永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二三時 五分
「[繰り返し、宣言します! ニューヨーク・シティはアメリカ合衆国を脱退し、独立しますた!]」
武装兵を連れて登壇した男が、日本語で喋っている。
「[大!ニューヨーク帝国は、ネオソビエトに降伏します! 生物兵器の発見にも協力します! アメリカ合衆国がやっていることも言っていることも、大ニューヨーク帝国には関係ありませぇぇん!]」
「うん、降天そんと一緒。え……? おじさんじゃなくて、同級生の……そう、与魅子、人の心がないカラテカの」
ニューヨーク市の無人カメラは、まだビルの窓辺から騒乱する往来を映していた。地名も位置もわからないが、繫栄した街路が見える。
車道は乗り捨てられた車輛で、渋滞した状態だった。移動しても間に合わないと悟ったのか、多数の民間人が歩道の地下鉄階段でひしめいている。
その上空一〇〇〇キロメートルには、既にUFOが停止していた。
「[であるからしてニューヨーク・シティ攻撃を、ただちに! 今すぐ! やめてね!]」
「……横浜のクルーザーに戻るとか無理。うん、一人だけ。就活旅行には……えーと、まあ、もう一人いる」
言うべきことを言いきったリチャード・ホソカワは汗だくの顔で、マイクの横に置かれた水をグビーと飲んだ。放送室のようなところを乗っとってから、一五分か二〇分二〇分になるのか、ずっと喋りつづけているらしい。隣にいる英語の同時通訳者もやや遅れて喋り終え、水を飲んだ。
「こっちは一応、大丈夫だから……地下シェルターみたいなとこ。…………でね、東京がヤバいから知り合いの車か、動いてる電車で移動したほうがいい。できるだけ早く」
三〇分ほど前、ニューヨーク市議会のリチャード・ホソカワは数人の武装兵(拳銃を持った警備員に見える)と、さらに数人の賛同者をともなって放送室へダイナミックエントリー、アメリカ合衆国からの独立宣言を決行したようだ。
「場所はどこでも、できるだけ遠く……家族がそろうまでって、ガチでアメリカが核ミサイル撃ってくるかもつってるしょ」
リチャードによるとニューヨーク市議会は日本時間二二時 三五分、独立に賛同。リチャードに議会全権を委任。リチャードは大ニューヨーク帝国のインペラートルに就任。ネオソビエトに降伏することを放送室で宣言した。
「そう、アメリカが東京を、核攻撃……UFOはここから出撃してんだから、それが理由……うん、東京から、UFOが。どゆことって、知らないの? ネオソビエトも?」
リチャードは声明で「ネオソビエト」と言っている。あの動画がニューヨークの日本語を理解できる人々まで伝わったということだった。
UFOがあらわれてから三時間、アメリカ人はさまざまな方法で話しかけつづけてはいる。しかしUFOは、英語に反応することはなかった。
「外に出てたって、今なにやってるの? ……ママ友と安否確認ってこと? 東京脱出に便乗できそう? 無理ならもうそんなことに付き合ってる場合じゃ……クソガキも帰ってないの? だからあんな焼豚盛豚校はよせって言ったじゃん」
おそらくリチャードは一時間ばかり前にはネオソビエト動画に気づき、UFOとの関連性を認め、日本語で喋っている書記長に合わせて日本語で呼びかけるか、そう提案する準備をしていた。
ところがUFOは予告にないワシントンとフィラデルフィアを破壊してしまった。さらにニューヨークへ迫ったため、強引な手段をとったのだろう。
「UFOがワシントンもフィラデルフィアも爆撃してて……東京湾の空母じゃなくて首都の……そこ、アメリカ大陸にあるほうのワシントン」
自家用の小型無線機では駄目だ。日本語で呼びかけたアメリカのハム男も一人や二人いるはずだが、UFOには無視されている。
「404……? ニュースサイトが動いてない? そか、そっちも逃げて……アメリカの気象庁サイトに出てる。テレビはビルが結界のそばだから、地方局がなんか言うだけ」
リチャード率いるホソカワ派は、こうしたことを総合的に考えて、公共の大きな放送機器で公式に対話を求めているのだ。
「ロサンゼルスでUFO撃ちまくってたのは? そう、それ。見たでしょ……マラム結界もこの眼でしかと見てる。都心のあれ。……とにかく、戦争がおきてるから、もう今すぐ、支度して。東京から出る支度」
放送室を乗っとったホソカワ派の行動は、今のところ効果を出している。
UFOは二〇分前に到着しながら、まだニューヨークを攻撃していない。
