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タケルとトオル  作者: みゆき
22/59

藤原代議士

 新京市に来て、1年が過ぎた。

 表向きは特に変わったことがなかったが、トオルはいつも周りを気にするようになっていた。


 去年の夏、塩尻に連れられてきていたあの少年は、あれから一度も顔を見せてはいない。塩尻は藤原と来ることの方が多く、1人で来ることも滅多に無かった。


「一体あの少年は何者なんだろう。」

 あの時、轟は塩尻の息子だと説明していたが、あの雰囲気はどうも親子には見えないと、トオルは感じていた。

「一度遠目で見ただけなのに、あの不思議な存在感はなんだろう。それにあの時彼は僕に気づいていて、絶対に僕のことを睨んでいた・・・。」


 トオルは自分の部屋でぶつぶつ独り言を言いながら、考え事をしていた。

 人前では、ほとんど見せないトオルの癖だ。多分この癖はタケルも知らないのではないかと思える。

 口から出た言葉が耳に再入力されることにより、冷静で客観的な答えが見つかることが多かった。

「やっぱり、彼は僕たちと同じ仕組みで生まれてきたのだろう。少子化を解決するための研究が違う形で動き出そうとしているのはわかる。遺伝子の研究は倫理観との兼ね合いが必要だし、それを無視すると社会に混乱をもたらすし・・・。それぐらいならすぐに想像できるけど・・・具体的に何がどう利用されようとしてるのかなんだよな・・・。あの少年は、最初から教えられて育ったんだろうなぁ。それがどういう思想によるのかはともかく・・・。塩尻と藤原はやっぱり共謀しているのか?・・・だめだ、考えがうまく纏まらない。」


 ミドリのことも気になるし、謎の少年や、タケルとワタルの関係など、全てが轟の研究からきていることは分かるのだが、それがどういう風に動き出しているのかまるで情報が掴めない。轟は研究のことしか頭に無いし、何がどうなろうと興味もないようだし・・・。サエコもトオルたちが轟の研究で生まれたことを認めたが、それ以上は分からないみたいだ。

