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タケルとトオル  作者: みゆき
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大庭先生の講義

「私は世界史の中でも主に政治形態の流れみたいなものを研究していましてね、その時々の市民感情の変化などを集団心理学の先生と共同研究していたんですよ。その先生はもう引退されてますが、今でもたまに相談に乗ってもらえるぐらい仲がいいんですよね。

 篠山君はその先生の生徒で、塩尻君とはまた別の意味で印象深い生徒でしたからよく覚えています。」

 大庭はそう言ってフーッと息を吐き出した。

「俺の知っている篠山さんは決して目立たず陰で父を支えているという印象なのですが、学生時代は違ったのですか?」

 ワタルは興味津々と言った感じで身を乗り出した。

 タケルは深山家に来て1年以上経つが、未だ篠山という男がよく分からない。初めてまともに話をしたのはついこの間だ。今ではミドリのことで不信感がある。でも、深山家の人達には全幅の信頼を得ているようだ。その気持ちもよく分かる。

(ワタルさんの気持ちは少し揺らいできているのかな?)

 今のワタルの態度でそんなことも考えた。


「確かに彼は目立つ生徒ではありませんでしたね。本来ならそんなに記憶に残るような生徒ではなかったのかもしれません。でもさっきも言った通り、うちにいた塩尻君と園田修太郎とフレア直後の政策を考察していたのを見ていましたしね。

 私も彼とは何度も話をした事があります。彼は政治にとても関心があるようでしたよ。だから集団心理なんて勉強してたんでしょうし。卒業してジャーナリストを目指すと聞いて、少し意外でしたもの。」

「そんな話は聞いたことが無い。」

 大庭の話にワタルは首を振る。

「篠山さんの話だと、ソウタさんの手伝いをしたいから秘書になったって言ってたよね。政治に関心があると言うより、正義感で行動しているんだと思ってたけど、なんか違うよね。それとも、いずれ自分も独立して政治家を目指すつもりなのかな?」

 タケルも言いようのない違和感に混乱していた。

「彼は表舞台に立つ様なことは考えてなかったんじゃないのかしら。

 園田周太郎の様に、裏から政治をコントロールする方がいいと思ってたんじゃないですかね。

 私も理にかなっている考え方だと思いますよ。

 政治理念に共感した優秀なブレーンがいて、そこから出てくる政策の必要性を国民に納得させるのが、今の正しい政治家のあり方の様な気がしてますね。だいたい政策の全てを一人で決められるわけないじゃないですか。今の政治家に必要なのは、馬鹿馬鹿しいほどの大きな理想を持つことだと思いますよ。あとは信用できる裏方をどれだけ集められるかじゃないですかね。」

 大庭は自身が持つ政治論を語った。

「藤原先生も同じこと言ってましたね。単純に国を良くしたい、国民に幸せになってもらいたいって言ってましたもの。」

 ジュンが何故か嬉しそうにそう言ったのを見て、大庭は声を出して笑った。

「確かに藤原代議士は理想の政治家かも知れないわね。問題発言も多いけど、国のことを誰よりも考えているのは確かです。

 でも、人を信じやすいのが彼の欠点だと思っています。権力を持つものは人材をしっかり見極める目が必要です。権力というものには良からぬものも色々引き寄せますからね。」

「政治家って難しいんだな。無邪気な理想と冷静に人を見極める目が必要なのか。ソウタさんってやっぱりすごいんだな。」

 タケルがため息をつくように感嘆した。

「深山代議士はバランス感覚が素晴らしいですよね。天性のものだと思いますけど、さっき言ったのとは違う意味で政治家向きの人物ですよ。」

 大庭は大袈裟なほどソウタのことを褒め称えた。その後、どうも腑に落ちないと言った表情でこう続けた。

「でも深山代議士の様なタイプの政治家と、篠山君の様な人とは相性が良くない様に感じるんですよね。

 深山代議士は、自分で決断できるタイプだと思うんです。苦手な分野でも、自分の意見を持てるまでしっかり調査する。政治家として掲げる理想が具体的なんですね。そういうタイプの政治家の秘書には、事務的な才能に長けている人が相性がいいと思います。

