園田の血筋
朝が来て、タケルはいつも以上にスッキリと幸せな気分で目が覚めた。
昨日、久しぶりにサエコと話して安心したのかも知れない。タケルは鼻歌を歌いながら、顔を洗う為に洗面所へと向かう。
「おはようタケル、なんだかご機嫌ね。」
トウコが声をかけてくる。なんだか顔色が悪い。眠れない日が続いているのだろう。なんだか申し訳ない気持ちがする。
「トウコ、おはよう。昨日久しぶりにサーちゃんと話したから嬉しかったんだ。」
タケルは頭を掻きながら答える。
「ふうん。そういえばトオル君も津山の村に帰ってるって言ってたね。ミドリさんのご両親に会ったりするのかしら。」
「うん、会ってみるって言ってた。」
顔を洗った後、リビングでいつも通り朝食をとる。トウコは食欲がないみたいで、オレンジジュースだけを飲んでいた。
「ごめん、トウコのこと守るって言ったのに、何も出来ない。ずっと家に居て退屈だろう?」
「タケルが悪くないのは分かってる。でもこの状態は確かにしんどいね。」
トウコが力無く笑った。
しばらく二人の話を聞いていたユミが、トウコに優しく話しかける。
「トウコはしばらく不便だけど、我慢してね。今ミドリさんと接触できそうなところをパパが調べてる。」
「うん、でも家にじっとしてるのも辛いね。あー嫌んなっちゃう。」
トウコは笑顔のままで、そうぼやいた。
朝食を食べていたら、ジュンから着信があった。
「今日会えるか?電話でも良いけど、お前リモートじゃ話しにくいだろ?」
昨日、サエコから同じような事を言われた。タケルは苦笑いをする。
「まあ、そうなんだけどね。でもトウコがずっと家から出られないのに自分だけ外に出るってのもなぁ・・・。」
自分が原因でそうなっていると思うと、トウコに悪いような気がする。
「そんな事ないよ。行って来なよ。」
横からトウコが会話に加わる。
「あ、トウコちゃんおはよう。とんだトバッチリだよね。そんな時にタケル誘ってごめんね。」
「気にしなくても良いよ。私は大丈夫。退屈で死にそうだけどね。」
トウコはにっこり笑いながら答える。
「一連のことを話すんでしょ?私が早く外に出られるように、是非ともタケルと会ってくれない?それに変に気を使われると、余計にイライラしちゃう。」
トウコはそう言い切った。あまり機嫌は良くなさそうだ。
「分かった。じゃあ、昼飯一緒に食べようか。12時に学校のカフェでどう?」
タケルの提案にジュンは同意した。
「タケル、こっち!」
カフェに着くと、すでにジュンは座っていてこちらに手を振ってきた。お腹が空いているのか、早くもハンバーガーにかぶりついている。
広い店内はいささか殺風景ではあるものの、メニューが豊富でボリュームがあり値段も安い。まさに学生向きのカフェである。味も美味しく一般にも開放されているので、近所の人もよく訪れているらしい。夏休み中と言うのになかなかの混み具合である。
「おう。」
タケルは返事をして自分の食べ物を買いに行った。
ちょうどカツレツが揚げたてだったので、カツカレーにすることにした。飲み物のコーラと一緒にトレーに乗せ、ジュンのいる席へ向かった。
「もう、怪我は大丈夫なの?」
ジュンは前の日に退院したばかりだ。
「検査して何も無かったんだし、平気だよ。」
ジュンはニカッと笑う。
「それより、トウコちゃん怒ってなかった?」
なぜか声を顰めてジュンが聞いてくる。
「怒ってはないけど機嫌は悪いね。まあ、そうなるよね。すごく責任を感じる。そう言うともっと怒られそうだけど。」
「そりゃ、お前のせいじゃないのは分かってるのに謝られても余計に腹立つわな。」
ジュンが腕を組みうんうんと頷いた。
しばらく軽口を言い合った後、話は本題へと入って行く。
「もしかしたら、俺も別の意味で巻き込まれているのかも知れない。」
そう言い出したジュンの顔は真剣だった。
「それは俺らと友達だからじゃなくて?」
説明が難しいなと、頭を掻きながらジュンが話し出した。
「叔父さんは俺らが生まれる前から研究所と取引してたわけだろ?園田の血を引く者として、迎え入れられたんじゃないかって話。
最初は塩尻が園田のファンか何かの話だったのかもしれないけど、俺とお前らと仲良くなったことを知った奴らがもっとそれを利用できないかって考えたのかな?」
「どう利用しようとしてるのさ。」
「それは分からない。
叔父さんも最近の研究所に不穏な空気を感じていて、できれば手を引きたいと思ってたんだって。会社の上層部にもそう言ったんだけど聞き入れてもらえなかった。バックに藤原代議士がいるからね。そうたやすく手を引くなんてできないよ。
ここ何ヶ月か塩尻氏に何度も俺のことを聞かれるようになったって。会ったこともないと答えても結構しつこく聞いてくるから、気持ち悪いなって思ってたらしい。しばらくそんなのが続いてたんだけど、ある時塩尻氏の息子が俺に会ったって言って来たんだって。それですごく心配になったらしい。
早く俺たちとコンタクトをとりたかったんだけど、母さんが拒絶してて無理だった。だから、ワタルさんから面会を打診された時に渡りに船だと思ったって言ってた。」
「園田の血ってそんなにすごいことなのか?」
タケルは素朴に疑問を感じる。
「俺もピンとこないけどね。奴らには利用価値があるってことなのかな?叔父さんも見当もつかないって言ってた。」
「謎が謎を呼ぶって感じだな。」
タケルは唸った。
「俺、駅で階段から落ちたって言っただろ?」
ジュンが、怪我をした経緯を話し始めた。
「何かに驚いたって言ってたね。」
「うん、昨日はバタバタしてて言えなかったけど、ミドリの近くにいた女の子のひとりと会ったんだ。」
「えっ、どう言うこと?」
タケルは驚いた。会ったと言うことは、何か言葉を交わしたのだろうか?
