オンライン会議
オンラインでの話し合いが始まった。
「タケル、久しぶりだな。」
ユウジはそう言った後、軽く自己紹介をした。
「津山17村で出張所の所長をしている、林田ユウジと申します。ここにいるのは私の妻のキミコです。この度は娘のミドリのことでご迷惑をおかけして、申し訳ございません。」
そう言うユウジに、いつもの元気で自信に満ちた姿は無かった。
「初めまして、国会議員をしている深山ソウタです。心配事が多い中、ご協力感謝いたします。隣にいるのは同じく国会議員の藤原氏です。」
ソウタが丁寧に挨拶を返した。
「俺の身内が何かとんでも無いことに御息女を巻き込んだようで、非常に申し訳ない。無事にご両親の元へ帰ることが出来るように最大限努力します。」
藤原が画面越しに頭を垂れた。
「そんな・・・、娘の為にありがとうございます。」
ニュースなどでは見かけない低姿勢の姿に驚いたようで、ユウジは恐縮したように首を振りながら二人の議員へ礼を述べる。
タケルはユウジの隣に座るキミコのことが気なった。
相変わらずの無表情で、喋る気配は今のところ無い。そして顔色が悪く、よく見ると小さく震えているのが画面越しにも見てとれた。
「キミコおばさん、具合が悪そうだけど大丈夫?」
タケルは心配になる。
「大丈夫。トオルからいろいろ話を聞いて、混乱しているのだろう。」
ユウジが、震えるキミコの肩を抱きながら代わりに答えた。キミコの尋常じゃ無い状態に何があったのかと、タケルはますます不安になる。
「村の方は大丈夫なの?サーちゃんとユウジおじさんが同時に村を出ても。」
タケルは不安を誤魔化すように質問を変えた。
「今日、村を出る前に集会を開いて貰ったんだ。そして、僕達の生い立ちを包み隠さず話した。そして僕達がいた為にフミカには辛い思いをさせたかも知れないことを、林田のおじさんとおばさんに謝罪をしたんだ。最初は村のみんながサーちゃんを非難したんだけど、メグミがね・・・、まだ12歳なのにメグミが、僕たちのせいじゃないって訴えてくれたんだ。みんな今までサーちゃんにどれだけ感謝してたんだって、僕達の事も村で育った仲間なんだって言ってくれたんだ。
それを聞いて、坂下のじいちゃんもミドリも村の子供に違いないって言ってくれて、辛い思いをしているのなら助けなくてはいけないって同意してくれて、そして村のみんなが気持ち良く僕らを見送ってくれたんだ。ありがたい事だよね。」
「メグミが?」
タケルの記憶にあるメグミは甘えん坊の小さい子供だ。村を出る朝、泣いてトオルのそばから離れようとしなかった。
「うん、村を出て2年も経たないのに、なんだかもう大人みたいにしっかりしてる。姉の死を体験して無理やり大人になったのかなって少し心配だったけど、なんだか逞しくて感心してしまう。」
小さい頃から可愛がっていたメグミの成長に、トオルは目を細める。
ユウジはミドリが新京市に来ることになった経緯を教えてくれた。
「まだ夏休み前だと言うのに、ミドリが新京市へ行くと言ってきました。シュウジおじさんに誘われたとか言って。急に何を言っているのだと反対したんですが、シュウジ君から連絡があり、タケル達も楽しみにしていると言われて渋々了承しました。
ミドリは新岡山での生活に馴染めず孤独感に苛まれていたようで、時折学校に戻りたくないと言っていましたから、良い息抜きになるのではないかとも思いました。
でもトオルの話では、ミドリが来ることは聞いてなかったし、なんだかタケルのことを目の敵にしていると聞きました。
シュウジ君はなぜミドリを新京市へと呼び寄せたのでしょうか?目的が分からなくて・・・。」
「シュウジって?」
タケルが聞くと、「篠山さんのファーストネームだよ。」とワタルが教えてくれた。
「それにしても、やっぱりミドリをこっちに呼び寄せたのは篠山さんだったんだ。」
彼は何を考えているのだろう。タケルは腹立たしい気持ちになる。
「シュウジ君は最初から私達を利用していたのでしょうか。
もう聞いたと思いますが、妻のキミコは母親から早く子供を産めと圧力をかけられてました。それで一時期ノイローゼ気味になってもいましたが、そんな状況を利用していただなんて・・・信じていただけにとても悔しい気持ちです。」
ユウジは本当に悔しそうにそう言った。
「気持ちはわかります。私も彼を信じていた。まだ彼が何をしたいのかまで分かりません。」
ソウタはユウジに同調する。
「篠山さんが裏で手を引いていたとするなら、産まれる前から利用されてたって事だよね。ひどい話だよ。俺は絶対に許せない。」
タケルは心底腹が立った。
「篠山さんが何をしたいのかが、まるで見えて来ないんだよね。」
トオルが落ち着いた感じで話し出した。
「今の状況を見ると篠山さんが黒幕のような気もするんですが、それじゃあ彼は何をしようとしてるんだろう。目的が分からない。案外篠山さん自身、自分がどうしたいのか分かっていない様な気がします。」
意外なことを言う。
「どう言うことだね。」
ソウタが聞く。
「大庭先生に面会した録音を聞かせて貰ったんですけど、今の篠山さんのイメージとかけ離れているような気がするんです。」
それはタケルも同じ様に違和感がある。
「深山先生から見ても、やっぱり篠山さんは若い頃から変化したと思いますか?」
「俺にはよく分からないんだ。ジュンイチ達と議論してた頃と変わったとは思えない。大庭先生が言ったような用意周到なイメージを俺は持ったことはない。情熱的な正義感のようなものを隠し持っているようなイメージしか無いんだよね。それが演技だとしたら、俺はもう何も信じられないよ。」
