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タケルとトオル  作者: みゆき
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トオルの日常

 休みの日の午後、リビングの大きな窓から入る日差しが心地よい。

 トオルはこの場所が気に入っていた。今日も静かに本を読む。

 自分の部屋でもいいのだが、窓が小さくて自然の光りがあまり入ってこない。照明は十分あるが、トオルは自然光の下で本が読みたかった。


 トオルが、新京市に来てから一番良かったと思えたのは、学校の図書館が充実していることだった。

 読書がしたいだけならタブレットで事足りるのだが、トオルは紙でできた本が好きだ。

 本の重みと紙の感触を味わいながらじっくりと読み進めていくと、デジタルの文字では得ることができない、濃厚な時間が味わえるような気がする。

 トオルにとって読書の時間は至福のひと時だ。


 一緒に住む轟は、いつも興味深げにトオルの読書をしている姿を見ていた。

 轟は、トオルに対して優しく接しているが、物静かであまり口数が多い方ではない。

 トオルもあまり喋るのは得意では無いので、それぐらいの方が気楽で助かっていた。

 それでも、今まで1人ではしゃいでいたタケルがいないのが、時折寂しく感じることもあった。

 

 トオルが本を読んでいると、玄関のチャイムが鳴った。

(また、お客さんが来たのか。)

 トオルは顔を上げて、リビングのドアの方を見る。


 この家は、意外に来客が多い。

 ここに来て1ヶ月ぐらい経つけど、二、三日に一度は誰かが来る。

 トオルはあまり知らなかったんだが、有名人が夫婦で来ることが多いようだった。何度もここに通ってきている人たちも多く見られた。

 段々と分かってきたことだが、轟は遺伝子研究の第一人者らしい。少子化を食い止めるために、遺伝子レベルの研究をしているようだ。。

 客達は、轟に不妊治療の相談にきているようだった。

 政府関係者も時折訪れることからも、轟の研究はかなり重要なものだと思われる。


 轟はなぜか、必ずトオルを客に紹介する。

 客たちは、その度にトオルのことを興味本位の目でじっくりと眺めてくる。

 あまり他人に興味を持たないトオルでも、流石に居心地が悪いのでやめてほしいのだが、轟は面白そうに観察しているようだった。


 一度、タケルが遊びに来たときに来客があって、タケルも一緒に紹介されて、タケルはとても嫌がっていた。

 タケルは、週に一度は必ずやってくる。

 轟が、2人の様子をじっくり観察するように見てくるので気持ちが悪いらしいが、定期的に通ってくる。

 多分トオルを心配しているのだろう。

 

「藤原先生、こちらへどうぞ。」

 轟が、客をリビングへと案内している声が聞こえてきた。

「藤原?初めて聞く名前だ。」

 トオルは、これから始まる対面の儀式に少々うんざりしながら、客が入ってくるのを待った。  

 藤原は、秘書らしき男を連れて入ってきた。秘書は塩尻と名乗った。塩尻は、じっとトオルを見つめてくる。

 ジロジロ見られるのはいつものことだが、塩尻の視線は興味というより、値踏みされている様な、少し他の人とは違うような気がして、トオルは嫌な気分になった。

 

 紹介された藤原は、呆れる程パワフルな男だった。

 顔のパーツが大きく、脂なのか汗なのか分からないが、顔がテカテカと光っている。歳の割には姿勢も良く、声も大きい。体全体も大きく見えた。

 歳は80近くと聞いたが、年齢不詳に見えた。ただ、それは若々しいと言うより、なんだか、ファンタジーに出てくる魔王のようだった。

 トオルは、「ギラギラ」という表現がこれほど似合う人を見たことがないと思った。


「お前が、トオルか?轟君、やっぱり頭がいいのかね?」

 藤原は、開口一番そういった。

 トオルは、尊大で不躾なその態度に、心の中でため息をつく。

「まだ、どの分野に行くか決めかねているようですが、専門課程の基礎をいくつか修了させてますよ。もちろん基礎学習は全て修了しています。」

「ふーん、それにしても、無愛想な子だな。しゃべれないのか?感情はあると言ってたじゃないか。」


 藤原に、デリカシーと言う概念がないようだ。

(それにしても、この男は僕のことを何か知っている。口も軽そうだ。)

 トオルは、この失礼極まりない男のことを、注意深く観察することに決めた。


「北村君は、なんで戻ってこないんだ。まぁ、あんな口うるさい女がいない方がやりやすくて良いがね。」

「サエコは、地方医療の方に使命感を持っているんじゃ無いですかね。よく分かりませんが。」

「女房のことも分からないのかね?」

「元女房ですよ。離婚してますから。田舎に引っ込んでいても、彼女は優秀なんですよ。」


 トオルは少なからず驚いた。さすがに、轟とサエコが結婚していた過去があるとは、思わなかった。

 トオルは、サエコの過去をまるで知らない。

 トオルの知っているサエコは、村で患者に真摯に向き合う使命感に燃えた医者であり、トオルとタケルを厳しくも暖かく見守る母親であった。

 サエコの過去に興味がないわけでもなかったが、トオルにはそれだけで十分だった。多分、タケルも同じ気持ちだろう。


「それにしても、こいつ、無表情だな。何を考えているか分からん。」

 初めて会って数分で、考えてることが分かってたまるかと思ったが、トオルはあえて感情を殺しながら応える。

「僕は、脳が他の活動に忙しくて感情が表に出にくいのだと、北村先生は言ってました。」

「北村くんは、理屈っぽくて敵わん。」

 多分、サエコとこの男はお互い嫌っているのだろう。サエコが藤原とにこやかに談笑する姿など、想像できない。


「トオルは、タケルと田舎で育ったのが良かったんでしょうね。すごくバランスが良いと思いますよ。精神的に安定している。」

「北村くんは、それを見越してあんなど田舎に引っ込んだのか?」

「それは、分かりませんがね。」

「もう1人の方は、どうなんだ?」

「よくここに遊びにきますが、やっぱりワタルくんに似てますね。明るく素直な良い子ですよ。それにやっぱり頭脳は優秀だ。トオルとの深い絆が見てれる。」

「実験は、成功なのか?」

「結果は、まだ分かりませんねぇ。」

 その時、ずっとトオルを観察していた塩尻の視線が、轟の方に一瞬動いた。


 後半、藤原は下品な話を愉快そうに話し、そのまま帰ってしまった。


「トオル、賑やかな人で、驚いただろう。君はああ言う人苦手だろ?サエコなんて名前が出るだけで不機嫌になるよ。」

「初めて会うタイプの人だから、少し戸惑いましたね。確かにサーちゃんとは相性が悪そうだ。」

 トオルが答えると、轟は珍しく大笑いした。

「そうなんだよ。間に入るのが大変でね。悪い人じゃないんだけど、ちょっとガサツな所があるからね。」

 トオルは、この人でもこんな表情をすることがあるのかと、驚いた。


「轟博士、僕たちは博士の遺伝子研究の実験で生まれた、デザインベビーなのですか?」

 トオルの問いかけに、轟は静かに微笑んだ。

「君は、本当に勘のいい子だね。でもゲノム編集とは違うよ。ある意味で国家機密だからこれ以上言えないけどね。」

 そう言う轟は、少し楽しそうにも見えた。


 


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