9話 高1の文化祭 柿本由佳里と美澄修吾
文化祭前日。 教室の片隅、昼休み。
柿本由佳里はスマホを友達と覗き込んでいた。
「見て、このダンス!キレやばくない?」
アイドルグループの動画。完璧にシンクロしたステップに、2人でキャーキャー騒ぐ。
「ほんと上手いよね〜!素敵ー!!」
画面越しの憧れ。それが由佳里の「かっこいい」の全てだった。
今は、まだ。
文化祭当日・校舎前
人混みの中、白いTシャツの上から若草色のシャツを羽織り、茶色のスラックス姿の男が立っている。
美澄修吾。耀の兄。
文化祭のパンフレットを抱え、真剣な目で周囲を見回していた。
「すみません。この投資同好会、美澄耀は所属してますか?」
声をかけたのは、エプロン姿の由佳里。
「はい!美澄さんなら今、中で説明中です!」
修吾が少しほっとした顔をする。
「場所を教えてもらえますか?」
由佳里、にこっと笑う。
「もちろんです!人が多いので〜」
自然に、優しく修吾の手を取る。修吾の変化は即座だった。手が冷たく硬直。微かな震えが伝わってくる。
由佳里は、内心胸が高鳴った。
(……!この感触)
ボランティアで鍛えた「手つなぎ」は、お年寄りや子供相手のもの。若い男性の手は、初めて。
「私は柿本由佳里です!お兄さんは?」
ブブブ……
「美澄……。しゅ……修吾……です……」
ロボットのような無機質な声。由佳里の心臓が跳ねた。
(名前ゲット!それに……この震え!)
耀から聞いた事がある。
大学生の耀の兄、修吾はテンパるとスマホのようになるらしい。
(本物だ……!)
同好会テント前まで。短い距離をエスコートして到着。
由佳里が手をそっと離すと。
その瞬間——
ブブブブブブ!!
修吾の震えが最大級に爆発した。顔は真っ赤、目は点、ガクガク揺れている。
その時、テントから耀が出てきた。
「兄さん!?どうしたの!?」
修吾は壁に寄りかかりながらロボ声MAXだ。
「耀……手……コンタクト……」
「柿本さん……。手、つないできましたね?」
由佳里は、爽やかスマイルを浮かべている。だが頬は桃色に染まっていた。
「人混みでしたから〜」
そして、畳みかけた。
「修吾さん!私、大学見学に行きたいんですけど」
修吾の震えは止まらない。
「大学……?」
「案内してくれませんか?連絡先、交換してくださいっ!」
震える手でスマホを出す修吾。由佳里、素早くQRコード。
ピッ。
交換完了。
「ありがとうございます〜♪ また連絡しますね、修吾さん!」
踵を返し、完璧撤退。残された修吾は。
ブブブ……カタカタ……
壁にもたれ、システムエラー状態。
耀は呆然とした。
(柿本さん……兄の弱点、完璧に突いてる……)
(しかも連絡先まで……)
兄の震えが、家族以外に見られた初日。
由佳里のスマホには、新たな連絡先。
美澄修吾
そして、心臓のドクドクが止まらない。
(修吾さん……かっこいい)
アイドル動画は、もう見えない。




