浅はかな探索者
おはようございます。
探索者組合に顔を出す。
入った瞬間、空気が変わったのが分かった。
探索者が、一様に僕を見ている。
ここでは何ともないように振舞ってはいるものの、心の裡では僕のことを快く思ってはいないのだろう。
グラナを殺したことにより、彼らに不都合が生じたのかもしれない。
まあ、いいさ。迷宮内で私を殺そうというのであれば返り討ちにするまで。
「如月さん! まだ病み上がりですよね?」
「もう何ともないので。治療費を払って財布も寒くなってしまいましたし。稼がないと」
「ですが……!」
「そういうことでしたら、あっしを雇っては如何です?」
全身を外套で覆った男が、突如として会話に割り込んできた。
フードの下から、こびへつらうような双眸が僕を覗き込んでいる。
細長い面に汚い歯並び、身長や体型は僕と大差ない。つまり、この世界に於いて体躯と膂力に恵まれていないことを示唆している。
戦闘力は低いだろう。だとするならば、連携目的の探索者ではなく……。
「荷物持ちか?」
「ええ、ええ。そうでございます。旦那様ほどの御仁であれば、迷宮の魔物程度容易く狩れるでしょう? あっしを雇っていただければ、往復の手間も省けますよ?」
元より、今日は荷物持ちを雇う予定でここに来た。
体裁としては、昨日も雇っていた以上今日も雇っておかないと不自然に思われるかもしれないからだ。
できれば、死体清掃人のナルダが良かったのだが……。
「幾らだ?」
「金貨1枚でどうでしょう?」
ちらりと、受付嬢の方を見る。
「宜しいんですか、そんなに安くて」
相場より大分安いようだ。
それもそうか。荷物持ちとはいえ、迷宮に潜る以上危険は伴う。
命の危険に対して、得られる対価が一般庶民の日給程度では釣り合わない。
「初回だけでさぁ。明日以降も雇って頂けるように頑張りますぜ?」
媚びるような瞳が僕を映す。
「……分かった、雇おう。先に支払っておく」
金貨一枚を渡す。
「前払いとは、気前の良い旦那様だ」
「誠意には誠意で応える。それだけのことだ」
彼の語った言葉が本当であれば、利用価値のある奴だということになる。
それに、彼の提案を断って別の荷物持ちを雇うのはあからさまな悪手だ。不興を買わないに越したことはない。
「支度はできてるか?」
「勿論ですとも」
「じゃあ、行くぞ」
失った分を取り戻し、補填するためにも。
一昨日以上に稼ぐために。
僕は陰気な男を引き連れて迷宮へと向かった。
――――
「……『水針』!」
迷宮内に僕の声が響き渡る。
一昨日よりもさらに深く。僕は迷宮の地下二階に足を運んでいた。
一階と比較すると、この階層では通常のスケルトニアは出現しない。
皆、何かしら武装している。集団で出現するときも同じだ。
耐久力も通常のスケルトニアより高い。同じ魔法を当てても倒れる素振りを見せない。
「――ッ!」
一瞬、追撃の魔法を放つか迷う。だが、剣を持ったスケルトニア亜種……ソードスケルトニアが魔法の一撃によろめいた光景を一瞥して、短剣を抜く。
魔力は有限だ。魔法だけでなく、魔眼の行使にも必要となる。
よろめき、後退するソードスケルトニア目掛けて疾駆する。
「『エンド』!」
左手の魔導書を消し、懐から安物のナイフを抜き放つ。駆けながらの投擲。魔物が無茶な態勢で剣を振るい、短剣を払う。
よろめきざまに、大振りの防御。
――隙だらけだ。
「後ろだ」
骨は所詮、骨だ。
背後に回り、素早く鎖骨を引き抜く。
「――!!!」
耳朶を揺るがす大音声。無機質な身体から生命の危機を訴える有機的な叫びが木霊する。
「うるさい」
ただ、一言。一瞬の動作。
ろくろを回すように、竹とんぼを飛ばすように。
魔物を縊り殺す。
「殺す、というのはちょっと違うか」
殺人と違って嫌悪感は微塵もない。
人が動物を狩るような感覚に近いのだろう。血や肉は残らない。魔法を覚えたての僕が何の罪悪感も抱かなくても道理だったわけだ。
「流石ですね、旦那様……」
背後から、憔悴しきった笑みを浮かべて男が駆け寄ってきた。
「とても病み上がりとは思えないですよ……ほんと」
「痛みはまだ残ってる。万全ってわけではないさ」
「げっ、マジかよ……」
顔の痣に触れながら話すと、男が嘆息を零した。
余人から見ると、常識離れした戦闘力なのだろう。
数日前の僕に、現状の戦闘力を教えても信じてはもらえないに違いない。
急造の力とはいえ、頭の中では追想による鍛錬をしていたわけで……。正直、そんなに驚くことじゃないだろ、と思ってしまう。
オールドマギが言うように、まだ基礎の段階しか習得していない。少しずつ応用を利かせてみてはいるものの、この状態で師匠――オールドマギが教えを請うた相手と戦ったら十秒ももたずに死ぬだろう。
両手同時の投擲はできないし、六本ものナイフの投擲による波状攻撃なんて捌いている間に殺される。視界の死角を自然と突いてくるし、果てには蹴りによるナイフの投擲なんてやってのけるからな。中国雑技団かよ。
道具の使用も有りになんてしたら、ますます勝ち目がなくなる。
絶対にナイフの先端に毒塗ってくる。爆薬も惜しみなく使ってくるだろうな。
……ほんと、よくあんな相手を脅したよな、オールドマギは。
「大丈夫か、まだ持てそうか?」
荷物持ちの男に問う。
武具関連以外は全て預けてある。スケルトニア亜種相手に機動性を欠く要素をなくしておきたかったからだ。
魔石や骨を含めると、相当な荷物を背負っていることになるのだが……。
「いやいや、なんのこれしき。まだいけますよ。それよりも旦那様」
「ああ、来たな」
前方から、斧持ちと剣持ちのスケルトニア亜種が二体ずつ歩いてきている。
「四体か……初めてだな」
今迄は、多くても三体が相手だった。
それを超える集団戦は初めてだ。
「どこまで通用するかな……『コール』」
オールドマギを呼び出す。
戦法は一階層のスケルトニア相手と変わらない。
複数の敵には、集団用の魔法を用いるまで。
「『駆けよ暴風。一切合切を――』」
魔法の詠唱の開始と同時に。
背後から、足音が響く。靴底を擦る重い音が、迷宮内の闇に溶けていく。
その足音は、近寄ってくるわけでもなく。
遠くなっていく。
慌てて背後を振り返る。
「すまねぇな、旦那!」
――あいつ!
よりにもよって、僕の荷物を持ち逃げしやがった!




