……人間同士で争って物資を奪い合うことになった時、顔が隠せて報復を逃れることが出来るわ。それから、これを見てスージー」


 と! 誘い出されたスズシロの背中をミランダが突き飛ばし、トランクを勢いよく閉じる。中からスズシロがガンガンと車を叩いている!


「何してるんだミランダ!」


「この子、すぐに死んじゃうタイプだもん。こういう普通の女の子ほど早く死ぬわ。ここが一番安全。それに、この子はペットが欲しいんなら犬を飼えばよかったんだわ。“ミランダ”じゃなくて子犬をね」


 ミランダは顔の横で両手の人差し指と中指を曲げて“”作り、“ミランダ”を強調する。チャールズは大きくため息をつき、ユキコに目配せをした。


「構わねぇよなユキコ? アンタとシスター・グレイシャはここに残るんだし、せいぜい俺のインパラに致命的な欠損や故障が残らないようにスズシロを説得してくれよ」


「しょうがないね。ケビン」


 ユキコがケビンにマスターキーを握らせ、その上からそっと温かい母の掌で息子の手を包んだ。


「役に立つんだよ、ケビン」


「やめてよママ」


 ケビンが顔をしかめる。ケビンにマスターキーを握れる男になってほしいという願望、そして、本当にいざという時は、マスターキーを放り出してもいいから生き延びてほしいという裏の願望……。ミランダにはそれが泣きたい程に羨ましかった。


「ミランダ」


「何? 兄さん」


「オレンジのマクドナルドが再開するらしい」


「兄さんなりに頑張ったのね。大丈夫よ。わたしは大丈夫。システムオールグリーン」


「OK。ゲーム開始だ!」


 ミセスがタラップを駆け上がる! 手には昨晩ピカピカに磨いたジャパニーズサムライソードだ! 一番出入口に近かった元マイナーリーガー、ローワン・パディントン(享年42歳 ゾンビ年齢5歳)がビショップのように切り裂かれる。そして彼が倒れたことで、ミセスの目から見て一番背が高い人物になったアレクサンドロ・クルーソー(享年62歳 ゾンビ年齢9歳)は生前は恐怖のピエロで、ミセスさえもビビらせることが出来るはずだったがゾンビをなった今では恐れるに足らず! 次の獲物は、東洋に伝わる神秘のダンスで最も重要とされる頭のポジションを担う、シシマイ・ダンサーのショージー・ソトウチ(享年22歳 ゾンビ年齢6歳)! ミセスのハイキックは彼の頭蓋骨をポケットの中のビスケットのようにしてしまった。


「いつになくアツいなミセス」


 たまにはね。




 〇




 At that time(その頃……)


「おいチャウ」


「なんだウー」


「あれ、日本人じゃねぇのか? ババアだし、武器を持ってるぞ」


「あっ、マジじゃねぇか。あれが親分の探してた最強の日本人じゃねぇのか?」


 うだつの上がらない二人の中国人マフィアが、港で弓を番えるユキコを見つけたのだった……。

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