4話
カリフォルニアのどこかにある大草原の小さな家に住む少女ジェニファー(6歳)は、クレアおばさんが夕食のシチューを作ってくれるまで、大草原に咲いている小さなお花で冠を作って、クレアおばさんや大切な人たちにプレゼントするために小さな可愛いお手手をせっせと動かしていた。
「Uuuuuunnggggg……」
すると丘の向こうから見たこともない肌の色の、とても大きな人がやって来た。町で一番大きいデッキィー親方よりも背が高く、ルイスおじさんがいつも「ワシのヒーローはいつまでもこいつじゃよ!」と自慢げに見せてくる古いポスターの大昔のプロレスラー、ジャイアント・ジャックのように顎が長く、手足の先が大きく膨れていてまるで水風船のようだった。ヨタヨタと一歩ずつ自分の方に歩いてくる大男が、近くからよく見ると体中ツギハギだらけなことにジェニファーは気づいた。
「Uuuuuuuunnnnnggggg……」
彼の悲しげな口はファーガーソン先生の付き添いがないと入れない、山の麓の洞窟のように歪で鍾乳洞のようにボロボロの歯が生えている。何故、ファーガーソン先生の付き添いがなければいけない山の麓の洞窟のことをジェニファーが知っているかって? 彼女は好奇心が旺盛でとても勇敢だったからたまに危険な冒険をするのだ。
「Uuuuuuuuunnnnggggg……」
気付けば大男はジェニファーのすぐ目の前まで来ている。見た目は恐ろしい、クレアおばさんやルイスおじさんやファーガーソン先生の話でしか聞いたことのない、ゾンビのような男なのに、ジェニファーは逃げなかった。
「Ung……」
大男がツギハギだらけの手をジェニファーに伸ばす。そしてジェニファーの足元の小さなお花をキャッチャーミットのような大きな手でむしり取り、不器用にこねはじめた。そう。ジェニファーが逃げなかったのは怖くて震えていたからでも、好奇心旺盛で勇敢だったからでもなく、大男の目がとても優しかったからだ。
「Ung……」
大男が野球のバットのように太い指でジェニファーの作りかけの小さなお花の冠を指差した。
「あなたのお花の冠を作りたいの?」
「Ung……」
「そうなの! きっとあなたにも小さなお花の冠を贈りたい大切な人がいるのね!」
「Ung! Ung!」
ジェニファーには、悲しげだった男の表情が心なしか笑ったように見えた。
「だったら、まず小さなお花を握り潰しちゃダメよ。大切な人に贈るんだから」
「Ung」
それからジェニファーと大男は夕日が草原の彼方に沈むその少し前まで小さなお花を摘み、ジェニファーは大男に小さなお花の冠の作り方を手取り教えた。大男の肌は冬の夜に触ったドアノブのように冷たかったけれどやっぱりジェニファーは大男が怖くなかった。物覚えと、手先の不器用さにはジェニファーも少し困ったけどね! そろそろクレアおばさんのシチューが出来上がる頃だからジェニファーは本当ならば家に帰らなければならなかったが、ジェニファーは大男が大切な誰かに贈るための小さなお花の冠を完成させるまで一緒にいてあげたかったので、シチューは冷めてクレアおばさんはカンカンに熱くなるだろうけどもう少しお外で遊んでいようと思っていた。
「おーい!」
あともう少しで完成……というところでまたジェニファーの知らない声がどこからか聞こえてきた。
「おーい! どこに行ってしまったんだー!」
大男がその声に反応し、立ち上がってジェニファーの赤毛が吸い込まれる程たくさん息を吸って風船のように胸を膨らませ
「OOOOAAARRGGHH!!」
とジェニファーが今まで聞いたこともないくらい大きな音で叫んだ!
