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タケルとトオル  作者: みゆき
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兄と妹の複雑な気持ち

「よお、タケル。よくここが分かったな。」

 慌てて病室に駆け込んだタケルに対して、ジュンは笑いながらそう言った。

 怪我をしたと聞いたが、そんな様子も無く元気そうだ。すでにベッドから出て普段着に着替えている。聞けばもう退院でその準備をしているところだと言う。

「ジュンが怪我をしたって聞いたから、心配したんだよ。俺のせいで何かあったらって思ったら・・・でも元気そうで良かった。大丈夫なのか?」

「ああ、ちょっとあれだ。駅で驚く事があって・・・、後退りした時に足を滑らせて階段から落ちちゃったんだ。怪我はないけど頭を打ったからね。大丈夫そうだからもう帰れる。今、母さんが退院手続きしてるんだ。

 それにしても・・・えっと後ろにいる人は誰?ワタルさん?」

 ジュンはタケルの同行者2人を不思議そうに見つめながら言った。

「そうそう、こっちはワタルさん。ホントにそっくりだろ?」

 タケルはワタルを紹介した。

「ジュン君、初めまして。タケルからとても仲がいいと聞いているよ。変な形で出会ったけど、よろしく。」

 ワタルはそう挨拶をした。

「それでこの人なんだけど・・・。」

 金谷のことをどう説明すればいいのか言い淀んでいると、後ろから声が聞こえた。

「兄さん?なぜここに?」

 振り返ると、40半ばぐらいの女の人が立っていた。

 薄茶のカットソーに焦茶の細いパンツを履いていて、少し明るい色の髪を後ろで一つにまとめている。意志の強そうな二重瞼の目がジュンとよく似ていて、彼女がジュンの母親なのだと、直ぐに判った。

