ホームシアター4
上の方から、微かに地響きのような音がした。最初、気のせいかと思ったがトオルの顔が怖いぐらいに緊張している。
「トオル、あの音が聞こえたのか?」
タケルは思わずトオルに聞いた。
「うん、タカオ、この地下の防音は完璧で上の音はまるで聞こえない筈なんだよな?」
「その筈ですけど・・・、もしかしたらアイツ・・・。」
トオルの質問にタカオが不安そうに答えた。
「アイツって、塩尻の事か?奴は何をしようとしている?」
藤原がまるで孫に言い聞かせるようにタカオに聞いた。
「いえ・・・、あの・・・、」
今までのタカオでは考えられないほど狼狽えている。
「いいから、塩尻さんは何をしている。」
トオルがタカオを促す。
「屋根裏に、ちょっと細工していて・・・。」
口ごもるタカオの代わりにミドリが答える。
「屋根裏に発火装置を仕込んでいるのよ。いざという時のためにね。まあ、本気で使うつもりも無かったけど。
塩尻さんは大袈裟だって怒っていたけど、タカオが保険だって言って装置を作ったの。でも・・・、まさかの本当に・・・。」
ミドリがそこまで言った時、上の方から明らかに大きな音が聞こえた。ドンっと低く響く音にトウコたちが怯える。
「上が火事になっているだと?」
藤原が焦った様に聞き返す。
「ここはしばらく大丈夫だと思うけど・・・時間の問題かしら?」
「どう言うこと?」
ミドリの言葉にトオルが反応する。
「ここも燃えるように、タカオが設計してる。燃える時は跡形も残らないようにって。」
「なんだって?」
タケルは、思わず叫ぶ。
「早く避難しなくちゃ。」
タカオが顔面蒼白になって、「まさか本当に火をつけるだなんて・・。」と呟き、そしてタケル達に向き直る。
「ここが燃えるような時は、僕も死のうって思ってたんだ。だから・・・僕はここに残る。ミドリさんとこの子達は一緒に連れて行って。」
タカオは半笑いになってそう言った。なぜそう言うのかタケルには理解出来ない。
「バカ!一緒にお前も行くんだよ!!」
タケルは叫ぶ。
「ここを出てどうするってのさ?僕はもう疲れたよ。もう・・・、」
タカオが言い終わらないうちに、バチッと乾いた音がする。ミドリがタカオの頬を打った音だと気づくのに数秒かかった。
「タカオ、何言ってんのよ!!グジグジ言ってないで、さっさと行くよ!!」
子供の頃の、気が強く正義感にあふれたミドリの姿がそこにあった。
「トオル、ここからどうすれば良いと思う?アンタ頭が良いからどうにかできるんじゃない?」
ミドリの態度に昔の記憶が蘇ってくる。
「すぐに何とかしろだなんて、無茶振りもいいところじゃない?」
そう言いながらも、トオルはトオルで何か考えている。
こんな感じでいつも俺たち一緒にいたんだなと、タケルは嬉しくなる。そして昔のように強引に進もうと提案した。
「とりあえず、ドアの向こうに行って様子見てこようか。」
「アンタ、本当に考えてないよね。慎重って言葉知らないの?」
すかさずミドリからツッコまれる。「何だと!!」と言いながらも、懐かしさと嬉しさで笑顔になる。
周りの人間は3人のやり取りを、ポカンと眺めていたが、やがて我に帰ったようにジュンもニヤリと笑い参戦してきた。
「お前ら、本当に仲が良かったんだな。現実的にドアを開かなきゃどうにもならないけど、タケル、一緒に先陣切るか?」
「コラっ!!子供だけで危ないと言っているだろう。バックドラフトとかなったらどうする気だ!無茶な事ばかり思いついて!今、救助要請するから待ってろ!」
ソウタが我に帰ったのか、慌てて無鉄砲な子供達を嗜める。
「さっきから電波届いてないよ。大丈夫!俺達ならなんとか出来る!そう思えてならないんだ。」
タケルがそう答えた。
「この家は木造だったよな?タカオ。」
トオルがタカオに確認すると「そうだけど・・・。風の通りがいいから火がよく回るんだ。」と答えた。
「本当に頭が良いんだね。そんなところまで計算してたわけ?これでバックドラフトの心配は計算しなくても良いはずだね。そこのバーカウンターに水道はついてるの?何か厚手の布を濡らして先頭に行く人間が、素早く避難路を確保できる様にしたいんだけど。」
「付いてるわ。」
トオルの問いにミドリが短く答えた。
「よし、じゃあ、そこのスクリーンにかかっているカーテンを下ろして水で濡らそう。早くしないと火が回って水道が使えなくなるといけない。」
タケルは話し終える間もなく、ジュンとソファーの横にあるテーブルを動かし、カーテンを下ろし始めた。
「バケツみたいなのある?」
トオルがタカオに聞く。
「ワインを冷やすための金属製のなら・・・。」
タカオが答える。
「じゃあ、それ使おう。みんなに水をかけてびしょ濡れにするんだ。」
トオルが、そう提案した。
「すごいチームワークだな。深山先生、俺たちもやりましょう。子供達に負けられない!」
ユウジが呼びかける。
「そうだな。ここから早く脱出しなければ。みんな、絶対ここから出るぞ!」
ソウタも、早速バーカウンターの方に行き、バケツを見つけそこに水を溜め始める。
そこへタケルがカーテンを持っていき、カーテンを水で濡らした。撥水性でなかなか水が染み込まない。
「そのカーテン、もしかして防火性高いんじゃない?どうなのタカオ?」
「多分、あいつの父親が作ったから確証はないけど。」
