不審なミドリの動き
家に帰ると、トオルからメールが来ていた。
「ミドリを見た。気をつけろ。」
タケルは慌ててトオルへ電話をかけ直す。
短い呼び出し音の後、トオルが電話に出た。
「もしもし、タケル?」
「ああトオル、俺だ。俺もミドリを見た。こっちを見て笑ってたけど・・・なんだか俺の知ってるミドリと違うと言うか・・・うん、なんか怖かった。」
タケルは、ホーム越しにミドリと会った時の話をした。
「そうか。タケルも見たんだ。僕は電車の窓越しにミドリを見たんだ。向こうはこっちに気付いてなさそうだったけど、タケルが目的だったのかも・・・。タケル、トウコちゃんも危ないかもしれない。気を付けて。」
「えっ?どう言うこと?なんでトウコが関係してくるの?」
タケルは意味がわからない。
「用心に越した事はないってことだよ。後1週間は夏休みが続くだろ?なるべくトウコちゃんのそばに居て。相手が急に動き出して来たから、その間に対処の仕方も分かってくると思う。」
「分かった・・・。」
タケルは少し大袈裟だとも感じたが、もしもトウコに何かあったら大変だと思い直してそう言った。
電話を切って10分もしないうちに、トウコが外出先から帰ってきた。
「ただいまー。あれ?タケル帰ってたの?なんだか怖い顔してるけど、何かあったの?」
リビングに入るなり、トウコはタケルの顔を覗き込んだ。
「おかえり。ちょっとね・・・。トウコ、今日何か変わった事とか無かった?」
「何よいきなり。っていうか何かあったの?」
タケルは、今日あった事を説明した。
「俺の知ってるミドリじゃ無いみたいで怖かった。ジュンとコンタクトしたことも偶然だとは思えない。だから、トウコにも注意して欲しいんだ。」
「そんなこと言われても、ミドリさんの顔も見たこと無いし、どう注意すればいいのよ。ねぇ、写真とか無いの?」
トウコの言う事は尤もで、顔もわからない相手に何を注意すればいいのだろう。タケルは自分が冷静では無い事を自覚して、軽く深呼吸をした。
「ごめん、そりゃそうだ。ちょっと待ってて。」
タケルは、スマホの画面に指を滑らせて、ミドリの写真を探す。
「子供の時しか持ってないけど。」そう言いながら、トウコに一つの写真を見せた。
サッカーに試合の後、4人で撮った写真だ。ミドリとフミカがベンチに座り、その後ろにユニフォーム姿のトオルとタケルが並んで立っている。トオル1人だけ澄ました顔をしているが、後の3人は楽しそうに笑っている。
多分、最後にみんなで撮った写真だ。思い返せばフミカが死んでから、そうやって写真を撮ることは無かったんだなと、タケルは感傷に耽る。トウコも、何か感じるものがあったのか、優しい目で写真を見た。
「いい写真ね。こっちの、おとなしそうに見える子がフミカちゃんね。ということは勝気な感じの子がミドリさん・・・。あれ?この子・・・。」
トウコは、怪訝そうな表情で考え込んだ。
「どうしたの?ミドリの顔に何か心当たりでも?」
タケルの心がざわつく。
「うん、でもどうなんだろう?今日似てる人に声をかけられたんだ。駅で南北線の乗り換えを聞かれてね。地下鉄が初めてで自信がないから確認したって言ってたけど、すごく綺麗で中性的と言うのかな、ショートカットの髪がすごく似合ってて、凛々しい感じの人だった。しばらく見惚れてたもん、私。
乗り換え駅を伝えたらすぐ『ありがとう。』って去って行ったし。もしミドリさんだとしても、偶然なのかなぁ?でもそんな偶然ってある?」
自他共に認めるほど鈍感なタケルも、流石にこれは偶然だとは思えない。ミドリの目的はなんだろう?タケルは頭を抱える。
「とりあえず、夏休みの間は俺がトウコのそばにいる。絶対にオレが守る!」
あまりにも真剣で勇ましいタケルの様子を見て、トウコが笑い出した。
「なんで笑うんだよ。俺、真面目に言ってるんだぜ?」
タケルは憤慨する。
「ごめんごめん。だってタケル、それじゃあまるで愛の告白だよ。」
「そんなつもりじゃ・・・。」
タケルは、急に恥ずかしくなってしどろもどろになる。
「うんうん、分かってるって。タケルありがとうね。」
トウコは、にっこりと笑った。
タケルの顔はますます赤くなる。それを誤魔化すかのように、横を向きながら「とにかく、気を付けたほうがいいってことだよ。」とややぶっきらぼうに言った。
日付が変わる頃、ワタルが帰ってきた。
最近、仕事以外にも調べ物が多く、帰ってくるのが遅い。無理をしているのではと家族みんなが心配しているものの、「体力はあるから、5時間も眠れれば大丈夫、心配いらない。」と本人はケロリとしている。
「ワタルさん、おかえり。今日も遅かっったね。ご飯温めておくから、先にシャワーでも浴びといでよ。」
