第二話『どーしたものか……』
「……で? それが『偶然、足が滑って、たまたまそこにあった天上さんの下着が奇跡的に手に吸い付いてきた』っていう言い訳の全容か?」
「そ、そうなんだ! 信じてくれ天上さん! 僕は決して怪しいものじゃ――」
「いや、どう見ても怪しさ100パーセントなんだけどな」
放課後の女子更衣室。
西日が差し込む無人の空間で、俺――天上聖は、目の前で床に正座する3年生の先輩男子(仮にA氏とする)を、冷ややかな目で見下ろしていた。
手には、俺がさっきまで着ていたスポーツブラとショーツの一式。
現行犯逮捕である。
普通なら、ここで「キャー!」と黄色い悲鳴を上げて、外に助けを求めるのが正しい女子の反応なのだろう。
だが、あいにく俺の心は元男子だ。
突然の異常事態に、完全に「叫ぶタイミング」を見失ってしまっていた。
(……いや、どーしたもんかな、これ)
誰もいない更衣室。俺とA氏の二人きり。
静寂の中に、A氏の必死な言い訳だけが虚しく響く。
無意味で、圧倒的な虚無感が部屋を満たしていく。
もし、ここでこの先輩が「バレたら終わりだ!」と逆ギレして襲いかかってきたとしても、ぶっちゃけ恐怖は1ミリもなかった。
こちとら中学校でサッカーに泥まみれ、今は陸上部でバネのような体幹を鍛え上げているのだ。万が一暴れ出されても、一瞬で関節を決めて床に転がす自信がある。
だからこそ、焦りがない。焦りがないから、アクションを起こすきっかけが掴めない。
俺は腕を組み、ただただ純粋な疑問を抱いていた。
(男って……というか、俺も元々は男だったわけだけど、ぶっちゃけそこまでして女子の下着が欲しいものなのか?)
理解に苦しむ。
同じ「男の魂」を持つ身として、ぶっちゃけちょっと引く。そんなリスクを冒してまで、ただの布切れを手に入れたいという執念が、今の俺にはいまいちピンとこなかった。
そんな、シュール極まりない膠着状態が数分続いた、その時。
ガラガラッ!
「あー、今日の練習きつかったねー!」
「ねー、早く着替え――って、え?」
部活終わりの女子グループが、賑やかに更衣室のドアを開けた。
瞬間、彼女たちの視線が、床に正座するA氏と、その手が握りしめるスポーツブラにロックオンされる。
「「「いやぁぁぁぁぁぁぁーーーーっ!!!???」」」
鼓膜が震えるほどの、大音量の阿鼻叫喚。
一瞬で更衣室はパニックに陥り、その騒ぎを聞きつけた体育教師が秒で吹っ飛んできた。
「何事だ! ……貴様、何をしているッ!!」
「ち、違うんです! これは不可抗力で――!」
哀れA氏は、言い訳を何一つ聞き入れられることなく、激怒したゴリラ教師に引きずられるようにして連行されていった。
周囲を巻き込んだおかげで、流れが無理矢理状況が一転した形だ。やれやれ、これで一安心か。
「聖ちゃん! 大丈夫!? 怖かったよね……っ!」
「酷いよね、あんなのトラウマになっちゃう!」
残された女子たちが、顔を真っ青にして俺の周りに集まってきた。涙目で俺の肩を抱き、めちゃくちゃ気を使ってくれている。
「あ、あはは……。うん、みんなが来てくれて助かったよ。ありがとう」
俺は努めて、か弱い女子のフリをして「怖かった風」の苦笑いを浮かべた。猫を被るのもすっかりお手の物だ。
(いや、怖かったかって言われると、全然そんなことないんだけどな……)
男の性は、時に理解しがたい。
女子としてのサバイブ生活には慣れてきたつもりだったが、こういう『男子からの斜め上の洗礼』には、今後も頭を悩ませることになりそうだった。




