永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二二時 一五分
楽屋から再登場したアメリカ合衆国主席報道官は、なにをわからせられたのか、ただならぬアトモスフィアをまとっていた。背広にネクタイをやめて防弾服にイメチェン。ロックンロールの表現か髪をボサボサに乱し、楽器は持っていない手をせわしく動かした。
マイクを握って叫ぶと、記者団も大盛りあがりで怒声を放つ。
アメリカ人だけではなく、メキシコ人もかなり混ざっていた。与魅子が小学生だった頃から聞き馴染んだ、生きたメキシコ語が聞こえる。
報道官と記者団との質疑応答で「アトモスフィア!」「アトモスフィア!?」と何度も言い合っていることは、与魅子にも聞きとれた。「ロサンジャラース」「ロスアンヘレス」「ロッサンジャリース」「ペナゴーン」「ペナゴーン」とも怒鳴っている。
遅延していた機械知能が『天使たちは焼けましたか』『不幸なことに天使たちは焼けすぎています』『エイリアンの爆弾は一〇〇メガトンですか』『それは過大です』『一メガトンが数えられるエイリアンの船の発砲なので正体不明なトリニトロトルエンが一メガトン』『これはNASAも計算』『アメリカ政府は噓ばっかりの詐欺師』『クレーターは一〇〇メガトンの最適証拠』『クレーターは二マイルの直径と犠牲者報告』『犠牲者は報告して焼けています』『地獄かも』『天使たちを焼いた秒速一〇マイル以上の彼らミサイルは大きい』『落ちながら光っている』『放射線の日焼け』『放射線は環境正常値の範囲内の雰囲気』『我々の国境を解放することが正義』と翻訳字幕を出す。
動画が止まる。
一五秒ほどで再開。『次は新しいヨークですか』『我々は撃墜できませんか』『エイリアンの船は大気圏外です』『我々は大気圏外は攻撃できない』『我々は人工衛星に使うロケットがあります』『彼らは高度六〇〇マイルですか』『我々は命中はとても難しい』『US宇宙軍は世界最強だから大気圏外で我々は任務達成です』『これはNASAも計算』『欺瞞』『茶ウンチ好き』『これ靴下』『噓つき』。
動画が止まる。
二〇秒ほどで再開。『我々は勝てないと真実を言うべき時間は今』『これまでの圧倒的な防御力に加えて絶望的な破壊力も誇る破壊力を持つことになった』『これはNASAも計算』『夏コミ』『アメリカ大統領はパラノイアの責任がある』『私の家族は天使たちだから今は天国に住む』『最強の義務は最強のプレッシャーとなって襲いかかってくる』『ふざくんな』『突然死』『お母さん前後人』『雌犬の子は需要のない雄でした』『帰属意識』『すすり泣く』『天使たちの死んだ民衆は国防総省の自尊心の犠牲ですか』『本当に申し訳ない』『突然死』『あなた前後』『聖なるウンコ』『聖なる前後』『聖なる梅毒』『聖なる雌犬』『聖なる豚』『ソドム・ブラザーズ銀行』『性的関連のビジネス』『淫売が前後した結果の梅毒あなたはすすり泣くウンコ食べろ』『(センシティブな言葉です)』。
動画が止まる。
回線はともかく会場はもう絶好調に「SOB!」「SOB!」「SOB!」「SOB!」と怒鳴っていた。報道官ズのバンド名?
三〇秒ほどで再開。『お尻の穴』『お母さん前後人』『前後する国防総省』『USAの深刻な侮辱は有罪』『前後』『突然死』『突然死』『ソドム・ブラザーズ銀行』『すすり泣く』『骨格性開咬』『性的関連のビジネス』『前後する政府』『あなたはお母さんの臭い穴からウンコと一緒に』『(センシティブな言葉です)』『牛のウンコ』『ウンコ』『逮捕しちゃうぞ』『突然死』『白い焼豚』『あなた前後』『あなたは嘘つきなのでお父さんの料理人を前後する』『(センシティブな言葉です)』『お尻の穴』『政府の皆様は天使たちで放射線ゲロウンコスープがお薦めです』『これ靴下』『そういう悪口は名誉毀損で犯罪行為だからお前は死ぬ』『突然死』『お前後』『突然死』『牛のウンコ』『突然死』『お前後する性的関連のビジネス』『お前後する帰属意識』『お前後してすすり泣く』『お前後するソドム・ブラザーズ銀行』『お前後して骨格性開咬』『国防総省に命令されてお父さんと一緒にお母さんをお前後することはあなたの豚ウンコ正義だから』『(センシティブな言葉です)』『これなんて地獄』『天使たちで放射線焼く豚』『お母さんお前後人』『今夜の白い豚ハウス晩餐は放射線でゲロウンコスープに料理人した幕僚長で決まり』『(センシティブな言葉です)』『突然死』『お尻の穴』『大統領は国防長官と天使たちにお前後して』『(センシティブな言葉です)』。
