2話
「ちょっと待っておくれよドクター。アンタ、歳はいくつだい?」
「……いいところに気付くにゃ。さすがは日本製、ママまで高品質だにゃ」
「おべっかはいらないよ。いくつだい?」
「……二十七歳」
「二十七歳ぃ? 逆算すると、ゾンビ現象の時アンタは十八歳かそこらかい!?」
「ご名答」
「このぉ……ッペテン師ッ! いや、ちょっと言葉が過ぎたね。ペテン師なんて言って悪かったよ。でもアンタ、本当にそれで医者をやれてるのかい?」
ユキコがドクターに詰め寄る。そして彼女の態度の悪い娘スズシロは、指に髪を巻きつけながら、ドクターのコレクションである黒い怪獣の着ぐるみを引っ掻いて材質を確かめる。
「今のところ医療ミスはないにゃ。それにケガの手当なら慣れてるし、盲腸までなら手術で治せる。漢方薬だって作れる。そこの角のタバコ屋のジジイに習った」
「いくら日本人でもアンタにハラキリは任せられないよ」
「ミセスの盲腸を治したにゃ。ミセス、傷を」
ミセスがチャールズに背を向けて恥じらいながらユキコに傷跡を見せる。そしてユキコは口に手を当てた。
「正気じゃないよ、アンタたち二人とも。だって見ておくれよこの手術痕! 完璧じゃないか! アタシでもわかる。この手術は完璧ギャ! どうやってこれを!? これもタバコ屋のジジイに習ったのかい?」
「親父が医者だったんだにゃ。後は医者や元医者に話を聞いたり、本を読みこんで、ひたすら勉強と実践にゃ」
「ギャ! 改めて不躾な頼みだギャ! アタシの息子ケビンに勉強を教えて欲しいギャ」
ユキコはドクに頭を下げる。そんな母親に、スズシロはどこか軽蔑にも似た視線を送り、またふてくされたような顔であっちこっちを見回す。
「別に勉強ぐらい教えてやってもいいにゃ。他にも勉強を教えてる子はいるし。でも医者になれるかはそのケビン次第にゃ」
「アタシは息子を絶対に医者に育てるって決めてたんだよ」
「勉強が出来るからとりあえず医学部、金持ちだからとりあえず医学部、社会的ステータスが高いから医者、そんな心構えじゃ医者になれないにゃ。やる気のあるやつの中でも選ばれた本当に能力に高いヤツだけが医者になれる。もちろん、ボクが医者にふさわしい人間だとは自分からは言わないにゃ。でもこんなご時世にゃ、需要があってありがたがられるのは医者より坊主の方にゃ。それにどれだけ能力ややる気があっても誰も医師免許はくれない。それでも息子を医者に?」
「……」
「で、そのケビンはどこに?」
「……」
「仕方ないにゃぁ。チャールズ、探しに行こう。最近、日本人街に新しい店が出来たんだにゃ。なんのとは言わないが」
ドクターが帽子を被ると、ワイフのミスズちゃんがスッと上着を羽織らせた。
「ああ。ミランダ。ミセスとユキコとミスズちゃんと、えっと、スズシロ? スズシロとお留守番してろ。ほら握手」
「いや、ミセスには用事があるにゃ。すぐ出かける」
ミランダはスズシロを一瞥して顔をしかめた。スズシロはミランダが思い描いているような日本人ではないみたいだった。髪を染めて爪を塗り、派手な化粧でカラコンを入れている、どこにでもいる、普通の女の子。ミランダがそうなれず、そして友達にもなれない、普通の女の子だ。
「よろしくスズシロ。あなた、旅の途中も全然車から出てこなかったもの。やっとお話しできるわ」
それでも無理矢理不仲になるのはよろしくない。それぐらいミランダでもわかる。ならば、無理矢理にでも仲良くなろうとする方が今はいいだろうと、手を差し出した。
「その呼び方はやめて」
「何?」
「その呼び方はやめて」
「スズシロがダメなの? 『アメイジング・ニンジャ』のシャドーリッパーの最初の奥さんと同じでいい名前じゃない」
「だからよ。スージーって呼んで。そしたら仲良くしてあげるわ。あなたはロバート・パティンソンとジャスティン・ビーバーとワン・ダイレクションと『Glee/グリー』、どれが好き?」
「あぁ、早くケビンを探してきて兄さん。わたしがリスカするか、イラついてこの子のワレメを蹴り上げて足突っ込む前に!」
ため息をつくミランダにチャールズが大股で詰め寄り、人差し指を一本立てて突きつける。
「ミランダ! レイチェル!! ノーマン!!! 家に帰ったら罰金ボトルに三〇〇ドルだ! ノーマン家始まって以来だ! 一回の発言で罰金ボトルに三〇〇ドルは! 罰金を払えば許される訳じゃないぞ。海よりも深く反省しろ!」
カッカッカとユキコが喉を鳴らして笑った。
「いいお兄さんだよ、アンタは」
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「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
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サンフランシスコ。
そこは天国か!? はたまた地獄か!?
