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タケルとトオル  作者: みゆき
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脱出!

 熱風はほんの数秒で終わった。気圧差は大したことはなかった様だ。階段の下に炎は来ていない。

 皆が安堵した表情をしたのも束の間、階段の上から炎がチラチラ見えた。

「まずいな。」

 ソウタが呟く。だが轟は冷静に観察しているようで、「大したことないと思うよ。」と言った。

「火が強いのなら、気圧の低いこちらも燃え上がっているはずなのに、チラチラ見えるだけだ。強行突破できるかも知れない。」

 急に頼もしくなった轟に、タケルは驚きを隠せない。

「アンタ、もしかしてすごいやつなのか?」

 そう言った後で、なんとも間抜けな反応をしたとなんだか恥ずかしくなってしまった。

「彼の言うことは信用できるわ。彼の観察眼は本物よ。」

 サエコがそう断言した。

 サエコに褒められて、轟の顔がニヤける。この男はどうしても最後までカッコ良くできない。ここに来て、轟という男の可愛げと言うか憎めない性格に、少しずつ好意を感じる様になったタケルだった。

(最初のあの不気味な感じはなんだったんだろう?)

 タケルそんなことを思う。


 タケルとジュンが先頭に立って、ゆっくりと書斎の方へ登って行く。すぐ後ろに少女を背負ったワタルと藤原、トオルと続いた。

 ミドリを抱えたユウジとキミコのの姿も見える。タカオと少女達もサエコと轟に促され、一緒についてきている。

 ホームシアターの方から、篠山が抵抗しているらしく、ソウタの怒号の様なものが聞こえた。

「さっさと立つんだ!ちゃんとお前を司法に委ねるのだから、死なせる訳にはいかないんだよ!」

 時間がないのに迷惑な奴だと、改めてタケルは思う。

「全く、どうしようも無いな。」

 つい口から愚痴が出てしまう。

「所詮、大したことないんだよ。」

 ジュンも同じ様に悪態をつく。

「今はそれどころじゃないでしょ。」

 トオルが冷静に二人を諌める。本当にその通りだ。今は脱出することだけに注意しなくては。


 先頭の2人が書斎の隠し扉まで来た。書斎は多少燃えているがあまり大したことは無く、なんなく突破出来そうだ。

 タケルは急いで書斎の出口まで行き、外の様子を確認した。廊下も書斎同様大したことはなさそうだ。ただ、玄関は和室から火が回ったか、近寄れそうにない。

「玄関はダメだな。でも廊下はまだ大丈夫みたい。このままリビングの方まで進んでみるよ。」

「分かった。慎重に頼む。」

 トオルが答える。

「任しとけって。順番についてきて。」

 タケルはそう言いながら、廊下を進んだ。


 少し廊下を進んだところで、背後から大きな音とトウコ達の叫び声が聞こえた。

「どうした!」

 タケルは思わず振り返り、叫んだ。

「地下室の天井が落ちた。」

 ソウタが大声で答える。

「大丈夫ですか?」

「ギリギリ大丈夫だ。でもちょっとヤバイな。急げるか?」

 トオルの質問に、ソウタが叫ぶ。

「わかった!」

 タケルは急いでリビングに向かう。

「ここだな。」

 ジュンが隣で確認する。

「うん、開けるよ。」


 タケルは恐る恐るドアを開け、リビングを覗き込み絶望した。真ん中は大丈夫だが、部屋の両端が燃えていたのだ。

「ダメだ。外へ出る窓は火に覆われてる。ちょっと行けそうに無い。」

 タケルがトオルに向かって叫ぶ。

「なんだって!」

「リビングの両端が火の海になってる!」

「くそッ!!」

 珍しくトオルが悪態をつき、続けて質問してきた。

「勝手口はどうだ?」

「キッチンも火が強くて近寄れない。まだ今窓の方が・・・、ダメだな熱で近寄れない!」

 熱の為なのか緊張感からなのか、タケルの額から汗が流れ落ちる。

「ちょっと待て!電波が回復している。外の連中が消防も呼んでいるはずだ。連絡してこの場所を伝える!間に合えばいいが。」

 藤原の声が聞こえた。見れば全員がリビングに揃っている。

「藤原さんお願いします。」

 篠山を抱えるソウタが答える。


