2話
チョコレートのようにセクシーな色の肌を持つ男は、グラスを摘まみ、少し傾けて琥珀色の中身を喉に流し込んだ。
FIZZ!
「コーラはお好き?」
「俺には甘すぎる」
「残念。じゃあわたしが貰うわ」
白い肌の少女がコーラのグラスにストローを挿した。ヴァレンタインは濃いウイスキーを少し口に含み、タバコを咥えた。
「構わんね?」
「兄はディーゼルカーよりも煙を吐くわ」
ヴァレンタインがタバコを吸ってもいいかミランダに尋ねたこと、それは「しばらくそばにいてもいいか」と尋ねたことを意味する。
「君にあの殺しを仕込んだのもお兄さんかい?」
「殺し? いいえ。兄が仕込んだのは“生き残り方”よ。ゾンビの殺し方は独学」
「大量のゾンビに遭遇したならば生き残るには殺すしかない。その殺し方……。いや、“生き残り方”か。クセがある。誰かに教わったクセがな」
「ああ、それなら兄さんね」
「兄さんは軍人か?」
「元、ね。今は平凡な農民よ」
「平和な時代だ」
「そう?」
「何しろ軍人の仕事がなくて農民に転職するくらいだ」
「ええ。全米にゾンビが蔓延ってて夜道を一人で歩けば老若男女がゾンビにかまれるけど、至って平和ね、このユナイテッド・ステイツ・オブ・ゾンビも。兄さんほどのスゴウデゾンビキラーが小麦畑で赤ん坊にピークアブーするだけの世の中だもの」
チョコレート色の肌の男がポケットから小さなカードを取り出し、カウンターを滑らせてミランダに見せた。
“Victor Valentine”
「ヴィクター・ヴァレンタイン? あなたの名前?」
ゾンビ殺しでテンションの上がったウェイワードパインのチンピラクズ野郎共が声を飛ばす。
「You gotta step up,man!」
「Victor! You only live once!」
ヴィクターもミランダもそんなヤジにはゾンビの心電図ほどにも反応しない。
「読み書きが出来なくてな。俺の名前の綴りはこうだ」
「こんな世の中だもの。わたしもガンジーを知らなくて日本人にバカにされたことがあったわ」
「バカな……。ガンジーを知らんのか?」
「彼がゾンビにはなっていないってことだけは知っているわ。自己紹介が遅れたわね。わたしはミランダ。ミランダ・ノーマンよ」
ミランダには自覚がなかった。自分よりはるかに年上の男性に惹かれる気質、その名も“ジャパニーズ・枯れ専”! かつてゾンビに殺された荒野のオッサンもそうだった。ヴィクターも荒野のオッサンと同じくらいの歳に見える。それはミランダにとってのドストライク! 北米大陸きってのスーパーホットな最強タフガイナイスガイの兄チャールズを持つミランダは、ミランダくらいの歳頃の女の子が惹かれるような男には兄で耐性が出来てしまっているのだ。もちろん兄は大好きだが、兄以上のスーパータフガイはいないとわかっている以上、ミランダは兄と同類項のタフガイやナイスガイには惹かれない。
「ミランダ。君のゾンビ殺しを見ていた。凄まじいウデマエだ。このウェイワードパインではブッチギリだろう。だが君はあれを“殺し方”ではなく“生き残り方”と言った。それは間違いないのだろう。大量のゾンビを相手にし、それを切り抜けることは確かに“生き残り”だ。だが……君はやめるべきだ」
「ナンデ?」
「君がまだ引き返せるからだ」
「ナンデ?」
「コミックの主人公じゃないんだ。死んだら終わりだぞ」
「文字が読めないとコミックも読めないのね。大丈夫よ。わたしが主人公だったら危険な存在はコマの外に連れ出してそのまま捨ててくるわ。それにコミックの登場人物で死んでも生き返らないのは『スパイダーマン』のベンおじさんだけよ」
「君はここのクズ野郎共とは違う。だがこのままだとここのクズ野郎共と同じになってしまう」
「じゃあナンデあなたはここにいるの? あなたもあんなにいい腕をしているのに。あなたもここでアンタッチャブルなゾンビ殺しがしたいんじゃないの?」
CZK3 7-2-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 7-2-B
199X SEATTLE
「ウワッハッハッハ」
「ヒャッホー」
セーフコ・フィールドの駐車場に集まった男たちはテイル・ゲート・パーティにいそしんでいた。ラジオから流れるスーパールーキーの活躍に、男たちはビールの瓶を叩き合わせた。
そこに一人の若い男がやってくる。
「どうしたボーイ。お前もパーティに……What the fuck!?」
セクシーなチョコレート色の青年が拳銃を突きつける。
「なんだお前……。どこのアサシンだ!」
「Mars | Mascarpone」
「マルス・マスカルポーネだと!?」
「ボスガオマエヲコロセトイッタ……」
赤ん坊のようなたどたどしい英語で若き日のヴィクター・ヴァレンタインは銃を震わせる。
「このガキ……。いいか、俺を見逃せ! 俺を殺すな! 金は返す! もうマルスのシノギにはちょっかいを出さねぇ! この通りだ! このラジオを聴いてくれよ! このルーキーが殿堂入りするまで俺は死ねねぇんだ! 頼む、マルスに伝えてくれ。金は返す、シノギの邪魔もしねぇ!」
男は必死に命乞いをする。男には家族がいた。生きがいとなる趣味があった。だから死ぬことは出来ない! しかし!
