キミコの告白
キミコの独白が始まった。
「私は母を始めとして親類みんなから、『一族の女は、みんな子供を自然妊娠で産む。』と教えられて育ち、私も大人になれば早く子供を産まなければと思ってました。」
そう話し出したキミコは、眉間に皺を寄せ少し苦しげにも見えた。
「この人と結婚してからは、母から頻繁に子供はまだかと連絡が来ました。私も早く欲しかった。友達の何人かが避妊治療をして子供が授かったなんて話もちらほら聞こえてきて・・・本当に私は焦っていました。
シュウちゃんのお父さんが、母達を諌めてくれていた話を後から聞いたのですが、そんなことはお構いなく母はなぜ自然妊娠が出来ないのだと私を責めました。
そのうち、いっそ避妊治療をしてもいいから早く子供を産めと言ってくる様になったのです。」
キミコはここで一つ、小さなため息を吐く。
「この人と相談して避妊治療を始めましたが、結局3年以上いい結果は出ませんでした。」
キミコはユウジを目で示しながら話を続ける。
「ある日シュウちゃんから連絡が来て、『まだ臨床試験が始まったばかりのプロジェクトがある。知り合いがその被験者を探しているんだが、応募してみないか?』と誘われました。
どうも、シュウちゃんがジャーナリストになったことを知った母が、避妊治療の情報がないかと聞いていたみたいです。
主人は少し疑っていて、慎重に決めた方が良いと言いましたが、母はその話に食い付いて私に実験に参加するようにと言ってきました。。私も一刻も早く子供を産みたかったので、主人を説得して実験参加を決めました。」
キミコがこんなに長く話すのを見た事がない。タケルはそう思い様子を見ていると、キミコの目に薄らと涙が光った。
「おばさん、大丈夫?」
心配になり、つい声をかけた。
「タケル、ありがとう。でも、キミコは話さなくてはいけないんだ。ミドリの為にも、自分自身の為にも。」
ユウジがそう言った。
トオルとサエコも静かにキミコの事を見守っている。タケルにもう何もいう事は無い。
「シュウちゃんに紹介してもらった塩尻さんは、なんだか頼りなさそうで不安にはなりましたが、もう後には引けません。それにシュウちゃんも一緒に説明を聞いてくれるというので、覚悟を決めて臨床試験に臨もうと思いました。
簡単な検査をして卵子と精子を採取した後は、もう結果を待つだけだと言われました。
あまりにも呆気なくて、もしかしたら詐欺に遭って騙されているんじゃないかと不安になりましたが、その日はそのまま返されました。」
「えっ?篠山さんも一緒に検査へ行ったの?篠山さんは後から聞かされたって言ってたけど。」
タケルは思わず口を挟む。些細な違いが妙に引っかかる。
「一緒に行ったって言い難かったんじゃないのかな。その頃にはもう渡辺さんが研究所のことを怪しんでいたからね。紹介してただけでもおかしいのに、検査まで一緒に行ったなんて言いにくかったんでしょ。」
トオルは冷静に分析する。
「後日シュウちゃんから連絡があり、夫には内緒で実験結果について話したい事があると呼び出されました。
指定されたカフェに行くと、シュウちゃんと塩尻さんがいました。
塩尻さんは、私たちの卵子と精子は使えないと言いました。どんなに手を尽くしても受精することは難しいと。そして、完全人工ゲノムの開発ができているのだけど、そちらの実験に参加してみないかと打診されました。
シュウちゃんは、『おばさんには絶対話さない方が良い。』と言いました。私も自分の子供が望めないと知った時の母の対応が恐ろしくて、同意しました。
続けて、『ユウジさんは研究所への不信感が拭えていないようだし、もしこの実験に参加するならユウジさんにも内緒にして、上手く着床できそうだと言った方が良い。』とアドバイスをもらいました。
最初何を言っているのかわかりませんでしたが、妊娠出来ないなんて母には言えないし、だからと言って確実に妊娠できるとは言え、実験のことをこの人に言っても反対されるだけだろうし・・・私は本当にその時は追い詰められていたんです。
だから・・・だから結局、誰にも内緒で完全人工ゲノムの子供を産むことを決心しました。」
キミコはそこまで言うと、少し過呼吸気味にぜいぜいと肩で息をし出した。ユウジはそんなキミコを同情するように見つめ、肩を抱く手に力を込めて自身の心境を語った
「俺が、もっとキミコの事をちゃんと理解していればと悔やんでいる。
しかし、ミドリの誕生は本当に嬉しかったんだ。裏切られた形になったけど、ミドリが生れたことに関してはシュウジ君や塩尻氏のに感謝しているぐらいだ。」
ユウジは、何があろうともミドリへの愛情は変わらないと断言した。
