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タケルとトオル  作者: みゆき
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金谷氏との対談

「タケル君はすごいね。来てもらって良かった。」

 轟が、ニコニコと笑いながら話しかけてきた。何だかすごく間抜けに見える。

 今まで感じていた、「得体の知れない怪しい人」という感じはしない。頭は良いけどどこか頼りない、どちらかというと人付き合いに不器用な人なんだと思った。

 それでも信用できない気持ちには変わりなく、そっけなく返事をする。

「別に何もしてないよ。あいつが勝手に俺が苦手だって言いながら帰って行っただけだもの。」

 轟は、ウンウンとうなづきながら「なるほどね。」と言った。

「無意識に相手の心を開くんだ。すごい才能だね。ワタル君もすごく優秀だけど、遺伝子が同じでも出てくる個性は違うんだね。やっぱり遺伝子だけで人をデザインするなんて馬鹿げてるってことだ。

 サエコが言っていたことはこう言う事だったんだ。やっと納得できたよ。」

 轟はとても嬉しそうだ。


 轟が昼ごはんを作って、みんなで食べた。

 普段はトオルと2人で食事を作ったり外へ食べに行くことが多いが、たまに気が向くのか轟が作ってくれることがある。簡単なものしか作らないが、意外に料理は嫌いじゃないらしい。今日のメニューは卵綴じうどんだった。

 子供の頃に食べたうどんに似た優しい味がする。過去にこの人はサエコと生活を共にしていたのだ。そんなことを考えながらうどんを啜った。


「今から、17村へ行ってきます。明後日には帰れると思う。」

 トオルが唐突にそんなことを言い出すので、うどんを啜っていたタケルは咽せそうになった。

「ずいぶん急だねぇ。」

 轟が呑気に答える。

「おい、もっと驚けよ!」

 タケルが轟に突っ込みを入れる。

 轟はキョトンとした顔をして、「驚く事なの?」と間抜けな返事をした。

「トオル、俺も行く!ユウジおじさんと直接話に行くんだろ?」

「トウコちゃんから離れちゃダメだよ。ミドリの標的なんだから。」

 トオルの言うことはもっともだが、何も出来ない事がもどかしい。

「大丈夫、すぐ戻るよ。お互い情報は共有出来てるんだから、心配しないで。」

 トオルはそう言って微笑んだ。


 トオルは、食事が終わるとすぐに出かける準備を整えた。

 タケルも一緒に玄関を出ようとした時、「会わせたい人がいるから、そのまま轟博士の家に居てくれ。」とワタルからの連絡が来た。

「会わせたい人って誰だろうね。僕は急ぐからそのまま行くよ。じゃあね。」

 そう言うと、トオルはさっさと出て行った。


 轟との気まずい雰囲気の中、ワタルの到着を待つ。

 30分ほどして、ワタルの到着を告げるチャイムが鳴った。

「轟先生、こんにちは。オンラインでの会議は時々してましたけど、直にお会いするのは久しぶりですね。」

 玄関でワタルの挨拶する声がリビングにまで聞こえてくる。

「本当に久しぶりだね。あれその人は確か、再生薬品の・・・。」

 出迎えに行った轟の声が近付いてくる。ワタルは誰を連れて来たのだろう。タケルはどこか落ち着かない心持ちで、3人がリビングに入ってくるのを待った。


 その人は、少し神経質そうな印象の顔をした痩せ型の中年男性だった。40代後半と言ったところだろうか?この暑さの中でしっかりとグレーのスーツを着てネクタイまでしている。

「失礼致します。」

 予想と違い、落ち着いた低めの声で挨拶をした。

(何だか、校長先生とか偉い人に会っている気分だ。)

 貫禄のあるその声に、タケルは少し緊張感を持つ。

 ワタルが、中年男性の紹介をした。

「タケル、こちらは再生製薬の営業本部長の金谷さんだ。お前の友達のジュン君の叔父さんにあたる。」

 タケルは驚いたの同時に、父親ではなかったのかと思った。

 以前、研究所に薬品を卸している会社に金谷という人がいて、もしかしたらジュンの父親かも知れないとワタルと話していた。

「初めまして、北村タケルと言います。ジュンとは仲良くさせてもらってます。」

 普段人見知りなどすることのないタケルだが、何だか挨拶がぎこちない。

「初めまして、金谷です。ジュンとは会ったことはないのですが、彼の母親の兄になりますね。まさかこんな繋がりがあるとは、不思議なもんだ。」

 金谷は表情を変えることなく自己紹介をした。どうもこちらを警戒しているようだ。

「ワタルさん、なぜ博士の所で?」

 タケルは、ワタルの意図が読めない。なぜ轟の家にジュンの叔父を呼んだのか。

「まあ、それは追々と・・・。金谷さん、研究所と御社の取引は長いと聞いています。確か研究所開設時からの付き合いだとか。」

「そうですね・・・藤原先生が厚生大臣をしていた時から懇意にしていただいてまして、そのご縁もあって弊社が薬品を収めるようになりました。

 その頃私はまだ若手の平社員で詳しく知らなかったのですが、研究所立ち上げの段階で取引を打診されたと聞いています。20年ぐらい前ですかね、取締役からその事を教えられ、以来私が研究所との窓口になってます。」

