秘密の開示1
トオルはゆっくりと深呼吸をして、ソウタの話を聞く。
「轟博士は、今でこそ遺伝子操作の第一人者のように思われているけど、元々はナノテクノロジーの研究をしていたんだ。学生時代からかなり優秀で周りからも期待されていたらしい。
北村先生とは学生の時に知り会ったそうだ。専門は違うものの、お互いリスペクト出来る良い関係だったって北村先生は言っていた。自然に恋愛関係になり結婚した。学生結婚だったらしい。」
サエコの昔の話は初めて聞いた。トオルはタケルの様子をチラリと見る。轟とサエコの関係を知った時、タケルはショックを受けていた。案の定複雑な表情をしている。
トオルは轟の経歴をなんとなく知ってはいたが、改めて聞くとナノテクノロジーという言葉にポイントがあったのだと思った。それでは「医学」ではなくて「工学」だ。
トオルは、轟に迷いや恐れの様なものがない理由がわかったような気がする。そういうところで、サエコとも価値観の食違いがあったのだろう。
そしてトオルは、自分でも驚くほど冷静に一つの結論に至った。
「卒業後、轟博士は国の最先端技術研究所に、先生は国立中央病院にと、それぞれ就職した。2人とも仕事に忙しかったが、なるべく2人の時間を作って幸せだったそうだよ。特に先生は医師としてのスキルを順調に上げて、すごく充実した毎日を送っていた。」
ソウタはそこまで言って、ひとつ息を吐いた。トオルとタケルの顔を確認するように一度見回してから、続きを話し出した。
「君たちは、Y染色体の劣化による少子化問題は全世界的に深刻な状態なのは知っているね。フレアとの関連を言われているが、原因はよく分かっていない。少子化問題で人類が絶滅する危険性が現実味を持ってきている。世界中の研究室で染色体の復元を目指しているが、あまり良い成果は得られてないようだ。
今の不妊治療は、Y染色体に頼らずに無理やり受精卵に持っていくようなやり方をしている。それは根本的な解決じゃあないのは分かるよね。事実、成功確率が低いし、何かしら障害を持った子供が生まれる危険性も高い。こんなやり方じゃあ、何世代も保たない。」
トオル達の世代にとって、このままでは人類は確実に絶滅することは当たり前の事として認識されている。深刻なことは理解できるが、当たり前すぎて返って実感することもなく、意識することもあまり無かった。少子化を解決するべく研究を志す先輩達もいるのだが、彼らも別に人類の存亡を賭けたというような気負いを持っているようには見えない。
人類が絶滅するのなら、何をどうしても止めることはできない。トオルは漠然とそう思っている。多分みんな似たような感情ではないかとも思う。
「北村先生も若い頃、仕事の傍らにDNAのシュミレーションを色々試していた。コンピュータ上では上手くいくのに、それを現実の細胞に実現するのは、どうしても出来なかった。染色体の劣化が進みすぎてどうしようもないんだ。どう編集を繰り返してもやっぱり無理だった。北村先生も色々悩んでいたみたいだけど、ふと轟博士の研究を利用できないかって思い付いた。そこで・・・、」
ソウタはそこまで言って黙った。言いにくいことなのだろう。いい言葉が見つからないようだ。
「轟博士は、その時どんな研究をしていたのですか?」
トオルは、ソウタに質問する。
「博士は・・・ナノレベルで使える3Dプリンタを研究していた・・・。トオルくん、君はもう分かってしまったんだね・・・。」
ソウタは、少し辛そうにそう言った。
「はい、多分・・・でもそれじゃあ、僕は生物ですらないのでしょうか?」
「何を言ってるんだ?そんなわけないだろ!!」
タケルが声を荒げた。タケルも理解したはずだ。ただ、認めたくないのだろう。
「タケルは、一部だけDNAの修復されていて、・・・僕は全ての遺伝子が人口的に作られたものなのですね。」
トオルは、頭が凍りつくような錯覚を覚える。
「そうだ。その通りだ・・・。」
ソウタは吐き出すように言った。タケルは呆然としている。
トウコも初めて聞く内容だったのだろう。やはり呆然としている。ユミは今にも泣きそうな顔をしてタケルの方を見つめていた。
ワタルは全てを知っているようで、黙って宙を睨んでいた。
「俺らがサーちゃんを憎むことがあるかも知れないって、この事だったんだ。サーちゃんが発案者だなんて・・・。サーちゃん達にとって、俺たちはただの実験対象って事なのか?じゃあ、なんで俺たちを引き取って育てようとしたんだ?」」
タケルは、悲しそうな顔をして独り言のように言った。
「タケル、まだ話は終わっていないよ。深山先生、続きをお願いします。」
「・・・、分かった。」
ソウタは、軽く深呼吸をして続きを話し始める。
「北村先生のアイディアに博士はとても興味を示してね、2人は共同で研究を始めたんだ。内容がセンセーショナルな事は自覚していたから、博士の研究所から政府に根回しをしてもらい、研究は秘密裏に行われた。最初の頃、研究は面白いほど順調だったと先生は話してくれたよ。