ザシュザシュと草をかき分けて踏む音と「そっちか! おとなしくしてろ!」という声が近づいてくる。どうやら大男の声を聞いて急いでやって来たようで、その小太りでメガネの男は肩で息をしている。
「全く! 手間かけさせやがって!」
小太りの男が大男の頭をパンと叩いた。小太りの男の胸には「MP製薬 アーノン・ヒル研究員」と書かれた名札が貼り付けられている。
「あれ程はぐれるなと言ったろ! 誰かに見られたらどうするんだ!」
とまた頭をパンと叩く。ここでジェニファーは、小太りの男が大男を叩こうとするたびに大男が頭を叩かれやすい位置まで下げていること、そして叩かれることを喜んでいることに気付いた。
「お嬢さん、ケガはないかい? こいつはアタマが悪いんだ」
「ケガはないわ。大丈夫よ」
「こいつを見たってことは……。誰にも言っちゃいけないよ。恐ろしいヤツらがやってくる。もちろん、パパにもママにもだ」
「クレアおばさんとルイスおじさんにも?」
「クレアおばさんとルイスおじさんにもだ。わかったね?」
「うん」
「いい子だ。キャンディーをあげよう」
小太りの男がポケットから傘のマークと“MP”の文字が入った包み紙のキャンディーを取り出し、ジェニファーに手渡した。
「Ung……」
大男があともう少しで完成する小さなお花の冠を見て悲しそうに俯いた。
「なんだそれは?」
「Ung……」
もしかして。ジェニファーは子供ながらにあることに気が付いた。
「もしかして、彼はあなたにあげるためにこの小さなお花の冠を作ってたんじゃないのかしら」
「こんなものいらねぇよ」
小太りの男が吐き捨てるかのように言うと大男はまた悲しそうに呻いた。
「今はお前が無事でいてくれればいいんだよ!」
パシンと頭を叩く。
「でもどうしてもって言うんならもらってやるよ!」
パシン。
「Ung! Ung!」
大男が笑った。
「すまないねぇ、お嬢さん。この小さなお花の冠はもう少しで出来るんだろう? 作り方をこいつに教えてやってくれないか?」
「もちろんよ!」
そしてジェニファーと大男と小太りの男の三人で小さなお花の冠を完成させ、大男は半日がかりで作ったお花の冠を東の星空に掲げて雄叫びをあげた。そして優しい目を嬉しさや喜びといったポジティブな感情で溢れさせながらも少し困ったように、小さなお花の冠を持ってジェニファーと小太りの男の間で視線を右往左往させる。
「俺はいらねぇって言ってんだろ!」
パシン!
「その子にやれよ!」
パシン!
「作り方を覚えたんなら一人で次から作れるだろ!」
パシン!
「俺はその時でいいよ!」
パシン!
小太りの男も小太りの男でまんざらでもなさそうで、言葉遣いと態度は乱雑だがその実、大男には一種の愛情があるように見て取れた。そう、血の繋がりがないクレアおばさんとルイスおじさんがジェニファーを愛してくれるように。
「Ung……」
小太りの男の言う通り、大男はジェニファーの頭にそっと小さなお花の冠をかぶせてあげた。不器用な大男がジェニファーの小さな頭にしっかりと小さなお花の冠を乗せることが出来たのだから、大男がいかに細心の注意を払ってそれをやったことか!
「Fri……end」
「Friend? わたしのこと?」
「Friend……」
大男がジェニファーを指差す。
「Friend……」
次は小太りの男。
「Friend……」
「そう! Friendだ! そうだよこれがFriendだよ! やっと覚えてくれたか!」
小太りの男が大男の手を握りしめ嬉しそうに揺する。
「Friend……。Dr.……Hill……」
ツーと小太りの男の頬に一筋の涙が伝った。
「……うるせぇよ! さぁ、俺はお嬢さんを家まで送る。お前はここでジッとしてろよ」
大男が寂しそうに頷いた。
「夜になってしまった。お嬢さん、お家は?」
「すぐそこよ。……ねぇ、明日も会えるよね!?」
「Ung……」
「わたしはジェニファー! あなたの名前は?」
「Ung……」
小太りの男が立ち止まり、屈みこんでジェニファーの顔を見つめた。
「あいつにはまだ名前がないんだ。あいつの最初の友達の君があいつに名前を付けてやってくれないか?」
「彼の最初の友達はあなたじゃないの?」
「俺は……あいつの友達なんかじゃないよ。俺、いや、俺たちはあいつに許されないことをした。とても友達だなんて……」
