2回目の夏休み
新京市に来てから2回目の夏休みは、何だかゆっくりと時間が過ぎて行った。
学校でスポーツをしたり、カフェでジュン達とおしゃべりをしたりと、日常はあまり変わらない。
深山家にトオルが来た日の話は何だったんだろう。普段とほとんど変わらない夏休みに、タケルは肩透かしを喰らった様な気分で緊張感は無くなっていった。
実際タケルに出来ることは何も無い。トウコもあの日以来普通に戻っていた。
あの日以来変わったことと言えば、ユミがよく笑うようになっただろう。
タケルに対しての緊張感がゆっくり解けているのか、2人で話すことも増えてきた。自然な感じで笑うユミに、タケルは何だかくすぐったいけど暖かいものを感じていた。
ワタルとは色々話をした。
トオルと初めて会った時は衝撃的だったと、ワタルは言った。眼に見える表情と違う感情が、トオルから読み取れる。タケル以外でゲノムプリンターで産まれた人に初めて会ったが、初めての経験だと驚いていた。
タケルは、物心がついた時から当たり前の事だと思っていたし、周りの人間も同じだと思っていたから、ワタルの感想は何だか不思議に思えた。
同じ様にトオルの感情を読み取る事が出来るミドリも一緒だったし、改めて村での環境が特殊だっったのではないかと思える。
「多分、タケル達だけが僕の感情を読み取れるのは、博士も気付いていない筈だよ。博士も知らない、研究の副産物なんだと思う。」
トオルはそんな風に言っていた。博士が知らないと言うことは、何が原因なんてことは解るはずも無い。だから下手に博士が興味を持って色々調べられるのはゴメンだともトオルは言う。
それに関しては、タケルも同意見だ。
「でも、サーちゃんはきっと気づいているよね。」タケルがそう聞くと、「僕がワタルさんに会った時の事を話したら、そういう事かって納得してた。」と答えた。
「何となく気付いてはいたんだけど、別にテレパシーの様に考えている事がわかる訳じゃなくて、感情を読み取れるだけだからね。ミドリもいたし、そんなに僕達のことに違和感は感じなかったって。原因は解らないけど、僕達の間だけ共感性が高くなったんだろうって、サーちゃんは言っていた。」
トオルはそう言って、少しだけ悲しそうな顔をした。フミカのことを考えているのだろう。
フミカは、ひどく孤独を感じていたはずだ。知らなかったとはいえ、何度もフミカを傷つけたのだと思うと、タケルは何だか悲しい気分いなった。
「俺、来年から北海道に行くことになったんだ。」
いつものように3人でランチをしている時に、ジュンがそう宣言した。
夏休みが中盤に差し掛かり、毎日がとても暑い。そんな何もしなくても汗が噴き出す様な暑さに辟易としながらも、外でサッカーをした後のことだ。
暑過ぎて頭がクラクラする。トオルは付き合いきれないと早々に木陰へと避難したが、それでも気温は高く汗が止まらないとぼやいていた。
「えっ?どういうこと?」
カフェに入り、冷たい水をお代わりしてやっと少し落ち着いた。そんな時にいきなり重大発表をするものだから、タケルはジュンが何を言っているのか一瞬分からなかった。
「防衛か外交の方へ進むってこと?ジュンは前からすごく興味があるって言ってたし。」
トオルが言った。さっきまであんなに暑そうだったのに、そんな事を忘れたかの様な涼しげな顔をしている。タケルは未だ汗が止まらない。背中が濡れて、とても気持ちが悪い。
「そう、外交部の専門課程が北海道で受けられる。外交や海外との通信を中心に実践的にやるんだって。今年に入ってから、少しずつ外国の情報も増えて来ただろう?専門職の育成が急がれてるんだって。俺の担当の先生が勧めて来たんだ。」