リチャード・ホソカワは思いきった博打をやってのけ、とっさの機転も利く人物であるようだ。やたらに誇大な国名は、ニューヨークのアメリカ脱退が本気の行動ではないと暗に示している。
「田舎の親戚とか……雑賀崎? 大阪でしょ? ……和歌山ちゅーても大阪から避難者が押し寄せるとこはあかんて……他が無理なら田舎のホテルでもいいから、逃げろって」
ニューヨークの放送室は、ワシントンのSOB団ライブ会場よりかなり小さい。そこに集まっている数十人がエンパイア・ステートがどうのこうのと質問を始め、リチャードが英語で応じた。騒乱の巷と化した市街よりは、かなり落ち着いているようだった。
「大ニューヨーク帝国とはw なかなかに、策士のようね。ホソカワさん」
アメリカ人は自分が安全なまま勝てる敵があらわれると、好戦的に熱狂する。二兆ドルの使途不明金を忘れてしまうほどに。
しかし、安全には勝てない敵に対しては、そんな驕りは見せず正気であるかのように慎重さを保つ。戦争をシノギとする連中によって、そのように調教されている。だからこそ冷戦は五〇年もつづいた。ソビエト連邦と全面戦争になれば自分も破滅する、と誰もが信じていた。
「そりゃ心配だけど、地上にいて核爆発があったら母さんまでトマソンだからね……あー、えーまあ、死ぬって意味」
リチャードもそれらを知悉して、「我々は数分後にみんな死ぬが勇ましく戦うぞ!」などと煽っていたらしいマヌケを銃で黙らせ、アメリカ人が受け入れられる、なかば架空の文化祭めいた大ニューヨーク帝国として、ソビエト連邦を超える敵であるUFOに降伏したのだと思う。
一五分前に存在を知ったばかりだが、リチャードごときの考えは手にとるようにわかる。
「……いや、だから、証拠なんてそこら中に……核が爆発したら死ぬんだよ、わかれよ。戦争がおきてると認識できない奴は死ぬんだよ。……喚いたかて死ぬ! 泣いても笑っても死ぬ!」
「だが、今じゃない」
「だが今じゃない!」
温度差で少し結露した弾薬莢を拭き終え、与魅子はタブレットの動画を替えた。拭いた弾薬は、ショタコン氏が半透明の弾倉につめている。
コンピューター室のさらに奥には、天井ブチ抜きの機械室があった。改造された三階まで、櫓のように武骨な機械が組みあげられていたそこが〝業務用エレベーター〟の真上だった。エレベーター籠を数百メートルも上下させるには、この大きさの駆動部が必要なのだ。
与魅子は〝業務用エレベーター〟が地上一階止まりだったことに安心してモニター室へ戻ったのだが、ショタコン氏は念入りに機械室を探し、銃とロケットランチャーを見つけた。
銃の持ち出しを手伝った美沙希によると、武器庫は三階床の切断面に掘られた横穴で、人間の手が届きそうにない奥行に、日本の民間ビルに置くことは非合法に違いない危険物が整然と並べられていた。機械室にあった工具を使えば引きずり出すことはできたが、きれいに並べることは不可能だという。
このビルは異常だ。
無限階段を見たときから、あるいは無貌のエジプト神像を見たときから、一〇年前に埋もれて思い出せなくなっていた記憶が現実以上の鮮明さで甦っている。
「…………いや、怒ってるわけじゃ……聞く? おじさんに? ああ、そだね、コロワクには引っかからないようにしてくれたんだし」
武器を手に入れたというのに、美沙希は不安を募らせて沢村ママに電話をかけた。装甲服はなかったからだろうか?
機械室の武器庫が手つかずだったなら、石門閣にはまだ装甲車があると期待できる。
「逃げるって決めたらすぐ電話して。この番号」
美沙希はそう言って、沢村ママとの通話を終えた。
与魅子は監視カメラモニターを見た。
書記長は玄関の隅にある大型モニターの前で動かない。
「装甲車がここの地下にあれば、家に帰って東京から脱出できるかもしれない」
「装甲車?」
「ほら、これ」
東京は市ヶ谷から新宿にかけて装甲車が走り、ヘリコプターが落ち、ロケットが駅や大通りで炸裂する戦場となっている。路上をうろつく配信者やテレビ屋は、そのあたりからは逃げ去った。最新の投稿者は大型ビルの住人らしく、高い位置から銃撃戦や燃えるトラックや燃えるどこかを撮影していた。
映ったいくつかのトラックとヘリには『陸上自衛隊』の文字が確認できる。対戦している謎の装甲車が、ネオソビエト軍だ。
切れ切れの投稿動画と、目撃者の語りでは、自衛隊ヘリは瞬く間に次々と撃墜されてしまった。直線状の雷撃が光ると、次の瞬間にはヘリが火を噴く。
自衛隊は勝てそうにない。関東にも一隻は待ち構えていたUFOが強すぎる。




