増えていく数々の疑問
短い夏休みは、あっという間に終わった。
タケルの夏休みは思いの外、充実していた。
トオルとジュンと会うことが多かったが、深山の家族と過ごすことも多かった。
村で寂しいと思ったことは無かったが、こういう家族の団欒というのが新鮮で、タケルはなんだかくすぐったい様な不思議な感覚があった。
「トウコも明日から学校?」
タケルがトウコに尋ねる。
「うん、夏休み後の学校って、なんだかめんどくさいよね。でも、そろそろ専門課程も決めていかないとだし。私、タケルと違って優秀じゃ無いから色々頑張らないとね。」
「でも、平均より上って聞いたけど?」
「タケルには分からないだろうけど、平均ギリギリじゃあ専門を決める時、色々選べないんだよ。」
トウコは、タケルとは違う学校で、家の近くに通っている。
大体同じような学習内容ではあるが、レベルが違った。
タケルたちの通う学校は、トップクラスの子供たちが集められたエリート校で、基礎学習を80%以上修了した子供だけが入学できる。
タケルとトオルは、基礎学習を全て終了して入学した。学校でも最上位の成績である。
「どんな勉強をしたら、そんなに成績を上げることができるのよ。兄さんもすごく頭がいいし、不公平だわ。」
トウコが唇を尖らせる。
「そんなこと言われてもなぁ。頑張れとしか言いようがないよ。」
タケルは、どう言えばいいのか分からない。
「それもそうね。自分のできる範囲で頑張るしかないよね。」
トウコはすぐに納得した。
タケルはトウコのこう言うところが好きだった。目の前のことをしっかり受け入れて前に向かっていける、しなやかさがトウコにある。
ふと、フミカのことを思い出した。
(フミカにも、この強さがあれば良かったのに。)
フミカが死んだ後で、成績に悩んでいた様なことを聞いた。でも、フミカは決して成績が悪かったわけじゃなくて、すごく努力をして平均を大きく上回っていたらしい。
ただ、そばにいたのはタケルやトオル、ミドリだって、上位1%の中に入る稀有な存在ばかりだった。比べる相手が悪すぎたのだ。
(今まで意識した事なかったけど、なんであんな小さな村に俺たちが集まったんだろう?津山17村に三人もそれも三人とも同い年で、上位1%レベルの成績の子供たちが揃うのは変じゃないか?)
タケルは今更ながら、不自然さを感じた。
(多分トオルは、とっくに気がついてるよな。もしかしたらトオルがこっちに来てから、矢鱈と隠し事をしている様に感じるのも関係しているのか?俺たちがサーちゃんに引き取られたことも、もしかして・・・。じゃあ、ミドリは?)
「タケル!ねえ聞いてるの?」
タケルは、トウコの声で我に帰った。
「ああ、ごめん。考え事してた。」
「もう、さっきから返事もしないんだから。でも、珍しいね。タケルが考え事なんて。」
「それって、俺が何にも考えてないって言いたいの?」
タケルの抗議に、トウコが悪戯っぽく笑う。
「だってタケルはマイペースで、いつものほほんってしてるでしょ?」
「ひどいなぁ。そりゃあんまり悩むこともないけどさ。」
「ふふっ、それがタケルの良いところでもあるんだけどね。」
タケルはそう言われてもあまり褒められてる気がしなくて、眉毛を下げた。
それを見てトウコがケラケラと笑った。
(トウコ笑うと可愛いんだ。今、気づいた。)
タケルは、トウコの笑顔にドキッとした。
「だから、タケルは専門を決めたのかってさっきから聞いてたの。」
トウコが聞いてきた。
「うーん、よく分からないんだ。興味が色々ありすぎて。」
「友達のトオルくんとかに相談とかしないの?」
トウコに聞かれて、トオルとは不思議にそう言う話が出ないことに気がついた。
「そう言えばしないなぁ・・・。なんでだろ?トオルは医療関係に興味がありそうだってことは聞いたことがあるけど。」
「トオルくんって会ったこと無いけど、なんだか物静かでミステリアスな美少年ってイメージ。」
「えーっ?確かに無口だけど、ミステリアスかな?ずっと一緒だから分からないや。」
トウコが変なことを言うので、タケルはなんだか笑ってしまった。
「一度、連れてきてよ。タケルとどんな子供時代を過ごしたのか聞いてみたい。」
「良いけど、トオルはすごく人見知りなんだぜ?トウコにあったらビックリするかも知れないよ?」
「タケルと一緒にいて大丈夫なんでしょ?じゃあ、大丈夫よ。タケルの方がうるさいから。」
どうも、トウコに口では叶わない。
ミドリと同じような憎まれ口を叩くのに、ミドリとは少し違う。
ミドリは気が強く、弱いものイジメが大嫌いで、いつも何かと戦っっていた。
気の弱いフミカや、おとなしいトオルに何かあったら、相手が誰だろうと突っ掛かっていった。
(そうか、ミドリにはトウコのような柔軟さが欠けていたんだ。いつも尖っている。トオルはミドリのそんな所を心配しているのかも知れない。いや、それだけじゃない。ミドリの様子がおかしくなっっていると言っていた。子供の頃の成績とかやっぱり関係あるのか?)
