11話 瞳の奥に恋の炎が燃え上がる
文化祭から数週間後の昼休み。
耀は麗央と柿本さんと中村くんといっしょにお昼を食べていた。
「柿本さん、地元の国立大学を目指しているんですか?私の兄が案内をしたって聞きましたけど、どうでしたか?変な事言ってませんでした?」
「お兄さん、素敵な方だったよ?
……前まではマーチの推薦狙っていたけど、止めたの。私、美澄さんのお兄ちゃんのお嫁さんになりたいから。物理的に離れている間に他の誰かに取られたくない」
「っ!?げほっげほっ……」
お茶が耀の気管に入った。むせながらもなんとか柿本さんを見ると、彼女の両目の奥には恋の炎が。静かに、だが猛々しく燃え上がっていた。
「本気、なんですか?そもそも5歳上ですし、兄は堅物なので柿本さんみたいな素敵な子にフラれたら、立ち直れませんよ!?」
「え?修吾さんは素敵じゃないっ!誠実そうだしかっこいいし、知的だし」
彼女はさらりと言い切って、うっとりとした表情で両手を握っていた。
「将来を考えるなら、あんな人と付き合って結婚したいもの」
「え……。まあ兄は工学部ですし恋愛とは本当に無縁で、いずれ親の紹介とかで結婚しそうだなぁとは思いますけども」
「そうなる前に、私が捕まえるわ!」
「融通がきかなくて面倒になるかもしれませんよ?」
少しタジタジになる耀に対して、柿本さんはにっこりと微笑んだ。
「工学部なら院に進むでしょうし、1年は被るかなぁと思って。その間に猛アタックして恋人になるのっ。
将来修吾さんと結婚できたら、私が美澄さんのお義姉ちゃんになるのね……」
中村くんと麗央は一瞬目を合わせて、首を振り合った。
(美澄のお兄さん、こりゃあ落ちるのも時間の問題だな……)
二人の無言のやり取りに気づかないまま、柿本さんはふわふわとした様子で未来を思い描いている。
「朝は一緒にご飯作って、お弁当も持たせてあげて……。修吾さんがお仕事に行っている間、私は在宅メインの仕事をして。帰ってきたら、おかえりなさいって言って。抱きしめて〜」
「ちょ、ちょっと待ってください、もう結婚後の生活まで決まってるんですか!?」
耀は思わず身を乗り出した。
「だって大事でしょ?イメージトレーニング」
「イメージトレーニングの域を超えてますって……!」
完全に押され気味の耀に、麗央がくすっと笑う。
「美澄の兄ちゃんって、そんなにガード固いの?」
「固いどころじゃないよ。そもそも出会い無いし自分から女性に連絡することすらほぼ0だし、勉強とバイト優先だし」
「へぇ……。逆に燃えそうですね、それ」
中村くんが面白がるように言うと、柿本さんはこくんと力強く頷いた。
「うん、燃える」
「認めるんですね!?」
「難しい方がやりがいあるもの」
その言葉に、耀はついに額を押さえた。
(これ……止めるべき?いやでも本気すぎるし……)
バカ真面目で、テンパるとプルプル震える兄と、目の前の情熱的な少女が頭の中で並ぶ。
(……いや、どう考えても嵐が来る未来しか見えません)
ため息をつきかけたその時、柿本さんがふと真剣な顔で耀を見た。
「ねえ、美澄さん」
「は、はい?」
「協力してくれる?」
「えっ」
あまりにも直球なお願いに、耀の思考が一瞬止まる。
「連絡先、教えてほしいの」
「えっ?もう交換してますよね??」
耀が思わず突っ込むと、柿本さんはきょとんとした顔で頷いた。
「うん。でもあれ、大学案内の連絡用だったから」
「同じじゃないですか!?」
「違うの。あれは〈用件があるときだけ〉でしょ?」
柿本さんは少しだけ頬を染めて、視線を下に向ける。
「そうじゃなくてね?もっと、普通にやり取りしたいの」
「大学案内のときも、必要なことしか送れなかったし……」
「それはまあ、兄はそういう人なので……」
耀は苦笑する。兄のメッセージはいつも簡潔で、無駄がない。
「でもね」
柿本さんは顔を上げた。
「忙しいのも分かってるし、すぐに振り向いてもらえなくてもいいの」
「え……」
「ちゃんと、ゆっくりでも確実に好きになってもらいたいから」
静かな声だったけれど、揺るぎがなかった。
「だから、少しずつでいいから関わっていきたいの」
その言葉に、耀は息をのむ。
(高校1年生、だよね……?この覚悟……)
思い描くのは、研究室にこもって課題に追われている兄の姿だ。
(……兄が気がついた頃には、もう捕まった後になってそう)
「……ちなみにですけど」
耀は恐る恐る口を開いた。
「兄、連絡返すの遅いですよ?」
「知ってる。最長3日後とかだった」
「もう被害が出てる!?兄がすみません!」
「でも、ちゃんと返してくれるならいいの」
にこっと笑う柿本さんに、耀は言葉を失う。
(重いんじゃない。強いんだ、この人……)
麗央と中村くんは、今度こそはっきりと頷き合った。
(ああ、これ——。長期戦で落とすタイプだ)




