ホームシアター1
「あなたは、ユウジおじさんや深山先生に対してコンプレックスを持っていたのではないですか?第一学校時代のあなたは、リーダー的立ち位置にいたと大庭先生に聞きました。」
知らない話にタケルは驚いた。
「えっ?俺らそんな話してたっけ?」
「ここに来る前に、僕も大庭先生にコンタクトして色々教えてもらったんだよ。篠山さんの学生時代の話をもう少し詳しく知りたくて。」
トオルはニコリと微笑みそう答えた。ほんとに抜かりない。
「でも、人を引っ張っていくタイプには見えなかった様ですよ。仙台にいた頃のユウジおじさんのようになりたかったんですかね。」
トオルに指摘され、篠山は顔を赤くして体を震えさせた。そして「うるさい!」と叫ぶ。トオルは確実に篠山を追い詰めている様に見える。
「お前みたいなガキに何がわかる!」
怒鳴りつけてくる篠山の大声にトウコがびくりと硬直する。
「基礎学校時代の篠山さんは神童だと言われていたみたいですね。キミコおばさんが言ってましたよ。親戚一同からずいぶん期待されていたと。それが仙台の応用学校に行ってから、周りの人とあまり変わらない自分を認めざる得なかった。特にユウジおじさんの存在はかなりプライドを刺激されたんでしょうね。
新京市に出て来てゼミとの相性が良く、塩尻さん様な格下認定できる様な人物にも恵まれて、もう一度お山の大将になれたのに、就職してから渡辺氏や深山先生に出会って、また自分の小ささに直面してしまった。」
トオルがわざと意地悪くそう言った。渡辺氏とはトウコの父親の事だ。村に帰っている時でも、トオルはかなりいろんなことを調べていた様だ。
「そりゃ、悔しくてなんとか世間に一矢報いたいって思った事でしょうね。」
トオルは何処まで篠山を追い詰めるつもりなのか?いや、トオルは自分の怒りを制御出来ていないのだとタケルは気が付いた。一方、篠山も怒りが沸点を超えたのか、目に涙さえ浮かべている。
「トオル、もういいからその隠し扉から地下へ行こう?」
タケルがそう促すと、トオルはハッと我に返ったようで今にも泣き出しそうな顔でタケルを見つめてきた。
「トオル・・・。」
トオルのそんな顔を見たことが無かった。タケルまで泣きたくなってくる。
「そうだね。塩尻さんその扉を開けていただけますか?」
「わかった・・・。」
塩尻は力無くそう言い、立てかけてある本をまるでパズルを解くように動かした。
やがて、カチャリと軽い音がして本棚の真ん中あたりが浮き上がり、引き戸のように右へとスライドした。
扉の奥は2メートル四方ぐらいの小さな部屋になっていて、左手に下へと続く階段が見えた。塩尻は一度後ろを振り返りそのまま階段を降りていく。タケル達も静かにあとへと続く。
一番後ろに、篠山がブツブツと独り言を言いながらついてくるのが見えた。
階段は一度折れ曲がり、思っていた以上に長かった。下は小さなホールのようになっていて、階段と向かい合うように少し大きめのドアが見えた。
「親父が趣味で作ったシアタールームです。道楽好きの親父は毎週末に友達を呼んで映画を見たり、上にあった座敷で酒を飲んだりしてました。」
なぜか恥ずかしそうに、聞いてもいない事まで塩尻は説明した。
「随分羽振りが良かったんだなあ。」
感心したのか呆れたのか、藤原が間の抜けた声でそう言った。
「まあ、見栄っ張りな人でしたよ。」
塩尻はそう言いながらシアタールームのドアを開いた。
シアタールームはかなり広く豪華な作りになっていた。
部屋に入って左手の壁に大きなスクリーンがあり、向かい合う形で一人がけのソファーが4席ずつ2列並んでいた。部屋には段差が2箇所あり、後ろのソファーに座っても前の席が邪魔にならないようにされていた。まるで映画館のようである。 一番奥の高い場所には広い空間が用意され、中央には一段と華やかなソファーセットと角にはバーカウンターまであった。
あまりの豪華さに一同唖然としていたが、奥のソファーにタカオとミドリそしてミドリの取り巻きらしい5人の少女達が座っているのを見つけた。
「思ったより遅かったですね。」
タカオがこちらを振り向き、微笑みながらそう言った。
「ミドリ!!」
ユウジがミドリに呼びかけ、そばに駆け寄ろうとした。
「パパ!なんでここに?」
ミドリが驚いたようにユウジの声に反応する。しかしすぐに、「来ないで!!」と拒絶した。
「バカなこと言うな!お前を取り戻しに来たんだ。来るなと言われて、分かったなんて言えるわけないだろ!」
ユウジは心から叫ぶように呼びかける。ミドリも泣きそうな顔になる。そして、それを見守るタカオの顔が印象的だった。
「タカオ、お前も我慢することないんだよ。こんな大人達の愚かな陰謀に振り回されること無いんだ。」
タケルは心からそう思うし、そのままをタカオに伝えた。
「そんなに簡単に割り切れるぐらいなら、苦労しませんよ。」
タカオは苦笑いする。
「そうだよな・・・。」
