文明壊滅施行⋯⋯二二時 四〇分
結界を解呪された市ヶ谷から石門閣へ飛来した女王ヤマダは、「都落としの進み具合はいかがか?」と問うた金兵衛に、詳細など語るに値せぬ些末事として短く答えた。
「いたって順調なり」
荒川基地で受けた報告によると、日本政府中枢の無力化は完了。関東の日本・アメリカ空軍基地の無力化も完了。横浜都心の制圧も完了。
これらはそれぞれ、億万派の一五〇〇一五〇九任務部隊、改革派の〈コツガハラ〉、戦略政府の外界人徴用部隊が同時進行させた。
ネオソビエト軍は新宿副都心を制圧しつつある。常世改革派が育てた秘密結社の、本来は名前のない軍勢だ。
東京各地のビルに隠した装甲車で、四〇〇人が混乱に乗じ集結。新宿警察署を砲撃し、新宿駅と東京都庁を占拠した。三〇分前の報告では、陸上自衛隊らしき歩兵と撃ち合いになっている。
トラックなどの非装甲車で歩兵が来る少し前、二〇機ほどのヘリコプターが先行して新宿にあらわれ、いくつもある大型ビルのヘリポートへ着陸を試みた。
これらは〈コツガハラ〉が中性子ビーム砲で全機撃墜。自衛隊もアメリカ軍も関東の制空権がどちらにあるかは思い知ったのか、新宿空挺を最後に有人航空機を飛ばすことはやめている。
当初の計画では、在日アメリカ軍を撃滅し、魔界で発狂した日本政府の上級国民を東京へ暴れ出させれば、常世の出番は終わりだった。
多名の秘密結社が新たな政府をこしらえ、怪物やUFOは、資本主義社会の民衆が「いかにも悪役らしい名だ」と感じるであろうネオソビエトとして、舞台から消え去る。横浜住人をさらい、異次元界との戦いにそなえ奈落の此岸へ帰るはずだった。
この小規模かつ無難な計画は、しかしウルトラ・クリムゾンの妨害行動のせいで、危険な膨張を見せ始めていた。
「関東は順調なれども……」
ウルトラ・クリムゾンが脳強化箱で量産した超能力者は、市ヶ谷と東京駅の結界および荒川基地を、一時間数十分前から不揃いに一斉攻撃した。
三ヵ所それぞれを一個大隊規模、おおむね五〇〇人で襲い、市ヶ谷結界の解呪に成功。東京駅結界は失敗。荒川基地の占拠に成功。
四〇人に満たなかった荒川基地守備隊は七人が負傷、表層部から逃げ遅れた一〇人近くが行方不明。
守備隊はウルトラ・クリムゾンにとって価値の高い物体を、いくらか荒川基地に残してきた。荒川攻撃隊は「数十個の脳強化箱と、中性子ビーム砲の弾薬を得た」と極東本部あたりへ報告するだろう。
「たかがウルトラ・クリムゾンより、気がかりは〈メサン〉だのう」
女王ヤマダが玄関広間の大型モニターに、北アメリカの戦況図を写す。モニター台座の蓋を開け、自分の携帯コンピューターを接続していた。
石門閣に設置された大型コンピューターは、通信事業者のサーバーとしてインターネットに接続されている。常世改革派は外界人の機械コンピューター技術を学び、そこから情報を吸い出せるようになっていた。ヒトでも機械でもないコンピューターは、常世にも遥か昔からある。
「ワシントンが消えてしまったぞよ」
二一時 一〇~一五分、ロサンゼルスとサンディエゴは〈メサン〉の砲撃で破壊された。これは、屍解觳をかたづけなければ他の都市もこうする、という改革派からウルトラ・クリムゾンへの意思表示だった。
「やはり、このまま全面核戦争でも煽るつもりであろうか?」
「アメリカの主要都市を砕き、さらに中ソをも念入りに爆撃するならば」
金兵衛の呟きに、女王ヤマダが応じた。
「外界人は先んじて関東への反撃をなすのではあるまいかの?」
