残された人達
フミカの事故から2週間が経ち、村は一応の平穏を取り戻しつつあったが、サエコは残された人々の心のケアで忙しかった。
今日は飯島夫妻が診療所に来る予定だ。
サエコ自身、まだショックから立ち直ってはいないのに、フミカの両親に向き合うのは難しい。
サエコ自身、生まれて間もない子供を亡くした過去がある。何年経とうが、悲しみが無くなることはない。
彼らも、この悲しみからずっと付き合っていくしかないのだと思う。
サエコは大きなため息をつく。
午後3時ごろに、飯島夫妻が来た。
「いらっしゃい、診療のような堅苦しい感じでなくて、リラックスしてください。診察室は落ち着かないと思いますので、こちらへどうぞ。」
サエコは、いつもの診察室ではなく、自宅の食堂へ招き入れた。
熱いコーヒーを淹れて、夫妻と向かい合う様に座る。
「大丈夫ですよ。我慢しないで泣いたり、怒りをぶつけてくれても構いません。ゆっくりで良いんです。ここで、行き場のない感情を吐き出してください。」
サエコは、優しく夫妻を促していく。
最初、黙って下を見ているだけだった2人だが、やがてポツリポツリと心情を語り始めた。
なぜ、フミカは1人で森へ行ったのか、何か悩みがあったのか、それが分からなかった自分たちが情けないと、どこにも向けることができない怒りと悲しみの言葉が繰り返されていく。
サエコは黙ってそれを聞いていた。
今は、2人の感情を吐き出させることが一番で、誰かに聞いてもらえるという安心感を持ってもらうことが大切だ。
周りで起こるであろう興味本位の噂話で、夫妻を傷つけ孤立させないためにも、自分に全幅の信頼をしてもらうことが大事だと、サエコは考えていた。
「みんな、メグミのために悲しくても頑張れと言ってくれるんです。早くフミカの死を乗り越えろと励ましてくれるんですが・・・どういうふうに乗り越えればいいのか分かりません。」
マチコは、ボソリと言った。
「乗り越えるのは・・・無理ですよ。ずっと悲しいままです。ましてや忘れることなんてできませんよ。」
サエコは思わず口を挟んでしまった。自分のことを言うつもりは無かったのに、どうしても2人に聞いてもらいたくなってしまった。
「私の産んだ子供は、生後18日で亡くなりました。」
「えっ!」
夫妻は、驚いてサエコを見た。
「生まれた時から、危険な状態で・・・・。なんで、ちゃんと産んであげられなかったのだろうとか、まだできたことがあったんじゃないかとか・・・やはり自分を責めました。」
夫妻は黙って聞いている。これではどちらのカウンセリングかわからない。
「悲しみが無くなることは、ありません。ただ、穏やかにすることはできます。穏やかになった悲しみとずっと付き合っていくしかないのだと思います。無理はしないで、ゆっくりと悲しみと向き合っていく方がいいと私は思うんです。」
夫妻は、静かに聞いていた。
「ありがとうございました。少し楽になりました。」
本当に楽になったのだろう、肩の力が抜けている。表情も少し和らいだようだ。
「また何度でも辛くなることがあると思います。取り留めない会話で楽になることもあります。いつでも気楽に来てください。」
サエコは言った。
「そういえば、フミカが以前こんなことを言ってたんです。」
突然、思い出したように、マチコが言い出した。
「なんで、自分だけトオルくんのことがわからないのだろうって。兄弟の様に育ったタケルくんはともかく、ミドリちゃんもトオルくんが何を考えているのかよく分かってるのにって、もしかしたら、フミカは寂しいと感じていたのかもしれませんねぇ。その時は深く考えなかった・・・。」
「どうしても、いろいろなことを後悔してしまいます。解決しようもないこともここで吐き出して、心の整理をすることは大事だと思いますよ。」
サエコはそう答えながら、心にある疑念が湧いてきていた。
飯島夫妻が帰った後、サエコはミドリのことを考えていた。
(トオルの感情を理解できるのは、タケルとミドリだけと言うことなのか?子供同士なら、無邪気に分かり合える事もあると思っていたけど、ミドリも特別と言うことなのか?)
確かに、ミドリは両親と似ていない。時折感じる、ユウジの意味ありげな視線も気のせいじゃなかったかも知れない。
サエコの不安は大きく膨らんでいった。




