永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二二時 三五分
ネオソビエト軍らしき一団は、地下一階でエレベーターを乗り継ぎ、地上一階へ台車を移動させた。
シャッター商店街にいくつかあるベンチを使い、手品か降霊会でも始めるように謎の箱を並べている。段ボールではない。薄暗くともわかる金属光沢があり、造形はあの生物兵器スプリンクラーとつながっていた〝格納壁〟に共通するものがある。それは昆虫類や甲殻類を箱の形にたわめたかのごとき、海○堂なら『メタリック甲殻類シリーズ・箱型デフォルメバージョン』とでも名づけそうな、生物感だった。
「んお~^~~涼しい。鯖室があるお~」
冷風を出す奥の扉を美沙希が開けてコンピューター室を見つけるあいだに、ネオソビエト軍の第二団が到着した。
簡易担架に寝かせた一人を、二人がかりで〝業務用エレベーター〟から通路へ運び出す。負傷者の後方搬送だった。訓練された動きだが、与魅子たちと同じく道には迷っている。
階床表示では〝業務用エレベーター〟は『上1』へも通じているはずだ。しかし、ネオソビエト軍は地下一階で降りている。
与魅子はモニター室を走り出て、店内階段の脇にある案内板を見なおした。
地下一階の業務用通路と脳缶喫茶の間隙、意味深にも省略されているそこが秘密区画だった。〝業務用エレベーター〟地上一階は脳缶喫茶内で、狭くて使えないのだろう。
「どうなってる?」
モニター群の部屋へ戻り、美沙希に問いかける。
洗った布を襟から脇へ突っこんでいた美沙希は、モニターへ顔をグイ~と近づけて目を細めた。
「負傷者が三人か四人いる。全員で、一五人くらい」
「駅前と同じになってきたわね」
飲食物コーナーの流し台は水を止められておらず、コンピューター室も冷房状態を保たれている。モニター壁の対面には、食料品を積んだ棚と、冷蔵庫があった。
「迎え待ちみたいに? たむろってはいるね……わたしらを捕まえに来たんじゃなくて、事故ったから外に出たい?」
「事故か戦闘か……救急車は呼べない。近所で車を奪ってどこかの病院を占拠するか……それとも、ここでなんとかするのか」
与魅子も顔と手を拭きながら、冷蔵庫を開いた。二リットルのペットボトルがギッチリと収まっている。
健康スポーツ飲料・涅槃汁。涅黎財閥の薬品会社が市販の経口補水液として世に出したF‐15と同じくらいのロングセラー。
「秘密基地を自衛隊かアメリカ軍にやられてる?」
「アメリカの最精鋭部隊が市ヶ谷を攻撃したとは言ってた」
「じゃあ、市ヶ谷の怪我人が秘密地下道を通ってこっちに集まってる、と……」
「サソリ女は外から来たでしょう。日本政府のアジトまで巣穴を拡げてるなら、ここに外からは来ない気がする」
「市ヶ谷の結界を守ってたロボット戦車が、ここまで街中を歩いて逃げて来たってこと?」
「まあ、たぶん……地下道で行けるなら書記長も、あんな急ごしらえの動画投稿はしない。近くのテレビ局を使ったほうがいい」
「その動画、まだ見てない」
美沙希はペットボトルを受けとって、空いたオペレーター席に坐った。ショタコン氏は美沙希と入れ替わりに、コンピューター室を探索している。背中が汗でベトベトの与魅子は、モニター室の隅にあった小型の脚立に腰かけた。
「涅槃汁うまし! ……ん? どこ行った、姦姦蛇蠍ロボ」
「そこの」与魅子は上段モニターの一つに指を向けた。「隅っこで普通に喋ってる。書記長と」
「ああ……」
近眼の美沙希は、眼鏡をかけなおした。与魅子も近眼だが、外出時はコンタクトレンズ派だ。
「すごい最新ロボット技術だけど……それでも、ここでは負けてるのか」
「自衛隊は数で押せるから、サソリ型ロボットの性能しだいじゃない?」
「特戦隊だっけ? アメリカ軍も一個師団いるって」