(それにしても、篠山さんは最初から何か企んでいたんじゃ無いか。)
タケルはますます篠山のことが許せなくなってきた。
ユウジの言葉でキミコはとうとう泣き出してしまった。それでも深呼吸をして息を整え、話の続きを語り出した。
「ミドリがお腹の中で安定して育ち出した時、私は嬉しいと言うよりホッとしたと言うのが正直な感想でした。
お腹が大きくなってくると、主人は赤ちゃんをとても楽しみにするようになってきました。研究所への不信感が消えた訳ではないが、『お腹に赤ちゃんがいると言う事実は、嬉しいことだ。』とこの人は言ってくれました。私はその言葉を聞いて罪悪感で息が詰まりそうでした。 そして、ミドリが産まれたのです。」
そこまで言うと、キミコは落ち着きをとりもどどしたようだ。
全てのことを受け入れる覚悟ができたのかも知れない。カメラ越しに真っ直ぐこちらを見ている。
「私は母親失格です。ミドリへの愛情よりも、この人に対する罪悪感の方が勝っていた。ミドリの早熟すぎる知能も怖かった。
ミドリに対する私の態度に気づいた夫は私を責めもせず、私の代わりになるようにとより一層の愛情をミドリに注いだ。それを見てまた私は罪悪感に陥る・・・まさに悪循環でした。」
キミコの息がまた荒くなってきた。話は核心部分に迫っているのだろう。
画面越しに映る4人の緊張感がこちらにも伝わってくる。タケルも緊張のため、無意識に手を握りしめていた、
「村の皆さんがどう思っていたのかは知りませんが、我が家はかなり歪でした。
家の中で、私はミドリに話しかけることはほとんど無く、そんな私に対してミドリは反抗するでもなく、いつも何か言いたげにこちらをを見てくるだけでした。
この人はわざと明るくミドリへおどけて見せたりして、場を和ませようとしてくれましたが、私は黙ってその場を離れるのが常でした。
ミドリは私を恨んでいると思いますよ。」
キミコの告白で、こちらまで息苦しくなる。
「でもミドリは、ママはいつも微笑んでいるって言ってたよ。」
タケルはミドリの言葉を思い出した。
「そうですね。せめて微笑んでいないと・・・家族で居られなくなるのではと怖かった。本当に自分勝手ですよね。私。」
「俺らが一緒にいる時は普通に喋ってたじゃん。そりゃ言葉数はかなり少なかったけどさ。」
タケルがそう言うと、キミコは一層申し訳なさそうな顔をした。
「私のこの態度が、夫の仕事に影響を与えたくはなかったです。つまり外面を気にしたんですよね。」
自虐的に笑い、キミコは続ける。
「本当にひどい母親です。外では無口ながら優しい母親を演じていた。ミドリに恨まれても仕方ないのに・・・あの子は私に合わせてくれた。もうどちらが親なのかわかりませんね。」
キミコはそこまで言って、まるで呆けたかのように黙ってしまった。
「村の人から見たら幸せそうに見えただろうが、実態はこんなもんだよ。」
ユウジが力無く笑う。
「ミドリは、僕らが思っている以上にフミカに依存していたのかも知れないね。だから、フミカが死んでからの孤独感は想像を絶するもんだったと思うよ。」
トオルがそう言うと、キミコは小さく悲鳴にも近い声を出した。
「だからと言って、キミコおばさんがミドリに愛情のかけらもなかった訳じゃないんだろ?」
タケルは堪らずそう叫んでいた。ミドリが可哀想すぎる。
でも、キミコから愛情の気持ちは伝わってはこなかった。
「ミドリのことを疎ましいと思っている訳ではありません。でも愛情があるかと問われれば、分からないと言うのが本音です。
なぜ、自分がこんな目に合わなければと言う気持ちの方が強いのかも知れません。」
「そんな、ひどいよ!」
タケルは激昂する。
「タケル、落ち着いて。」
サエコが言い聞かせるように話しかけてきた。
「キミコさんも、混乱しているの。自分の気持ちに整理がついていない。ずっと抱えてきた罪悪感だとか、不信感が急に噴き出してきたのよ。
ミドリと同じようにキミコさんも孤独と闘ってきたの。これだけを言うだけで、どれだけ勇気がいったのか考えてみて。」
「そりゃそうだけどさ。」
タケルは振り上げた拳のやり場に困り、何も言うことが出来なくなった。
タケルだけでなく、他のみんなも黙り込んで難しい顔をしていた。
沈黙の中、急にソウタの着信がなった。
「ユミからだ。」と通話に出たソウタの顔がみるみるうちに青ざめていく。
その場にいる全員に緊張感が走り、固唾を飲んでソウタの言葉を待つ。
「トウコがミドリに呼び出され、ユミが止めるのも聞かずに出て行ったらしい。」
タケルは目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。




