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異世界は僕に牙を剥く ~異世界奴隷の迷宮探索~  作者: 結城紅
序章 この残酷な異世界で
61/107

悪人には1/2

今日はもう一話上げます

「『駆けよ暴風。一切合切を――』」


魔法の詠唱の開始と同時に。

背後から、足音が響く。靴底を擦る重い音が、迷宮内の闇に溶けていく。

その足音は、近寄ってくるわけでもなく。

遠くなっていく。

慌てて背後を振り返る。


「すまねぇな、旦那!」


――あいつ!

よりにもよって、僕の荷物を持ち逃げしやがった!


「くそっ!」


詠唱は中断された。その隙をついて、魔物の集団が迫りくる。

これらを振り切り、荷物持ち(キャリー)を追いかけるのは至難の業だ。

何せ、僕は一撃でも喰らったら終わりなのだ。背後から武器を投擲でもされたら人格交代をする間もなく死んでしまう。

ここで、倒すしかない。

最速、最短の手段で。


「魔眼解放! 起動しろ、誓約の魔眼(ミリオンガンド)!」


10秒だ。

それで、ケリをつける!


四体のスケルトニア亜種相手にナイフだけで立ち向かうのは無謀だ。

肉を持つ相手なら兎も角、骨だけの魔物は倒す手段が限られている。

ハンマーやメイスで衝撃を与えるか。それとも、魔法で吹き飛ばすか。


本来なら、ナイフで倒すのなんて常識の埒外の行為だ。一体が相手だからできたこと。

ならば、僕の取れる手段は後者しかない。

即ち、魔法だ。


「オールドマギ、全力だ」


魔眼による未来予知。四体の軌道が容易く見て取れる。

昨日よりはマシだが、複数相手の未来予知は脳に相当な負荷がかかる。

大振りの一撃を、次の刺突を見越して最小限の動きで避ける。


「『駆けよ暴風』」


――回避と同時に、詠唱を行う。


これしか、ない。


四体相手の未来予知と回避行動、魔法の位相固定、出力の調整。

それら全てを同時にこなす。

これが、現状の最適解だ。


「『一切合切を――』」


刺突により伸びきった腕を掴み、逆手持ちで黒短剣を抜き放つ。勢いのままに、短剣の柄を魔物の顎にぶち当てる。武器を封じているとはいえ、残った素手での攻撃も脅威だ。


ひとつでもミスをしたら即死に繋がる近接戦闘。動きを止めない限り勝機はない。

人間であれば脳髄を揺らす一撃も、魔物相手では一時的な隙をつくるにとどまる。

怯んだソードスケルトニアを押しのけて、別個体のソードスケルトニアが剣を振り上げ突進してきた。

咄嗟にナイフの握りを持ち替える。


「『――打ち払え』」


詠唱完了。

斬撃を黒短剣で逸らし、斧を振り上げた個体を蹴り飛ばす。蹴撃が僅かだが、攻撃の間隙を生む。

その一瞬を見逃さず、全力で背後へと跳躍。


「『風巻(ヴェンタス)』ッッ!!」


魔眼を閉じ、全力で魔法を放つ。

倒せなくてもいい。距離を稼げれば――!

その間に、あの男を追いかけることができる!


焦慮と憎悪、緊張とがないまぜになった瞬間。


魔導書のページが激しく捲れる音と共に、薄闇の虚空より不可視の暴力が巻き起こる。

局地的な指向性を持った台風。暴風が迷宮の壁をも巻き込んで四体のスケルトニア亜種を飲み込んだ。

間違いなく、過去最高威力。それは同時に著しく魔力を消費したことを示していた。

迷宮の壁を削りながら闇の中へと吹き飛んでいく魔物たち。それを見届けると同時に、僕は背後へと駆けだす。


「『エンド!』くそっ! 追いつけるか!?」


大幅な魔力消費に伴う激しい脱力感を噛み殺し、全力で薄闇の中を駆ける。

あの男は、重量を背負った状態で逃げ出した。純粋な速度であればこちらが勝る筈だ。

問題は、どれだけ距離を稼がれたか。

迷宮の中を出られると、迂闊に攻撃できなくなる。足止めの牽制さえも、だ。

被害者と加害者の関係になった瞬間、こちらが不利になる。

野盗のように、暗がりで仕留めたところでそれまでに荷物を売り払われたらお終いだ。

ここで捕まえるしかない。


「――見つけた!」


走り始めて少し。

外套が翻り、スカーフの尾を靡かせながら駆ける男の姿を捉えた。

強欲にも、一切の荷物を置いていくことなく逃げ出していたようだ。


「お、おい嘘だろ!? 四体だぞ!?」


こちらを振り返った形相が恐怖に滲んでいる。


「『――コール』」


魔導書を再度呼び出す。

あいつ程度、水針(ヴァサナデル)の一撃で殺せる。

詠唱を開始しようとして、ふとオールドマギの言葉が思い出された。



――君は間違いなく、力を得る対価を払っている



……倫理観の欠如。

その通りだ。僕は今、さも当たり前のようにあいつを殺そうとした。

殺す必要性など、ないにも関わらず。

寧ろ、見せしめとして恐怖を刻んだ後に帰した方が良い。僕に敵愾心を抱いている連中への牽制となる。


オールドマギの言葉に呼応するように、古い記憶が蘇る。

大の男たちにより降り注ぐ暴力。幼い僕を抱きかかえる母。肩越しに除く殺意に満ちた眼。

獣じみた濁声。苦痛に歪む母の笑顔。

搾取する者と搾取される者の関係。


僕が当たり前のように行使している力。それは蛇蝎の如く嫌っていた暴力に他ならない。

忘れていた。手段なんて選んでいられなくて。形振り構っていられなくなって。

気が付いたら、取り立ての連中(あいつら)と同じ……いや、それ以上の悪人になっていた。


これが、代償か。


――最も辛い支払いだな。


追想を振り払うように、傍らに出現した魔導書のページが捲れていく。

兎の尾のようにスカーフを靡かせる男の背に向かって右手をかざす。


「『水滴よ、貫け』


「ま、魔法だと……!?」


走りながらの魔法は予想外だったのか、男の顔が引き攣る。

この程度、魔物の攻撃を躱しながら詠唱するのと比べたら児戯にも等しい。


……この魔法は、訣別の一撃だ。


殺しはしない。けれど、躊躇もしない。

容赦加減もなく。僕は代償によって、自分の大事な誓いを破ったことを。

大嫌いな存在になってしまったことを。


――受け容れる。


僕はこれからもきっと、忘れていく。思い出した頃には大事なものを踏みにじっているだろう。


でも、ただひとつ。

母さんの下に帰ること。これだけは、決して忘れない。

だから、今は英雄になるためにも。生きる為にも。

悪人に、徹する。どれだけ無理をしようとも。

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