タケルは、自分達の置かれている状況が思っている以上に、複雑で悪い方向に向かっているような嫌な気分になった。。
「タケル?今日は、なんだか変よ。そんな真剣な顔で考え事してると、こっちまで調子が狂っちゃうわ。」
「えっ?そうかな?・・・まあ俺だって考え事ぐらいすることあるさ。」
トウコが心配そうにこちらを見てきたので、笑って誤魔化す。
「でも、たまには真面目な顔の俺も良いもんだろ?」
タケルは、戯けるように言った。なぜかこんな雰囲気はトウコには似合わないと思えたからだ。
(トウコには、いつも笑ってて欲しい。)
なぜそんな事を思うのか、タケルはまだ無自覚だった。
学校が始まって、日常が戻ってきた。
まだまだ暑くて、地下鉄の混雑に辟易とする。
「トオル、おはよう」
「おはよう。」
駅で、トオルと会った。
「なあ、変なこと聞くけど、村に居た時さぁ。フミカが成績で悩んでたって聞いたことあるだろ?」
「いきなり何?」
トオルは、少し戸惑った様な顔をした。
「いやぁ、ちょっと疑問があって。フミカってすごく努力家だったし、成績は良かったはずじゃない?でも俺らがいたから劣等感を持ってたと思うんだ。」
「・・・そうだね。」
「でも、あんな小さい村に俺らみたいなのが三人も揃うってやっぱり不自然じゃない?フミカはその被害者なのかも知れないってさ。」
「今頃気が付いたの?・・・まぁ。そう言うところがタケルの憎めない所ではあるんだけど。」
トオルが呆れた様な顔で、ため息をつく。
「なんだよ。まぁ、俺も鈍感だなぁって自覚はあるけど。なんかさ・・・今更だけど、そう言うことに早く気が付いていれば、フミカもあんなことにならなかったんじゃ無いかって思えてね。」
「うん、でもフミカが悩んでいたのは成績だけじゃなかったと思うけど。」
「えっ?どう言うこと?」
「色々あったんだと思うよ。」
タケルはトオルの思わせぶりな言葉に引っかかったが、トオルは多くは語らない。
「サーちゃんが、なぜ僕たちをあの村まで連れていく必要があったのかってところが問題の根幹だとは思うんだけど、まだ情報がなさすぎて雲を掴む様な話だよね。」
トオルは、やっぱり何か抱え込んでいる。タケルはなぜ自分に相談してくれないのかもどかしい。
「なあ、お前ここに来てからずっと何か考えているだろう?俺にも関係あることだと思うし、ちゃんと話してくれよ。」
「心配してくれるのは嬉しいけど・・・、本当に自分でも考えがまとまらないんだ。」
「トオルでもそんなことがあるの?」
タケルは驚いた。トオルは、どんなことでもすぐ答えを見つけて解決する力があると信じていた。
「そりゃ、情報が隠されてるわけじゃ無いのにほんとにバラバラで。少し分かってきたけど、それがどう言う意味を持つのかまでは分からない。ただ、サーちゃんが僕らを引き取ったのは、避難だったんじゃ無いかって最近思うんだ。僕らが自分で考える力が付くまで、余計なところからの干渉を防ぎたかったんじゃ無いかなって。今言えるのはそんな所だよ。ミドリのことも気になるけど、それに関してはまるで分からない。」
トオルは珍しく情けない顔をした。本当に分かってないのだろう。
「そうか、俺もソウタさんやワタルさんにそれとなく聞いてみようか?何か知ってるはずだし。」
タケルがそう言うと、トオルは笑い出した。トオルが声を上げて笑うのは珍しい。
「なんだよ。」