荒川で話した女王ヤマダは秋葉原へ行った。一番隊として基地を出たこの女王ヤマダは別個体だ。血縁が近いのか、よく似ている。
ヤマダは遺伝子的には母親のクローンであり、姉妹の容姿は若いほど同一になる。男は生まれない。
「うむ……」
「核ミサイルでビーム砲に勝てるとは思えぬが」
大型モニターの西海岸北半分が、航空機からの映像に替わる。アメリカ軍の気体圏偵察機が撮影しているようだった。
隕石弾を撃ちこまれてから一時間半が経過したサンディエゴとロサンゼルスは爆風が収まり、燃える地上に直径三~四キロメートルの隕石孔が見えた。
攻撃から二〇分のワシントンは戦況図上で、高温の粉塵におおわれている。〈メサン〉はワシントンの一〇分後にフィラデルフィアも砲撃、北東へ進攻をつづけていた。
現在位置はニューヨーク湾の南西四〇キロメートル。高度一〇〇〇キロメートル。市街地中央のハドソン河口到着まで三分。
「外界は冷戦期の若者が今の指導世代ゆえ、核ミサイルを撃つ可能性は〈メサン〉の攻撃量に比例して高まる。一〇〇パーセントまで、際限なく」
荒川基地守備隊が、地下車道と鉄道を乗り継いで秘密結社の東京避難所、地下二二階・秋葉原駅へ向かっているとき、〈メサン〉はワシントンを破壊していた。億万派が応急に画策した、ウルトラ・クリムゾンへの対処にはない攻撃だった。
保守派の意思統一機構である戦略政府が、〈メサン〉に追加砲撃を注文したのだ。
「しかして核ミサイルの大半は、関東へ向かうまい。効果が不確かな関東より、アメリカは南のラテン諸国を撃ち、ロシアと中国は互いを撃ち、ウクライナやインドを撃つ」
「ほう……?」
「地球人の現代文明にとって、これは最終戦争なればなり」
「まずは近所の敵を、石器時代へ戻される前に焼かねばならぬか……そうさせるまで〈メサン〉は攻撃すると?」
「いかにも」
「文明壊滅施行、二一世紀版というわけか」
「このまま保守派がウルトラ・クリムゾンに踊らされては、手に負えぬ事態となる」
「改革派としては五〇億を間引き、中世まで戻す。これが許容限度じゃ」
女王ヤマダは天井の監視カメラを一瞥した。
「科学機械とは便利なるものよな。かくも有為なる道具を否定するとは、愚かな奴らよ……結社の客もそう思いおろうて」
「……涅黎からの情報と、荒川基地にて生け捕りにしたウルトラ・クリムゾンの斥候どもが言うことを考え合わせれば」
「司令」
急ぎ足で近寄った隊員が、金兵衛を呼んだ。顔の汗を、ヘルメットの中敷きにしていたタオルで拭う。
荒川基地は地下車道で、他の東京避難所施設から遮断した。ウルトラ・クリムゾンの追撃隊が地下から来ることはない。奈落要塞とつながる北西行き地下道は、長らく建設が止まったままだ。東京の地上は一五〇〇一五〇九任務部隊が充分に制している。歩哨以外は武具を外してかまわなかった。
「できるだけ指示どおりに、並べました」
椅子を組み合わせて作られた施術台を、金兵衛は見た。
「よろしい」
脳が一個、付属肢が四本のヒトに超能力:高速治癒を授けるには、一三個の脳強化箱を使うことが望ましい。脳強化箱は消耗しない。既に存在する高次元機能を、意志の力で起動できるようにするだけだ。
「重傷者から高速治癒力を授ける」
隊員が敬礼し、施術台へ駆け戻りながら仲間に叫ぶ。
「脳強化箱、配置完了!」
「佐久島ぁ!! もう助かるぞオイ!」
そして脳強化箱は荒川基地守備隊員が知らない機能を、もう一つ同時に授ける。このことはウルトラ・クリムゾンの超能力者部隊も、二人の斥候も知らなかった。




