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タケルとトオル  作者: みゆき
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タカオの訪問

 朝、トオルにタケルと一緒に帰ってきてほしいと、轟から連絡が来た。意味が分からなかったが、トオルに付いて行く事になった。

 轟から家に誘われたのは初めてだ。いつもタケルが勝手に押しかけるだけで、歓迎はされるものの、轟から誘われたことは一度も無かった。

 トウコのことが心配ではあったけど、それを言うと「子供じゃないんだから。今日は予定もないし家に居るよ。」と言われてしまった。

 自分が標的だと判ってて、あまり外に出たくないとも言っていた。


 家に着くと、轟は困ったような顔でタケルを見たような気がしたが、すぐにいつもの少し微笑んだ様な表情でタケルを出迎えた。本当の所、表情が乏しくてよく判らない。

 リビングに入ると、轟が紅茶を入れてくれた。こだわりがあるらしく、来客時のお茶はいつも轟が入れている。


 3人がソファーに落ち着いたところで、タケルが話しかけた。

「博士からお誘いを受けるだなんて珍しいですね。何かあったんですか?」

 一応目上の人なので敬語を使う。

 昨日の話でそう思うだけかもしれないが、滅多に口を聞くことのないタケルから話しかけられて、嬉しそうに見えない事もない。

「今日はお客様が来るんだけど、いつもと違ってトオルに用事があるみたいなんだ。」

 トオルは訝しむように、轟の方を見た。

「僕にですか?一体誰が来るのですか?」

「タカオ君だよ。」

 これには驚いた。轟は何を企んでいるのだろう?

 流石のトオルもこれは予想出来なかったようで、顔が青ざめている。

「塩尻さんじゃなくて、タカオ君1人で来るんですか?」

 トオルの声が心なしか震えている。

「そうみたいだね。」

 真顔になって轟が答える。少し緊張しているようだ。轟のこんな様子は初めて見たような気がする。何があった?

「よく分からないけど、トオルと話がしたいらしい。」

「えっ?じゃあ、俺は何で呼ばれたんだ?」

 タケルの敬語はすぐに終わった。轟は気付いてもいない様だった。

 意外にも、轟は人間関係に上下をつけることは無く、誰とでも対等に話す。

 年下のタケルに対してもある程度の敬意を示すし、藤原ような社会的地位が高いとされている相手でも言葉遣いが少し丁寧になるだけで、態度が変わるこ様な事はしない。轟のそう言うところは少し尊敬出来る。

 タケルが轟を嫌うのに特別な理由はなく生理的としか言いようがない。我ながら理不尽だとも思う。

「トオルが心配だからだよ。」

 タケルは自分が呼ばれた理由に納得したのと同時に、轟が人を心配する事があるのだと少し驚いた。トオルの言うとおり、一緒に住むとやはり、情みたいなものが出るのだろうか?

 

 何となく会話が途切れ、しばらく沈黙が続いた。

 よく考えてみれば、轟とこんな風にお茶を飲んでいるような場面は初めてだ。殆ど会話をした記憶がない。

 沈黙に居心地の悪さを感じ始めたその時、玄関のチャイムが鳴った。

 タケルとトオルに緊張が走る。

 轟が、客を招き入れるために玄関へといった。

 トオルはの顔は青ざめている、多分、タケルも同じ様に顔が強張っている事だろう。

 

 タカオがリビングに入って来た。

 タケルの姿を見て少し驚いた様な顔をしたが、すぐに微笑みを浮かべ、独り言の様に呟いた。

「本当に仲が良いんですね。いつも一緒にいる。」

「本当に仲が良いんだよ。ところで何の用?トオルとだけ話したかったみたいだけど、どうせ後で聞くことになるんだから、始めから俺がいても大差ないよ。」

 タケルは、ややぶっきらぼうにそう言った。

「それもそうですね。」

 肩をすくめて、タカオが答える。

「まあまあ、最初からそんな喧嘩腰にならなくても。タカオくん、何を話したかったの?」

 轟が仲裁に入った。

「では、単刀直入に言います。ミドリさんが暴走し始めているんですね。このままだと研究所のことが公になってしまいそうで、困っているんですよ。」

 タカオがそう言った。その目は「もう、知っているのだろう?」と挑発して来る。タカオはずっと微笑しているが、前にも感じた嫌な違和感があった。

「ミドリって誰?僕はその子を知らないけど。」

 轟が怪訝そうに問いかける。

トオルが説明する。

「藤原先生が立ち上げた例の別部署で、ゲノムを組み立てられた少女ですよ。僕たちと同じ村で育った幼馴染です。サーちゃんの報告で聞いた事ないですか?」

「ああ、サエコから何となく仲の良い友達がいるって聞いていた。でも興味がなかったんで良く覚えてなかったな。

 あっちのことは、被験者に事前の説明をするだけで殆ど知らない。少し踏み込んだ研究をしてるって聞いてたけど、暴走してるて何?」

 本当に、自分の好奇心以外興味がないのだと、タケルは半ば呆れてしまった。そういう所を利用されて共犯者に仕立てられていると言うのに、この男には危機感というものが無い。

