篠山と塩尻の学生時代
午前8時ぐらいに目が覚めた。
昨日はフミカとミドリのことを考えてほとんど眠れず、目がショボショボする。
顔を洗い朝食を取るためにリビングに行った。
リビングに行くと、ワタルがコーヒーを飲んでいた。
「ワタルさんおはよう、珍しいね今日は仕事休み?」
「ああ、おはよう。いろいろ調べたいことがあってね・・・そうだ、お前も一緒に来ないか?俺の母校でもある第一応用学校まで行くんだ。」
タケル達の通う学校でもある。
「えっ?学校に行くの?」
「そうそう、塩尻氏をよく知る先生が今も現役でいらっしゃるみたいだからね。当時の事を聞いてみようかなって思ってさ。」
篠山が昔から承認欲求の大きい奴だったと言っていた。どんな学生だったのか興味が湧いた。
「ジュンも誘っていい?なんかあいつも無関係じゃないみたいでさ。」
タケルは昨日ジュンから聞いた話をした。
「構わないよ。って言うか、彼がどんな感想を抱くか興味あるね。」
ワタルはジュンのことが気に入っているようだ。
ワタルと話している所にトウコとユミが入ってきた。
「おはよう・・・タケルどうしたの?顔色が良くないわよ。疲れてるんじゃない?」
ユミが心配そうに聞いてくる。
「昨日、眠れなかったの?」
そう言うトウコも寝不足なのか目が少し腫れぼったい。
「トウコも眠れなかった?ごめんね。付き合わせちゃって。」
タケルがそう謝った。
「いいの。フミカちゃんの本音が分かって良かったと思ってる。」
トウコがオレンジジュースをコップに注ぎながら言った。
「ポジティブに努力できる芯の強い子だったってトウコが言ってたわね。」
トウコから話を聞いたのだろう。ユミがしみじみとした顔で言う。
「何の話?」
ワタルが聞いてきたので、フミカの日記の話をした。
「なるほどね。それでトオル君はミドリのことが心配だと言っていたと・・・。」
「ミドリはあの日から時が止まったままなんだよ。そこをあいつらに利用されているとトオルは憤慨しているね。」
早く止めなくては、ますますミドリは苦しい思いをするだろう。ミドリのSOSかも知れないと言った、タカオの悲しそうな顔は演技じゃなかった。彼が何をしたいのかよく分からない。そんなことを言うと、「敵も一枚岩じゃないってことか・・・。」ワタルが呟いた。
「私も昨日話を聞いていて、今まで怖いだけだったのにミドリさんも苦しいんだろなって思った。同情するなって怒られそうだけど。」
そう言うトウコに、「ミドリはプライドが高いから、きっと怒るだろうね。」と、タケルは苦笑いをする。
昼過ぎに校門の前まで行くとジュンはもう着いていて、「よお!」と手を振ってきた。
「お待たせ。」
「俺も今来た所。ワタルさん、今日はよろしくお願いします。」
ジュンは、ペコリと頭を下げた。
「怪我はもう大丈夫そうだね。金谷さんと連絡先を交換して教えて貰ったんだけど、お母さんとの誤解が解けて良かったね。」
「今まで親戚付き合いってしたことなかったけど、なかなか話の分かる叔父さんで俺も嬉しいですよ。」
ジュンはニカッと笑顔を見せた。
「そういや聞いてなかったけど、塩尻さんって学生時代は何を専攻してたの?」
タケルがワタルに聞いた。
「俺も知らなかったんだけど、世界史だそうだよ。過去の政治を色々し研究してたみたいだね。
実は、世界各国で盛んに研究されているらしい。フレアで一度世界が壊れたからね。この国は大胆な方法で運よく復興できたけど、他の国はやっと混乱から抜けつつある状態だから、過去に学んで最適な政治を模索しようってなってる。
篠山さんはバカにしてるけど、塩尻氏は本当に先見の明があるよね。何が役に立つのか鼻が効くって言うのかな?」
ワタルは塩尻氏をそう評価した。
「才能の使い方が愚かだってトオルは言いそうだけどね。」
タケルがそう言うと、ワタルは「違いない。」と大笑いした。
「あれ?その先生って大庭先生のことかな?古代から現代までの政治の流れを研究してる。」
ジュンが今日会いに行く人に思い当たったらしい。
「よく分かったね。」
ワタルが目を丸くする。
「そういやジュン、たまに世界史のオープンセミナーに参加してるよね。」
「うん、多分塩尻氏と同じ理由で興味があるんだ。大庭先生は視点が面白くて正式にゼミを受講しようかって思ってる。何度か話をしに行ってるよ。」
ジュンの好奇心は止まることを知らない。
ワタルが受付で来訪の理由を告げると、来客用の談話室へと案内された。
談話室には2組のテーブルセットが置かれていた。タケルは初めて入ったが意外に簡素な内装に肩透かしを食らったような気分になった。
部屋に入ってしばらくすると、背が低く少しぽっちゃりとした女性が入って来た。明るい水色のジャケットにミディアム丈の黒いタイトスカートと言うきっちりとした服装をしている。キャリア的にサエコと同年代だと思われるが、受ける印象は正反対だ。顔に皺は無く若々しく可愛らしい雰囲気がある。