 彼女は、警戒するように金谷を睨んだ。


「兄さん?」

 ジュンが不思議そうな顔をする。

「ミカの兄、つまり君の叔父に・・・。」

「余計なことは言わないで!一体何の用?」

 金谷が自己紹介をするのを遮り、ミカが険しい顔で言った。

「すみません。一緒にいた所にジュンが怪我をしたって聞いて、慌てて来てしまったんです。」

 ミカの迫力に戸惑いながら、タケルが仲裁に入ろうとする。

「君は?」

「僕は、北村タケルと言います。ジュンとは学校の友達です。すみません。取り込み中に来てしまって。」

「彼とどういう関係なの?」

 ミカが噛み付くように質問する。

 戸惑うタケルの代わりにワタルが答える。

「申し訳ありません。ちょっと厄介ごとにに巻き込まれてまして、金谷氏が務める製薬会社も関係しているんです。

 今回のジュン君の怪我も関係があるのでは無いかと思われまして、心配をして駆けつけた訳です。」

「どういう事なの?ジュン、一体何に巻き込まれてるのよ?」

 ミカは訳がわからないと憤慨する。

「母さん、タケルたちが悪い訳じゃ無いよ。俺がそばにいて、タケル達の役に立ちたいだけなんだ。いつも話しているだろ?好きで友達を巻き込むようなヤツじゃない。」

 ジュンが一生懸命にタケルたちを擁護してくれる。とても嬉しいが、自分が原因で危険に晒していると思うと、タケルは情けない気分になる。

「ジュン、ごめん。」

「なに謝ってるんだよ。当たり前だろ?お前、反対の立場なら俺を見捨てられるか?出来ないだろ?俺だって出来ないよ。」

「・・・とにかく、今から家に帰りますので、引き取ってもらえますか?」

 ミカは、険しい表情を崩さない。

「・・・そうですね。出直します。」

 ワタルはそう言って部屋を退出しようとした。タケルたちも後を追って部屋を出ようとすると、ジュンが叫んだ。

「ちょっと待って。その人って俺の叔父さんな訳だろ?俺はちゃんと話を聞きたい。」

 ジュンにそう言われ、ミカは戸惑っている様だった。しばらく考えた後、ため息交じりに「とりあえず、ここにあるカフェへ行きましょうか。」と言った。


 中庭に面した所に病院のカフェはあった。

 休日ということもあって見舞客が多いのか、店の中は結構混んでいた。タケルたちは比較的人の少ない中庭のテラス席に座る事にした。

 最初、人工ゲノムの事は濁しつつ今までのことを一通りミカに説明したが、ミカは納得できていないようだった。

「それでなぜ、タケル君やジュンが巻き込まれているの?根本的なところの説明がないじゃない。」

「すみません。そこが話す事ができないんですよ。国の最高機密かなんかで・・・。」

しどろもどろになるタケルに、ワタルが軽く深呼吸をしてから言った。

「もう、いいんじゃないか?塩尻氏は金谷さんに普通に話している。

 お前が怖いのなら話さないほうがいいのかもしれないが、いずれ知られるのは時間の問題だぜ?」

 怖い。ジュンにどう思われるか想像つかない。どうしても及び腰になってしまう。

 タケルの顔が引き攣る。

「なんだよ怖いって。俺はいつでもお前の味方だって言ってんだろ?」

 ジュンが不満そうに言った。

「ちょ、ちょっと待って、トオルに電話してみる。俺だけの問題じゃないし。」

 タケルは少し離れて、トオルに電話した。トオルは気にする風でもなく、簡単に話すことを了承した。気にしているのはタケルだけなのかも知れないと思う。


 タケルとワタルは人工ゲノムについての説明をした。

 ジュンには予想以上のことだったらしく、終始驚いたような顔をしていた。ミカも顔を引き攣らせている。

「淡々と説明してるけど、倫理的にかなりやばいんじゃない、その研究。」

 ミカは眉間に皺を寄せて、嫌悪感を露わにした。

 タケルはミカの持つ嫌悪感を尤もだと思う。しかしジュンは違う反応を見せた。

「確かに倫理的に問題があるように感じるけど、このままでは確実に人類がいなくなる。遺伝性疾患にも応用出来そうだし、一概に悪い研究じゃないと思うよ。少なくとも、その技術で産まれた子が悪く言われる筋合いはないね。

 タケル、人に知られるのは怖いだろうし気にするなとも言えないけど、お前達が信用できるヤツだってことは俺が分かってる。別に綺麗事を言っている訳じゃない。要するにその技術をどう使うかだと思うしね。」

(トオルがいつも言っている事と同じことを言う。)

 ジュンの言葉にタケルは感激する。ワタルも驚いたようだ。


「兄さんはなんの関係があるっていうの?」

 ミカの警戒はなかなか溶けそうにない。睨むように金谷を見据える。

「俺は必要な試薬を研究所に下ろすための窓口にすぎないよ。ただ・・・園田の名前を利用したい思惑がありそうだ。」

「ちょっと、それは・・・。」

 ミカは慌てる。

 ジュンはキョトンとしている。

「園田って、園田周太郎のこと?そんな歴史上の人物が何の関係があるんだ?」

「あなたは気にしなくてもいいの!」

 ミカがそう言ったものの、ジュンは納得出来ない。

「無理だよ。」

 ミカは深いため息をつきながら、吐き捨てるように言った。

「母が・・・つまりあなたのお婆様が園田周太郎の孫娘だってこと。私の父はそれが誇りだったらしく家の格をいつも気にしていたわ。自分に園田の血が入っているわけでもないのにね。」

 ジュンは目を丸くして驚いた。

「えーっ!!俺ってそんな有名人の親戚がいたの?何で教えてくれなかったの?」

「有名人の血筋なんて、あなたの人生に役に立たないもの。父さんの様にそれしか自慢できる事がない様な人になってほしくないわ。」

 ミカが金谷をチラリと見てそう言い放つ。よっぽど実家が嫌いなようだ。

「父はまあ、そう言う人だから。平気で園田周太郎の孫だから母と結婚したとか言える人なんだよ。

 家の中の暴君で、誰も口答えなんて出来なかった。お前がそんな家を元々嫌っていたのは知ってた。だから俺からの援助も断っていたのだろう?」

 金谷は少し悲しそうな顔をしてそういった。

「産まれてくる子をすぐに施設へ送れなんていう親なんて、もう関わり合いたくないわ。」

「それって俺のこと?何があったか知らないし、俺が傷付かない様にと言わないのだと思うけど、俺はちゃんと知りたい。」

 ミカはもう一度深くため息をついた。

「プライベートな話よ。帰ったらちゃんと話す。・・・そうね、兄さんが心配してくれてるのは気付いてた・・・話に付き合ってもらえないかしら。時間ある?」

「ああ、大丈夫だ。」

 金谷は、肩の荷が降りたような柔らかい表情になった。


 病院を出る頃には空が赤くなっていた。もう夕方の7時ぐらいだろうか。いくら夏で日が長いと言っても、そろそろ帰らないとユミが心配するだろう。

 ジュンたちに別れを告げ、ワタルと2人で家路を急ぐことにした。


「初めて会ったけど、あの子すごいね。」

 ワタルが深く息をするように呟いた。帰りの地下鉄の中である。

「ジュンのこと?いい奴でしょ。俺の自慢の友達だよ。」

「お前とは違う意味で影響力のある子だね。物怖じしない所は同じだけど、何だろう肝が据わっているんだね。俺達みたいな存在をいとも容易く受け入れてくれた。

 本音を言うと俺も怖いんだよ。俺達の出生の秘密を知られるのが。」

 ワタルが弱音を吐くのは本当に珍しいが、今日のミカの反応が普通だと思うと、人に知られる恐怖はタケルと同じなんだろう。

 

