深まる謎
「ユウジさんにとって、村での生活は思いもよらず充実したものだったようです。
タケルさんたちの存在もあってミドリの心配をしていたのですが、すぐに打ち解けて普通の子と変わらないように遊ぶようになった。友達と自然の中でのびのびと遊んでいるミドリの姿を見て、村に来て本当に良かったとユウジさんは言ってました。
キミコは相変わらず無口であまり村の人と接触したがりませんでしたが、それでも新京市にいる頃よりは表情が穏やかだと喜んでいました。
村の人たちもみんな良くしてくれて、仕事も楽しかったらしいです。
仕事上、北村先生とも話すことが多かった。
最初はお互い警戒してましたが、仕事は本当に信頼できた。技術はもちろん、患者に対しての真摯な態度といい、尊敬に値すると言ってました。」
「サーちゃんも、ユウジおじさんの仕事ぶりを高く評価してます。時折、何か探るような事を言ってきたと言ってましたが、そう言うことだったんですね。おじさんとの間に何とも言えない緊張感があったと言ってました。
僕は時々サーちゃんと連絡を取り合うんですけど、最近おじさんはとても疲弊しているみたいだと言ってましたね。ミドリと連絡は取れているみたいですけど・・・、サーちゃんも詳しくは聞けないと言ってました。」
トオルは、サエコから聞いたユウジの様子を篠山に伝える。
「そうだったんですか。私は最近ユウジさんとあまり連絡をとれていない。進学して家を出てあたりからミドリの様子がおかしかったようなんですが、連絡してもユウジさんからの返事が来なくなってきてました。心配してはいたんですが・・・。」
「篠山さんは、ミドリが完全体だって気が付いていたの?いつまでソウタさんに黙ってようと思ってたの?」
タケルが。篠山に聞く。
「本当に単刀直入に聞くなあ。でもそれは俺も引っ掛かってるんだよね。信頼されてないわけでもないだろうし。」
ソウタが苦笑いをしながら、改めて篠山に聞いた。
「それは、本当に申し訳ありませんでした。個人的な問題だと自分だけで処理しようとしてました。先生の手を煩わしたく無かった。いや、それは言い訳ですね。自分のした余計なことを先生に知られたく無かった。先生が尊敬している北村先生のことを疑っていると、言い出しにくいと言うのもありました。
ミドリのことを知ったのはそうですね・・・、やっぱり、ユウジさんの返事が来なくなったあたりで、様子がおかしいと思ったんです。それで何となく調べてました。でも先生に言われるまでは確信は持ててませんでした。」
「どうやって調べたの?轟にでも聞いてみたの?あいつそんな面倒臭い事するかなぁ?」
「えーっと、そうですねぇ。」
篠山は核心に迫る質問に、どこまで話すべきか戸惑っているようだ。やがて、ゆっくりと息を吐き少し間を置いてから、質問に答えた。
「轟博士にも探りを入れてみましたが、ミドリの存在自体知らないようでした。そんなはずはないと思うんですが、『何のこと?』って言われてしまいました。
だから、塩尻に世間話を装ってミドリの事を話してみました。国会で結構顔を合わせますからね。彼も馬鹿じゃないですから、そう簡単に言わないだろうと思ってましたが、少し煽てるような事を言うと色々仄めかしてきましたよ。
塩尻は、案外口が軽い。自分が壮大な計画に関わっていることを誰かに話したくて仕方がないのかも知れませんね。」
馬鹿じゃないと言いつつも、篠山の言動から心の底から塩尻を軽蔑しているのが分かる。
多分塩尻という男は、本当に分かりやすい男なんだろう。自分の欲求が歪まなければ、案外良い奴なのかも知れない。タケルは塩尻に妙なシンパシーを持った。
「塩尻さんの子供のことは知ってますか?」
トオルが話題を変えた。
「えっ?誰のことですか?そんな話は聞いたことがない。まあ、プライバシーをオープンにするしないは個人の自由ですから、知らなくても不思議はないのですが。」
篠山が片方の眉を吊り上げ、怪訝そうにトオルを見る。
「タケルと一緒にいた時に、僕は一度あった事があります。タカオと名乗ってました。多分、彼も完全人工ゲノムで産まれてます。
僕は正直、塩尻さんよりもタカオ君の方が怖い。まだ応用学校にも通ってない子供ですが、彼からは何とも言えない違和感を感じました。」