小太りの男が急に表情を暗くした。
「ジャック! 彼の名前はジャックよ!」
ジェニファーは励ますように声を張り上げた。
「ルイスおじさんがいつもお話ししてくれる、大きくて、強くて、優しい男の人よ。おじさんの部屋にはジャックのポスターがあるの!」
「ジャイアント・ジャックのことかな? 彼なら俺も大ファンさ。大きくて、強くて、優しい、か。まさにあいつのことだな。なぁ! ジャック!」
「I`m Jack……」
「そう、お前は今からジャックだ!」
小太りの男が頬に涙の跡を残したままニッコリ笑って親指を立て、ジャックにサインを送り、ジャックも嬉しそうに笑う。
「I`m Jack!!!」
ジャックがすっかり暗くなった夜空にもらったばかりの自分の名前を叫ぶ。
「ねぇ。あなたはジャックのそばにいてあげて。わたしのお家はもうそこ。あそこの明かりがついている家よ。もう大丈夫」
「そうか。そうするよ。でも少し心配だから、僕とジャックはここで君が家に帰るのを見届けるよ」
「あなたたたちはどこへ帰るの?」
ジェニファーは好奇心旺盛な少女。もしこの質問さえしなければ……。
「俺たちはどこへも帰らないよ。俺たちはこれから旅に出て、帰る場所を探すんだパァ」
小太りの男の胸に小さな穴があき、口と胸の穴から血が吹き出した。あまりにも突然の出来事に、ジャックも、噴き出した血をまともに被ったジェニファーも何も反応出来なかった。
「え?」
「逃げろ……」
遠くから幾つかの明かりとお花たちを踏む音が近づいてくる。ジャックは瀕死状態の小太りの男を抱きかかえ、目を見開いて口をわなわなと震わせている。
「逃げろ……ジャック……ジェニファー! 早く……」
「Ung……」
草を踏む音が止まった。すぐ目の前に皮の手袋をはめ、針金細工のようなメガネをかけた、カマキリを思わせる残酷な細長いシルエットで残忍な笑みを浮かべている白衣の東洋人と、その後ろに懐中電灯と銃を持ち、夜なのにサングラスをかけた白衣の男たちが立っている。その全員の白衣の胸のマークにジェニファーは見覚えがあった。MPの文字と傘のマーク……。小太りの男のキャンディーの包み紙と同じだ。
「全く君は優秀なのか愚かなのかわからんヤツだと常日頃から思っていたがハッキリしたよ。君は愚かだ、ヒルくん。被験体に情が湧き、MP製薬とこのヨウ博士を敵に回してバケモノを逃がすなど愚行中の愚行だ。でも私は落胆などしていないよ。私は元から君には期待などしていないし今回の君の行動のおかげで被検体のデータが大幅に更新された」
「くたばれ……お前らなんか人間じゃ……な……い」
ヨウ博士と名乗ったカマキリ男はどんどん体温を失っていく小太りの男の最期の言葉をハンッ、と鼻で笑った。
「Dr.Hill……? Dr……」
「ンフフフ、威嚇のための発声器官は残しておいたがまだ言葉を扱えたとはなぁ」
カマキリ男がピッっと手を上げると、グラサン白衣ーズが銃を構えた。
「目撃者は消しておけ」
ジェニファーにその言葉の意味は分からなかったが、何か恐ろしいことが起きることはわかっていた。背筋に寒気が走る。全身が凍りついたように少しも動けない。
「OOOOAAARRGGHH!!!!!」
ジャックが歯を剥き出し、全身の筋肉を隆起させて怒りの咆哮を上げた。ドッドッドッドッと彼の心臓が激しく脈打つ音がジェニファーにも聞こえた。恐ろしいのは銃を持った男ではない。ジャックだ。
「AAAAAAAAAARRRGGGG」
グラサン白衣ーズを丸太のような腕でなぎ倒すジャック! なぎ倒されたグラサン白衣ーズは見るも無残な、感想が「前衛的ですね」としか言えないがパクりじゃない分まだ少しマシなだけの前衛的アートのように!
「HHHHH!!!!!」
それを見てもカマキリ男はまだニヤニヤと笑い、手を挙げたままグラサン白衣ーズに発砲の許可を出さない。
「ヨウ博士! 発砲の許可を!」
「何を言ってるんだ。貴重な怒り状態の戦闘データだぞ」
「まさかヨウ博士……。ヒル博士に被検体をわざと逃がさせたのも……」
「おぉっと妙な詮索はよしたまえハーパーくん」
「怒り状態にさせて……と言ったな。ヨウ博士。あなたはあの怪物に心があることを知っていたのか?」
「それを確かめるための実験じゃあないかぁ」
この間に三人のグラサン白衣ーズが死亡!