ジュンは、目をキラキラさせながら話す。ずっと外の世界に興味があって、出来れば海外にも行ってみたいといつも言っていた。昔は人工衛星で自分の位置を知ることが出来たと聞いたことがあるし、航空機を使えば、外国はそんなに遠い場所じゃなかったらしい。ジュンはその時代に憧れを持っていた。
ジュンの言った通り、確かに最近外国の情報がよく入る様になった。中国を始めとした大陸の方もやっと情勢が落ち着いてきたと聞くし、情報が入りやすくなったのかも知れない。
鎖国だからと言っても全くシャットアウトしている訳ではなく、少人数ではあるものの海外で外交員として働いている人間もいる。今まで、治安が安定しない所が殆どで、危険な仕事だから最小限の派遣にとどめていたけど、これからは増えていくのかも知れない。
「トオルも医学部に入るって聞いたけど、何、研究でもするの?おまえのトコの博士の手伝いでもするのかい?」
ジュンが運ばれたサンドイッチを頬張りながら、トオルに聞き返す。
「この間お前ん家行った時やたら機嫌が良かったから、轟の奴も後継者が出来たって喜んでんじゃないの?」
3日前に行った時、轟が少しハイテンションだったのを思い出した。何だか気持ちが悪いとタケルの方はいつもより機嫌が悪くなった訳だが・・・。
それにしても、2人とも将来のことをしっかり考えている。タケルは、将来何をしたいのか決めかねている。一応、興味があって法律を専攻しているが、将来にどう繋げていくかよく分かっていない。
「僕は、研究より患者に関わる医者になりたいと思っているけどね。」
トオルがそう答えると、ジュンはすごく意外そうな顔をして聞いた。
「トオルは人と関わるのが嫌なんだと思ってた。1人で試験管とか振りながら研究してるイメージっていうの?」
ジュンの反応に、トオルは苦笑いをする。
「何だよそのイメージは。ドラマかなんかの見過ぎだよ。今はコンピュータ上のシミュレーションが主体で、最終段階でしかそんな実験しないよ。今の研究者はどちらかって言うとモニターに張り付いている事の方が多いよ。」
「そんなもんなんだ。」
タケルも意外だった。科学の研究って観察とか実験が主体だって思っていた。
「仮説を立てて、シミュレーションで実験を繰り返した後、最終的にリアルで確認する感じかな?まあ、何を研究するかで変わってくるとは思うけど。少なくても医療での実験はマウスとか動物実験は必須だから、なるべくリアルの実験は最終までしないことが増えてきてるよ。」
「まあ、殺生は最低限の方がいいよな。ビーガンまで行くのはしんどいけどね。」
ジュンの言葉に、タケルが続く。
「人間は雑食性の動物だから、動物性のタンパク質への欲求は自然な事だと思う。考え方の違いがあるのは仕方ないから、ビーガンを否定しないけどね。」
タケルは肉が好きだ。どんな主義主張があっても、人に迷惑をかけなくて合法なら、それは個人の自由であるとタケルは本気で思っっている。
「俺、外交の勉強も兼ねて政治の勉強会みたいな所もちょこちょこ覗いてるんだよ。深山代議士の勉強会もオープンになってたから一回行ったぜ。思ってた以上に明るくてエネルギッシュな人だな。保守だとかリベラルだとか関係なく柔軟に対処して行くって言う感じが好感持てる。いい人に後見人になっって貰ったな。」
ジュンが、話題を変えてきた。将来の夢へと進む準備なのか、いろんな所へ行って勉強しているらしい。
