増え続ける疑問
みんな、驚いた顔でワタルの方を見た。特にトウコは心無しか青ざめている様に見える。
「ただの偶然だろ。なあ、トオル。」
タケルはトオルに同意を求める。これ以上話をややこしくしたくない。
でもトオルはあくまでも冷静だ。ソウタに篠山のことを聞いた。
「僕はここに初めて来た時、駅まで迎えに来てくれたぐらいしか接点が無いのですが、篠山さんと言う人はどう言う人物なんですか?」
「偶然よ!!そんなはずはないわ。だって・・・。」
ソウタが答える前に、トウコが叫んだ。その様子を見るソウタも頭を振りながら篠山を擁護する。
「ワタル、お前の記憶力は確かだと思う。でも、篠山君は俺の右腕としてずっと支えてくれてたのはお前も知っているだろう?俺は、人違いだと信じたい。」
ソウタはそう言いながらも確信は持てない様だった。
「篠山さんはどう言う経緯で、ソウタさんの秘書になったの?」
タケルが聞く。
「篠山君は・・・。」
言いかけて、ソウタはトウコを見る。トウコは今にも泣き出しそうな顔をしている。
「篠山君は、トウコの実の父親である渡辺ジュンイチの会社の後輩だった男だ。ジュンイチは俺の基礎学校からの親友で、結婚してからも家族ぐるみの付き合いだった。
ジュンイチはニュースセンターでジャーナリストをしていて、篠山君とコンビを組んでいろいろ取材をしていたんだ。ジュンイチは篠山君のことを『少し神経質なところはあるけど、細かいところまでよく見ている。良いジャーナリストになる。』といつも言っていた。篠山君もジュンイチのことを本当に尊敬していて、コンビを組んでいることを誇りに思っている様に見えた。
俺も入れて3人でよく飲みにも行ったよ。普段おとなしいのに、仕事の話になるとすごく情熱的に話をしていた。信念を持って仕事をしている所に好感を持てたね。今考えると博士の研究のことも聞きたかったのかとは思うけど、あまりしつこく聞いてくることも無かった。」
タケルには、情熱的に話をする篠山をイメージ出来ない。トオルも同じ反応を示す。
「僕は、ここに来る時の一度しか会ったことはないですけど、物腰は柔らかく必要最低限の話しかしないイメージですね。情熱的に仕事の話をするのは意外でした。」
「彼はあんなふうに見えるけど、中々内に熱い情熱を持っている男だよ。」
そう言って、ソウタは少し笑った。
「俺は知らなかったんだけど、ジュンイチはずっと博士と藤原さんの関係を怪しんで、研究を含めた癒着を調べていたんだ。研究内容が内容だけに、良からぬ事に利用されるのじゃないかって。ただ、ジュンイチがどこから研究の話を仕入れたのかは、今となってはよく分からない。篠山君も詳しく聞いていないと言っていた。少なくとも今までは篠山君の話を疑った事もなかった。
ジュンイチが、研究のことを調べていたのを俺に話したのは、ワタルが産まれた頃からかな?その頃の俺は、裏でどんな駆け引きがあるのかなんて無頓着で、少子化を根本的に解決できるかもしれない研究に参加できたことが誇りだった。そしてワタルの誕生が本当に嬉しかった。あまりリスクについて危機感がなかったんだな。本当に呑気だったんだ。
北村先生の赤ちゃんが亡くなった頃ぐらいから、呑気な俺にも博士に対して違和感が出てきた。そして、君たちが産まれることを聞かされた時、悩んだ俺はジュンイチに色々相談する様になった。
研究所のやったことを公表することも考えたんだけど、篠山君がね、『下手に動いても揉み消される。それに世間に変なふうに伝わって、子供達の人権が脅かされる危険があるので、ここは慎重に動いた方が良い。』と言ったんだ。俺はかなり熱くなってたけど、篠山君にそう言われて冷静になれた。あのまま感情に任せて公表していたらと思うと、ゾッとするね。とてもじゃないが、君たちに合わせる顔がなかっただろうね。その事がきっかけで、俺は医者を辞めて政治の世界に進むことを決めた。準備に5年かかった。
準備が出来て、いよいよ次の選挙で出ようって時に・・・。」
ソウタは、そこまで言い掛けて少し黙った。そしてトウコを見つめる。その顔は優しくてとても悲しそうに映った。
「ジュンイチが事故に遭った。夫婦で乗っていた車が郊外の山道でガードレールを突き破り、崖下に落ちたんだ。2人とも即死だった・・・。