「そろそろいいか。よし、捕獲したまえ」
カマキリ男は手を振りおろし、グラサン白衣ーズが麻酔銃でジャックを眠らせ、ネットを被せてどこかへ運んでいく。
「おやすみ、人造ゾンビ“フランケンシュタイン”。そして恐ろしいものを見せてしまったねぇ世の中にはああいうバケモノがいるから恐ろしい。だがもう大丈夫だよお嬢さん」
パァン!
「これで忘れる手間も省けただろう。おい、今の音も聞かれたかもしれん。あのウサギ小屋も消しておけ」
@MP製薬カリフォルニアラボ:東外壁
「そぅらアナハイム名物バラチクッキングの時間だ! まずはテーブルクロス! そして巻き付け!」
バラチ兄弟のノッポ、バラチ弟が分厚いビニールシートを上空に投げる。このビニールシートは端に錘がついており、上空で展開して投網の要領で落下傘になり、数人のゾンビに覆い被さって視界を奪い動きを阻害する。そうして身動きの取れないゾンビをロープで縛って日本で太陽の恵みを呼ぶための儀式で使われる神聖なグッズ、ジャパニーズ・テルテルボーズ状にする。
「次はマッシュだ! オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」
完全に覆われ束縛されたゾンビたちにバラチ弟がパンチキックの大嵐! バラチ弟はノッポで格闘技の経験はないがケンカの経験はそこそこにあり、ゾンビはものすごく弱いのでその程度の攻撃でも致命傷となる。
「仕上げだ!」
ゾンビの血肉の詰まったテルテルボーズにガソリンをぶっかけ、マッチを擦って火を放つ。
「以上、バラチ三分クッキングだ!」
もちろんバラチ兄弟はバカなのでこのバラチ三分クッキングはバラチ兄弟が考えたのではなく、バラチ兄弟の地元アナハイムのバラチ兄弟ファンの元SASの男性がバラチ兄弟のランクを上げるために、バラチ兄弟に欠けている芸術点を、と考えたものだ。
ガシャンガシャンガシャンと金属が激しくぶつかる音とハスキーボイスな車のエンジン音がやってくる。車で金属製の檻を引き摺っているのだ。
「遅いぜ兄貴!」
「待たせたな弟。さぁ、俺たちのケバブ屋台の仇のクソッタレのド腐れ共を……。存分にブッ殺してやろうぜ」
車から降りたバラチ兄弟のチビデブ、バラチ兄は車のバックドアを開け、積んでいた野球のピッチングマシーンを降ろし滑車で移動させ照準を定める。バラチ弟もゾンビ用パラシュートやホッケーのスティック、ボウガンなど武器を車から補給した。
「出番だぞ、ファティー・モハメッド」
「Ung……」
バラチ兄が車で引き摺ってきた檻の扉を蹴り開ける。中にはいたのは……Oh, shit!! ひどく太っていて不潔な中年男性ゾンビだ!
「OOOOAAARRGGHH!!」
Pulling out!
Bite!
EAT!
Jesus! ファティー・モハメッドと呼ばれたゾンビが、他のゾンビを襲い捕食し始めた! ゾンビは共食いをしないのに! ゾンビがゾンビを食べる! なんという最悪な光景! そう、これこそがバラチ兄弟が万人受けせず一部にカルト人気があるタイプのゾンビ殺しである原因だった。
ファティー・モハメッドは同じオランダからの移民として昔からバラチ兄弟の面倒をよく見てくれた近所のおじさんだったが割と早くゾンビになった。だがまだ当時ケバブ屋が健在だったバラチ兄弟はモハメッドさんを殺すことが出来ず、ゾンビ殺しに殺されないように監禁してエサとしてゾンビを与えていた。ゾンビは共食いをしないので最初はエサを食べなかったモハメッドさんだったが、餓えに負けてどんどんゾンビを食べるようになっていった。いつの間にか、エサを与えるために監禁小屋にやってくるバラチ兄弟を襲わなくなり、モハメッドさんはゾンビだけ食べるゾンビとなった。これも、この十三年で発見されたゾンビの飼育例の一つである。そしてケバブ屋を襲われたバラチ兄弟は復讐鬼となり、今まで情で殺せなかったモハメッドおじさんをゾンビ殺しの最強のオトモ、ファティー・モハメッドとして使うようになった。ノッポ、チビデブ、ゾンビを食らう大デブゾンビ、この画面の汚さが特に女性層から強い反感を買う。
「ッシャア、行くぜチャップマン越えの剛速球! ゾンビバスター!」
バラチ兄の操作する改造ピッチングマシーン“ゾンビバスター”がキューバの剛腕チャップマンの一〇六マイル(一七一キロ)を超える剛速球でゾンビに次々と襲いかかる! 文字通りの死球の犠牲者は次の塁ではなく次の人生へ!