ここにはありとあらゆる人種がいる(ゾンビ除く)。白人、黒人、黄色人、ラテン、コーカサス、LGBT、犯罪者、聖人、借金王、ギャング、アイドル……。ゾンビ現象以前と比べても原形を保っている町だった。ロサンゼルスとニューヨーク、ワシントンDCは壊滅して今でも多くのゾンビの群れを生むし、ハリウッドは有名人のゾンビを殺す“スター狩り”なるツアーが横行していると聞く。
「おいケビン」
チャールズとドクは日本人街のメインストリートで偉大なるママ、ユキコのダメ息子ケビンを見つけた。ティーンエイジャーの彼はだらしない退廃的なファッションで、屋台で買ったその辺のジジイのパンツのゴム紐よりヒドいヌードルをずるずるとすすっていた。そしてメガネをかけて本の束を抱えた小柄で真面目そうな女性にチャラチャラと声をかけてつきまとっていたのだ! なんという絵に描いたような放蕩息子!
「チャールズ」
「どうしたケビン。その子はお前の女か?」
「もうちょっとでそうなるはずだったのに! 逃げられちゃうよ!」
みっともなく地団駄を踏む。
「いや、逃げられはしない。だがお前の女にもならない。久しぶりだなシスター・グレイシャ。こいつはケビンだ」
ケビンにナンパされていた女性、シスター・グレイシャは本で顔を隠し、ドクターの陰に隠れる。シスター・グレイシャは何人かの人(警官やカンフーマスターなど)を殺したことがある暗殺者だったが、サンフランシスコのような都会での暮らしは不慣れで、その隙と不安定さから度々こういうボンクラに声を掛けられた。こういうボンクラとは、例えばシアトルのベラトリクス・サンダーランド級に自信満々で我の強いスーパーゴージャスデラックスグラマー美女を見るとビビって何もできないが、シスター・グレイシャのように優しそうな人にはその優しさに付け込んでどうにかしようとするクズのことを言う。
「ケビン。ドクの店に帰るぞ。お前のママがお前を待ってる。お勉強の時間だ。ドクが勉強を教えてくれる」
「女の子の前でママの話なんかよしてくれよ! 空気読んでよチャールズ。それに勉強なんてクソ食らえだ。僕はこのユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビで勉強に投資して自分の時間と労力を無駄にする気はないよ。それになんだいこのインチキくさいいかにもペテン師な怪しい風体の男は」
やっべ救えねぇ……。ドクは表情には出さなかったがドン引いていた。こいつは勉強を教えて医者になれるとかなれないとかのレベルじゃない。チャールズは平気なのだろうか? あちこちを旅して、自分よりも多くの出会いを経験してきたチャールズにとっては、このケビンのような“逸材”もさして驚くようなことでもないのか?