「なぜ、君が研究所のことを心配しているの?まだ子供じゃない。応用学校にも行ってないでしょ?」

 トオルが、皮肉を込めた口調で聞いた。

 タカオが一瞬ニヤリと笑った。年齢にそぐわない嫌な笑い方だとタケルは思った。

「まあ、別に相談したいわけでもないんですよ。どちらかと言えば忠告に近いかな。

 ミドリさん・・・、あの人なんか思い込みが激しくて、僕たちと同じような遺伝子を持っているはずなのに、面白いですね。トオルさんはどうなのだろうって興味があって、今日は父には内緒で来てみました。」

「僕はそんなに楽しい人物じゃないと思うよ。理屈っぽいだけで、人間味に欠ける。」

 トオルはまるで棒読みのセリフのように喋る。感情を押し殺し、相手の様子を窺っているようだ。2人はお互いを睨む様に見つめ合った。

 

 ヒリヒリした緊張感に耐えきれず、タケルはその時思ったことをそのままタカオに質問してみた。

「それで君は何をしたいんだ?塩尻さんに内緒って、喧嘩でもしたのか?それとも父親と仲が悪いのか?」

 唐突な疑問を投げかけられて、タカオは一瞬キョトンとした顔になった。その顔には年齢にあった幼さが見えた。

 タカオはしばらく黙った後、少し笑った。いつもと違う違和感のない可愛らしい笑顔だった。

「参りましたね。初めて会った時から感じてたけど、あなたといると調子が狂う。だから、トオルさんと2人だけが良かったのに・・・まあ、いいや。

 ミドリさんは、本当に危険な状態だと言える。彼女の遺伝子の秘密を知ってからなのか、元々そう言う人なのか分からないけど、他者に対して本当に攻撃的だ。このままでは何か問題を起こすかもしれない。父はそう言うところにはまるで無頓着ですけどね。

 あの人にとって、僕たち人工ゲノムを持つものは人権のないロボットなんですよ。だから何かあれば切り捨てて、どこかに隔離するか最悪処分すればいいとさえ思っています。

 研究所の人たちも僕たちの人権は考える必要がないと考えている様です。厄介な存在だと感じているみたいですね。自分たちで生み出しておいて勝手なものだとも思いますが。

 僕達はまだ子供で何の力も持っていないと、父は油断しています。

 ミドリさんの周りにいる女の子たちを見たでしょう。彼女たちも人工ゲノムで産まれてきました。ミドリさんは彼女たちのリーダー的立ち位置になりますね。

 彼女たちは、父が考えるほど簡単じゃない。今でさえ、彼女たちの動向を全く把握できていません。父は何にも知らない。」

 タカオからは、塩尻に対する軽蔑と憎悪の感情が滲み出ている。彼らとて一枚岩というわけでは無いのだ


「ミドリが、タケルに復讐しようとした理由に心当たりはないの?ミドリの態度が急変していて戸惑っているんだけど。」

 トオルが聞いた。タカオたちがミドリをそそのかしていると思っていたが、タカオは分からないと答えた。

「初めて会った時にから、友達のために復讐してやりたいって言ってましたよ。

 タケルさん、そこまで憎まれるってミドリさんの友達をどれだけ傷つけたんです?」

 タカオは挑発するように言ってきた。

 タケルは、何も言えなくなる。顔から血の気が引いていくのを自覚した。手が震えてくる。

「ミドリの誤解だよ。どうしようもないことだったんだ。それを利用して面白がっている君たちはどうなんだ?」

 トオルが静かにタカオを威嚇する。

「別に、ミドリさんを煽っていませんよ。彼女の好きにして貰っているだけです。『子供』の僕にそんな権限は無いし、さっきも言った通り父も気にしてませんしね。

 そうですね。これは忠告ですよ。あなたたちの友達が大変な事になってますよって。」


「研究所って今そんな事になってるんだ。僕の個人的なラボは今別の事やってて、そっちに夢中になってたから全然知らなかった。それで、最近相談者を断ってもすんなり了承してくれるんだ。なるほどね。

 でも、藤原さんが来なくなるのは少し寂しくなるなぁ。結構、あの人といると楽しいんだけど。」

 轟が呑気なことを言ってきて、タケルはイライラする。

「あんた、なんでそんなに無関心なんだよ。あんたが発端でこんな事になってるって自覚持てよ!」

 思わず叫んでしまった。

「そんなこと言われてもなぁ。」

 轟は、まるで人ごとの様に話す。

「博士が無関心なのをいいことに、父が色々根回しして博士の影響力を奪っていますからね。他の部署も父の影響下にあると言っても過言じゃない。初期にいた北村先生も除籍扱いとなってます。ご本人もそれを望んでいるみたいですしね。」

 タケルはタカオの意図が分からない。なぜ自分たちの情報をこちらに話すのだろう。父親を裏切ってこちら側につく気でもなさそうだ。

 訝しげに見るタケルの視線に気付いたのか、タカオがニヤリと笑った。

「ああ、別にあなた方の味方をするつもりは無いですよ。ここに来たのは、純粋にトオルさんと話がしたかっただけです。でも、無理そうですね。すごく警戒されてる。

 それにしても本当にタケルさんがいると僕の調子が狂う。もしかしたら本当にすごいのはタケルさんの方かもしれませんね。言わなくてもいいことまで言いそうになるので、今日は退散させていただきます。」

 タカオはそう言いながら、本当に楽しそうに笑った。


(そうやって笑うと仲良くなれそうな雰囲気もあるのに、よっぽど捻くれているんだな)

 タケルは帰っていくタカオを見送りながら、そんなことを考えていた。



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