「姦姦蛇螺やウシ怪獣みたいに、そもそも弾丸が効かないって可能性も」
「ロボットなんだから弾丸は効く。ここは東京であって、きさらぎ駅じゃない」
「そうかもね……むしろロボットより、書記長を生け捕りにできればワンチャンあるかも」
「この眼にも今日の基地司令って読めるんですが、どうして書記長?」
「そう、書いてありましたから。手書きでコピー用紙に」
「手書きでコピー用紙……? そんな文化祭やってるみたいな連中がロサンゼルスをメガデスできるとか、日本政府をラリ殺せるとか、ロボット戦車とか、もうね、現実感が……」
書記長が肩にかけている飾り襷には、ちゃんとした刺繍か印刷で『今日の基地司令』と書いてある。確かに、文化祭みたいだった。
サソリ女は台車の一つから出した謎のオプションパーツ類を手にしていた。古代の祭器めいた、用途不明の金属板に見える。
そのオプションパーツを自身の一対の腕と、ロボットの一対の鋏とを同時に別々に動かし、鎧に装着している。
「ロボットにしては……?」
「あれはロボット」
「鋏を手で操作してないし……脚とか尻尾とか同時に滑らかに動いてるけど」
「マリーンのナントカ大隊にも動物クリソツに動く荷運びロボットがある」
「ロボットだと、搭乗姿勢に設計ミスがあるようにも」
「ロボットはロマン兵器だから」
ロマン兵器ならしかたない。与魅子は鞄からタブレット端末を出した。航空機からの東京都心生配信を再確認。
「結界は五つ。市ヶ谷以外は健在」
「銀座のローマ軍みたいにはいかないか」
「ローマ軍はUFO持ってないから……そうか、ローマ軍とは逆なのか」
「逆って?」
「数だけが頼みのローマ軍とは逆に、ネオソビエト軍はそんなにたくさんいるわけじゃない。たぶん東京に残ってる部隊は数百人か数千人で、だからアメリカ軍に押されてる」
ネオソビエト軍第三団が、隠し区画へ到着。〝業務用エレベーター〟から看護婦が降りた。四人の負傷者を担架で運ぶ八人がつづく。
「考えてみれば、そりゃーそうよね。大量殺戮を決行するんだから、気合の入ったメンバーしか呼ばない」
石門閣用のエレベーター扉へミニスカナースが走り、エスカレーターをまわって〝業務用エレベーター〟まで戻り、担架班を誘導した。まずまずの人入りとなってきた玄関通路へ、人力エスカレーターを昇る。ミニスカナース服は血まみれだった。
「それだと、アメリカ軍が押し勝てる?」
「UFOには勝てない。地上部隊……東京の地下部隊を生け捕りにして、UFOと交渉する可能性に賭けていると、……あーあ」
「……?」
「あー、これは、はぁ……」
「降天そん、いきなりやる気を失うことがあるよね」
「無駄ってわかるとね……アメリカは死に物狂いになるか。東京の秘密基地に核ミサイルを撃ってくるかも」
「ここじゃん。もーなにを言われても驚かないぞ」
「ワシントンだと思うけど、キノコ雲になってる」
「はあ!? 早ぇーよ! もっと頑張れよ! それでも悪の帝国か!」
「華氏九一〇度だってw」
二〇分前に熱情を滾らせていたSOB団も、おそらく全員、灰燼となってキノコ雲に混ざっている。
あるいは地下数百メートルの半壊した核シェルター内で、まだ生きてはいるかもしれない。掘り出してもらわないと何年か後には即身仏だが。ショッギョ・ムッジョ。
UFOが隕石で攻撃している仮説が当たっていれば、その衝突は核爆発と違い、大量の土石を粉砕する。大地は耕され、飛び散る土石粉は大気の吹き戻しによって、いくらかがワシントンへ帰る。核シェルター浅層は崩壊し、深層は残っても自力脱出は不可能な状態となる。
「UFOの進路上にマンハッタン。……UFOは減速している。……UFOの停止位置から一〇マイル離れたら安全。……ラジオ止めろ? ニューヨーク州がUFOに呼びかけています。神に祈りましょう」