 そんな中、今まで一度も声を出さなかったキミコがいきなり笑い出した。

「もうおしまいなのよ、私たち。こんな子産まなきゃよかった。シュウちゃんの言う事なんて信じなきゃ、母さんに嫌味を言われるだけで済んだのに。

 私たちはここでみんな死ぬのよ。もう終わりなんだわ!」

 キミコは、目から涙を流しながら狂ったように笑い続ける。

 タケルはその姿に戦慄する。ミドリのことをなんだと思っているのかと怒りも湧いた。結局キミコは自分のことしか考えていないのだと、ミドリの絶望感が伝わる様に感じた。


 ユウジが、トウコとエミリにミドリを頼み、キミコの側へ寄った。

「何よ!あなたはなんで、ミドリに愛情を持つことが出来るのよ!私はこんなに苦しいのに!」

 キミコが言い終わるか終わらぬうちに、ユウジがキミコの頬を思い切り張り倒した。キミコはよろけ、床に倒れる。

「お前、何を言っているのか分かっているのか?ミドリは俺達の子供に間違いないだろ。お前の苦しみを理解しているつもりだったから、お前を許していた。でも・・・これ以上ミドリを苦しめるのなら・・・たとえお前でも・・・。」

 ユウジはそこまで言って、声を詰まらせ泣いた。


「パパ、もういいよ。

 ママが私を愛せないで苦しんでるのなんか、小さな頃から知ってたし、もう慣れてる。いつか私を愛してくれると思ってたけど・・・。もういい。

 もうママに遠慮なんかしない。もうママなんていらない!」

 ミドリはそう言い切った。

 キミコは最初なぜかキョトンとした顔をした。やがて、ミドリのキミコへの決別の言葉だと気付いたのか、みるみるうちに顔が歪み嗚咽を漏らし始めた。

「キミコ、お前はミドリが何をしていても自分から離れないとでも思っていたのかい?自分は受け入れる事が出来なくても、ずっと側にいてくれるというのは、あまりにも虫が良すぎる。お前からミドリを解放してやってくれないか。」

 一転して、ユウジが優しくキミコを諭した。

 キミコは少し間を置いてから。コクリと頷く。なぜか少しホッとした様に見えるのが不思議だった。

 多分、ユウジはずっとキミコとミドリを別々に守って行く覚悟が出来たのだろう。そんなユウジの覚悟に、タケルは畏敬の念を感じる。


 サエコがそばに来て、タケルとトオルだけに聞こえるように言った。

「ミドリはキミコさんに自分なりの裁きを下したんだと思う。・・・そして、キミコさんもミドリから断罪されることで、もしかしたら今までの罪悪感から解放されたのかもしれない。悲しいけど、こうするしか彼女達は楽になれなかったのかも知れないね。」

 サエコの言葉にタケルも涙が出てくる。でも、ミドリ達が納得するならこうするしか無かったんだと思った。


「火が狭ばってきている。」

 エイミが叫んだ。

 高温の空気が身の回りを包む。息を吸う度に喉がヒリヒリする。

「間に合わんか・・・。」

 藤原が無念そうにそう言った。

 今まで、あんなにここで死ぬんだとほざいていた篠山が「助けてくれ!」と喚き、ソウタに「うるさい!」と頭を叩かれる。

 タケルは、意外と冷静で、外からの救援の音が聞こえないか耳を澄ましていた。


 とても長い時間が過ぎた様にも思ったが、多分10分も経っていないのだろう。勝手口のあった通路側から、バタバタと音が聞こえた。奥の庭の方へ進んでいるのが分かる。

「助かるぞ!救援が来た!」

 タケルは叫んだ。同じく音が聞こえたのか、みんなの顔に安堵の表情が浮かぶ。 

 しばらくして、奥の窓ガラスが破れる鋭い音が聞こえ、消防隊員の「ここにみんないますかー?」と言う声が聞こえた

 「ここにいるぞ!」

 藤原が大きな声で答えた。

 やがて、消防隊員による消火活動でリビングから出る通り道が出来、全員が無事に外へ出ることに成功した。


 脱出してみると、先に外に出ていた塩尻が警察に確保されていた。篠山も同じように確保される。

 塩尻は「俺は騙された。」と泣き喚き、篠山はひたすら、ブツブツと小声で呪詛のような言葉を吐いている。

「タカオ、あんな詰まらない奴らを恨むなんて時間の無駄だと思わんか。俺がお前達の後見人になる。ちゃんと自分の力で生きていけるように、なんでも協力する。だから、あんな奴らの事は気にするな。深山君、君も協力してもらえないかな?」

