謎の少年
新京市に来てから、2回目の夏休みが近づいてきた。
表向きには特に変わったこともない平和な日常が続くが、トオルは、轟の家に来る客達のことがかなり気になっっている様だった。
「来る人たちの立場を考えると、絶対にただの不妊治療とは言えないよね。すごく裕福そうな人か、お金に困っていそうな人、両極端なんだよ。」
トオルはそんなことを言っていた。
「自分達の都合に良いように遺伝子を組み替えてるってこと?もしかして人体実験とか?」
「それはあるかも知れない。自分の子供が、美しくとか頭がいいようにって言うのなら、倫理的にはともかくそんなに不思議でもないのだけど・・・。」
トオルの答えは、歯切れが悪かった。確証の無いことを言いたくはなかったのかも知れない。
「そうだとすると、轟のやつとんでもないな。」
タケルも自分達が何らかの遺伝子操作を受けているのは間違いないので、轟の研究は気になるし、人体実験をしているとすると、許せることでは無い。
「少なくとも、僕たちは実験体なんだと思う。」
トオルは、人ごとのように言った。
多分そうなんだろう。タケルは自分でも意外なほど冷静にその事を受け止めている。
暑い日が続く。ジュンとトオル、いつもの三人で昼食を取っていた。
「トオルは、暑く無いのか?何でそんなに涼しい顔ができるんだよ。」
タケルは、理不尽な文句を言う。
「暑いけど、そんなこといちいち気にして無いよ。暑いのは仕方ないんだから。それにこの顔は生まれつきだよ。」
トオルは、笑いながらタケルに答える。
「トオルって、最近普通に笑うようになったよね。前はなんか孤立してるんじゃ無いかって心配してたけど、意外に他の奴とも普通に喋っている・・・。」
ジュンはトオルの顔を見て、感慨深そうにしていた。
「多分、僕は人見知りが激しすぎるんだと思うよ。やっと慣れてきたんだね、きっと」
「なんか、他人事みたいな話し方だな。まあ、トオルらしいけど。」
トオルの物言いに、ジュンがケタケタと笑った。
学校でのトオルは、相変わらず1人でいることが多かった。ただ、周りの人たちに普通に話しかけられているところを見ると、孤立しているわけでもない。
たまに、タケルやジュンの友達と一緒になることがあるけど、「思ってたより話せる奴」と、トオルの評価が変わることも多かった。
今では、トオルは極端にコミュニケーションが苦手だけど本当はいい奴とみんなに評価され、そっとしておいてくれている。
本当は喜ばしい事なのだが、タケルは少し複雑な感情を持つ。
トオルが意識的に笑顔を作る練習をしていたことを、タケルは知っている。
人間関係を円滑に進める手段として、”笑顔”を活用しているとトオルは言っていた。
タケルには、無表情でも村にいた時の方が、トオルの感情は豊かだったように思える。そんな努力をするトオルのことが無性に悲しく思えた。
人一倍感受性の強いトオルにとって、大勢の人と関わるストレスはかなり大きいはずだ。
(トオルは、村に帰りたいと思ったことは無いのかなぁ。)
タケルはたまにそんな事を考える。
三人でたわいの無い話をしながら昼食を食べていると、トオルの背中越しに見知らぬ少年が立っていた。トオルはまだ気がついていないようだ。
少し茶色がかった真っ直ぐな前髪がサラサラと揺れている。まだ基礎学校を卒業してないのだろう、とてもあどけない顔をしている。170cmぐらいあるのだろうか、結構背は高い。
「君は誰?何か俺たちに用事?」
タケルが少年に話しかけた。
振り向いたトオルは、驚いたような顔をした。トオルは、この少年を知っているみたいだ。
少年は、年齢にそぐわない落ち着いた声で自己紹介をする。
「こんにちは、北村トオルさんですよね。僕は塩尻タカオって言います。初めまして。」
タケルは塩尻と聞いて身構えた。トオルも内心焦っているのが分かった。
「うちにたまに来る、塩尻さんの息子さんかな?」
「ええ、僕も去年一度お邪魔したんですが、その時は残念ながら会えませんでしたね。」
タカオはにっこりと微笑んだ。
タケルはタカオの微笑みにひどく違和感を覚えた。うまく説明できないが何か無機質な感じがとても嫌な感じがした。
ジュンには、タカオの表情に不自然さを感じなかったらしい。いつもの人懐っこい顔で話しかける。
「トオルに用事?応用学校に来るには年齢が低いかんじだけど、見学かな?」
「はい、来年進学です。この学校に憧れてて一度来てみたかったんです。」
タカオは微笑んだまま、ジュンに答える。
「へぇ、塩尻さんの息子さんなら、成績が優秀なんだろうね。」
トオルはもう落ち着きを取り戻していた。多分、いつも以上に感情を出さないようにしている。
「成績はギリギリですよ。もっと頑張らないとここに来れなくなってしまう。今は猛勉強中です。」
タケルは、タカオの笑顔が鼻について仕方なかった。タカオの全てがわざとらしく思えた。トオルもタカオに少しイラついているようだが、きっとタカオやジュンは気づいていないのだろう。
「君が本当にここに来たいのなら、成績は心配いらないよ。確実にここへ来れるはずだ。」
「なんで、断言できるんだ?」
ジュンは、不思議そうにトオルに聞いた。
「何となくね。」
トオルは曖昧に答えたが、タケルには分かった。
きっとタカオは目立つ事のない様に成績をセーブしているんだろう。塩尻はこんな子供に何をさせようとしているんだ?
