5話
ピキーン!!!
リカルドの異常な愛国心が生んだ無意識のレーダー機能、パトリオットレーダーに何か異常なものが反応! だが、どこからかはさすがのパトリオットレーダーにもわからない。
「さて、誰かのピンチのようだが、進むものか、戻るものか……。こいつに、任せるか」
コインを親指で弾いた。
〇
At that time(その頃……)
@MP製薬カリフォルニアラボ:地下エレベーターホール
さてどうしたものか。目の前の相手はとにかく速い。それから妙な武器を使っているから本来飛んでくるはずのないところからも攻撃が飛んでくる。軽さを追求した武器の性質上か、こっちの攻撃は全て防御ではなく回避で処理されてしまうので日本刀の持ち味である重い一撃が完全に死んで、さらにカウンターまでされそうだ。突き、斬撃、カウンター、それに混じって時折蹴り。アクロバティック。テクニカル。これだけちょこまかと動いても浅い傷で徐々に削ってくるタイプのようだからスタミナにも自信があるのだろう。剣術と言うよりこの男が編み出した、もしくはごく少数しか習得していない独特の武術。わたしとここまで戦えるんならMP製薬の切り札用心棒としては十分だろう。さすがにこの妙な動きには慣れてきたけど随分と食らってしまった。左足、左腕、右脇腹、左頬に切り傷、それから呼吸のタイミングで胸に蹴りが一発モロに入って意識が飛ぶかと思った。あれは危なかった。でも手数で稼ぐタイプだからかひとつひとつは速いけど殺傷能力は低い。わたしだったら刃に毒を塗っておくかもなー。日本刀じゃなくてブシドーの方が軽いし速度と手数で追えたかもしれない。いや、無理に相手の得意スタイルに乗ることはないか。最初は見切るので精いっぱい! 確固たる自信と経験値がなければ動きを捉えられる気がしなくて最初の数十秒で戦意喪失してしまっただろう。そういうやり方もメンタル面からの攻めもあったんだろうけど自分は逆境で燃えるタイプだ。でも最近はその逆境すらなかったし、未知の敵の攻略法を戦いながら編み出して実行して勝つ、なんて戦いは結婚してからはなかったなぁ。うん! 北米大陸での暮らしの中では一番いい! この十三年は今日のためにあったのかもしれない。北米生活も悪くはなかったけど、でもやっぱり日本に帰って家族に会いたいな。なんでケンカなんかしちゃったかなー。仲直りをするためにも生きて日本に帰らないと。戦うのは好きだが、だからと言って戦ってその中で死ぬなら本望だなんて思ったことは一度もない。いつでも勝って帰る。でも全身にこれだけ傷があって、これだけゾンビだらけの場所にいたらきっとどこかで……。ん? そうか。そういえばわたしたちはゾンビ化を防ぐワクチンを壊しに来たんだった。じゃあそれ一つもらおうっと! わたしはランキングなんてどうでもいいし、そもそもラジオDJからの脅迫状にもゾンビワクチンとMP製薬を壊せとしかなかったからミランダちゃんもドクターも美鈴ちゃんもチャールズくんもナタリアさんもクララちゃんも、他のみんなも自分たちにワクチン使ってから壊せばいいんだ! ……いや、それは違うか。ゾンビ殺しとしての腕を競うために、ランキング除外されたくなかったからここに来たゾンビ殺したちが、自分たちだけワクチンを使ってゾンビ殺しをするなんてフェアじゃない。ゾンビに殺されずにゾンビを殺すのがゾンビ殺し。そういう美学。でもなー。
と、非常に無口なミセスだったが、一人でいると割とテンションが上がるタイプで寡黙な佇まいだが実は心の中はとてもおしゃべりで常に高速で思考と言葉が行き来していた。だいたいそれで満足してしまうし、大体誰もついてこられない。コミュニケーションに難があるのは確かだったし、ミセスは子供の頃から自分はこうやって自分としか会話をしないのだと半ば諦めていた。でもそんなミセスとでもちゃんと会話が成立する人物が現れ、ミセスは彼と結婚した。だから無口でもミセスは決して根暗な人物ではない。むしろすごく元気な人物だった。この本当の性格を知ってるのは遠い遠い日本にいるミセスの夫ぐらいだ。ドクターは気付いているかどうかわからないが、気付いたところでドクターは自分に対してはいつも通りよくしてくれるだろうから、そんなことは別にどうでもいい。
「……ッ」
