永い終焉の始まりの日⋯⋯夏休み八月 三二日 二一時 四五分
石門閣は、古びてはいても風格あるたたずまいだった。窓の多さと形から、小売店や喫茶店が入っていた商業ビルであることがわかる。
今は、二階から上の窓には一つも明かりが灯っておらず、地獄門めいた黒金の玄関扉も閉まっていた。
「ここがあの女の「おっと」スね」
石畳で足を滑らせかけた美沙希が、玄関に指を向ける。
UFOとの戦闘後、短時間だが関東に小雨が降った。天候は荒れ模様で、遠雷が轟いている。
「間違いないお」
玄関脇には石碑が置かれており、見あげる位置に『石門閣』と威圧的に食刻されていた。玄関内は照明され、地獄の劫火を模したっぽい金属の扉に嵌められたガラスから、赤い光がにじむ。
「こ こ が」
「暗証番号」
「一番上の、これ」
御影石のオベリスクには、文字の代わりに数字ボタンが並んでいる。
横書きメールの一番上にある数列を入力して地獄門解錠。普通の商業ビルにしてはやけに重々しい扉が、ゆっくりと左右に開いた。
「無線にオーディオ、パソコンパーツか」
石門閣の一階は、シャッター商店街になっていた。店舗は小さく、通路は狭い。二〇年前にビルごと廃業したかのように、新しい店がない。
基盤があふれてシャッターが閉まらない骨董屋もある。店主は二〇年前に入院してしまい、そのまま放置されたみたいな。
館内案内板によると、それらの中で一つだけ大きな店が、涅黎財閥直営店・脳缶喫茶だ。
「そうだ、異世界へ行こう……」
「いきなり異世界?」
「なんでまだいるんだ、閉館は九時だよ……二〇年前のな」
「やめろ」
「こーゆーの、困るんだよ……戻れなくなるよ」
「やめろよー。ビビらないからやめろよー」
「とか時空のおっさんが出てきて言いそう」
脳缶喫茶もシャッターは降りておらず、古びていて、しかし明日からでも営業再開できそうな状態ではあった。地獄門とオベリスクのほうが、内装に比べて新しい。仁香の商才で、赤字ビルをお化け屋敷にリニューアルしたかのような印象だった。
「うぅ、なんじゃこれ……ナントカルームかよ」
業務用エレベーターは脳缶喫茶の裏手、業務員通路にあった。電力は通っている。玄関通路は薄暗くでも照明されていたのだから、不条理ではないのかもしれない。
すぐそばの非常階段は通れない。折り畳み式の檻のようなものが、上の踊り場にギッチリとつまっている。照明も緑色のアレしか灯っていない。
このエレベーターで降りると、地上へ戻れなくなる可能性がある。非常階段は他の階でも塞がっている。
「ここを、降りろと?」
「そうよ? あ……ネットつながる」
外の道路では、電話がつながらなくなった。インターネットは激遅、やっとつながれば鯖ないよーヾノ°ω°`)が出る。
「そこの脳缶喫茶で車か、電車の復旧を待ってもいいんじゃない?」
「そうかもね。頑丈そうだし、窓もシャッター閉じてるから」
案内板では地下は一階だけだったが非常階段を降りると、さらに下へ向かう隠し区画があった。路面電車式のレールに乗った、厚い隔壁が収納され、下へと何十階もつづく階段が解放されていた。
「なんなんだろうね? ここ。檻みたいなのたくさんあるし」
シュールレアリスム画像めいた非常階段を手摺の狭間から見つめていた美沙希が尋ねた。
「可能性その一。ここはリニューアル・オープン前の、お化け屋敷。檻はゾンビゴッコにでも使う」
「鬼ゴッコみたいな? オモチャにしてはゴツくない?」
「可能性その二。地下には、本格的ガチムチパンツコロッセウムがある」
「市ヶ谷したゾンビを戦わせてるってこと? 姫が?」
「その発想はなかった。……会員客にモノホンのピットブル斬りでもしてもらうとか、コロスで殺す気ガンガンにさせた不法滞在者とかを楽しく狩ってもらうとか」