「もちろん!なんでも仰ってください。」

 藤原言葉に、ソウタはニッコリと笑いそう答えた。

 タカオは素直に、「わかりました。よろしくお願いします。」と答えた。

 緊張なのか安心感なのか分からないが、タカオの目から涙が流れていた。

(いや、多分これは解放感なのだろう。)

 タケルはぼんやりそんなことを考えた。


 空はもう薄っすらと明るくなっている。みんな疲れ切っていたが、安堵感からか穏やかな顔をしていた。


 次の日、ミドリはユウジと一緒に、深山家へ挨拶しに来た。あの後すぐに病院で処置してもらい、怪我はもう心配ないそうだ。サエコの言っていた傷跡もそんなに目立たなくなるだろうと、嬉しそうにトウコへ報告していた。

 ユウジも深山家の皆に感謝し、「安心して村へ戻れます。飯島夫妻を始め、村の人達に報告しなくては、みんな本当にミドリのことを心配してくれたんです。」と言った。

「みんなによろしく言っておいて。本当ありがとう、もう心配ないからって。」

 ミドリがユウジにそう言った。穏やかに笑うミドリの姿が嬉しい。


 火事から3日後、ユウジとキミコは17村へ帰った。

 サエコも早く戻りたかったが、事情聴取が手間取り、1週間後にやっと村へ戻る事が出来た。

 村に帰る前日、深山の家で送別会があった。

 やっと問題解決の方向性が決まったので、和やかな時間にみんなは心から楽しむ事ができた。


「あの時は何があったのか分からず、一人で不安でしょうがなかったわよ。」

 ユミにそうお小言を言われ、全員で謝罪する場面があった。みんなが頭を下げる光景にユミが吹き出して許してくれたが、「でも、もう一人で心配するのはもう沢山ですからね。」と釘を刺すことは忘れなかった。

 ソウタが首をすくめて。「絶対にしないと誓うから。」と言う姿がなんともユーモラスでユミはやっぱり大笑いした。

 

 火事から1ヶ月経ち、藤原とソウタは研究所の説明と部下の不始末の釈明に追われ、忙しい日々を送っている。

 研究の内容が内容だけに、年配者の多くは研究のことを激しく非難したが、意外にも30代ぐらいの比較的若い世代に、研究の意義は評価された。やはりこのままでは人類が長く持たないことへの危機感が大きいらしい。

 おかげで、研究所の全容を全て公開すること、研究内容の為の法律の制定を急ぐことを条件に、ソウタは世間から許される形となった。


 轟は責任を問われ研究所から追放されそうになったが、轟の頭脳をこのまま置いておく事はできないとアドバイザーとして残ることになる。

 今までの権限は全て剥奪されたが、元々そんな事に興味のない轟にはどうでも良い事だった。

 藤原は責任を負い、政界からの引退を余儀なくされた。

 意気消沈しているのでは無いかと心配しタケルが連絡を入れると、藤原は意外にも元気な様子で安心した。

 研究所で産まれた、タカオや少女たちの今後の生活のために尽力を注ぐんだと笑っていた。


 ミドリは新京市に転校することにしたようで、トウコ達と同じ学校を選んだ。トウコとエイミも、新しい友達を大歓迎しているようだ。

 昔からの親友のように3人は仲が良い。ミドリが心から安心して、たわい無い話に盛り上がっている様子を見ていると、タケルはなんだか感慨深い気持ちになる。


 後始末に忙しそうな大人達を尻目に、タケル達はやっと日常を取り戻すことが出来た。

 でも、あの夏休みの終わりにあった数日間は、タケルの将来に対する考え方を大きく変えることになる。それは間違いないようにタケルは感じた。




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