BLAM!
その命乞いが、却ってヴィクターを落ち着かせた。男は数年後、セーフコ・フィールドに魔術師が現れるのを目にすることもなく命を終えた。BLAM! BLAM! 目撃者となったテイル・ゲート・パーティの参加者たちも射殺し、ヴィクターはその場を去った。
その報告を受けた恐るべきイタリアン・マフィアのゴッドファザー、マルス・マスカルポーネは、これからこの殺戮者が刻むであろう血と屍の数を記録することにした。
V-METER:00→V-METER:03
199X SAN DIEGO
DING DONG!
昼下がり、アパートメントでヤクの計量を終えたチンピラの“マザーファッカー・スミス”は、来客を告げるチャイムに拳銃を握った。そして覗き穴を覗くが……?
「ワッツ?」
見えたのはチョコレート色の肌の男が口からグリーンのガムを出し、丸めて覗き穴に張り付けて塞ぐ姿だった。
「やべぇ……。アサシンだ……。ヴィクター・ヴァレンタインが来やがった……」
スミスは失禁しそうになった股間を一度触れた。
BOOM!
「ヒィ!」
ドアを蹴破り、ヴィクターがエントリー! サイレンサーを装着した拳銃が握られている。
「この通りだ! マルスに伝えてくれ! もう二度とヘマはしない! そうだ、ケツを舐めるよ! マルスのおケツにキスをする! もう一度マルスと話をさせてくれぇ!」
スミスの命乞いも空しく、ヴィクターは引き金を引いた。
V-METER:11
200X PHOENIX近辺
「やっと俺たち、自由になれるんだな」
「ええ。ボニーとクライドごっこももう終わりに出来る。ここからは、ニックとアンとして生きることが出来るわ」
大金を積んだオンボロの中古車に乗ったニックとアンは、夜のフリーウェイを走り港に向かう。このまま日本かベトナムに高飛びするのだ。そうでないとニックとアンの人生は“始まらない”からだ。運転に疲れたニックは、ドライブインにて小休止を挟んだ。アンは車で眠っている。ニックはアンの好物であるドイツ製のチョコレートを探した。だが棚は空だった。先客が持っているのが最後の一枚だ。
「失礼、ミスター。そのチョコレートは妻の好物なんだ。最後の一枚なら、俺に譲ってくれないか? もちろんタダとは言わない。ヒィ!?」
ヴィクターはチョコレートのパッケージの下からニックに銃を突きつけた。
「ウソだろ!? 何故俺たちの居場所が!? 頼む、殺さないでくれ! そ、そうだ! アンタもマルスに飼われているんだろう!? なら一緒に日本かベトナムに逃げよう! 金なら俺たちが出す! アンも説得する!」
BLAM!
V-METER:39
200X |LOSANGELES 《ロサンゼルス》
「車はアメリカで生まれました。日本の発明品じゃありません。我が国のオリジナルです。しばし遅れを取りましたが、今や巻き返しの時です。キャディがお好き? 結構。ではますます好きになりますよ。さあさどうぞ。キャディのニューモデルです。快適でしょう? んああ仰らないで。シートがビニール、でもレザーなんて見かけだけで夏は熱いしよく滑るわすぐひび割れるわ、ろくな事はない。天井もたっぷりありますよ、どんな長身の方でも大丈夫。どうぞ回してみて下さい、いい音でしょう。余裕の音だ、馬力が違いますよ。しかしミスター。帽子は脱がれるのが紳士のマナーです」
シートに座ったヴィクターは帽子を脱ぎ、その顔をキャディのディーラーに見せた。
「ヒィ!? なんでお前が! 俺はもうカタギだ! なんで今更マルスのアサシンが!? おい今のを聞いていただろう!? 俺はもう足を洗ってキャディのディーラーなんだ! そ、そうだ! マルスはキャディがお好きかな!?」
ディーラーは必死に命乞いをした。
BLAM!
V-METER:72
200X HONOLULU
オーシャンビューが美しい崖の上の別荘で、ヒゲを蓄えた男がバスローブを脱いだ。その歯は下品な程の白にホワイトニングされている。そしてベッドで涙を流している少女の裸体を見て舌なめずりをした。男はロリコンの変態だったのだ。だからこの少女は都合がよかった。クズのような家族とケンカし、家から盗んだ金でホノルルにやってきた少女だが、資金が尽きた。売れるものはもう体しかなかった。そしてローティーンの彼女は、処女をこの凶暴な変態に買われてしまったのだ。
「グヘヘヘ!」
そして少女の真っ白で細い足を乱暴に掴み、開かせる!