「いやいや、下にあるのは避難所でしょ? 核シェルターみたいな。思ってたよりでかいだけ」
「戦争がおきるまでは無人の赤字施設なわけだし、別のことに流用しててもおかしくない」
「ほんともうね、エプスタイン島とか大好きだとしてもね……」
仁香が招待してくれている場所は東京のエプスタイン島だ、という可能性は考慮する必要がある。
「まあ……一人五〇〇〇万くらいとらないとやっぱり赤字だろうけど」
「会員制お化け屋敷コロッセウムとか斬新すぎるわ」
「超人の発想は違うわね」
「東京でそんなことできるわけないって」
「大富豪同人会は、東京に秘密基地を作ったようだけど?」
自分のタブレット端末から片手を離して、与魅子は異常な深さの非常階段を示した。
「そこに五〇〇〇万で、調子ブッこいてる小富豪を集めたらバレるっしょ。エプスタイン島もバレたでしょ。ほら、隠しカメラで、お化け屋敷リアリティショーを撮影してるだけじゃない? せいぜい骨折するくらいの、いえーい」
「みんな見てるぅ~~? ……それなら『メンゴメンゴwプゲラ! お金あげるからw』ですむけど、姫は富豪同人会をイルミナティにしたくて――ぐッ」
「?」
「クレーター……? 地面がえぐれて……このゴミがビル……? 一万件……」
「どした?」
「……ちょっと暑くて」
与魅子は落としてしまったタブレットを、床から拾った。
「一昨日から、東京はいつになく涼しいらしいけど」
「……ロサンゼルスは、丸くキノコ雲」
「キノコ……?」
総武線近くの量販店を出る直前、ロサンゼルスのUFOが動いた。UFOは垂直に上昇し、民間カメラでは追えない高空へ消えた。
アメリカ報道官は「積極的な攻撃が全面戦争を防いだ」「アメリカ合衆国はエイリアンをわからせた」などと言ったらしい。
「電車は……たぶん、もう復旧しない」
「急に、どうして?」
「ロサンゼルスが破壊されたから」
「え……ロサ、……破壊?」
与魅子は美沙希にタブレットを見せた。
衛星画像で見る北アメリカ西海岸に、丸い雲が二つ、隣り合って発生していた。気温・風速はロサンゼルス逝った━━━━ヽ(゜Д゜)ノ━━━━!!ことを確信させる。気温が、おそらく華氏で四五〇度。風速はmphとやらで三〇〇や四〇〇。東海岸は高くて二〇。これは丸の中ではなく、かなり離れた外側に表示されている数値だ。
アメリカの気象庁は自サイトのいたるところにワーニングを出している。
地上の報告者は、劫火に照らされ粉塵に煙る地獄めいた場所を『ロサンゼルス 今』だとしてウプっている。
「UFOが高空から一方的に撃ちつづければどちらが勝つかは火を見るより確定的に明らか……戦争は、UFOが核で……もう勝負ついてるから……」
「UFOがロサンゼルスをこんなにしたらアメリカも核を撃つじゃん。致命的な致命傷じゃん」
「最初から知っていた……? 涅黎は、UFOの存在をずっと前から知っていて避難所を……」
「核戦争がおきるの? だから電車は復旧しない?」
「ネオソビエトは、涅黎が作りあげたテロリスト役……? いや、それだと……」
「履歴見ていい?」
「UFOも生物兵器もこの地下……、遺跡にあった……? 生物兵器を涅黎から奪ったアメリカが結界も奪おうとしている……」
「うわー、エグ。検索してはいけないタイトルばっか」
「やめてね。タブだけ見てね」
「ウクライナも大好きだよね……うっげ」
「やめろ」
美沙希はタブレットから顔をそむけた。
「陰謀と怪談とホモかと思えば、オッドアイ先輩~、こいつこんなの見てますよ」
「オッドアイ先輩も見てんだよ、描写されてないだけで」
与魅子は立ちあがって、美沙希からタブレットを回収した。
「異世界に強制アクセスされてたから」
「UFOにミサイルは届かない。届かない高さにいる。UFOが核爆弾を大量に積んでるなら、アメリカは一方的に撃たれて負ける」