「オラオラオラオラオラオラオラ!」
「OOOOAAARRGGHH!!」
「Damn Yankees!」
GOOD!! GREAT!! WONDERFUL! FANTASTIC! AMAZING!
99HIT!
MARVELOUS!
バラチ兄弟の怒りの絨毯爆撃による連続コンボが途切れない!
〇
At that time(その頃……)
@MP製薬カリフォルニアラボ:廊下
ジャキッ。
リカルド・マクファーレンがショットガンの弾を装填し、周囲を見渡す。リカルドたちが通過した時点でまるで『インディ・ジョーンズ』が冒険する遺跡のように廊下の退路が断たれ、ゾンビが次々と彼らの足止めに現れた。しかし既に廊下は床、壁、天井に至るまで赤黒い血で覆われまるで感想が「前衛的ですね」としか言えないがパクりじゃない分まだ少しマシなだけの前衛的アートのように! リカルドは非常に強い愛国心を持っている分、恐怖と言う感情が欠落していたので狭いところでゾンビに囲まれても速い車に乗せられても急なスピンをかけられても少しも怖くはなかった。
銃声が廊下の遥か向こうから聞こえてくる。おそらくミランダだろう。
「レディたちは先に行ったが……」
心配か? と聞かれるとそうでもない。あのミセスとかいう日本人の強さは尋常ではなかったし、ミランダとかいう少女も何かが違う。同い年の女性たちと比べて、ではなく、ゾンビ殺しや人間としての、何か。リカルドはそれがなんなのかを自覚していないが、ミランダは自分と同じその何かを持っている。そんなような気がした。凶暴性? 攻撃性? 違う。もっと違う何かフォーエグザンポー……。
「それにしても……」
リカルドはそこここに積もっている肉塊に交じった、明らかに目的を持って作られて埋め込まれた形状の金属やプラスチックを見て怒りが沸いてきた。
「万物の創造主たる神が作られし我らが肉体、そして死者を弄ぶとは人工中絶、同性愛、進化論の如き蛮行、世界の旗手にして誇り高き優秀なリアルアメリカンにあるまじき神への冒涜行為! 真の愛国者としてテロリストを粛清してやる必要があるな」
CZK3 5-4-A
「ミランダ! まだ生きてる冷蔵庫が見つかったぞ!」
「本当に兄さん! 中に入ってるは、えぇ~と」
「クラウン・コーラだ! それもキンキンに冷えたのが何ダースも! 両手じゃ数えきれないぜ!」
「Awesome! 今日からクラウン・コーラパーティね!」
クラウン・コーラ 全米のイチバンマーケットにて大好評発売中
CZK3 5-4-B
At that time(その頃……)
@MP製薬カリフォルニアラボ:地下エレベーターホール
ミランダ、ベラトリクス、ミセスを乗せたエレベーターがチーンと目的の地下階に着いたことを告げる。ミランダは疑問に思っていた。さっきの廊下のように自分たちをエレベーターに閉じ込めてゾンビをけしかけたり、エレベーターに乗ったところで毒ガスだったりと何かあってもよかったはずなのに。ゾンビが来る程度だったら大丈夫だけど毒ガスだったら危なかったなぁ。何もなくてよかったけど、とエレベーターが取り越し苦労で終わったことに物足りなさと本当に毒ガスだったらやばかったという安心を感じていた。
扉が開いてミランダがホールに出ようとした瞬間、ミセスが静かに踏切の遮断機のように左手を伸ばしミランダを制止した。ミセスの目つきはゾンビとの戦いでは見られなかったほど鋭く、そして情報を得ようという意思に満ちている。
地下階のエレベーターホールで待ち構えていたものを見て、ミランダとベラトリクスは襲撃と侵入を受けているとわかっているMP製薬が何の手も打ってこなかった理由を知った。