無責任なことを言ったと後悔するが、ジュンはタカオに喰い下がる。
「割り切らなくても、嫌な大人から逃げ出すぐらいできるだろ?俺はお前と友達になるのに問題ないないぜ?」
タカオは顔を歪ませて、「なんで、そんなに僕の事も気にかけようとするの?」と言った。
「お前が俺たちにSOSを出したからだろ?そこにいるミドリちゃんもそうだ。自分でがんじがらめになる事ないじゃないか!」
ジュンがそう叫ぶ。
「タケルやトオルだってそうさ。もしかしたら自分たちは普通じゃないって思う事だってあるかも知れない。でも、さっきトオルが言ってたじゃないか。心があるから幸せな方に向かうだけだって。俺もそう思うぜ。俺ら気が合うじゃないか、だから・・・。」
支離滅裂ではあるが、ジュンの言わんとすることは分かる。
さっきのトオルの態度がショックだった。いつも冷静に先を読んで、抜かりなく物事を進めるのがトオルだと思っていた。
でも、トオルの弱さは前から知っていたような気がする。
何も言わず自分だけで全てを決めていくトオルに、なぜ相談してくれないのかともどかしさを感じていたが、腹が立つことはなかった。いつでも加勢できるように側から離れないようにしていただけだ。
タケルが役に立つようなことはなかったが、「横に味方が居るだけで、勇気が出る。」とトオルに言われたことがあった。うまく言えないけど、助けてもらうことができないのがトオルの弱さなのかもとタケルは思った。責任感というのとも少し違うし、信頼されていないのとも違う。
その気持ちを表せる言葉を、タケルは知らない。
「ふん!みんなで青春ごっこか。こんな時に呑気なもんだな。」
いつの間に冷静さを取り戻していたんだろう、篠山が鼻で笑った。
「だって私はまだ17歳だし、その子達なんてまだ子供よ。青春ごっこじゃなくて、青春そのものなんだから。」
今まで黙ってたエイミが突然話に加わった。
「おじさん、あんたは学生時代からそんなしょうもないことばかり考えてたの?もっと友達作るとか、一人でいたとしても自分の将来に対してワクワクする事とか、考えることはいろいろあるでしょうに。お山の大将になる事だけに固執するなんて、つまらない学生だったのね。」
エイミは心底呆れたと、付け加えた。
篠山は明らかに不機嫌になり、「本当に・・・。」とトウコが同意すると、顔をますます歪ませた。
「トウコちゃんのことを本当に大事に思ってたんですね。まさか、赤ちゃんの頃から自分に懐いてくれて、自分の自尊心が満たされてたと言うことは無いですよね?」
今日のトオルは本当に容赦しない。徹底的に篠山を追い詰める気のようだ。
「うるさい!!そんな訳ないだろう!」
篠山はまた激昂し始めた。正気を失っているようにも見える。それでもトオルの追撃は治らない。
「僕はね、絶対にあなたを許せない。勝手に僕らを産み出しておいて、アイデンティティを全て否定する。
あなたのつまらない自尊心のために僕らが産まれたと思うと、やるせ無くて悲しくなる。しかも塩尻さんや研究室の人達で、まるでタカオやミドリを化け物扱いしていたんですよね。本当に許せない!」
「そりゃ化け物だろう?何を考えているのか分からないし、頭が良いのか知らないが、勝手な行動ばかりしてこちらの計画を無茶苦茶にする。全く扱いづらい!」
篠山はそう怒鳴った。
「そりゃ、あなた達より頭脳が優れてますしね。あなた達の無茶苦茶な計画が愚かだってことぐらいすぐに分かります。そんな愚か者の仲間になりたくないじゃ無いですか。
都合良く利用出来そうな子どもや、高所得者にペット扱いされるような子供を作ろうなんて、昔の特撮ドラマの悪の組織も考えないような、馬鹿げた計画ですよ。
何度も言いますが僕達にも心があるんです。どんなに言う事を聞かせようとしたって、無理ですよ。」
トオルはわざと篠山を怒らせているようにも見える。
「うるさい!生意気なんだよお前らは!どいつもこいつも俺をバカにしやがって!!」
まさに怒髪天を突くとはこの事かと仁王立ちになり声を震わせながらも、篠山は叫んだ。
「あなたは、いったい誰に復讐したいんです?」
トオルは完全に冷静に戻ったようで、微笑みさえ浮かべながらそう質問した。
「えっ?」
篠山は一瞬不意を突かれたように固まった。
「復讐ってなんだ?」
藤原が意地の悪そうな顔をして、口を挟む。
「自分でも分からないんでしょうね。それが分かれば、篠山さんもこんなバカなことしなかったんでしょうがね。」
トオルが呆れたようにそう言った。
「お前は何が言いたい!」
篠山がイキリ立つが、トオルは冷たく言い放った。
「もういいですよ。これ以上あなたを怒らせても仕方ない。あなたの話はもう十分です。」
歯軋りする篠山をよそに、トオルはミドリへと向き直る。
「ミドリ、こんなヤツの話に乗るほど辛かったんだ。一人で罪悪感に苛まれて、そりゃ楽しそうにしてるタケルに八つ当たりもしたくなるよね。」
トオルは優しく笑いながらそう言った。