「うん、何だろうあの違和感は。ちょっと表現できないよね。ジュンは何も感じてなかったみたいだけど、俺も何だか怖かった。」
タケルは当時を振り返る。
「彼も完全人工ゲノムだから、僕達だけに違和感があったんだよ。彼の誕生を轟博士は知ってました。タカオ君の誕生に技術的なアドバイスもしていた。ただ、その頃もう僕が産まれていました。新しく産まれた子供にあまり興味は無く、博士のチームも本来の目的の不妊治療の方に戻っていったと言っってます。
最初から完全体に強い興味を持っていた塩尻さんは、人口ゲノムの応用研究を謳って研究所内に別部署を立ち上げていた。ワタルさんがお腹の中にいる頃にはもう計画していたんじゃ無いかな。
完全に政府主導で、最重要国家機密となっているので誰も存在は知らない。深山先生も知らない筈です。国会議員の中でも、知っているのは藤原さんを含めて二、三人の筈です。サーちゃんでさえ知らされてなかった。
博士は一応アドバイザーとして名前を登録はしているみたいですが、殆ど関心はないようですね。
そこで、ミドリとタカオ君が産まれました。僕も本来そこで誕生するはずでしたが、博士の気まぐれなのか途中で博士の管轄に入ったみたいですね。」
トオルが初めてする話に、タケルは驚いた。そんな話は聞いたことは無い。
トオルは、慎重になりすぎて新しい情報をなかなか言わない事がある。トオル曰く、タケルはすぐに感情的になるので、慎重にならざるを得ないらしい。自覚があるので、腹は立つが納得してしまうのが少し悔しい。
「そんな話は知らない!なんだ?何が起きている?大問題だ!」
ソウタがすごい顔をして、トオルに詰め寄った。
「詳しい話は分かりません。博士も名前だけの参加で、たまに塩尻さんを通して相談を受けるぐらいですね。
博士はどういう訳か、来客時には必ず僕を同席させるんです。研究所の話は塩尻さんが話していることで知りました。研究の詳しい中身までは話してくれませんが、技術的な質問をいくつかしてましたね。
塩尻さんでは理解できないので、博士との対談を動画にして持って帰ることもありました。オンラインにすればいいのに、どう言う訳か直接会いに来てましたね。」
「博士は、すべての人工ゲノムに関わっている訳ではないのですか?別の部署だから?博士自身もミドリの誕生を知らなかったという事なんですか?」」
篠山は、明らかに混乱している。
「博士は、今でもミドリの存在を知らないはずですよ。
博士は、自分の技術がどう活用されようとも全く興味はありません。特許という発想もあまりないので、技術に関して、自分の権利を主張することも無い。まあ、政府が機密事項として扱っているので、民間への技術提供は簡単にはいかないでしょうけど。
塩尻さんがどう言う形で新しい部署をオープンさせたのかは謎ですが、多分藤原さん辺りをそそのかしたんじゃないですかね。それにしても随分早くに始めたもんです。先見の明だけは持っているのかな。」
「陰謀の中心に博士がいる訳じゃないと。」
「積極的に参加している訳じゃないですね。ただ、自分の研究のスポンサーが必要だから、塩尻さんに協力することはある。まあ、無自覚に利用されている訳です。
まあこれは、サーちゃんの受け売りですけどね。僕と博士のやり取りなんかを聞いていて、そう思ったらしいです。流石に元夫婦で今でも交流がある訳ですから、博士の性格なんかをよく知っている訳です。」
トオルがやれやれと言う感じで首を振る。トオルはきっと轟のことが心配なのだろう。
「敵はやっぱり塩尻って事なのか・・・。」
ソウタがボソリと呟いた。
「今の所、塩尻さんが黒幕だってなりますよね。」
トオルは、意味ありげに言った。
「そう言えば、轟博士の心情に変化があったって言ってたね。」
ソウタが轟の様子を聞いてくる。
「そうですね。変な言い方ですけど、自分にも感情があることが分かったんじゃ無いですかね。自覚してなさそうだけど。」
「・・・ん?どう言うことだ?」
一瞬、間を置いてソウタが質問する。他の者も、意味がわからずポカンとした顔でトオルの話の続きを待った。