トイレから出てきたタケルが、ワタルに気付いて声をかけた。
「ただいま。じゃあちょっとサッパリしてくる。夜になっても暑くて嫌になるね。」
ワタルはブツブツ言いながら、風呂場へ向かった。
「悪いね、晩飯の準備させて。もうみんな寝たのかな?」
「うん、俺は気になる事があって、考えてたら眠れなくなった。」
タケルは、今日の出来事ををワタルに話す。
「本格的に動き出してるな。父さんはなんて言ってた?」
「ソウタさんは、立場上周りに目立つからね、動きにくくて歯痒いって言ってた。家族の警備を強化するしかないって。ユミさんも、不安そうだった。」
「そりゃ、篠山さんに内緒で行動することなんてできないよね。だから俺が調べてるんだけど、それでも細心の注意が必要だからね。元々優秀なジャーナリストなんだから、勘が鋭くって。」
タケル自身、ほとんど篠山と話すことはないが、自分の尊敬する先輩の娘だからなのか、トウコとはよく話をするらしい。トウコも子供の頃からよく遊んでくれた篠山をずっと信頼していたと言っていた。
「俺はあんまり話したことが無いから、篠山さんの印象なんていつも忙しそうだなってぐらいだけど、トウコやソウタさんはかなりショックを受けてるよね。篠山さんってそんなにこの家に溶け込んでたのかって、ちょっと意外だった。」
篠山が、仕事以外の用事で深山家に来るところを見たことが無い。タケルも挨拶ぐらいしか会話をした記憶が無かった。
「父さんも篠山さんの事をすごく買ってたからね。信頼もしてたし。だから、お前達がここに来た時、中央駅まで迎えに行ってもらった訳だしね。ある程度事情を知っている篠山さんなら、安心して任せられるってもんさ。
そういやぁ、篠山さんがウチで飯食って行くことが無くなったなぁ。お前がこの家に早く馴染めるようにって配慮なのかもしれないけど、人懐っこいお前に遠慮したってしょうがないしな・・・もしかしたらお前を警戒してるのか?」
ワタルは意外なことを言ってくる。
「なんで、俺が警戒されなきゃいけないの?」
「だって、お前すぐ人を油断させて、その人の本音を引き出したりするだろ?」
トオルにも、同じような事を言われたのを思い出した。タケルはそんな事を意識したことが無いが、本当にそうなのだろうか?
「そういやミドリに会った子、金谷って言ったよな?」
唐突にワタルが聞いてくるので、タケルは驚いた。
「そうだけど、ジュンがどうしたの?」
ジュンは、藤原の勉強会でミドリと会っていた。とても偶然だとは思えない。多分タケル達に何らかの揺さぶりをかけて来たのだろう。タケルがそう言うと、ワタルはそれだけじゃ無いかも知れないと言う。
「博士が研究で使う試薬を仕入れている会社があるんだけど、そこの上層部に金谷って人物がいたんだ。取引自体は全く問題のない普通のものだけど、なんか色々疑ってしまうね。博士と金谷氏は面識があるようだし、研究のこともある程度は知っているみたいなんだよな。ジュン君からなんか聞いた事無い?」
「確かご両親はジュンが小さい時に離婚してて、父親とは、離婚してからは会ったことはないって言ってた。ジュンは今お母さんと住んでるんだけど、家でも父親のことは全く話さないみたい。でも、苗字は変えてないのかな?なんか複雑な事情でもあるのかな?
それにしても・・・どこまで計算されてるんだろう。ジュンは本当にいい奴で、誰かに仕組まれた友達だって思いたくは無いし、ジュンのプライベートを勝手に調べるのは抵抗がある。必要な事だと分かっているけどね。」
ジュンとの友情まで疑わなければいけないのかと、タケルはウンザリする。そんなタケルの様子に気付いたのか、ワタルは苦笑いをしている。
「確かに、人のプライベートな部分を調べるのは気分がいいもんじゃない。でも、これぐらいの事をすぐに調べられなかったら、敵には勝てない。完全に情報戦になっている。
お前の話を聞く限り、お前達の友情は本物だと思うよ。だって、人の感情に敏感に反応するトオル君がリラックスして付き合えるんだろ?ジュン君の事は信頼できるさ。それにしても本当にお前は感情がすぐ出るねぇ。隠し事が絶対にできないタイプだ。」
タケルは顔を顰める。
「いつもそれで、みんなに揶揄われる。単純で鈍感でって。」
不貞腐れるタケルを見て、ワタルは笑う。
「多分、お前のそういう所に相手を油断させる何かがあるような気がする。一卵性双生児って言っても、育った環境でやっぱり違いって出るもんだと感じるね。」
「初めて会った人にも、野生児だって言われる・・・。」
眉毛を下げて情けない顔をするタケルに、ワタルは大笑いする。
結局、ワタルの食事が終わるまで、2人は会話を続けた。そして、家族の安全を最優先にする事をワタルと再確認して、タケルは部屋に戻った。