 タケルはトオルのことを考えた。

「トオルも本当は怖いんだろうな。俺たちよりずっと・・・。」

「・・・そうだな。俺らよりずっとこの恐怖を感じていると思う。」

「ジュンがいてくれて本当に良かった。」

 タケルは心からそう思った。

 

 夜、トオルに電話してみた。

 もう村の診療所に着いたみたいで、サエコといろいろ相談をしていたそうだ。

 タケル達が上京した時は、新岡山で1泊しなければいけなかったのに、随分交通の便が良くなった。

 前は、バスは昼間に一本しかなく、それも周辺の村を全て回ってから行くので、乗り換えの津山市に着く頃にはもう夕方になっていた。そのため最寄りの街に行くにも泊まりがけで行くしか無かった。

 今では1日に5本、それも系統に分けられてバスが運行し、津山市まで1時間もかからなくなった。

 この1年ほどでずいぶん便利になったものだと思う。なんでもユウジが就任直後から働きかけていたものが身を結んだらしい。やはりユウジの手腕は単純にすごいと思う。


「サーちゃんは元気?」

 タケルが聞くと、トオルが少し笑いながらカメラを広角に切り替えた。

 画面に懐かしい顔が映った。

「サーちゃん・・・。」

 タケルは訳もわからず泣きそうになった。

「タケル、久しぶり。何だか逞しくなって。」

 サエコがタケルに呼びかけてきた。

「サーちゃん・・・ごめん。俺、全然連絡しなくて。」

「タケルが連絡が苦手なのは分かってる。タケルのことはトオルや深山君から聞いてるから心配はしてなかったよ。」

 サエコの声が優しい。

 昔からそうだった。何でも自分で出来るようにと厳しく育てられ、わんぱく坊主だったタケルはいつも怒られてはいたが、その声はどこか優しかった。


「ワタルと年齢が違う一卵性双生児だって聞いて驚いたでしょう。

 ごめんね。怖くて本当のことをどうしても話せなかった。『様子を見て、自分から話す。』って言う深山君の言葉に甘えて、自分の責任を放棄してしまったの。」

 サエコが謝罪する。

「あのタイミングだから、俺の混乱は少なかったんだ。

素直に家族が増えたって喜んでるよ。深山家の人達から、しっかりと受け入れてもらってるって実感してる。」

 タケルの言葉に、サエコは安心したように頷く。


 タケルは今日起こった出来事を話した。

「私が思っている以上に話が大きくなっている・・・。

 私は藤原代議士が一番の黒幕だと思っていたけど、そうじゃないのね多分。よく考えたら、あの人にそんな繊細さは無いな。」

 サエコはよほど藤原ことが嫌いらしく、辛辣な評価をする。

「生理的な合わない気持ちは分かる。」

 隣でトオルが苦笑いをする。

「とにかく、彼に悪気がないのは分かった。デリカシーが無いだけね。でもそう言うところを”豪快だ”って評価する人もいるんだから、世の中分からないもんだね。」

 サエコはさらに悪態をついた後、塩尻とミドリの関係性への疑問を口にした。

「問題は、塩尻とその息子ってことだね。でも、どこでミドリと繋がったのかしら。

 ミドリは賢い子よ。簡単に唆されたりしない。今まで面識のないはずの塩尻達の話を簡単に信じるとは思えない。頻繁に新岡山に来るのも考えられないし。

 いずれコンタクトを取るつもりではあったのでしょうけどね。」

 サエコは眉間に皺を寄せる。

「タカオやミドリのそばにいた子供達を使ったのかな。ボランティアの時間とか利用して近づいた可能性はある?」

 タケルがなんとなく推理してみた。

「なかなか良い推理だと思うよ。でも、まだちょっとミドリの信頼を掴むのに弱いかなとも思う。

 まあ、ここで議論しても仕方ないから、明日ユウジおじさんに会ってくるよ。」

 まずはユウジに会ってみないと始まらないと、トオルは言った。

「ユウジさん、最近妙によそよそしいと思ってたけど、ミドリのことで私を疑っていたのね。」

 そう言うサエコはどこか寂しげだった。


 しばらく雑談をした後、明日も情報を共有することを約束して、タケルは通話を切った。


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