ソウタが困った顔でそう言った。大庭が持つ篠山のイメージに困惑しているようだ。
「多分、演技では無いと思います。彼は本気でトウコちゃんのお父さんと深山先生にリスペクトしてたと思いますよ。篠山さんにとって、ミドリ達やゲノム研究とは繋がっていない話なのかなって思います」
トオルはそう言う。
「どう言うこと?トウコの父親と一緒に研究所のこと調べてたって言ってたじゃん。」
タケルは意味が分からない。
「そうなんだけど、篠山さんの中で地続きになってないんじゃ無いかな?そんな感じがする。
篠山さんは本気で深山先生を手助けしたいと思っているのは間違いないですし、両親の亡くなったトウコちゃんの事も心から心配しているはずです。ただ僕の推測が当たっているなら、ミドリや塩尻さんに対してはまるで好奇心を満足させる為のオモチャぐらいにしか思っていないのかも知れなせん。
それらに関連性はあるものの、篠山さんの中ではまるで別の話になっているのかと思いましたね。」
なんとなくトオルの言わんとする事はわかるのだが、まるでイメージ出来ない。
「篠山君はとても複雑な人格をしていると言うことかい?」
ソウタは必死に理解しようとしている。その横で藤原はすでに理解する事を放棄しようとしているように見えた。
二人の対比はなかなか興味深いな思ったが、自分もそう思うことで理解することから逃げようとしていることに気が付き、タケルは密かに苦笑いをした。
トオルの話をすでに聞いているのか、林田夫妻はまるで痛みを堪えるように俯きながら震えている。
「なあトオル、俺にはよく分からないんだけど、その篠山って人は子供のように好奇心の赴くまま遊んでいるとでも言うのか?もしかしたら俺があの子達に誘われたのも、園田の血筋っていうオモチャが欲しかっただけなのか?」
ジュンがトオルに質問する。ジュンが一番トオルの言わんとする事を理解しているのかも知れない。
「多分、そうなんだろうね。」
トオルは静かにそう答えた。
「なるほどね、俺もちょっと違和感があったんだよ。そうすると篠山氏が深山先生やトウコちゃんの力になりたいって言うのも、子供じみた正義感なのかも知れないね。」
ジュンは何かを納得したようだ。
タケルも、なんとなく見えてきたような気がする。
(篠山さんは轟と一緒で、自分の興味のあることしか出来ない人なのかも知れない。それにしては邪悪すぎるけど、なんかコンプレックスでもあるのかな?)
タケルはそんな事を考えていた。
「なんだ!?訳が分からない。深山君達を信頼させといて、うちの塩尻を利用して研究所をコントロールして、どちらも篠山君の中では自然な事だと言うのか?」
藤原が叫び声を上げた。相当混乱している。
トオルは静かに答える。
「篠山さんにとって別に変な事じゃないんですよ。彼はただ自分自身の心に忠実なだけです。周りから見てチグハグに見えても、彼の中では整合性があるんだと思います。
博士なら、なんとなく篠山さんの気持ちがわかるんじゃないですか?」
轟は話を振られて少し考え込んだ後、「分かるかも知れないね。」と言った。
「篠山君は、なんて言うのかな?ただ単に好奇心の赴くままに行動しているだけなのかなって思う。
僕もそうなんだけど、目も前にあることをあんまり関連づけて考えない。ただ自分が面白いと思えるかどうかそれだけ。人がどう感じるかなんて想像したことも無かった。それじゃあ弊害も多いだろうって、最近直そうと意識してる。
それにしても、篠山君はとても器用なんだね。人の気持ちを分かっているふりが出来るんだから。」
轟は真面目な顔でそう言った。
「奴は塩尻をどうしようってんだ?」
藤原は、誰か答えを知らないのかと言わんばかりに大声を出した。
「焦っても仕方ないですよ。実際のところ、本人に聞かなくちゃ分からない。」
トオルはあくまで冷静だ。
「なんとなく分かるのは、篠山さんと塩尻さんの思惑っていうか、目標というのが変な感じでリンクしちゃってる感じですかね。多分、二人とも最初から共闘しようだなんて思っても無いはずだけど、利害の一致と言っていいのかな。結果的に協力関係が生まれた。
そして、いつの間にか篠山さんの方がイニシアチブを取っていたということですかね。」
トオルは全体像をそう推理した。
「なるほど、そして肝心の目標とやらが皆目判らないと。」
ソウタは眉毛を八の字にして、困った様にそう言った。
「その通りです。だから早く篠山さん達に会いたいですね。彼から本当のことが聞きたい。その為にユウジおじさん達も新京市まで行くのですから。ミドリを助ける為にも、篠山さんに早く会わなければいけない。
篠山さんが暗躍するきっかけになったのは、ミドリの誕生で間違いないはずですからね。」
トオルはそう言い切った。
話を聞いていたユウジが覚悟を決めたのか、真っ直ぐこちらを見据えて言った。
「奴が何をしようとも、私は家族を守りたい。キミコには辛い思いをさせるかも知れませんが、私はどんな形であろうともミドリを取り戻します。」
精悍の顔つきのユウジとは反対に、キミコはすっかり怯えた顔をしている。
「キミコおばさんは何か知ってるの?」
タケルは思わず聞いてしまった。その問いにキミコの肩がびくりと震える。
キミコがゆっくりと顔を上げて、画面の向こうからこちらを見た。
「私、きっとシュウちゃんの口車に乗せられたんですね。」
キミコは、虚ろな目をしてそう言った。
その声を聞いて、タケルはなぜか全身に鳥肌がたった。