 金谷は淡々と質問に答えていく。

 ふと横を見ると、轟がいつもより真剣な顔をしているようにも見える。いつもの何を考えているのか判らない曖昧な微笑みが消えている。

「なぜ、金谷さんが研究所の窓口に選ばれたのか判りますか?

 なるべく知る人を少なくしたいであろう最高機密をわざわざ教えてまで、あなたに担当を任せたのはどうしてなんでしょうかね。御社の最高幹部でさえ知っている人は少ないでしょうに。

 取締役社長の駒田氏が個人的に取引を打診されたと聞いています。それなら社長自ら窓口になる方がよっぽど安全だと思いますが。」

 会社の込み入った事情を聞いていくワタルに、金谷は顔色ひとつ変えず素直に応じていく。

「藤原先生の秘書の方が私を推薦されたと聞きました。」

「えっ、それって塩尻?」

 思わず塩尻を呼び捨てにしてしまう。

 金谷はタケルを怪訝そうにチラリと見て、話を続けた。

「私の父方の祖母が園田周太郎の娘なんですよ。幼い頃に藤原先生とよく遊んだと祖母に聞いています。園田の血を引く人間という事で塩尻氏は私を推薦したようです。

 本当かどうか分かりませんし、それにどういう意味があるのかも分かりませんが、何とも馬鹿馬鹿しい理由だなと思いますね。」

 金谷は苦笑いを浮かべた。

「塩尻君らしいよね。彼は園田周太郎の大ファンなんだよ。日本の復興を成し得た大英雄だからね。」

 轟が珍しく会話に加わる。

 

 園田周太郎は、藤原の祖父である藤原昌弘と共にフレア後の日本を復興した立役者だ。

 他の国が混乱する中、真っ先に鎖国をして他国からの干渉を排除する事に成功した。治安の乱れた都市をことごとく廃棄して、新しく首都としてこの新京市を造った。他にも徹底的なリサイクルと太陽光や地熱といった再生可能エネルギーの活用や、一時的にすべての産業を国営にして経済の安定を図るなど、混乱期に乗じたとは言え恐ろしく大胆な政策をやってのけた。

 そのおかげでこの国はどこよりも早く復興できた。

 島国で、民族争いなどとは無縁だったのも良かったのかも知れない。事実フレアをきっかけに今まで燻っていた民族問題が泥沼化して、解決の糸口が見つからない地域も多いと聞く。


「ジュンってすごい人が先祖にいるんだ。現在史の冒頭に絶対出てくる人じゃん。小学校の時に伝記とか読んだ記憶がある。」

 タケルは純粋に驚いた。

「彼は知らないと思いますよ。ジュンの母親つまり私の妹ですが、ジュンを産む時に家族と喧嘩して自分1人で生み育てると言ってそれきりです。強情で気が強いヤツですからね。

 何度か援助を打診したのですが、『家はもう捨てたのだ』とガンとして受け取ってもらえません。」

 タケルの初めて聞く話だ。


「塩尻君は、自分も園田周太郎みたいになりたいと言ってた事があったなあ。僕は藤原さんをサポートするって意味だと思ってたけど、どうなんだろう。」

 轟が話を戻した。今日は本当によく会話に絡んでくる。どういう風の吹き回しなのか。

「ただサポートするだけじゃ、塩尻さんの承認欲求は満たされないように思う。」

 タケルは率直な感想を口にした。

「そうなんだよね。俺もそう思ったから、普段塩尻氏と交流の多いお二人に話を聞いてみたいと思ったんだ。」

 ここに来てワタルは金谷を連れて来た理由を話した。

「今日は、塩尻君の話をよく聞く日だね。さっきは息子のタカオ君が来てたし。」

「えっ?本当か。タケル。」

 ワタルは驚いたようにタケルに詰め寄った。

「うん。トオルと話をしたかったみたいだけど、俺がいると調子が狂うってすぐ帰って行った。どうも向こうも一枚岩じゃないみたいだよ。」

 タケルはタカオが来た時の話を詳しく話した。

「そうか。そのタカオって子は何がしたいんだろな。」

 ワタルは首を傾げ、考えるような素振りをした。

「タカオ君って、完全ゲノムで産まれた子ですよね。

 塩尻さんが会食時に一度連れてきた事がある。年齢にそぐわず落ち着いた雰囲気の子だったと記憶してます。塩尻さんは自慢の息子だと、タカオ君の能力の高さを喜んでいらした。