タケルは、少し膨れっ面をする。
「だって・・・、それとなく聞いてみるって、お前が一番できないことだろう?感情がすぐ顔に出てきて隠し事とかまるで無理だし・・・。」
「俺が馬鹿みたいに言うね。それぐらいできるさ。」
タケルは、ますます膨れた。
「いや、やめといた方がいい。タケルは直球で質問した方が相手も素直に答えてくれるし、それがお前のいい所でもあるんだから。」
そんな事を言われても、腑に落ちない。タケルが反論しようとするとトオルが遮った。
「深山親子に聞くのはちょっと待って欲しいんだ。話を聞く限り、深山家の人たちは本気でお前のことを可愛がってくれてるのは分かる。そこは心配じゃ無いんだけど、そのアクションがどう言う影響を及ぼすのか分からない。多分、慎重にしなくてはいけない様な気がする。僕たち・・・多分ミドリも含めてだけど、すごく大きなことに巻き込まれてる気がしてならないんだ。」
タケルは、これから何が起こるのかと身震いをした。
「サーちゃんは全部知っていたのかなぁ?」
タケルはポツリとつぶやいた。サエコを疑うわけでは無いが、なぜ自分達に隠しているのだろう。
「サーちゃんを疑ってる?」
トオルはタケルのことなどとっくに見透かしてる。タケルは、やっぱり自分は感情がすぐ顔に出るのだと、改めて思った。
「疑ってるって言うより、なんでだろうって気持ちかな。俺たちはまだ子供だから、信用されてないのかなって少し悲しい。」
「多分、サーちゃん自身が迷ってるのだと思うよ。それにサーちゃんは、轟博士の研究のことは詳しく知っているはずだけど、その影響を全て把握している訳じゃない。轟博士は中心人物であることは間違いないのだけど、研究のことしか頭に無いんだ。その研究のをどう利用するかで周りが色々画策してるって感じだね。」
「周りって?」
「博士は、自分の研究が国家機密に当たるって言ってた。だから国の中枢にいる人だと思われるけどね。僕らみたいなただの学生じゃそこまで踏み込めない。」
タケルの不安そうな顔をチラリと見て、トオルが聞いてきた。
「深山氏とは政治の話とかしないの?」
「ほとんど話さないよね。ソウタさんは家ではあまり仕事の話とかしないし。ワタルさんは気にかけてくれてくれてるけどわざと話してくれないのかな?そうだな、なんだか分からないけど、深山の人達は俺を守ってくれようとしている様な気がする。うーん、うまく説明できないね。俺と血の繋がりがあるって言ってたけど、どうもただの親戚って感じじゃないんだ。前にも言ったと思うけど、本当に俺、ワタルさんとそっくりなんだよ。ユミさんが、俺に対してたまに見せる困った様な顔はそれが原因だと思うんだけどね。居心地が良すぎて忘れてるけど、不思議なことばかりだよな」
「当然、深山家の人達は深く関係してるんだろうね。ただ、まだ何も起こっちゃいない。疑問だけが独り歩きしてるって感じで。まぁそこが気持ち悪いんだけどね。」
トオルが軽くため息をついた。
「なぁ、トオル。何かあったら絶対に言えよ。俺も言うけど・・・、1人で抱え込むなんて絶対許さないからな!」
なぜかタケルは泣きそうな気分になった。トオルは1人で動こうとするに違いない。それはタケルを思ってのことだろうけど、それは絶対に嫌だった。何があっても2人で解決しなくてはならないんだと強く思った。
「分かってるよ。」
そう答えるトオルの目はすごく優しかった。