「へへっ、ソウタさんは家でも明るくて優しいよ。ジュンの行動力もすごいね。でもそれってジュンのしたい事と関連があるものなの?」
タケルはジュンの行動力を褒めつつも、政治に興味があったことに驚いた。
「別にどこかの政治理念に染まろうってことじゃ無いけど、どんな思想を持ってどんな政治を目指しているかって、客観的に見る力を持ちたいってところかな。外国ならもっと考え方の違いとか出てきそうだろ?いつも客観的に相手を見る力が必要だって、俺の先生が言ってた。」
「なるほどねぇ。」
ジュンの話は説得力がある。他にも歴史やニュースなどもなるべくいろんな視点から見る様に心がけているらしい。自分の意見を入れずに客観的に見ることで、見えてくることも多いと言っていた。
「藤原代議士のところも行ったぜ。おまえらも言ってたけど、意外に理想が高いんだな。勉強会だから余計にそうなんだろうけど。それよりも隣に座った子が、やたらキレイな子でドキドキした。
髪はショートカットで割とマニッシュな感じなんだけど、圧倒的に美人で人形みたいだった。昔のハリウッドの女優みたい。なんかクラッシックな正統派美人って感じかな。ちょっと気が強そうな話し方が、そういう印象にさせるのかな?気が強そうって言っても、上から目線って訳じゃなくて、自分の意見がしっかりしてるって感じだった。あんまり笑わなかったけど、つっけんどんな感じもしなかった。」
よほどその子が気になったのだろう。ジュンは少し興奮気味にその時の話をした。
「へぇ、そんなに可愛い子がいたんだ。ラッキーじゃん、連絡先とか聞かなかったの?」
「可愛いというより、本当に美しいって表現がピッタリだな。緊張して連絡先とかとても聞けなかった。でも一緒に写った写真をもらったぜ。ほら、この子。ムチャクチャキレイだろ?」
ジュンが差し出したスマホを見て、タケルは固まった。その様子を見てトオルも訝しむ様な顔をして、ジュンのスマホを覗き込んだ。
「ミドリだ・・・。」
トオルは、そう呟く。
「えっ?ミドリって前に聞いたことある。おまえたちの幼馴染?すごい偶然だな。」
「偶然・・・だよな。トオル、おまえミドリから新京市に来るとか連絡でもあった?」
タケルは、動揺が隠せない。それはトオルも同じようで顔が強張っている。
「いや、何も聞いてない。ジュン、これっていつの写真?」
2人のただならぬ雰囲気にジュンも動揺したようで、困惑した表情で答えた。
「えーっと、8月の4日だったかな。この頃立て続けで色んな所に参加してたから・・・ああ、そうやっぱり8月4日で間違いない。」
ジュンが写真のデータを見てそう答えた。
「10日前か・・・、まだこっちにいるのかな?タケルもジュンも少し気を付けたほうがいいのかもしれない。」
トオルは、少し緊張した面持ちで2人に忠告した。
「えっ?どういうこと?一体何に注意するっての?」
ジュンは、訳が分からないと言う顔で聞いてきた。
「どうも誤解があって、オレ・・・ミドリに恨まれてるみたいなんだ。だから、オレと仲が良いジュンにも迷惑がかかると悪いから・・・、念の為にね。」
そう言いながら、タケルはなぜミドリに恨まれているのか納得していない。
トオルがタケルの補足をする。
「ミドリとはメールのやり取りをしてるけど、なんか様子がおかしいんだ。タケルの幸せを許さないみたいなことばかり書かれている。誰に何を吹き込まれているのか知らないけど、用心に越したことはない。」
タケルは、泣きそうになる。(なぜ、ミドリはオレがフミカを死に追いやったと思っているのだろう?オレだってフミカの死は辛かった。その気持ちは一緒じゃないと思っているのか?)