「一昨日、エイミちゃんを送って行った帰りになんか無性にパンが食べたくなって、学校の向かいにあるパン屋さんに行くことにしたんだ。」
「ああ、あそこのパン美味いよね。わざわざ行く価値はある。」
正門の向かいにある有名なパン屋だ。他の町からわざわざバスに乗ってくる人もいるぐらい人気で、いつも人でごった返している。
「うん。家で食べようとニタニタしながら駅で電車を待ってたら、トウコちゃんに嫌がらせしてた女の子が横にいてたんだよ。俺、全然気が付かなかった。びっくりしすぎて思わず『うわっ』って叫んじゃったもん。心臓が止まるかって思ったよ。」
「それは怖い。ホラー映画みたいだな。」
聞いているだけでドキドキする。
「そう、ムチャクチャ怖かった。
んで、その子がいきなり『私たちの仲間にならない?あなたは普通に産まれたけど十分資格がある。』なんて訳分からんこと言うもんだから余計に怖くなって、その場から走って逃げたんだよ。
慌てて階段を登ろうとして、足を滑らせて落ちちゃったんだ。軽く脳震盪を起こしたみたいでボーとしてたら、駅員さんが救急車呼んでくれた。」
その女の子は、どこに行ったかは分からなかったと言う。
「仲間になる資格ってのは、園田の血筋ってことなのか。そんなに重要なことなのか?」
確かに歴史上の人物ではあるけど、ジュンには関係ないと思うのだが。
「何がしたいんだろうな。叔父さんもよく分からないって言ってた。」
「そういや、ちゃんと仲直りできたの?」
ジュンの母親のミカは、実家への不信感が消えてなさそうだった。
「叔父さんは俺達のことを心配していたよ。母さんも優しい兄だと言ってた。理不尽に怒る父親からいつも庇ってくれてたらしい。でも、どうしても実家とは関わりたくないから、叔父さんとも連絡を取らなかったって。
その父親は・・・俺の爺さんになるんだけど、2年前に脳梗塞で亡くなったんだって。叔父さんもその頃には結婚して家を出てたから、今は実家に俺の婆さん1人で住んでるって。
何だか会ったこともない祖父母の話されても、実感が湧かないね。不思議な感覚だよ。」
ジュンは溜息をつきながらそんなことを言う。
「分かるような気がする。俺だってソウタさんとユミさんが俺の両親で、ワタルさんが双子の兄貴だなんて、変な感じだもの。大好きな人達だけど、いまだに実感は無い。」
そう言うと、ジュンが笑った。
「お前の方が複雑なのは間違いない。まぁ母さんと叔父さんはまた連絡を取り合うことにしたし、俺もアドレス交換したよ。何か困ったことがあったら力になるって言ってくれた。何だかくすぐったいよねこう言うの。」
「ほんと、嬉しいけどちょっと恥ずかしいよね。」
ジュンとはなんだかんだと夕方近くまで話をした。2人とも不安だから、直接会って話せてよかった。外で話すと誰かに聞かれているかも知れないけど、そんなんことはどうでもいいと思った。どうせこちらの行動はどこかで監視されている。
家から100メートルぐらい手前のところで、背後に何か気配を感じた。
(やっぱり、どこかで監視されてるんだ。)
タケルは溜息をつきながら後ろを振り返った。
そこには、ニコリと笑うタカオがいた。
「すごいね。どうやってるのか分からないけど、俺たちの行動は筒抜けなんだ。」
タケルはイラついた気持ちを隠す気もなくそう言った。それぐらいでタカオが動じる訳もなく、ニコニコ笑いながらここに来た理由を述べた。
「ミドリさんからのプレゼントを渡しに来たんですよ。」
「プレゼント?」
タケルは益々警戒する。思わず一歩後ろに下がり身構えた。
「そんな、危険なものじゃ無いですよ。」
タカオはそう言いながら、手を広げて中を見せてきた。タカオの手には小さな記録用チップが載っている。
「これは?」
「幼馴染のフミカさんの日記だと言ってましたよ。」
「フミカの?」
フミカの名前に胸が苦しくなる。
「これを読んで、罪悪感に苛まれればいいって言ってましたけどね。」
タケルの心臓がバクバクと激しく脈打つ。ひたいから汗が流れてきた。
「なんでミドリがフミカの日記なんて持ってるんだ。そんなに俺が憎いのか?」
声を振るわせ、タケルは言った。多分ものすごい形相でタカオを睨んでいるのだろう。
「そんなこと、僕には分かりませんよ。」
タケルの様子を気にする様子もなくタカオはそう言ったが、すぐに表情が一転して悲しそうな顔をした。
「・・・でも僕にはミドリさんのSOSみたいに感じましたけどね。」
「どう言うことだ?」
「何となくそう思うだけですよ。用はこれだけです。それじゃあ。」
タカオはそう言ってチップを手渡し、そのまま立ち去って行った。
タケルは呆然とその様子を見ている事しかできなかった。