トウコはその時、たまたま俺の家に預けられていて助かった。俺はトウコを引き取ることに迷いは無かったよ。」
トウコはユミに肩を抱かれて少し震えている。前にトウコが5歳の時だったって聞いた気がする。両親のこともしっかりと記憶にあるのだろう。
フミカの妹のメグミも、遺骨の入った小さな箱を見てフミカの死を悟り、泣きじゃくったと聞いている。小さな子供でも、もう会えないと分かるものだとタケルは思う。
震えるトウコを優しく見つめて、ソウタは続ける。
「研究の事を調査している最中での事故だったから、篠山君は誰かに殺されたのではないかと疑った。結局は本当に事故だったのでそれは無いんだけど、それでも篠山君は研究所に関わる誰かじゃ無いかと疑っていた。
俺が政治の世界に入り、研究の暴走に対して闘う事を知った篠山君は、協力したいと申し出てくれたんだ。篠山君はジャーナリストとしてのキャリアを捨てて、俺の秘書になってくれた。初めての選挙から、ずっと二人三脚で頑張ってくれているんだよ。
君たちを迎えに行って貰ったのも、ある程度の事情を知っているから、安心して頼めたのもある。」
「両親が亡くなって、パパが選挙活動に入ってこの家も忙しくて、私はその時期1人で置いてけぼりになったような気がしてとても不安だった。パパとママが忙しくしている時でも、兄さんと篠山さんが気をかけてくれて、ずっと声をかけてくれてたの。おかげであまり寂しくはなくなった。家にいる時のパパとママも本当に可愛がってくれているのが分かってきて、私は普通に笑えるようになったわ。
私にとって、家族にしてくれた深山家の人たちと同じように、篠山さんには感謝している。」
トウコは、小さいながらもしっかりした声で。そう言った。
「トウコ・・・、大丈夫よ。何かの間違いよ。私も篠山さんを信じる。ねぇあなた・・・。」
今まで、ほとんど口を聞かずに話を聞いていたユミがトウコに話しかける。
「そうだな。・・・俺も篠山君を信じたい・・・。」
ソウタは、そう答えつつも少し歯切れが悪かった。篠山が、キミコと繋がっているかも知れないという事実は、ただの偶然とするにはやはり無理があるのだろう。
ワタルは、トウコとユミの様子を少し不思議な表情で見ていた。篠山の電話の内容と一緒に何か引っ掛かるものがあるのかも知れない。トオルも考え事をしているようで、黙り込んでしまった。
結局、篠山のことに関して何か他にわかる訳もなく、毎日篠山と顔を会わすソウタとワタルが様子を見てみるということで、話は終わった。
トオルは、夕食を食べてから帰って行った。
今日はずいぶん長い一日だったと、タケルは思った。家族もみんな少し疲れているようにも見えた。トウコは特に、寝耳に水といった内容の話も多かったと思う。
それでも、夕食時にはみんなで和気藹々と楽しい時間を過ごした。
「君の事を本当の家族のように思っている。だから、またぜひ遊びにきて欲しい。」とソウタは見送りの際にトオルに言った。
トオルは珍しく、照れたような顔をして感謝の意を示していた。
夕食の後片付けをした後、ユミと2人で話した。
思えば、ここに来て初めて2人だけで話したかも知れないと、タケルは思った。
ユミは、改めて今まで黙っていた事と、自分自身が産む事ができなかった為、自分の子供だという自覚持てなかった事を詫びて来た。
「どうしても自分の子供だという実感を持てず、自分で育てると強く言えなかった。北村先生が育ててくれるという提案にホッとしてしまったのも事実。本当にあなたは悪くないのに、ひどい母親だね。」
そう言うユミに、タケルは自分は村で育って本当に幸せだったことを伝えた。
トオルの比較対象として自分が生まれて来たのなら、やっぱり外からの干渉の少ない村で育った事が良かったのだと思うこと。ユミは、ある意味被害者なのでそんなに罪悪感を持たないで欲しい。
自分の子供が知らない間に他の人に出産された。そんなユミの気持ちに共感することは難しいが、それでもユミが自分に愛情を注ごうとしていることは理解しているし、それで十分だ。
タケルは自分の気持ちを率直に話した。
「北村先生の元で育てられたあなたたちが、幸せだったのは見ていて感じた。2人とも本当に素直なのね。人を妬むような感情がないというか・・・自分をしっかり持っているのね。」
ユミはそう言いながら、優しく微笑んだ。