「お前たち、なんか変なことに巻き込まれてるのか?オレじゃ、力になれないか?」
ジュンの言葉で、タケルは我に帰る。
「何かに巻き込まれてるのは確かだけど、何に巻き込まれてるのかよくわからないんだ。」
タケルは、情けない顔をしながらジュンに答える。
「ジュンには、全てを話す。でもまだ僕たちさえ、相手が誰で、何をしたいのかよく分かってない状態なんだ。今話しても、ジュンを危険に晒すだけになってしまう。もしかしたらしばらく僕たちと距離を置いたほうが良いのかもしれない。」
トオルは、用心するに越した事はないとい言う。タケルも同じ気持ちだ。ジュンに何かあったらと思うと、怖い。
「オレは、自分の身ぐらい自分で守れる。だから、オレの力が必要な時はいつでも言ってくれ。それに今更距離をおいても同じだと思うぜ?今まで通り、普通にしてりゃ良いんじゃないの?」
ジュンはそう言いながら、ニカッと不敵に笑った。
「ありがとう。でも無理はしないで欲しい。」
タケルはそう言うのがやっとだった。
自分たちが研究で生まれて来たことを、いつまで隠せるものでは無い。いずれ世間に公表されることがあるだろう。その時ジュンはどう言う反応をするのだろう。今まで通りとはいかないのでは無いかと、タケルは不安になる。
タケルの心配を知ってか知らずか、タケルとトオルの顔を交互に見て改めて快活に笑った。
「なんだか、すごい秘密がありそうだな。何を聞かされてもオレはお前たちの味方だぜ?それは変わらない。今まで付き合ってて、お前たちが良いやつでオレと仲良くしようって気持ちはわかっている。それに何か迷惑をかけられても、それはお前たちのせいじゃ無いだろう?お前たちも巻き込まれてる側じゃん。」
「ジュンには本当のことを言うべきかもしれない。でも本当に巻き込んで危険な目に合わせたく無いんだ。それに・・・、本当のことを言ってジュンに嫌われるのが怖いと言うのもある。」
ジュンは、少し驚いた顔をしてトオルを見る。そして、真面目な顔をして2人に話しかけてきた。
「お前たちの足手纏いにならないように、危ないときは逃げることにするさ。それにいつか本当のことを言ってくれるんだろ?
でも、何があってもオレはお前たちの味方だってことは、覚えておいて。」
「ありがとう。」
タケルは、改めてジュンがすごい奴なんじゃないかと感心するともに、心から嬉しいと思った。
ジュンと別れて、駅までの道を2人で話しながら歩く。
「やっぱり、ミドリはジュンのことを知ってて近づいたのかな?」
タケルは、この期に及んでまだ偶然だと思いたい。しかしトオルは、あっさりとタケルの希望を打ち砕く。
「偶然はあり得ない。でもジュンと連絡先を交換してないと言うことは、今は僕たちに自分の存在をアピールしただけかもね。そのうち向こうから接触してくるとは思うけど、なんだかこのままじゃ全てが後手に回って、向こうの思うがままってのがなんだか嫌な感じだね。
ところで、篠山さんの事であれから何か分かった事ある?」
「ワタルさんが毎日会うけど、いつもと変わらないって。まあ、篠山さんが何か関わってるって決まってないし、注意深く見ていくって言ってた。」
タケルは霧がなかなか晴れないこの状態に、フラストレーションが溜まっている。それはトオルも同じようで、焦りのような苛立ちの表情を見せる。タケルは、そんなトオルの表情を初めて見たような気がした。
地下鉄の駅で、トオルと別れた。
ホームに降りて、ふと向かいを見る。トオルが乗ったであろう電車が発車して行くところだった。
電車が出て行った後のホームに、1人の女性がいる。ショートカットで白いTシャツにデニムといった、ラフな格好をしていた。スタイルがいいのでそのラフな服装がとても格好がいい。
タケルは、なんとなくその女性を見ていた。女性は最初俯いていて顔が分からなかったが、やがてゆっくりと顔を上げてタケルの方を見て・・・笑った。
タケルは背筋が寒くなっていくのを感じた。タケルはその女性を知っている。
「ミドリ・・・。」
タケルがそう呟いた時、電車が入ってきた。
本当は、ミドリに何があったのか聞くべきかもしれない。でも、ミドリの笑顔が何か禍々しいものに見えた。タケルは恐ろしくなり、思わず入って来た電車に飛び乗ってしまった。