「いや?何か僕たちに隠していることがあるのか?研究を手伝っていた事以外にも・・・。」

 そこまで考えて、トオルはドアがノックされていることに気がついた。

「トオルいないの?」

 タケルの声が聞こえた。


「なんだ、いるじゃん。返事がなかったから、今日来るの忘れてどこかへ行ったのかと思った。」

 タケルが、少し早口で言いながら部屋に入ってきた。

「ごめん、考え事に夢中で気が付かなかった。」

 トオルは、頭をかきながら笑った。

「それって例のこと?」

「まあね。」

「でもずっと何も起こらないね。トオルの心配し過ぎってことない?」

 タケルは、楽観的なことを言いながらも顔を曇らせている。何もないと思いたいのだけどやっぱり不安だと、タケルなりに複雑な感情があるのだろう。

「多分、何か起こるはずだよ。それが、どのタイミングでどうなるのかまだ分からないだけで。」

 タケルはますます顔を曇らせる。

「後になって、あの不安はなんだったんだろうってなればいいのにね。敵がいるのかどうかも分からない状況はしんどいよ。」

「うん。」

 タケルも、近い将来大きなトラブルに巻き込まれる予感は確信になってきているのだが、勘違いであってほしいと願っているのだろう。


「タケル、今日お客さんが来るんだ。」

「えーっ、また来るの?なんで俺たちまで紹介する必要があるんだよ。あいつら俺たちのことジロジロ見て気持ちが悪いんだよなぁ。」

 確かにタケルのいう通り、来客に紹介されることは憂鬱である。でも今日の来客は藤原である。

 トオルは、タケルと藤原、塩尻の反応を見たかった、それで、わざと藤原の来る時を選んでタケルを家に誘った。

「黙っててごめん、今日来るのは藤原代議士なんだけど、会ったことある?」

「えっ、あの藤原?ソウタさんの会話でたまに出てくるだけで、実際に会ったことはないよ。ソウタさんとよく対立してるイメージかな?」

「よくニュースでやりあってるのを見るね。実際はそれなりにリスペクトし合っているようにも見えるけど。」

「うーん、ソウタさんがどう思ってるのかは分からないなぁ。でも、家で藤原代議士の悪口を言うことはないよ。まぁ、ソウタさんは家で仕事の話はほとんどしないけどね。」

「多分、藤原代議士はいろんなことを知っていると思う。しかも口が軽い。」

「えっ。そうか・・・なるほどね・・・。」

 タケルは驚いたようだが、なぜ今日誘われたかは察したらしい。


 トオルは、タケルの人の本音を引き出す力で、何か新しいことが分かるのではないかと期待していた。

 分からないのは轟の態度だ。今日の藤原とタケルの邂逅を、トオルより楽しみにしているように思えた。ただ単に反応が見たいだけなのかもしれないが、不思議な人だと思う。


「俺は、どうしたらいい?」

 タケルが聞いてくる。

「何も・・・、自然体でいいよ。変に畏まると相手も警戒するだろう?」

「そんなもんかな?」

 タケルはいつになく緊張しているようだ。そんなタケルがおかしくてトオルは笑ってしまった。

「本当に、お前は嘘とか隠し事とかできないんだから。でもそれが相手をリラックスさせて信用させるんだから、ある意味すごい特技だね。場を和ませる天才だよタケルは。」

「なんだか、バカと言われてるような気がするぞ?」

 タケルが膨れる。

「褒めてるんだよ。お前は本当いい奴だ。」


 タケル以上に緊張していたはずの、トオルまですっかりリラックスしてしまった。

 トオルは、タケルが一緒にいてくれることが本当にありがたいと思った。


 轟が藤原が来たことを知らせに来た。

 トオルは軽く深呼吸をして、タケルと共にリビングへと向かう。

 リビングに着くと、すでに藤原はソファーに座っており、その傍らに姿勢良く立っていた塩尻がトオルたちに軽く会釈をしてきた。

 いつもトオルのことをじっくりと観察するように見てくる塩尻が、タケルには興味が湧かないようだ。

 今日も、反応を見逃すまいとばかりにトオルに粘着質の視線を送ってきて、気持ちが悪い。


「よお、トオル久しぶりだな。あれ、その子はタケルか?話では聞いていたが本当にワタルにそっくりだな。」

 藤原は、トオルたちを見るなり捲し立ててきた。相変わらず騒動しい。

「初めまして、北村タケルです。」

 タケルは多少警戒感を持っているようだが、それでも物怖じすることもなくニッコリと笑って自己紹介をした。

「知ってるよ。深山くんの所に居るんだろ?てっきり養子縁組してるんだと思ってたけど、そうじゃないんだな。あそこの娘もそうだけど、深山くんのそう言うところはよく分からんね。」

「藤原先生、余計なことを言うとまた深山くんに起こられますよ。ほら、タケルくんが驚いている。」

 轟が、藤原の口の軽さをやんわりと藤原を牽制した。

「ふん、やれプライベートがどうとか面倒臭い。まあ、いい。タケル、深山の家は居心地がいいか?深山くんもワタルも真面目すぎて退屈だろう?」

 藤原は、ニタニタ笑いながらズケズケと聞いてくる。でもタケルも負けてなかった。

「みんないい人で、僕は幸せですよ。ニュースでよく見させて貰ってますけど、藤原さんに比べられたら、みんな真面目で退屈な人になってしまう。」

 藤原に対して、結構失礼なことを平気で言うタケルに、轟が少し慌てているのがおかしかった。

 タケルは、藤原に対してどう接すればいいのかを一瞬で掴んだのだろう。本人はまるで意識していないと思われるが、タケルは初対面の相手でも距離感を的確に掴むことができる。

「はははっ。こいつは中々大物だな。俺にそんなに遠慮なく言えるとはな。俺が誰だか分かってて言ってるのか?」

 藤原が豪快に笑い出した。タケルはキョトンとしている。

「轟くん、ワタルと同じ顔をしてても性格はこんなに違うもんなのか。面白いな。」

 藤原は、タケルのことが気に入ったようだった。相手の懐にすぐ飛び込むことができるのがタケルのすごい所だと、トオルは改めて思う。


 藤原がタケルを気に入ったのが意外だったのか、塩尻がなぜか不満そうな表情でタケルを少し睨んでいた。

 塩尻に対しての不信感が、トオルの中で益々大きくなっって行く。

 ただ、塩尻は裏で何かをするには小物感が拭えないでもいた。まだ、トオルの知らない大物が控えているのかも知れないと、トオルは考える。

 最初は藤原が、中心人物なのではと疑っていたが、どうもそれは違う。

 藤原は、ただ声が大きく影響力があるだけの人物で、誰かがそれを利用しようとしているのだと、最近トオルは確信している。


「お前は、深山くんの仕事に興味はないのか?中々良い政治家になれそうだな。」

 藤原は、タケルが本当に気に入ったようだ。

「政治家って難しいでしょ?僕には務まらないと思いますよ。」

 タケルが答えると、藤原は意外なことを言い出した。

「何、政治家なんてバカでもできるさ。ただ、周りをどれだけ優秀な人材で固められるかが重要だ。俺なんて難しいことはよく分からんし、権力に群がる奴らからの誘惑にも弱いが、ここに居る塩尻くんのような頼りになる奴がいるから、偉そうにやってられる。なあ、塩尻。」