タケルは、塩尻に対して怒りを覚えた。
「お昼休み中にすみませんでした。無事ここへ入学できたらまたよろしくお願いします。トオルさん、本当にイメージ通りの方で会えてよかった。もっと色々話を聞きたいところですが、これで失礼します。」
タカオは、礼儀正しい挨拶をして去っていった。
「なんか可愛い顔してるのに、営業マンみたいな話し方で面白いやつだな。」
ジュンのタカオに対するとぼけた評価を聞いて、タケルとトオルの吹き出してしまった。おかげで2人の緊張は解けていった。
「ジュンは、いい奴だね。」
トオルは、ゆったりとした表情でそう言った。
「うん、ジュンが友達でよかった。」
タケルも、しみじみとそう思った。。
「何だよ、いきなり。気持ちが悪い!!」
ジュンは、顔を真っ赤にして照れた。
帰り道、タケルはトオルと今日の出来事について喋りながら歩く。
「今日来たタカオって子、目的は何だったんだろう?すぐ帰っちゃったけど。」
「うん、本当に挨拶に来ただけだと思う。これから動き出すからよろしくってことか・・・。自分の存在を隠す気はないようだ。」
トオルはほとんど独り言のように答えた。いつも以上に深刻そうな顔をするトオルに、タケルは不安を覚える。
「何かが始まっちゃうんだね。」
「そうだね。やっと自分達の見える形になってきた。・・・タケル?今度お前の家に行っていいかい?出来れば深山代議士に会って聞きたいことがある。・・・それとも、やっぱりタケルは怖い?」
慎重だったトオルが、いよいよ動き出すのだとタケルは身震いした。
トオルがソウタと話すということは、とうとう自分達の出生の秘密を聞くことになるのだと覚悟を決める。
「俺は、大丈夫。前も言ったけど俺たちが何者でも、ここに生きていることには変わりがないから。ソウタさんも一度お前に会ってみたいって言ってたから、時間をとってくれると思う。一つ分からないのは、轟の奴は何で今までトオルに何も言わなかったんだろう。トオルに感情があるって思っていなさそうな冷酷な奴だから、早くに話して自分の研究の手伝いとかさせても良さそうだけど。」
「博士に対する偏見がすごいな。」
トオルは苦笑いをしながら続けた。
「あんな風に見えるけど、僕は愛情を感じる時があるよ。倫理観が大きくズレているけどね。僕に無理やり教えることはしたくないと思っている様だよ。・・・一緒に住んでいて少し情が移ったのかもね。それに、轟博士は研究のことしか知らない。研究が及ぼす影響なんて何も興味がないからね。サーちゃんの話だと深山代議士は研究のコントロールを目指そうとしている様なんだよな。」
「研究を辞めさせようとはしないの?危険なものだと思うけど。」
ソウタが研究をコントロールすると聞いて、タケルは大きな疑問を持つ。
「どんな研究も使い方次第だよ。技術自体に善悪はない。それに、一度作られた技術はもう止められないと思うんだ。博士がこの研究をやめたとしても、誰かが後を続けることになる。それなら誰かが悪用を考える前にコントロールできた方が絶対安全だ。」
「・・・なるほど。」
タケルはトオルの言わんとすることは理解できた。でもコントロールが完全にできるとは思えなかった。
「でも、絶対に抜け道ができそうだよね。」
「技術が安定するまで、いろんなところでイタチごっこが始まるだろうね。最善を目指すしかないんだ。多分解決はしない・・・。」
「そうか、だからソウタさんは医者を辞めて政治家になったんだ。サーちゃんもそうだけど、僕らを守ろうとしてくれてたのかな?」
「うん、僕らを守ることが技術の悪用することへの闘いでもあるんだろうね。」
「俺たちも、もう戦える年齢になったってことだな。俺にはまだ雲を掴む様な話だけど・・・全てを知ることから始まるわけか。」
自分の出生の秘密を知ることへの不安はもちろんある。それでもタケルは知らなくてはいけない。そう思うタケルの顔は少し勇ましくなっていった。