 だけど、2人の間に妙な緊張感があって・・・、そうですね少し違和感がありました。タカオ君が研究所で産まれたこともあって、やはり普通の親子とは少し違うのかと感じましたね。」

 金谷は親子で会った時の感想を話した。

タカオが完全人工ゲノムだと知っていたのは、その時に塩尻本人から聞かされていたらしい。

(一体何を考えているのか・・・いや、何も考えていないのかも知れない。)


「博士はタカオの誕生にどれだけ関わっているの?」

 タケルは、実にストレートな言い方で博士に質問をぶつけた。

「技術的な支援だけだよ。確かに僕が造ったシステムだけど、誰がどう使おうとどうでも良かった。サエコにそうスタンスは無責任だとよく言われてたけど・・・今思えば本当にそうだったのかもね。」

 轟は、自分の好奇心を満足させる事にしか考えがいかなかったと素直に認めた。

「金谷さんはどうですか?研究内容をどれぐらい把握していたんですか?」

 ワタルは金谷にも、同じような質問をした。

「最初の頃は、遺伝子関係の研究だと言うことぐらいしか聞いてませんでした。」

 ここで、金谷は少し苦笑いをして続きを話し出した。

「別にこちらから聞き出した訳ではないのですが、塩尻さんが細かいところまで教えてくれました。もちろん技術的な話はお互いよく理解していませんでしたから、その・・・まあ、政治的な話が中心でしたが。

 塩尻さんが何をしたかったのかまでは分かりかねますが、込み入った話を部外者の私にするので、少し驚きはしましたね。」

「多分、金谷さんを自分の陣営に組み込みたかったんだと思いますよ。」

 ワタルがそう言うと、金谷はうんうんと頷きながら答えた。

「そうなんでしょうね。でも私と言うよりは園田の子孫だと言うことに意味があるんじゃないでしょうか。

 園田の血を引くことが彼にとってどれだけすごい事なのか分かりかねますが、どんなエピソードがあるかとか聞いてくることもありました。」

「本当に、形から入るタイプなんだな。」

 タケルが呆れてそう言うと、「それはなんとも言えませんが・・・。」と言いながら金谷は笑った。


「博士は、今どう思っているの?研究の事とか。」

 タケルは轟の率直な意見を聞いてみたくなった。

「今でも必要な事だと思うよ。倫理観は別として、今の少子化を医学的に食い止めるのに有効な武器だと思っている。要するにどう使うかってことだと、サエコはずっと言っていた。

 僕も・・・分かっているけど・・・実感できなかった。それより研究で得られる新しい発見が面白くて、エスカレートしていったんだよね。」

 轟の変化に驚く。驚いているのはタケルだけじゃ無いようで、ワタルが反応する。

「博士、どうしたんですか?どう言う心境の変化なんですか?」

「いやね、前から頭では分かってたのは本当だよ。でもね、何だか他人事っていうか、産まれてくるのが人間だって事に実感が持てないというか・・・そうだね、ひどく聞こえるかも知れないけど、ロボットを設計している感覚に似てるかな。

 でも、トオルとタケル君のやり取りを近くで見てたら、ああ本当に人が生まれてたんだなってね。当たり前のことなのにね。

 サエコに言ったら、『気付くのが遅い。』って怒られた。」

 今日1日で、タケルの轟への評価が目まぐるしく変わっていく。今では、少し情けない年齢不詳のおじさんで、悪巧みをするような怪しさは無くなった。


 会談が続く中、ジュンが怪我をしたと警備会社から連絡が入った。怪我は大した事ないのだが、念の為中央病院で入院しているらしい。

 恐れていた事が現実になったのだ。

「大変だ。どうしよう。俺たちのせいでジュンが怪我をした。どうしよう。」

 狼狽えるタケルをワタルが落ち着かせる。

「とりあえず、病院へ行こう。パニックになっている場合じゃないぞ!」

「私も行きましょう。会ったことはないけど私の甥です。今日呼ばれたことと関係があるのでしょう?

 ところで、一体何が起こっているんです?」

 金谷が、ゆっくりとそう言った。


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