「恐縮です。」

 いきなり話を振られた塩尻は、薄く笑って軽く頭を下げた。

「ソウタさんは、いろいろ大変そうに動いているみたいですけどね。それを見る限りバカでもできるとは思わないな。」

 タケルは反論した。

「だから、深山くんは真面目すぎるって言うんだ。もっと力を抜かなきゃ保たんぞ。だがな、『みんなが幸せな良い国にしたい。』そう言う気持ちだけは嘘はいかんぞ。政治家はずっとそう言う青臭いものを持っていなくてはならん。まぁそうじゃない奴も多いのが情けないがな。深山くんは、そう言うところは信用できる。政策の違いからぶつかることは多いが、国を良くしようって言うのは一緒だから、俺は深山くんのことは結構好きだな。」

 藤原は結構良いお爺ちゃんなのかも知れないと、トオルの見る目が変わった。

 タケルも、藤原とは気が合うようで話が弾んでいる。

 轟は、タケルの人を惹きつける能力が面白かったのか、楽しそうに2人のやりとりを見ていた。 

 ただ塩尻だけが一瞬、明らかに侮蔑の眼差しで藤原を見た。


「いや、今日は本当に楽しかったよ。」 

 藤原は、上機嫌で帰って行った。


 2人は藤原が帰った後、すぐにトオルの部屋へ帰ってきていた。タケルは轟を少し気にしたが、轟は研究以外何も関心がなく、タケルたちが何を話しているかは興味がなさそうに見えた。


 部屋に着くなりタケルがトオルに聞いてきた。

「なんだろね。あの塩尻って人、すごく感じが悪い。礼儀正しい振る舞いなのに・・・、なんで藤原さんをあんな風に見るんだろう?藤原さんは気にしてなさそうだけど・・・。」

「タケルにも見えていたんだ。でも藤原さんや轟さんは気付いて無さそうだよ。一瞬の表情だったし・・・、でも普段から塩尻さんが藤原さんをどう思っているのかが分かるよね。」

 タケルも、塩尻のあの一瞬の表情を見逃さなかっったみたいだ。

「藤原さんってニュースで見ていると、元気なだけで何で支持されてるんだって思ってたけど、会ってみると意外に自分を知ってる人なんだな。なんか、ある意味覚悟ができてるんだって感心しちゃった。」

「それは僕も少し驚いた。ただ騒がしいだけの人だと思ってたけど、自分の無能さ加減を自覚してるんだね。国を良くしたいって子供みたいな単純な信念だけど、それが一番大事なんだって思えるね。」

 トオルは、本気で藤原を見直した。


 藤原の祖父は、フレアの時に先頭に立って国を動かした英雄と言われる藤原雅弘だ。現在史の教科書にも必ず出てくる。

 彼はとても豪快な人物で、フレア直後に総理大臣になった。そして持ち前の行動力で、強引に日本の鎖国を遂行し、他国からの干渉を最小限に抑えることに成功した。結果他国より早く、フレアからの混乱から立ち直ることが出来たとトオルも習ったことがある。


(藤原代議士は、祖父の性格を強く受け継いでいるのかも知れない。)

 トオルは、何となくそんなことを考えていた。


「それにしても、何も分からなかったね。」

 タケルが残念そうに言ってきた。

「いや、あの2人の人間関係が見えただけでも大収穫だよ。」

「そうかな。」

「うん、何となく戦う相手の輪郭が見えてきたような気がする。」

 トオルの中で、塩尻に対する不信感は確かなものとなった。それはタケルも同じだったようだ。

「あの、塩尻って人は一体何をしたいんだろう?」

「分からない。それに僕らができることもまだ何もない。」


「俺は、何があってもいいように、覚悟は決めてるよ。自分が何者でも構わない。トオルも俺も存在していることに変わらないのだから。」

 タケルがトオルの目を真っ直ぐに見てそう言ってきた。

 トオルは、新京市に来てから自分が何者なのか不安で仕方がなかった。轟の研究の結果生まれたことは確かだが、自分の遺伝子はどこまで人の手が加えられているのか、正直怖かった。

 タケルはトオルのそんな気持ちを、分かっていたのだろう。

「そうだね。」

 トオルは静かに微笑んだ。

 


 

 

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