 篠山君は旧知の仲だと言うことで、深山代議士の秘書を引き受けたのは聞いたことがありますが、篠山君がその立場で満足するとは思えないんですよ。」

「どういうことですか?」

 ワタルが聞いた。

「篠山君こそ、藤原代議士のような人と相性がいいと思うんですよね。

 こう言っては塩尻君に失礼なんですけど、塩尻君はあまり深く考えないで行動するパターンが多かった様に思います。塩尻君が影で暗躍しているような噂を耳にしたことがあるんですけど、どうもピンと来ないんです。そんな器用な子じゃ無かった。

 それとは逆で、篠山君は何をするにしても用意周到でした。藤原代議士をコントロールするのは篠山君の方が似合っている様な気がしてならないんですよね。

 まあ、彼らが卒業して随分経ちますから、色々あったのでしょうがね。」

 大庭はそう締め括った。

 大庭の話を聞くうちに、タケルの心の中にある仮定が浮かび上がった。そっとワタルの方を見る。ワタルも同じ様な考えが浮かんでいるのか、難しい顔をしている。


 二人の複雑な表情に気付いてないのか、大庭は園田周太郎の話を始めた。

「あの二人が尊敬してやまない園田周太郎という男には、いろんな話が伝わっています。

 藤原雅弘のカリスマ性を利用して自分の思い通りに国を動かしたのではないかと言う、黒幕説もあります。結果論として上手くいったが、実はとても危険人物だったんじゃないかとも言われていますね。

 もちろん、あの未曾有の災難を乗り切った手腕は手放しに賞賛されていますが、人間性には随分問題があったんじゃないかと言う話は聞きますね。」

「園田周太郎は、藤原雅弘のことを心から尊敬していたって叔父は教えてくれましたよ。」

 ジュンは大庭の話を否定した。

「叔父が言うには、あの二人は心から信頼し合っていたらしいです。俺の曾祖母さんはいつも父親から、『あんな良い漢は他にいない。』と聞かされていたそうです。確かにフレアからの復興のアイデアはほとんど園田から出て来たものですが、藤原という人間がいなければ決して実現する事は無かったと何度も言っていたと。」

 ジュンの話に興味を持ったのか、大庭が質問をする。

「具体的にどうリスペクトしてたのかしら?」

「まだ大したことは聞いてないのですが、藤原雅弘は自分をよく弁えていたという事です。そして、園田のアイデアの価値も誰よりも理解し、それを国民に納得させるのが自分の使命だと分かっていたと言います。

 叔父さんは、あの二人が揃っていたからこそ、あんな大胆な方法で国を復興できたのだろうと言ってました。俺もちょっと調べてみたんですが、確かにその通りだと思いますよ。」

「なるほどね。藤原雅弘も大した人物だったと、園田はそう評価していたという事なのね。」

 大庭は心底楽しげにそうだ。

「素晴らしいわ。当事者に近い人の話を聞けるなんて。確かに、園田周太郎のアイデアを活かす人物なんて、藤原雅弘ぐらいしかいなかったのかも知れないわね。」

「普通の人なら、いくら緊急事態でも二の足を踏んでいたでしょうからね。」

 ジュンと大庭の話は盛り上がる。横で聞いていてもとても面白い。

「なんだか、特別に講義でも聞いている様な気になるね。」

 ワタルも興味は尽きないと言うようにうなづいてる。


「もしかしたら、時代が彼ら二人を選んだのかなって妄想してしまいますね。」

 ジュンがそんなことを言い出した。

「どう言うこと?」

 タケルには意味がわからない。

 ジュンはにっこりと笑い、タケルの問いに答えた。

「本当にただの妄想なんだけどね。

 人々に不満が溜まったりして時代が動こうとしている時、人々を導くような役割を持たされる英雄とかが生まれるだろ?誰もが漠然と考えていることを具体化出来るような人。俺は『時代の言い出しっぺ』って勝手に読んでるんだけど、彼らはまさにそんな感じなのかなって思うんだ。」