真夜中になっても、タケルはなかなか寝付けなかった。疲れているのに、今日の話を思い出して頭が冴える。タケルは水を飲もうと、1階におりた。
リビングルームまで行くと、トウコが1人でお茶を飲んでいた。
「トウコも眠れないの?今日は色々話して疲れたよね。」
タケルが話しかけると、トウコは少し驚いたようにこっちを見て少し笑った。
「タケルかぁ。うん、なかなか眠れなくって・・・、タケルもそうなの?」
「まあ、そんな所だよ。まだまだ分からないことだらけで、どうしても考えてしまう。それで水でも飲もうって。」
タケルは、そう言って水を持ってトウコの向かいに座った。
トウコは、今日の話を振り返った。
「タケルもトオル君も、冷静だったよね。・・・自分たちのこと受け入れているの?私は篠山さんの話とか聞いているうちにすごく怖くなった。篠山さんを信じたいと言う気持ちと、よく分からない陰謀がすぐそばにあるって言う恐怖感で、混乱してしまった。
タケルもそうだけど、トオル君は他人事にも見えるぐらい冷静で・・・怖くないのかなって。私と違って、当事者なのに・・・。」
「俺たちは、何となく予想してたからね。それでも予想を遥かに上回るような話もあって、俺はやっぱり混乱してた。トオルもやっぱり、混乱してたと思うよ。」
タケルは、頭を掻きつつそう言った。
「タケルはともかく、トオル君はそんな風に見えなかったけど・・・。何だか、なんの感情も持ってないような・・・。ごめんなさい。言葉が悪いよね。」
トウコは、トオルのことをどう表現すれば良いのか分からないと、首を横に振った。
「サーちゃんがね、トオルは論理的に考えることが得意だけど、感情を表現することが難しいんだって言ってた。脳の仕組みがそうなっているだけで、むしろ誰よりも感受性が高いんだって。だから、人に誤解されやすいんだ。何考えてるか分からないって。」
タケルは、何人の人にこう言う説明をしたのだろう。トオルが必要以上に傷付くのは嫌だから、初めて会う人全てにこう言う説明をしているような気がする。反対にトオルの気持ちがよく分からなくて、フミカのように辛いと思う人もいるのだと、今日初めて知った。
「ごめんね。今日トオルくん会ってみて・・・少し戸惑ってしまって、いつも一緒にいるタケルは分かるんだけど、ワタル兄さんが初めて会うのにトオルくんの事、前から仲良くしてたみたいに理解できるのが・・・、ごめん、何だか寂しいっていうか、亡くなったフミカちゃんだっけ、こう言う気持ちだったのかなって・・・ごめん、私何言ってんだろ。
信頼していた篠山さんの事もあって、すごく混乱してる。」
トウコは、何度も『ごめん』と言いながら、自分の気持ちを話した。
タケルは自分でも何故だか分からないのだが、トウコに対して優しい気持ちになった。
「今日はいろんな話をしたもんね。俺やトオルも初めて聞く話ばっかりだった。トウコが混乱するのはしょうがないよ。
俺、何があってもサーちゃんとトオルのことを信用してる。少なくとも、絶対に俺からは裏切らない。・・・俺、トウコのことも絶対に裏切らないし、信用してる。トウコに俺の事、何があっても信じていてなんてとても言えない。でもトウコに信頼される男でいたいって思った。」
タケルは熱弁した後、ハッと我にかえり何だか恥ずかしくなって顔が熱くなった。
トウコは、目を丸くしてしばらく沈黙した後、プッと吹き出した。
「タケル、それじゃあまるで愛の告白みたいだよ。」
「いや・・・あの・・・、俺はトウコが混乱してるって言うから・・・。」
タケルがしどろもどろになっていると、トウコがにっこり微笑んで言った。
「ありがとう。私もタケルを信じる。とにかく何があっても私たちは『仲良し』って言うことに間違いないっってことだね。じゃあ、大丈夫だ。トオルくんとも理解しあえるはず。何も出来ないかもしれないけど、タケルたちの力になれるかも知れない。」
そう言うトウコに、タケルは感嘆する。
「トウコはすごいね。混乱するような事が起きても、受け入れる事ができる。自分の出来ることで頑張るしかないって前に言ってたけど、ほんとにその通りだよね。いい意味で楽天的になれるトウコは、すごく頼もしく見える。」
タケルがそう告げると、珍しくトウコは顔を赤らめて照れた。
しばらくトウコと話した後、何となく安心できたタケルは穏やかに眠る事ができた。