「グヘヘヘヘェ!?」
カーテンの影から、ハワイには似合わないボルサリーノ帽の男が銃を突き出した。間違いない。ヴィクターだ。
「ヴィ、ヴィクター! 何故貴様がここにいる」
「……」
「そ、そうだヴィクター! 金をやろう。マルス以上に金を出すぞ、お前程のアサシンなら! 私はいずれ大統領になる男だ! 清廉潔白ではいられんよ! お前のようなアサシンが私には必要だ! そ、そうだ。お前が望むなら、ハワイに千坪の別荘を用意しよう! 車は何がいい? トヨタか? ベンツか!? そ、そうだ! 私には三十歳も年下のモデルの妻がいるが、知り合いを斡旋するように言おう! どうだねヴィクター!? お前にとっても悪い話ではないだろう!?」
股のムスコもすっかり頭を下げて必死に命乞いをしている。だがヴィクターは引き金を引いた。BLAM!
V-METER:99
「……」
「……」
目撃者は消さねばならない。それが女であろうと、子供であろうと。ヴィクターは少女に銃を向ける。少女は涙を流しているが、もう呼吸も荒れていない。震えてもいない。全くの無表情から、涙だけが流れているだけだ。
「どうした。命乞いをしろ。命が惜しくないのか」
「ナンデ?」
「俺が怖くないのか。銃が怖くない? 俺は殺し屋だぞ」
「ナンデ?」
「俺は今からお前を殺すんだぞ。何故命乞いをしない」
「ナンデ?」
コンピューターのように正確だったヴィクターにバグが生じる。命が惜しくない? 殺し屋も銃も怖くない? ヴィクターは命が惜しい。殺し屋も銃も怖いから、マルス・マスカルポーネの手下になった。マルスに飼われること、それがヴィクターに許された唯一の“生き残り”方だったからだ。手が震え始める。セーフコ・フィールドで初めて人を殺した時のように、激しく手が震えて引き金が引けない。今までに九十九人も殺した。もう躊躇いも後悔もなかったはずだった。女でも子供でも……。だが命が惜しくない人間を殺したことはなかった。
「最後の一回だ。命乞いをしろ」
「……」
少女は人生に絶望していた。暴力を振るう父、娼婦の母……。二人は薬物中毒だった。二人は病気の弟を見殺しにした。だから少女は少しでもマシなはずの場所を求めて家出したのだ。だが現実は厳しかった。この世にはクズしかいない。もしくはクズの両親から生まれ、育てられた自分は人生をかけてもクズにしか出会えない。ロリコンの恐怖で彼女は人生に未練がなくなった。死ぬことに抵抗がなくなった。だから命乞いはしない。むしろ、死ぬ手間を省いてくれるこの殺し屋に感謝すらする。
「名前は?」
「マチルダ」
「俺の名前は……。ヴィクターだ。ヴィクター・ヴァレンタイン」
ヴィクターはコートからカードを抜いて少女に渡し、裸の彼女に優しくコートを着せた。マチルダはコートに染み付いたタバコのにおいに顔をしかめた。
「チョコレートを買いに行くぞ」
V-METER:99→V-METER:99
その日、西海岸で最も恐れられた殺し屋ヴィクター・ヴァレンタインは姿を消した。そしてマルス・マスカルポーネはゾンビ現象が起きた時にゾンビに噛まれて死んだ。誰も追わなくなったヴィクター・ヴァレンタイン、そして少女マチルダの現在の居場所は、誰も知らない。
〇
Now《現在》……
SCREECH!
つい先程、ウェイワードパインのクズ野郎共がゾンビ殺しをした荒野に一台のバイクがやってきた。細身の女性が降りてきて、フルフェイスのヘルメットを脱ぐと、後ろで束ねた銀河のようなサラサラの髪に屍のにおいが混じる。バイクに搭載したジャパニーズサムライソードと腰の拳銃を抜き、一発上空に発砲。何も動かない。周囲の屍を見渡す黒髪の女性、即ちミセス・ミチルは、全てのゾンビが死んでいることを確認した。そして撲殺されたゾンビの致命傷となった痕、散らばるプラスチック片を見て、ミセスは、自分の探している人物がここにいると悟った。信じたくはなかったが……。
RING RING!
「ドクター。ディスイズミセス。ニャアニャアニャ」
「ネーウ、ンミャァー」
電話の相手はサンフランシスコ日本人街の顔役、ドクター・イマガワ! ミセスの雇い主だ。彼らは日本語で会話を交わす。
「ネーウ、ウェイワードパインとは厄介だにゃ。でもしょうがにゃい。ボクはミランダを見捨てない。諦めず、最後までミランダを見捨てずにやろう。ベラトリクス、リカルド、キャプテン、シスター。Scavengers! Assemble !」