「博士は、感情の起伏が殆どありません。僕は人の感情に対してとても敏感だと思っていたのですが、博士の感情が読み取れずに最初の頃はとても戸惑いました。いつもにこやかに微笑んで優しい喋り方なんですけど、そこに感情を読み取ることはできなかった。
思いの外来客が多く、いつもそこに同席させられるのは少し困りましたが、それ以外は殆ど会話もなく、家の中はとても静かなものでした。
そんな博士の変化に気付いたのはタケルが遊びに来た時だったんですけど、明らかに僕とタケルの会話を楽しんでいるようでした。タケルは博士を毛嫌いしてますから博士のことを殆ど無視していますけど、その反応も含めて楽しんでいるみたいですね。
タケルの人への影響力は凄まじいものがありますね。タケルがある程度の常識を持っていて良かった。もし変な人に利用されたらと思うと・・・ちょっと怖いですね。」
そんなことを言われても困ると、タケルは思う。でもこの間もやたら機嫌良さそうに笑ってたのは、そんなに珍しいことなのか?そもそもタケルに人への影響力があるという自覚はない。少し怖くなってきた。
「俺、そんなこと言われたらもう何も話せなくなっちゃうよ。」
「そんなタケルだからこそ、人の本音を自然と引き出せる。自分の非を指摘されると、ちゃんと聞き入れる柔軟さも持ち合わせている。それはタケルにとって将来すごい武器になると思うよ。
だけどそうだな・・・、良くも悪くもタケルは純粋すぎる。そこ付け込まれるとちょっと厄介なこともあるかも知れない。いつも理性的に物事を判断する訓練が必要かも知れないな。」
ソウタの言葉には見守ろうとする優しさを感じる。何となく、父親というものはこう言うものかとタケルは嬉しい気持ちになった。それと同時にソウタをはじめとして、深山家の人たちが悲しむようなことは絶対にできないと気を引き締めた。
「前に、博士は研究のことを工学的に考えている話をしました。博士の興味はいつも実験の結果であり、反応でしか無かった。そこに人の感情を考慮すると言う発想は無かったんでしょうね。
僕達に出会うことで、タケルとワタルさんの性格の違いや、僕にも感受性というものが備わっているのことが分かり、人に感情というものがあることを実感出来たみたいなんですね。
今は、タケルの行動にすごく興味があるみたいです。タケルは表情が豊かですからね。観察していて飽きが来ないのだと思います。」
「何だよ、それってすごく気持ち悪い。」
タケルは本当にブルっと震えて、鳥肌がたった。他の人もみんな微妙な顔をしている。
「本人にも説明出来ない感情の動きってありますよね。思いがけずに湧きあがる感情に自分でびっくりする事だってあります。感情って自分の中から自然と出て来るのだと僕は思います。博士はそういう事が分からなかった。
サーちゃんは、何らかの発達障害なのかも知れないと言ってました。ただ、誰でも他の人と違うところがあるのは当然で、それは個性と言われる。それが世間とどれだけズレているかの問題だとも言ってました。人は社会性があり群れを作る動物なので、その群れの中でどう折り合いをどうつけるかが大事なんだと。
サーちゃんは、もしかしたら世間との折り合い方を見つけ始めたのかも知れないと言ってました。僕もそう思いますね。」
「待ってください。博士に世間との齟齬なんてありますか?社会的に成功している類の人だと思うのですが。」
篠山が疑問をぶつけた。
確かに、態度や行動におかしな所は見えない。物腰柔らかな優男の仮面の下に冷酷な本性を隠している、それがタケルの轟に対する評価だ。
「表面上はきっと分からないですよ。博士は周りの人に表情を合わせているんです。それも無意識に。博士はそれが感情なのだと思っているのかも知れません。
それはそれで一つの感情の現れ方なのかも知れませんが、人の感情ってもっと複雑じゃ無いですか。博士にはそんな深いところまでわからないんです。そういう意味で博士に腹芸は使えない。
そして倫理観が かなりズレているのは間違いないですね。でも優しい人ですよ。人に危害を与えるような人じゃない。自分の好奇心に従順なだけです。」
「それが最近変わって来たと・・・。詳しく聞きたいね。」
ソウタは興味をそそられたのか身を乗り出して来た。
トオルは淡々と博士の様子を話していく。