「とてもユニークな考え方だわ。君がゼミに参加するのを今から楽しみにしている。」

 持論を展開するジュンに、大庭は興奮気味に評価した。


 大庭との対談は、ジュンとのディスカッションで終わった。

「すみません、途中から話が変わってしまって。後半、俺ばっか喋ってた。」

 ジュンはワタルに謝った。

「いや、すごく興味深かったよ。本当に上質な講義を受けた気分さ。それに知りたいことは大体わかったし、大満足だよ。君に来てもらって助かった。」

 ワタルは愉快そうにそう言った。

「そう言ってもらえると嬉しいです。」

 ジュンはニッコリと笑った。

「ジュンって本当にいろんなこと考えてんだな。俺ビックリしたよ。やっぱり北海道に行く準備で色々調べてるのか?」

「まあ、そういうところだな。」

 ワタルが驚いたようにジュンに聞いた。

「北海道?随分思い切った進路へ進むんだね。」

 ジュンは、将来外交官になるべく北海道へ行くことを言った。

「なるほどね。確かに勉強になりそうだ。それにしてもすごい好奇心だ。」

 ワタルはジュンへの興味が尽きない様だった。

「もしかしたら君たち3人のような人間が、さっき言ってた『時代の言い出しっぺ』になるのかもしれないな。」

 ワタルが、そんなことを言う。

「それって、俺とトオルも入っているの?大袈裟だよ。」

「本当、買い被り過ぎですよ。」

 タケルとジュンが首を大きく振って否定する。

「俺は大真面目にそう言ってるんだぜ?」

 ワタルはそう言って大笑いした。


 駅まで3人で歩いていると、ワタルのスマホに着信音が鳴った。「父さんからだ。」ワタルはそう言いながら電話に出た。

「父さん、どうしたの?うん、えっ・・・そんなんだ。分かった。タケルにも伝えておく。それじゃあ。」

 一体何を話しているのか、不安になる。そんなタケルの様子を見て、ワタルは少し微笑んでから電話の内容を教えてくれた。

「北村先生から父さんに連絡が来た。トオル君と一緒にこっちに来るって。今日の夜、博士の家に来て欲しいって言ってた。」

「サーちゃんもこっちに来るの?」

 サエコがこっちに来るとは思わなかった。

「それだけじゃなく、林田ご夫妻も一緒だそうだよ。」

 タケルは今度こそ本当に驚いた。

「それと、何かトラブルがあったみたい。電話じゃちょっと言えないから後でちゃんと話すって。この問題もそろそろ終わりにしようって事なのかな?」

 ワタルは独り言のように呟いた。

(一体何があったんだろう?)

 タケルは途方もない不安に襲われたが、ふと今日の対談の音声をトオルに送ることを思い付いた。

 ワタルは、「確かに早めに知ってもらう方がいいね。」と、すぐに了解してくれた。 

 タケルが音声を送るとトオルも興味を持ったようで、「面白そうだね。じっくりと聞かせてもらうよ。」と、返信が来た。


 

 トオルは村で何を話してきたんだろう。サエコとユウジが一緒に村を出るとなると、村の人達にどう説明したんだろうか。

「村の人達は、もう俺らの事を信用してくれないかも知れないな。」

 寂しい気持ちになり思わず独り言を言ってしまったが、ジュン達には聞こえなかったようだ。

 多分、これから行われる会合でやっと全体像が見えてくる。タケルは今まで感じた事のないほどの、緊張感に襲われた。



 








   







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