女性は柔和な笑顔を見せながら挨拶をしてきた。
「初めまして、大庭と申します。あら、金谷君も一緒なの?隣にいるのは北村君ね。今日は何のお話を聞きにきたのかしら?」
「はい、今日はよろしくお願いします。」
ジュンがニコリと挨拶をした。
「僕のことも御存知でしたか。」
タケルがそう言うと、「あなた達は結構有名じゃない。」とコロコロと笑いながら返された。
「深山代議士のご子息の方ですね。私に聞きたい事があるとのことですが、どう言ったご用事ですか?」
大庭は丁寧な口調でワタルへと向き直った。
「初めまして、深山ワタルと申します。
塩尻ヒサシという人物に心当たりはないですか?25年ぐらい前に先生のゼミに参加していたと思うんですが。今は藤原代議士の秘書をしています。
在学当時の彼の様子を覚えていれば、教えていただきたいのですが。」
ワタルは簡単な自己紹介の後、来訪の理由を述べた。
大庭は不思議そうな顔をしながらも塩尻のことは覚えていると答えた。
「なかなか印象深い生徒でした。自意識過剰気味で少し危ういところがあってよく心配していたものです。彼がどうかしましたか?」
「詳しくは言えませんが、彼が国家機密レベルの技術を私物化している疑いがあるのです。そのプロジェクトは藤原先生の主導で始まったのですが、父も開発には関わっています。
藤原先生は塩尻氏を全面的に信用しているみたいですが、どうも怪しい動きをしている様に見えると父が疑いの目を持ちまして、私が代わりに彼のことを調べているんです。
人物像を知りたくて、学生時代の彼の様子を聞きに来たという次第です。」
「なるほどね・・・。」
大庭は右手を頬に当てて軽くうなづきつつ、疑問を投げかけてきた。
「でも、深山代議士の秘書の方に塩尻君の同級生が居ませんでしたか?確か・・・篠山君だったかな?彼の方が詳しいと思うのですが。」
「よくご存知ですね。ただ彼は学生時代に塩尻氏とはあまり関わって来なかったみたいなんですよね。」
ワタルがそう言うと、大庭は怪訝そうな顔をした。
「よく一緒にいた様な気がしたけど、記憶違いかしら?随分前の話なので、誰かと勘違いしてるのかもしれませんね。確かに仲がいいと言う印象もなかったですし。」
「篠山さんは、顔見知り程度の関係だったと言ってましたが。」
そう言いながらも、タケルは嫌な予感がしてきた。それはワタルも同じようで何とも複雑な表情をしている。
その様子を見て大庭は頭を横に振った。
「二人とも園田周太郎の大ファンで、よく二人でフレア直後の彼の活躍を議論してましたから、仲は良く無くてもそれなりに交流があったはずだと思いましたが・・・。」
「えっ!!」
「それは初耳だ。」
ジュンとワタルが同時に反応した。
思いがけない反応に大庭が驚く。ジュンが園田周太郎の血を引くことを、つい最近知ったと話すと、興奮したように話し出した。
「私達ぐらいまでの世代では、藤原雅弘と園田周太郎のコンビはもう神様のようなものよ。彼らのお陰で、フレア直後の地獄のような世界からどの国よりも早く立ち直る事が出来たの。日本の復興の象徴のような人達よ。」
(村にいた時、坂下の爺ちゃんもよくその二人の話をしてたっけ。実際にフレアを体験した人からしたら、そりゃそうだよな。)
タケルはそんなことを考えながら、話を聞いていた。
「ワタルさんは、篠山さんが園田周太郎のファンだって聞いたことないの?」
ワタルが初耳だと言って驚いた事が気になった。
「うん、聞いた事ないな。父さんとフレアの話題とかなった時も、教科書に載っているような話しか知らないって言ってた。今思えば、元ジャーナリストとしては変だな・・・。
考えてみると俺、篠山さんのこと何も知らないかも。小さい時から知ってる人だから何でも知ってるって錯覚してたんだな。」
塩尻の話を聞きにきたはずなのに、篠山への疑問が増していく。
「篠山さんは、塩尻氏が学生時代から政治家や起業家とのパイプを作っていたと言ってましたが、本当ですか?」
ワタルは話題を変えた。
「うーん。彼は少し調子のいいところがあって、他の先生達が出る会議なんかに助手としてついていく事も多かったから、その事を言っているのかも知れませんね。」
大庭の言い方は、何となく篠山から聞いていたのとはニュアンスが違うように思えた。
「でも、藤原先生の勉強会へは積極的に参加してましたね。よほど園田周太郎の事が好きなのね。いつか彼のように日本を動かせるような人物になりたいって言ってましたよ。」
(何だろうこの違和感は?)
学生時代の塩尻には純粋で明るい性格を感じる。もちろん教授の前で猫をかぶっていた可能性は大いにあるが、今の姿とは明らかに受けるイメージが違う。
ふとワタルの方を見た。ワタルも何だか腑に落ちないといった顔をしている。多分同じことを考えているのだろう。
「篠山さんの事も教えてもらえませんか?」
ワタルは改めて、大庭にそう質問した。