俺はその頃まだ研修医で、先生は俺の指導教官だった。医者としての先生は本当に優秀だったよ。専門の外科医としての技術も病院でトップクラスだし、丁寧な応対もあって、患者からの信用も高かった。俺は心から先生を尊敬してたし、今でも先生の指導を受けたことは俺の誇りで、俺の政治に対する考え方にも大きく影響している。俺は先生達の研究も興味があったから、実験の手伝いなんかもしていたんだ」
本当に尊敬しているのだろう。ソウタは懐かしそうに当時を振り返った。
サエコの誠実な診療は、村でも絶大な支持を得ている。サエコの患者に対する真摯な向き合い方は、本物だとトオルも信じている。そこには絶対に嘘はない。
「研究を始めて10年んぐらい経ったかな。動物実験で良い結果が出て、人での臨床実験に入ることになった。先生は自分の卵子を使いたいと言ったんだ。その時先生はもう40歳を超えていて子供を産む最後のチャンスだった。先生は子供を諦めきれなかったんだね。
俺もその頃はもう結婚していて、やっぱり子供が欲しいと思ってたから、臨床実験に参加することにしたんだ。上手くいけば少子化の根本的な解決につながるという気概も感じてたしね。」
「ワタルさんはその時に産まれたのですね。サーちゃんが子供を亡くしたことがあるっていうことはなんとなく聞いていました。サーちゃんの方は上手くいかなかったのですか?」
トオルは少しワタルを気にしながら質問する。ワタルは、ずっと難しい顔をして黙っている。
タケルとトウコも、表情が一瞬強張ったが黙って聞いている。
「その通りだよ。」
ソウタは、小さなため息と共にそれを認めた。
「先生の方はなかなか良い成果が得られなくて、ワタルが産まれる1ヶ月ぐらい前にやっと着床に成功したんだ。その後もなかなか順調と言えずに結局早産で、産まれた時から危険な状態だった。1週間も持たずにその子は亡くなってしまったよ。」
「なんとなくしか聞いたことがなかったけど・・・、サーちゃん辛かったんだろうな・・・。」
タケルが、自分のことのように悔しがる。
トオルは、フミカが死んだ時のことを思い出していた。
フミカの両親にカウンセリングをしていたとき、サエコはどんな気持ちだったんだろう。
「先生はずいぶん自分を責めていたよ。轟博士も、もちろん悲しんではいたんだけど・・・、どうも先生は博士と温度差を感じたみたいで、しばらくして2人は離婚したよ。研究は協力していたけどね。」
「フミカが死んだ時、サーちゃんはどんな気持ちでおじさん達の心のケアをしていたんだろう。」
タケルもフミカが死んだ時を思い出したようで、辛そうに呟いた。
「フミカって、確か事故で亡くなった君たちの幼馴染だね。話では聞いていたよ。昔を思い出して辛いって言ってた。」
ソウタも辛そうな顔をする。
「サーちゃんは、なんでそんなに辛い思いをしながら研究を手伝ったの?」
タケルは、ソウタに質問する。サエコが、そうしてまで研究に協力する事に納得できないようだ。
「研究は、大袈裟に言えば人類の未来がかかっているからね。医師としても責任を感じていたんだと思うよ。誰よりも責任感の強い人だからね。」
トオルは、ソウタの代わりに答えた。サエコの性格上研究を投げ出すことはできなかったんだと思える。
「博士は多分・・・実験を医学では無く工学的に考えていて、サーちゃんは博士の考え方に違和感を持っていたのかも知れませんね。もう夫婦として暮らせなかった。でもサーちゃんは研究はもう自分で止めることは出来ないと考えて、それなら自分の経験を少しでも役立てようとしたのでしょうか?」
トオルの言葉に、ソウタはハッとした顔で反応した。
「なるほど!そう言うことか、トオルくんのいう通り博士は実験を工学的に考えていたんだね。だから・・・、いやそれにしても・・・。」
ソウタは、苦々しい顔で何かを飲み込んだように見えた。いろいろ思うことがあるのだろう。
ソウタはしばらく、考え事をするように腕を組んで沈黙した。
「ワタル兄さんとタケルがこんなにそっくりなのは、やっぱり理由があるの?」
トウコが、ソウタの沈黙を破るように質問をした。
その瞬間、ユミがびくりと体を震わせて反応した。今にも泣きそうなのをじっと耐えているようだ。
ソウタは、そんなユミを優しく見つめながら話しかけた。
「ユミ、いいんだね。」
「私は大丈夫。タケルは事実を受け止める事が出来る強い子よ。いつかはタケルに、そしてトウコにも伝えなくてはいけない事だもの」
ユミは震えながらも、キッパリと言った。
「そうだね、分かった。タケル、君とワタルは歳はちがうけど、一卵性双生児なんだ。」
子供たちは、それどれ思うこともあったようで、あまり驚くことは無かった。
ソウタは、子供たちの様子を見回してから、一呼吸を置いた。
そして、子供達の秘密が開示されて行った。