「そんなお前にいいことを教えてやるよ。今、俺たちについてくるとシスター・グレイシャもついてくる。彼女もドクから勉強を教わっているからな。彼女は教師を目指しているんだ。それでも勉強なんてクソ食らえって言えるか?」
「ちぇ、お手並み拝見だぜ」
「ま、せいぜい頑張ってみな、ケビン。勉強もその他も。頑張ればシスター・グレイシャが一緒にディズニーランドに行ってくれるかもしれないぜ」
チャールズはその逞しい筋肉でシスター・グレイシャが抱えていた重たい参考書の束を軽ぅく片手で持ち上げ、代わりに運んであげた。ドクターは腕組みをし、この“逸材”をどうやって医者にすればいいのか真剣に悩んでいた。
〇
「少し……いや、かなり間違ってしまったのかもしれないね、アタシは」
「……」
ドクターのクリニック兼骨董屋兼バーで、ミスズちゃんがシェイカーを回す。彼女はバーテンでもあるのだ。
「ケビンとスズシロを立派に育てたかった。あの子らが小さいときには、随分ヒドいことをしてしまったものだよ。スズシロにはピアノを習わせて、一回間違えるごとに激しく怒鳴りつけた。ケビンもテストでいい点数が取れるまで勉強をさせて、何度机にフン縛ってやろうかと思ったよ。時には罵倒に近い言葉で叱ったねぇ。クリスマスも抜きだと脅したりして……。育児に無関心な夫を、見返してやりたかったのかねぇ。アンタの子供たちは全然捨てたもんなんかじゃないぞって。よく聞いておいてくれよ、イマガワ・ミスズ。アタシの回顧録、いや、懺悔を。アンタもいつか、子供を持つ日が来るんだから」
ミスズちゃんが差し出したのはドライ・ダイキリ。ミスズちゃんが一番得意なカクテルだ。文豪ヘミングウェイが愛したこのダイキリは、どんなお客も夢中にさせる。ユキコも例外ではない。鉱山の街・福岡で生まれたユキコは、鉱山で好まれたダイキリにハマった。ダイキリはこのタイガー・マザーの子育ての半生を文学的に語らせる。
「ケビンもスズシロも、アタシが厳しく育てたとは言い難いんだよ。アタシは、まだ反抗すら知らない幼い子供に勉強や稽古を強要した。二人は最初は疑問にも思わなかった。しかし、スクールで他の子供たちと触れ合って、自分はどうなのか、他人はどうなのかを知った。スクールは子供の社会だからねェ。普通ってなんなのか? そんな風に考え始めたケビンとスズシロに、アタシはこう言ってやった。余計なことを考えるな。お前たちはそれぞれ、医者とピアニストになるんだ、ってね。そしてあのゾンビ現象さ。勉強やピアノどころじゃないよ。それまで習ってきたものも築いてきたものも全部放り出して、逃げて、生きるのに必死になっていたら、ケビンもスズシロも、他の子供たちと比べて“自力”で“普通”に生きることが苦手な子供だとわかった。あの二人はアタシに、人生というテトリスを勉強とピアノでギチギチに詰められていたからね。アタシの色のテトリスを。でもゾンビのせいでケビンとスズシロの人生はリスタートすることになった。アタシが二人のテトリスを埋めてしまったから……。おかしな話だよ。あの子たちの第二の人生は、本当の人生は、ゾンビにテトリスを壊された時から始まったんだ。だからアタシは責任を負わなきゃいけない。アタシがあの二人をあんなにしちまったんだから、二度目の人生が始まった二人が、キチンと独り立ちできるまで……。アンタとドクは間違わないでくれよ。子供も人間なんだ。だからこそ、ケビンのような少し危なっかしい子は、医者を目指すくらい勉強してちょうどいいと感じるんだ。あの子は目標や成功経験、勤勉さを知るべきだからね。アタシは間違ってるかい? またケビンに押しつけようとしてるのかな?」
〇
「フゥー」
カリフォルニアから日本へ帰る船が出るという港、ポート・エグゼビア。ドクターからの「用事」を携えたミセスはそこにいた。ミセスの愛車、スズキのバイク“カタナ”のエキゾーストノートがまだ水面を揺らす夜、ミセスはジャパニーズサムライソードを抜く。
「やぁ!」
ライアン・ラムジー(享年28歳 ゾンビ年齢8歳)の首をジャパニーズサムライソードが切り落としてドンブリの中のワンタンのように海に浮かべ、後ろに迫っていた生前パンチドランカーに苦しんだボクサー、ジョセフ・ギグス(享年37歳 ゾンビ年齢6歳)の顎をトラースキックで蹴り上げ、骨を砕く。ハリウッドで“スター狩り”を楽しんでいたゾンビキラー、スティーブ・ハマー(享年44歳 ゾンビ年齢2歳)の顔を目掛けてアンダースローでサムライソードを投げつけブルズアイ! 首の骨が砕けて反ったスティーブの顔から垂直に伸びるサムライソードに飛び乗ってさらに刃を押し込み、スティーブという高台から周囲を見渡す。そして“スター狩り”を運良く生き延びた、あの! 大人気アクションシリーズ! 『サンダーエイリアン』の主演女優! ジェニファー・コーエン(享年32歳 ゾンビ年齢8歳)の左目に日本に伝わるトラディショナルな小型投擲用ナイフ・シュリケンをストライク。船からは、まだまだゾンビが降りてくる。
全然ダメじゃねーか!
……そう言いたかったが、ミセスは罰金ボトルにお金を入れたくないので、言わないことにした。
※次回! 誰かが死ぬ!