その動きはもう知ってるよ、いただき! と、思ったんだけどなー。完全に誘われて今までなかった、カウンターの頭突きが顔に入ってしまった。これは一本取られたな。もう少し、この見たことのない戦闘スタイルを見ていたかったが今ので少し頭に血が上って来たし、今日はわたし一人じゃないからダラダラやってちゃいけない。急ぐか。向こうはどんな気持ちだろうか。狙い通りの一撃がきれいに決まって有頂天だろうか。それとも決めて当たり前、むしろ今頃やっと決めたのか、と自分を律しているだろうか。そういうところも態度にも表情に出しやしない。動きにも構えにも隙のない相手だ。でも今の一撃は、わたしとしてはどちらかに流れが傾くようなクリーンヒットだった。隠していても感情に一切動きがない訳はないから、有頂天かクールダウンか。どっちかはある。でもコミュニケーションが苦手な自分はそういうところに疎い。力押しでどうにかするには相性が悪いし、速度でも相性が悪い。じゃあ、技かな。ここらで一発、勝負に出てみますかね、っと。
「なんだ? 映像が飛ん……ヴァカな!」
モニターでエレベーターホールの戦いを見ていたクルド所長がボールペンを折った(六分ぶり十三回目)。
「……」
オーレン流剣術マスター、マスター・オーレンことオーレン・パーク(26歳)。常に己の身体能力と戦闘力の限界の知るために強者と戦い続けた彼の戦士としての生命は、彼の動体視力をでも見切れなかったミセスの“技”により、脊椎損傷という形で終わった。
……あっぶなかったー! もうチョイでこっちが死ぬトコだった! やっぱりここはわたしが引き受けて正解だったな。さて、戻るとするか、進むとするか。
「May I have your name……」
「Michiru. I`m Michiru-Tsuburaya. Call me “Mrs.”」
剣の戦いにおいてその剣を再び鞘に納めることが出来るのは勝者だけだ。ミセスは血を拭って刀を鞘に収め、ブシドーセットを拾う。
「Goodruck “Mrs.”……」
「You too」
無口な戦士二人が精いっぱい交わした言葉。
CZK3 5-5-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 5-5-B
ミランダは目を閉じて耳に全感覚を集中させていた。扉の向こうから聞こえる声は少なくとも七人。中にいるのは少なくとも「所長」「ヨウ博士」「ハーパー研究員」の三人。この三人は所長、博士、研究員という肩書上武装していないかもしれない。そして肩書から察するに、拷問してワクチンの場所を聞き出すならこの三人のうちのどれかだな。
「中に何人いると思う? ベラトリクス」
「知らないわよ」
「わたしは少なくとも七人以上いると思う」
「どうするの? ミセスとリカルドの合流を待つ?」
「待たない方がいいわ。向こうは、わたしとベラトリクスが監視カメラを壊しながら最短ルートで向かってきてると思ってる。だから監視カメラを壊さずに迂回したわたしたちが今までにない長いスパンでリアクションを見せないから今どこにいるかわからなくて混乱してる。ここでミセスとリカルドが来たら台無しになるし、七人のうち三人は多分武装してない。その三人のうちの誰かを捕獲してワクチンの情報を聞き出す。拷問はベラトリクスに任せるわ。終わったら呼ぶ。ベラトリクス、ちょっと鼻を摘まんでて」
ミランダがカバンから出したのはお馴染み! ゾンビの大好物ミッキー&マロリー社の冷凍チキンブリトー! ゾンビ殺しの間では撒き餌として人気のある商品だが発売当初からゲロマズと大不評だった。しかしミッキー&マロリー社がゾンビ現象により潰れてからも、未だに廃墟のイチバンマーケットに行けば売れ残りの冷凍チキンブリトーがあるということは、そこそこ製造と出荷はされていたようだ。もしかしたらミッキー&マロリー社は来たるゾンビ世代のためにこの商品を遺したのかもしれない。そしてこの撒き餌を使ったゾンビ殺しはミランダの兄、チャールズの十八番だった。
ミランダは冷凍チキンブリトーの袋を破り扉の方へ投げる。袋が激しい腐臭をまき散らし始めた。
「何のにおいだ?」
「ゾンビがここまでやって来たのか?」
「ちょっと確かめてくる」
異臭が異臭なだけに急いで異臭の元を確かめに扉を開いたMP製薬セキュリティのポール・デューク(30歳)の足の甲を、扉のすぐ横で待ち伏せしていたミランダが撃ちぬく。
「侵入者だ!」
ポールが身を屈めるより速くミランダはポールにしがみつき、ポールを盾にする。敷居を挟んで向こう側には銃をミランダに向けているセキュリティが四人。
――大人数を相手にするときは”飛び石”だ。
「飛び石」
兄の言葉を思い出す。
盾にしていたポールの太ももを撃ち、拳銃を奪って一番近くにいたジョン・エドガー(33歳)に向かってダッシュ!