フードとローブを被り、俯いて精神統一、真っ直ぐな細長い剣を両手に持った男が立っている。こいつがいたから何も手を打ってこなかったのか。いや、MP製薬にとっては“この手”を打てば十分だったのか。
精神統一が終わったのか、顔をあげるとフードの奥の禍々しい眼光が三人を照らす。ミランダが愛用の銃を抜くが、今度は唯一戦う気のなかったベラトリクスだけがミセスの意図に気付き、ミランダを制した。
「I'll handle this」
パチンパチンとミセスが腰のブシドーセットを外して身軽になり、本来の武器であるジャパニーズサムライソードの柄に手を伸ばす。ミランダはミセスとは三年来の知り合いだが彼女が英語を話すのを始めて聞いた。
「We'll take the long way」
ベラトリクスはブシドーブレードのストックをミセスのブシドーセットのすぐ横に置き、ミランダの手を引いてこれから素人にでもわかるタツジンvsタツジンの剣戟の場から離れさせる。フードの男はまるでジェダイしか眼中にないシスの暗黒卿のように二人をあっさりと見逃した。そしてローブを脱ぎ捨て、アジア風の格闘技のユニフォームのような姿をあらわにし、両手の剣の柄と柄を合体させ上下と前後のない、中央にのみ柄のあるダブルブレードに。ミセスも上着を脱ぎ捨てネクタイを緩め、刀を抜いた。
〇
@MP製薬:モニタールーム
クルド所長がまたボールペンを折った。また折ってるよ。もう親指がインクで真っ黒じゃねぇかよと所員たちは雑念が入り始めた。
「状況を報告しろ」
「ハイ、現在の被害は……」
ベキッ! 十一本目!
「被害だと? そんなものは聞いていない。状況だ、状況! 私が聞いているのは状況! アンダスタン!?」
「ハッ、失礼しました。現在、基地の東の外壁付近でバラチ兄弟がゾンビと交戦中、多くの壁ゾンビが破壊されています。基地フロントの改造ゾンビ部隊はリカルド・マクファーレンに殲滅され、エレベーターホールでマスター・オーレンがミチル・ツブラヤと交戦中です」
「残りの三人は?」
「シノブ・イマガワは遠くから見てるだけです」
「そうか」
「ベラトリクス・サンダーランドとミランダ・レイチェル・ノーマンはこっちに向かってきています。ノーマンに壊される監視カメラの位置がどんどん近づいています」
ベキッ! 十二本目! MARVELOUS!
「MP製薬カリフォルニアラボ全員に告ぐ! 全力で侵入者共を排除せよ! 即刻ゥ! そして永遠にだ! フランケンシュタインを使うこともやぶさかではない!」
「所長! 例のアレはまだ試作段階、所内でも極秘の存在です! しかも非常に不安定な状態でとても実戦では……危険すぎます!」
「聞こえんのか! 全力でだ! フランケンシュタインを使うこともやぶさかではない! 全力で叩き潰せ!」
ンフフフフとなんだか不快になるような笑い声で細い銀のメガネをかけた東洋人が自分の存在をアピールする。
「なにがおかしいんだねヨウ博士?」
「どこでお使いになるつもりですか所長?」
「もちろ……」
「アレの管理は私の権利です私がイエスと言わなければどこにも出さないそして私がイエスと言う場所はたった一か所しかない」
ヨウ博士が冷静な口調の早口でクルド所長をねじふせる。
「どこだ?」
ヨウ博士はニヤニヤとサディスティックな笑みを浮かべながらモニターの一つを指さした。
「もうだいぶ長いこと動き続けスタミナ、そして道具の消耗も激しくさらに知性がない故に我々でも確実に仕留められる能無しくらいは、ヤツでも殺せるかどうか見てみましょう」
「ム……」
「それに同じくリビングデッドを飼っている身として勝負してみたいんですよねぇ。あのバラチ兄弟と」
NEXT
CZK3 5-5-A&B