罵倒ばかりになってSOBライブは強制終了した。そうだね、チャッピー? ポチ? は悪くないよ。下品に訛りまくってる連中が悪い。
ネオソビエト動画へのレスはSOBライブと似たり寄ったりの英語コメが急増して、二五〇〇を超えた。
市ヶ谷で暴動。
横浜で市街戦。
「なにか、音がする」
与魅子の検索を隣で黙って見ていた美沙希が、そう囁いて肩を揺すった。
「音?」
「なにか……下のほうに、なにかいる」
与魅子は生配信画面を検索画面に戻した。非常階段へ歩き、下を覗く。
非常階段は下から地上部へと、弱い風が吹き抜けている。その風音に混ざった、なにかがぶつかる音を与魅子も聞いた。
「……地下鉄? のような……」
「エレベーターが」
後ろからついてきた美沙希が、隠し区画の〝業務用エレベーター〟扉から何歩か離れた。ここへ降りたときは『上1』だったデジタル表示が『6』に変わっていた。
秒針の速さで『7』『8』『9』と変わり、『10』を越え、『20』近くで減速し、『22』で停まる。
「地下二二階……?」
「このあたりは泥の堆積地のはず……この深さで東京湾の、地下まで」
「これは無理だね、おっさんの言うとおりだった。無理!」
「無理?」
「行ったら戻れなくなるって自分で」
「ただのネタだから」
上ボタンを押そうとした与魅子の手を、むんずと美沙希はつかんだ。
「なにかとんでもないものが、いたりあったりするって」
「階数盤を見るだけ」
「乗ってるって。開いたら出てくるって」
「下にもう一隻U、動いた」
「動い……まだ下があんのか」
デジタル表示が『30』を越え、『40』を越え、『50』を越え、『60』を越えてやっと減速、『66』で停まった。
「地下六〇階ってなんなの……うん、下は無理。異世界行き階段とか穴とか系の予感しかしない」
「ヘーイ」
「ぴぎゃあああああ!?」
「うおッ!? おッ! おッ!?」
美沙希が叫んだ。地上階を一人で見に行っていたショタコン氏も叫んだ。
「ファッタ!?」
「マジビビるわぁ!」
よろめいていたショタコン氏が無貌のエジプト神像にぶつかる。背後を見あげて、ふたたび「うおッ!?」と驚く。
「まあまあ、お二人とも、落ち着いて。静かにね」
顔を見合わせて「ウハッ、ウハハ」「フ……フヘヘ」と笑い始めた二人を、与魅子は宥めた。
「改めて考えましょう。マラム結界のようにあからさまではないけど、このビルは異常だわ。隠し扉があって、非常階段は深すぎる。下へ行ったら自爆系配信者と同じになりかねない」
「そうでしょう。そうでしょう」
「このエレベーターも、階数表示だけのオモチャではないと思う」
「なんでこんなに深く?」
「東京湾の地下で……、隕石攻撃にそなえてなのかも。ロサンゼルスは隕石でやられたっぽい」
「ええ? 核攻撃じゃないの?」
「ミーティア・アタック?」
「イエス、ロサンゼルス デストロイド。バリクレとか」
「バリコレ?」
「バリンジャー・クレーターやリース・クレーターやゴッシズ・クレーターとか、直径の一/一〇くらいは地面を抉るらしいから……地下六六階まであって、すごい値打ちものが保管されているとしても、そこは警備されてる。危険なだけで近づけない。あきらめる」
「アキラメロン」
「鬼女板? そのお歳で?」
「うるっさい。けど、値打ちものって……? まだUFOがあるとか?」
「ええ、UFOとか結界発生機とか……あとは、超人に転生できるマル穴とか」
「ハウトゥー ゴットゥー ザバックルームズ? バイ エレベーター」
手にした利口電話もチラ見しながら非常階段を覗きこむショタコン氏が、なにか言った。英語だし、独り言だろう。
「隕石攻撃にそなえて涅黎財閥がここを……それなら涅黎とネオソビエトはかなり昔から対立してることになる」
「アライ=サン」
「誰かいました?」
「ブラスフェマス・マンション」
「生物兵器で無差別テロが炭疽菌事件みたいなヤラセなのか……いや、アメリカ軍との戦争は本物のはず……日本政府の無力化も本当にやっている」
「誰もいないお……ねえ、東京をUFOかアメリカか、ロシアが攻撃するまでは脳缶喫茶にいても充分に安全だと思います」
ショタコン氏の隣で下を見ている美沙希が言う。
「家族にメールしたいし、友達にも」
「そうね、UFOはアメリカ爆撃をつづけるか、モスクワへ行く。ミサイル警報が出たら下へ逃げればいい。上で家電、有線電話を探し、ま……動いた」
エレベーターの階数表示が、上昇を始めた。