――銃を撃つ気でいる人間にとって一番されたら嫌なことは、自分と自分の銃の間に入られることだ。そのポジションに潜れ。
潜ったら次は……
――ラストエリクサーみたいに温存しすぎるのもいけないが、いざって時のために温存できるならしておけ。
ジョンの顎に銃底を叩きつけて怯ませ、まだジョンにとっての前方、今はミランダの後方に向いているジョンの銃で倒れているポールに止めを刺す。
「そいつごと殺せ!」
恰幅のいい男が怒鳴り声をあげる。喝が入ったのか警備員たちがジョンごとミランダを撃ち殺さんと銃を向ける。
――あとは状況判断だ。
ジョン・エドガー(享年33歳)。児童ポルノに生きた三十三年間だった。
ミランダはジョンの拳銃を奪い、次のポジションは……。次の飛び石は少し遠い。ミランダは物陰に隠れて次の判断を下すための情報の整理と体勢の整理を行う。
「お前は話の通じる相手か?」
白衣の東洋人が手袋をはめた両手を挙げる。
「ええ」
「わかった。銃を降ろせセキュリティ。私が交渉しよう」
ミランダも物陰に隠れたまま言葉を返す。
「何をしに来た?」
「ワクチンはどこ?」
「質問しているのはこっちだ」
「生殺与奪の権があるのはこっちよ」
「……ワクチンの場所なら、私の何をしに来た、という質問に答えたら次の段階に進めよう」
「ワクチンを破壊しに来た」
「何故だ?」
「質問に答えたら答えると言ったはずでしょ」
「次の段階に進めると言っただけだ」
「……ゾンビを殺すためよ」
「ゾンビを殺すため? なら我々のワクチンで殺せばいいじゃないか」
「わたしが自分で殺さないと意味がない」
「大事な人でも殺されたのか?」
「そうよ。だからゾンビが増えるよりも速いペースでゾンビを殺して一生かかってでもゾンビを皆殺しにする」
「倫理はないのかね? 君の勝手で救えたはずの誰かが死ぬぞ?」
「知ったことじゃないわね」
「フム。素晴らしい。倫理がないとは素晴らしい。少し熱くなってしまうかもしれんが、これは私の持論だが、自由自由と謳う先進国ほど、自由ではないと知っていたかね? それは先進国だからだ。先進国だからこそ、民度が高く高い倫理感を持っている。あれをしてはいけない、あれはこうあるべきではないと、倫理倫理と自分たちの自由を妨げている。わたしの知ったこっちゃない。素晴らしい。そうだ! その通りだ! どこのアイドルがどこタレントと付き合おうが、どこのガキが悪戯をしようが知ったことじゃない! 昔だってそんなことはいくらでもあった! だが倫理ある国民たちはそれらをあるまじき行為として私刑にしてしまう! たかがタレント同士の熱愛報道でブログが炎上したり殺害予告が出される世の中だった。そして殺害予告一行を匿名で書き込めば別の匿名の誰かに私刑にされる。科学者が世界を期待させるような仮説をブチ上げ、失敗すれば恥晒しとまた私刑! 倫理倫理で私刑私刑! 少なくとも十三年前までは! なんと息苦しい世界! だが今はどうだ。ゾンビによって国は崩壊し、倫理倫理言っていたヤツらはその時一体何をした? 腹が空いたら火事場泥棒、火事場泥棒同士が鉢合えば殺し合い! 倫理はどこに行ったんだ! そう、そんなもの最初からなければよかったんだよ。倫理なんていうものは所詮、積み上げられて神格化された既得権益でしかない。一度国が滅べばそんなもの意味はない。だがたった十三年でまた倫理が重視され始めた。何度歴史を繰り返せば気が済むのか……。呆れるよ。歴史を変えてきたのはいつだって自由な人間だ! 英雄はみんな自由人だ! いつだってモテるのは反体制反体制でフォークだのラップだのをやっているトガったヤツらさ。前置きが長くなったな。いいだろう。ワクチンの場所を教えよう。私が倫理を捨てたのは十三年前、既に二十八歳で君よりも老いていた。より若く倫理を捨てたものがどう生きるのか見てみたい」
「話は終わりってことでいいの?」
「ああ。だが、銃はこちらに返せ。信頼は必要だ」
物陰からスーッとジョンの銃がヨウ博士の元に滑ってくる。ヨウ博士はそれを拾い上げ、安全装置を外した。
「案内してくれるの?」
物陰からミランダが姿を現した瞬間、ヨウ博士が引き金を引く! BLAM! 銃を握っていたヨウ博士の左手が吹き飛んだ! 暴発だ!
「絶対にそうすると思ったから細工しておいたわマッドサイエンティスト気取り」
腕を失った東洋人科学者が床に倒れ、自分の血で溺れそうになりながらアジアの言葉で汚い言葉をまくし立てているがわからない罵倒は通じない。ミランダが時計を見ると、同時に遠くから爆音が。時間通りピッタリだ。
「逃げられると思ってるのか? っていうのはダンジョンをクリアした主人公たちに倒されたボスがよく映画やコミックで言うセリフだけど、逃げられると思ってる。時限爆弾を設置しておいたわ。時間差で爆発して、全部爆発すれば建物がなくなるように場所を計算してある。セキュリティの人も逃げた方がいいと思うわ。わたしたちも後で追いかけるから、逃げ道はわかる」
「最初からそうすればよかったのに何故……」
瀕死のヨウ博士が問う。
「兄と兄嫁と姪の分だけワクチンが欲しいからよ」
NEXT CZK3 5-6-A&B
リビング何かが登場!