タカオもみんなの雰囲気に飲まれたのか、素直にミドリの質問に答える。
「ここにライターがあるから、端っこの方で確認しよう。」
藤原が自前のライターを差し出した。ライターで炙ってみたところ、燃えそうな気配はない。
「大丈夫そうだね、じゃあ、このまま使おう。」
トオルは少し満足げにそういった。
「ワタル!このバケツで全員に水をかけろ!俺は他に何か使える物が無いか確認する。」
ソウタはそう言って、ユウジと共に部屋の中をくまなく調べ始めた。
「わかった!」
ソウタの指示にワタルも急いでソウタの元へ駆け寄り、バケツで水を浴びせようと準備した。
みんなが一丸となり動き出そうとしたその瞬間、パンッと乾いた音がした。
慌てて音のした方を見ると、少女の一人が左の腕を押さえてうずくまっていた。篠山が小さなピストルを持ちこちらに構えている。
「しまった!やっぱりこいつも持ってたんだ!」
タケルが叫ぶ。そして、沈黙と緊張がその場を支配する。
「もう終わりなんだよ!!みんなでここで死ぬんだ!俺が天国へ送ってやる!」
そう言う篠山の目は完全に座っていた。
「何を考えている。そんなことしても何もならないだろう?無駄なことは辞めるんだ。」
「うるさい!」
ソウタの言葉に篠山は怒鳴り返し、うずくまる少女に向けてとどめを刺そうと銃口を向ける。
「危ない!」
ミドリが反射的に少女を庇う。そして、銃声がなり、今度はミドリが倒れた。
タケルは何が起こったのか、一瞬理解出来なかった。ミドリが倒れているのに現実感がない。しばらく呆然と立ち尽くすことしか出来なかった。
その横をトオルが飛ぶように篠山に突っ込んでいくのが見えた。そして驚く篠山の右手を思いっきり蹴り上げた。
篠山の手からピストルが飛び上がる。ワタルがすかさずピストルを受け止めた。
「タケル!何してる!、早くこいつを抑えるのを手伝って!」
トオルにそう言われ、タケルはやっと我に帰り篠山を押さえつけた。
トオルが篠山の親指を例の結束バンドで縛り上げる。毒気を抜かれたのか篠山は暴れるのをやめたが、「もう終わりなんだよ。ここで死んだ方が良いんだ。」とブツブツ呟いている。
「うるさいよ!あんたの勝手な妄想で殺されてたまるか!」
タケルは心から鬱陶しく思う。
篠山は悪態を吐くことを止めようとはしない。
「ほっとけよ。それよりここから出るんだ。全く時間が無いのに良い加減にして欲しいよな。」
ジュンも篠山にかなり苛立っているようだ。
タケル達が篠山を押さえつけている間、サエコがミドリへと駆け寄った。
ミドリはサエコの質問にハキハキと答えている。ショックが大きい様だが意識はしっかりしている様だ。慌てて側に来たユウジも意識があることに安心し、「サーちゃん先生がいるから、大丈夫だよ。」と優しく声をかけていた。
「脇腹に銃弾を受けたようね。出血具合から内臓には行っていない。でも・・・深山君!私のカバンを取って!」
「はい!」
サエコの言葉に、ソウタは急いでカバンを手に駆け寄った。
「中に止血用のガーゼとテープが入っている。出したら、その子の手当ても頼む!」
サエコの指示に、「分かりました。」とソウタが応じる。
二人は、救急外来にてコンビを組んでいたことがあったと聞いた。その時もこう言う感じで患者にあたっていたのだと思われる。
緊急の手当てを終えて、少しホッとした様にサエコが言った。
「ちょっと傷跡が残るのが可哀想だけど、大事には至らないと思う。ここから出てレントゲン取らないと断言はできないけど・・・。深山君、そっちの子はどう?」
「こっちは、掠っただけで大丈夫ですね。ちょっとショックが大きかったみたいですけど、そのうち落ち着くでしょう。ワタル。この子をおぶって脱出できるか?」
「分かった。大丈夫だよ。」
ワタルはそう答えた。
手当ても終わり、これから脱出しようとなった時、今まで空気の様に黙っていた轟が質問して来た。
「タカオ君、屋根裏のどこに発火装置を設置したんだい?」
「えっと、燃えやすい和室の上に配置してます。和室だとここへ燃え移すのにも好都合かなって。
みんなでここで・・・、死ぬのが良いのかなって・・・ごめんなさい。」
タカオが素直に答えた。まるで、ただのイタズラのつもりが大事になって困っている様にも見えた。こうして見ると年相応の子供にしか見えない。今までどれだけ気を張っていたのか、タケルは心からタカオに同情する。
「うん、イタズラするのは良く無いよね。でも反省したんならもう良いんじゃない?」
轟の発言はこんな時でも、飄々としている。彼に焦るという概念はないらしい。
「トオル、ここの壁は珪藻土なのかな?とにかく塗り壁だから耐火性はあると思う。だから、リビングに逃げる方が良いと思うよ。
後、階段あたりで僅かにこっちへ向かって空気が流れているように感じたんだ。気圧が違うのかもしれない。ドアは慎重にゆっくりと開けるんだ。」
トオルに的確に指示を出す轟の姿に、皆が驚きの目を向ける。
「分かりました。」
そう答えるトオルの姿に、普段からの二人の信頼関係はタケルが思っている以上に深いのかも知れないと感じた。
トオルはカーテンをドアの前に掲げ、タケルにドアを少しずつ開けるように促した。
タケルは慎重にドアを5センチほど開ける。熱風が顔に当たった。




